平成7年度 宣言

死刑を考える

 わが国において死刑制度は,平安時代の3百数十年を除いて,長い間,刑罰として重要な位置をしめてきた。その存在意義については,古くから議論されてきたが,現在では刑罰制度のあり方の問題としてだけではなく,人間の生きる権利,及び人聞の尊厳に直接かかわる人権の問題としてとらえられている。
 私たちは,この死刑制度に関して,次のような内外の諸事実を確認することができる。

 第1点は,死刑制度の廃止が,世界の潮流となっていることである。
 アメリカのニューヨーク州やフィリピンにおける死刑の復活はあるものの,1994年の1年間で廃止国は6カ国増えた。本年6月には,南アフリカ共和国で死刑は残虐で非人道的な刑罰であり違憲であるとの判決がなされ,死刑は廃止された。死刑を廃止する国は毎年増え続け,98カ国の多数に達した。国連では1989年(平成元年)にいわゆる死刑廃止条約が採択された。1993年には,国運規約人権委員会は日本政府に対し,「死刑廃止に向けた措置をとること」を勧告している。
 第2点は,誤った裁判により死刑の執行がなされた場合,その生命を回復することは絶対に不可能なことである。
 わが国の刑事裁判にあっても,4件の死刑再審無罪事件にみられるように,誤判が現実に生じている。
 本来,裁判制度には誤判の可能性は避け難いが,わが国にあっては,別件逮捕や代用監獄を利用した自自調書の作成,裁判所の自白を偏重した事実認定,被告人側の防禦権の不十分性,再審による誤判の是正の困難性等が認められ,より一層誤判が生じ易いものとなっている。
 死刑事件にあっては,犯罪事実の誤認があれば,無罪となるべきところが死刑となり,量刑事実の誤認があれば無期懲役となるべきところが死刑となり,被告人の「生」と「死」の落差が決定的な形で現われ,ひとたび誤って死刑判決,さらに死刑執行がなされれば,それによって奪われた生命を回復することは不可能となる。
 第3点は,死刑の威嚇力による凶悪犯罪に対する抑止効果について,現在までのところ科学的に証明されていないことである。死刑の犯罪抑止力については,これまでさまざまな実証的研究が行われてきた。その中には否定的な結論を導く研究結果の方が多く,これを肯定するものはごく少数である。
 死刑を廃止したイギリスやフランス等の国々において,死刑廃止後凶悪一事件が薯しく増加した事実は認められて'いない。
 第4点は,被害者遺族の感情の問題である。犯罪により生命を奪われた被害者遣族の悲しみはとりわけ深刻であり,その報復感情も誠に強いものがある。しかも,犯罪による被害は,決して直接の被害に止まらない。被害者遺族が一部のマスコミや心ない人々から干渉されて傷ついたり,あるいは国や社会から無視されて孤立した状態で放置されることによって,さらに被害が拡大し,その結果被害感情を一層増悪・深刻化させている現状を看過してはならない。その解決のためには,被害者に対する経済的な面のみならず,精神的・心理的な面での配慮と援助及び刑事司法手続きへの適切な関与を可能ならしめる必要がある。そしてこれらが「被書者の権利」として確立し,物心両面における手厚い被害者対策が実現されたとき,被害者遺族の苦しみは少しずつでも和らげられ,被書感情の宥和がもたらされるに至る。そのとき初めて報復感情・復讐心の緩和への道が拓かれる。
 第5点は,世論調査の問題である。これまでの各種世論調査によれば,死刑存置支持者が梱当多数であったことが認められ,この結果としての数字は,いわゆる死刑廃止条約に,わが国政府が反対する根拠の一つとされてきた。しかし,過去の世論調査は,死刑存置支持に誘導する要素が見受けられたり,将来的廃止論等の多様な意意見を存置支持に取り込もうとする傾向が認められる。
 最近の各弁護士会内における意識調査をはじめ各マスコミ等が実施した世論調査では死刑に対する多様な意見のあることが明らかとされてきており,死刑廃止論者が増えてきている傾向が認められる。
 1994年に実施された総理府世論調査においても,将来的廃止論とみられる数字の捉え方によっては,死刑存置派と廃止派は均衡しているとみることも可能であり,将来も無条件に死刑を存置しようという意見は40%を下まわっている。
 死刑存廃問題に関する国民の合意形成にむけての議論は,政府が団民に情報を積極的に提供する中で,死刑を人権の問題として捉えて行われなければならない。
 第6点は,死刑はその刑罰の実状を直視すると,やはり残虐性を否定できないことである。
 死刑は確実かつ不可避に,人の生命を奪い,人問の尊厳を剥奪するものである。絞首刑による執行後の死体は頸部の骨折・筋肉離断といったまさに断裂と表現しうる凄惨な状況を呈している。加えて死刑執行の恐怖により,多くの死刑確定者はその精神に障害をきたしている。
 死刑確定者に支すする処遇はいわゆる「心情の安定」のみが追求され,外部交通に対する巌しい制約により,死刑確定は社会からほぼ完全に隔離され,ただ執行を待つだけの身におかれている。
 死刑執行に立ち会うすべての人々が激しい衝撃を受け,ときにノイローゼとなり,また2度と立ち会うことを回避したがることにもその残虐性は十分に示されている。
 第7点は,死刑を廃止した国々では無期刑が死刑に代替して最高刑として有効に機能していることる。その場合,15年ないし30年間は仮釈放を制限している例が多い。
 以上7点の諸事実からすれば,死刑の存廃問題は,わが国が緊急に検討すべき課題であり,当連含会は,以下の諸点を提言する。
1.
(1)政府及び国会は,イギリスの試験的死刑廃止などを含む死刑制度の将来のあり方についてすみやかに検討すべきである。
その間,死刑確定者の死刑執行を停止すべきである。
(2)政府及び国会は,被害者遺族の実態を正確に把握するとともに,その経済的,精神的救済策の確立,充実に努力すべきである。
(3)政府は,死刑執行をめぐる状況など死刑に関する情報を国民に積極的に提供すべきである。
2.裁判所にあっては,このような諸事実をふまえ,かつ死刑がすぐれて人権の問題であることを認識し,死刑の選択にあたっては慎重の上にも慎重を期すべきである。
3.弁護士及び弁護士会は,死刑制度の根本的な見直しに着手するとともに,死刑に関する情報の提供や啓発活動を通して,積極的に国民との議論に参加し,かつ,被害者の遺族の実情を調査し,その救済のための努力をなすべきである。
 右宣言する。
1995年9月29日
関東弁護士会連合会