平成6年度 決議

決議(1)
弁護士過疎対策に関する決議


 我々弁護士及び弁護士会は,現在司法改革の一環として市民に身近な司法の実現を目指してその具体的方策を検討しているところであるが,司法の重要な担い手である弁護士が都市部に集中している現状の下,いわゆる弁護士過疎問題の解消なくして市民に身近な司法の実現が不可能であることも明らかである。
 このような観点から,
 ・ 関弁連の各単位会は地域の実情に応じて,過疎地域の法律相談及び事件受任等,地域住民の法的ニーズに直接応えられるよう巡回法律相談を実施し,または常設の法律相談所等を設置する。
 ・ 関弁連は過疎問題解決のために引続き努力し,各単位会が実施する過疎地域における法律相談事業及び事件受任のための施策,並びに刑事当番弁護士制度等の運用に際し,他会登録の弁護士の協力が得られるよう所要の施策を構ずる。
 ・ 関弁連は,各単位会が実施する過疎問題解消の施策に対する資金援助のための基金を設けるよう努力する。


決議(2)
死刑問題に関する決議


 1,1993年3月,わが国において3年4カ月ぶりに死刑執行が再開され,同年中だけで7人の死刑確定囚が処刑された。1983年以降死刑確定者に対する4件の再審無罪判決があい次ぎ,死刑制度の是非があらためて問われようとしていた矢先の執行再開であるだけに,このニュースは,死刑制度に対する考え方の相違を越えてひとしく国民に衝撃を与えた。
 1989年12月,国連総会において,いわゆる「死刑廃止条約」(「死刑廃止を目的とする市民的及び政治的権利に関する国際規約第2選択議定書」)が採択され,1993年6月現在,世界の87国が法令上もしくは事実上死刑を廃棄している。死刑廃止が国際的潮流となるなかで,わが国は,死刑廃止条約の採決に際し反対票を投じ,国際人権規約委員会の勧告に応ずることなく,現在まで批准の手続をとっていない。
 2,1948年の最高裁判決にいう「生命は尊貴である。1人の生命は,全地球よりも重い。」との言には,おそらく何人も異論はないであろう。最高裁は,結論として現行死刑制度を憲法に反するものではないとするが,人の生命を剥奪する死刑が究極の刑罰であることは,あらためて言うまでもない。近時,下級審において,犯行時少年の事案につき,死刑の選択は十分に抑制的でなければならないとする判断が現れる一方,被害者感情や社会的影響を考慮して死刑を選択した判決も言渡されている。
 まさしく死刑制度は,国家権力と個人の生命とが鋭く交錯する位置に存在するのである。
 そのゆえに,死刑は廃止されるべきなのか,存置されるべきなのか,人々の考え方は大きく分かれ,古くから人道主義,応報観念,犯罪抑止効果の有無,誤判の問題,被害者感情や国民意識などさまざまな見地から研究され,論議されてきた。この人権保障と深くかかわる高度の国家政策上の問題については,国際的な観点に立脚し,かつわが国の社会的背景や国民性の特質に根ざした実証的な研究が更に一層進められ,その成果が広く市民に提供されなければならない。
 3,政府やマスコミ各社によって時折実施されている死刑制度についての世論調査では,存置論が多数であるとの結果が報告されている。
 しかし,質問内容や質問方法の如何によっては,回答者の真意が充分に現れない調査結果となるおそれがある。
 何よりも,世論の動向を把握するには,その前提として十分な情報が市民に伝達されなければならない。これは民主主義の原則である。しかるに,死刑問題に関する限り,そのような条件が満たされているとはいい難い。
 こうした点を顧ることなく,安易に国民の多数が死刑制度を支持していると結論づけることは慎まなければならない。
 4,あるべき刑罰制度を考究し,その構築に向けて努力することは,わが国を真の文化国家として建設するうえで不可欠である。その実現を期するためには,広く国民相互間に,科学的で実証的な研究に基く客観的情報が平易な形で交換され,かつそれを活用するための十分な時間と環境が確保されなければならない。
 我々は,今こそ,死刑問題に関する全国民的論議を展開すべきときであると信ずる。
 そして,そうした論議をより深め,実りあるものにするため,我々は,在野法曹としての人権擁護の責務をあらためて自覚するとともに,裁判所に対し,死刑の選択にあたっては慎重のうえにも慎重を期されるよう,法務大臣に対しては,その執行を当面差し控えられるよう強く要望するものである。
 右決議する。
1994年9月28日
関東弁護士会連合会