平成9年度 決議

「子どもへの虐待」の防止に関する決議

 子どもたちは健やかに,かつ,安全に成長する権利を有する。子ども人権の尊重,保護の促進を目指した子どもの権利に関する条約は,平成6年5月22日,我が国でも効力を生じ,子ども.が尊い人格を持った一人の人間として成長のあらゆる場面において尊重される社会の実現が強く求められている。
しかるに,近時,子どもたちが犯罪や事故の被害者になる事例が増えており,その中でも本来最も子どもを守るべき立場にある親による虐待の被害者となる子どもたちが増加している。我が国の実情は,「児童虐待」に対する防止,虐待された子どもの発見,保護の観点から立ち遅れた状況にある。
 我が国において「児童虐待」が認知されるに至った歴史は浅く,この問題に取り組む公的機関である児童相談所が全国に175カ所しか存在しないことのほか,ケースワーカーの採用に関して専門職制をとっている自治体はきわめて少なく,多くの児童相談所では専門的知識が乏しい公務員がケースワーカーとして配置されるなど,十分な専門制を有する公的制度が整備されていない。そのうえ,「児童虐待」は家庭という閉鎖的な場所で行われる傾向が高く,多数の事例が児童相談所への通告もなくいわば闇に葬り去られている可能性も否定できない。
 また,児童福祉法,民法では保護者の意思に反して施設への入所を求めることが出来るのは児童相談所だけであり,親権の喪失を求め得るのも検察官等に限定されていること,親権喪失にかえて保護者へのカウンセリングを命ずるなど事案に適した措置制度がないこと等があいまって,「児童虐待」に対する司法的措置がほとんど効果を発揮していないといわれている。
 さらに,「児童虐待」は,単に家庭内の親による身体的,性的,精神的虐待,保護・養育の拒否・怠慢などのほか,子どもを保護すべき施設等の第三者による虐待といった新たな問題も意識されている。 「児童虐待」は,社会問題として既に顕在化しており,今後ますます増加することが予測される。今こそ我々は,「児童虐待」についての認識を深めるとともに,児童相談所や民間を含む関係機関との連帯を強め,子どもの人権を保証するため,法制度の整備・改善,権利保障機関の設置等,「児童虐待」の防止に関する方策を提言すべく,なお一層の努力を傾注すべきである。
 以上のとおり決議する。
 
1997年(平成9年)9月19日
関東弁護士会連合会

提案理由
 子どもたちは,健やかに,かつ,安全に成長する権利を有する。また,地球の未来社会を担う有為の人材でもある。子どもの人権の尊重,保護の推進を目指した子どもの権利に関する条約は,平成6年5月22日,日本に対してその効力を発生するに至り,これにより日本政府は,この条約に規定された子どもの権利を国内において実施する義務を負うこととなった子どもの権利の保障に関する環境は,保護のための子どもに対する規制から,子どもの権利保障の促進を国家社会が尽くすべき義務を負う方向へ歩み始めた。
 しかし,このような環境の変化にも関わらず,近時子どもたちが,犯罪や事故の被害者になる事例が増えている。その中でも,親による虐待の被害者になる子どもたちが増えていることに注目する必要がある。
 子どもの人権というとき,今まで弁護士会ではいわゆる「いじめ」「体罰」「不登校」など学校での問題が中心となってきた。
 これらも深刻な問題であり,国民全体の問題として考えていかなければならないことはもちろんである。
 しかしながら,子どもたちを保護し,一人の人格者として成長するのを助けるべき親が,我が子に対して虐待をし,精神的あるいは肉体的に深い傷を負わせるという事態,場合によっては死に至らしめるという事態は,いじめ問題以上に深刻な問題である。そして,我々一般人が虐待を認識するときは,既に子ども死亡という悲惨な結果が生じた後となる場合が多いことも特徴である。
 児童相談所などには,虐待に関する相談が数多く寄せられている。児童相談所が把握して厚生省に報告した「児童虐待」の数は,1995年には2,722件と5年問に3倍近くに増え,東京世田谷の子どもの虐待防止センター「子どもの虐待110番」への相談は1991年開設以来1万件を超え,大阪児童虐待防止協会「子ども虐待ホットライン」にも1990年以来1万1,000件以上の相談か寄せられ,アメリカでは」「児童虐待」の事例は年間250万件に達しているといわれている。
 このような事実からすれば,虐待は現在既に多数存在するものであり,近い将来確実に増加していくものと予想される。関東甲信越地域内においても,東京・横浜・浦和・千葉・栃木・群馬・長野などに子ともを虐待から守るためのネットワークが設立されるなど,子どもを虐待から守るための組織作りも進められている。
 我々は今すぐ,子どもの虐待について,問題点を認識し,解決策を講じていかなければならない。 しかし,児童虐待は実際の事例に比較して顕在化しにくい傾向がある。
 虐待事例が,顕在化しにくい理由としては,以下のことが考えられる。
 まず,虐待が,家庭という閉鎖的な場所で行われる傾向が高いということである。このため,死亡事例や医者の治療が必要な重傷事例であれば格別,相当の事例がいわば闇に葬り去られている可能性がある。
 次に,虐待という概念の不明確さがある。
 例えば,パチンコに夢中になる余り,子どもを自動車内に放置したまま死亡させてしまう事例が新聞をにぎわしている。この事例を虐待と捉えることに疑問を抱く者もあろうが,親が子どもを保護することを放棄したという観点から見ると,虐待の概念に含めるべきである。
 他方,虐待の問題に取り組む法的機関である児童相談所は,その設置数が全国に175カ所と少ないことや,その担当者が十分な専門的知識や能力を有していないこと,民間団体との連携が連携が不十分なこと等から,その機能を十分に発揮していないと指摘されている。
 さらに,家庭裁判所における児童虐待に対する司法的措置も,その制度の不備や,弁護士を含めた司法関係者の認識が不十分でないこと等から,虐待の防止または救済のためにほとんど効果を発揮していないと指摘されている。
 我々弁護士が今,虐待問題について,現状を正しく認識・分析し,これをもとに虐待の予防と救済について有効なさまざまな方策を研究し,適切な提言をしていくことは,極めて有意義であるとともに,我々法律家に期待される現代的課題の一つである。