| 1. | ダイオキシン対策はダイオキシンだけに着目した規制であってはならない。
国のダイオキシン対策の問題点の一つは,ダイオキシン類の濃度規制など,ダイオキシン類だけに着目したものになってしまっていることである。
廃棄物の焼却処分によって発生する有害物質は,ダイオキシン類以外にも数多くあることが既に指摘されており,それらの対策をも急がねばならないところ,このような個別の排出規制は,有害物質対策.としては,管理面・技術面ともに不十分であることは明らかである。
したがって,ダイオキシン対策は,発生抑制を理念とした対策,すなわち,廃棄物対策の一環として,廃棄物の焼却量の低減を目指し,有害物質を燃焼物から排除するなどの廃棄物の質の整備,そして,必然的に廃棄物の発生のもととなる場面にまで着目した対策こそ基本とすべきである。 |
| 2. | 第1の2で述べた,国の法規改正あるいは新立法は,いずれもダイオキシンの生じる場面に着目した出口規制の手法によっている。
1に関連するが,出口規制は,発生した汚染物質を出口(焼却設備等)で規制するものであるから,汚染の発生自体を抑制しようとするものではなく,発生したものを出口に至るまでにどう処理するかという後始末的規制手法である。
しかし,これは,焼却設備等の出口からは,監視不能な形でダイオキシン等の様々な有害物質が排出されており,濃度調査における操作が容易であるために規制の意味が乏しいなど,規制手法として根本的欠陥がある。
更に,有害物質の管理手法としても,排出段階での規制というもっとも管理困難な段階での対処であるという点で拙劣であり,また,ダイオキシンについては,検査測定に多額の費用を要し,データ操作が容易であるなど,種々弊害がある。
出口規制は,あるべき発生抑制を理念とする対策における補助的手段以上のなにものでもない。
したがって,このような出口規制のみでダイオキシン問題が解決するかのような論調は完全に誤りである。 |
| 3. | 焼却施設の大型化・連続化・処理の広域化は,大量生産・大量消費・大量廃棄の社会を維持強化してしまう。
濃度規制と並んで,国のダイオキシン対策の特徴となっているのが,廃棄物処理の広域化及び焼却炉の大型化と連続燃焼炉への切り換えである。
しかし,ダイオキシン対策において「大型連続炉」が優れているという科学的根拠はない。また,「大型連続炉」は,必然的に大量の廃棄物を必要とし,更に「高温溶融炉」導入促進は,高カロリーの廃棄物を必要とし,技術的にも未熟なものである。
つまり,これら焼却施設の設置及び廃棄物処理の広域化は,分別回収処理などの焼却する廃棄物の質の面からも,ゴミ減量など焼却する廃棄物の量の面からも,あるべき廃棄物対策に全く逆行する結果を招き,大量生産・大量消費・大量廃棄の社会を維持強化するものとなってしまうのである。 |
| 4. | 国は,上記焼却施設切り換えを,国庫補助金等の政策によって,各地方公共団体へ押し付けている。
廃棄物問題は,各地の地理的条件・人口や市民の協力等と密接に関連している。ところが,国から一律に焼却炉の大型化・連続化・処理の広域化方針を押しつけられた各市町村は,実状に合わない押しつけに,過大な設備投資を迫られるなど財政面を含め困惑している。
このような中央集権的廃棄物行政は,地方公共団体への押しつけと地域住民の反対運動などの市民及び市氏団体の積極的活動を封じ込めることにつながり,各地の実状に応じた,あるべき廃棄物対策の実現を困難させてしまっている。
廃棄物対策においてこそ,憲法・地方自治法に謳われている地方自治が尊重されるべきものであり,国の関与は調整的・サービス的機能に限定されるべきである。 |
| 5. | ダイオキシンによるリスクは無数の有害物質によるリスクの氷山の一角である。今般成立したダイオキシン類対策特別措置法は,あらゆる規制基準のもととなる耐容一日摂取量を(TDI)を4pg以下とした。しかし,その数値設定は,現状追認の値でしかなく,発ガン性や複合汚染的リスクの検討がほとんど手付かずの現段階においては,このような数値を定めることは,これらのリスク評価を度外視したものに他ならず,時期尚早である。
したがって。TDIについては,ダイオキシン類に関する知見が,必ずしも科学的に集積されていないことに鑑みても,当面「限りなくゼロに近づける」という暫定目標としての位置づけ以外には妥当性を見いだすことはできないというべきである。 |
| 1. | 発生抑制の理念=入口規制
ダイオキシン類は,我々を取り巻く有害物質の一つである。このような有害物質については,国の対策のような,当該物質の排出後に規制する方法ではなく,入口規制,つまり,「もの」の生産→流通→消費→排出→処分の過程において,できる限り上流から取り除いてしまう方法が環境対策として有用であることは明らかである。
そして,更に大量生産・大量消費・大量廃棄の社会経済構造から天然資源の消費を減らし,持続可能な環境保全の社会経済構造とするために,ダイオキシン対策を廃棄物対策の一環として位置づけ,有害物質管理を十分なものとし,廃棄物自体の発生抑制,焼却量自体の低減化に視点を置いた政策を採るべきである。これが,あるべき発生抑制の理念である。 |
| 2. | ダイオキシンの発生源
ダイオキシンの発生の科学的メカニズムについては,現在までの知見によって相当に明らかになったとはいえ,必ずしも全てが明確になったどは言い難い。特に塩素あるいは塩素系化合物が焼却対象となる場合にダイオキシンが大量に発生するのか否か,.その発生抑制の一環として,かかる関連製品の生産者の責任を間うべきか否かについては議論のあるところである。
しかしながら,有害物質管理の観点から,このダイオキシン問題を契機とし,我が国においても生産者責任を明確化すべきである。 |
| 3. | リサイクル政策の位置づけ
我が国においても,各立法によるリサイクル政策が打ち出され,一般的にも,リサイクル=環境保全というイメージが広がっている。
しかし,リサイクルは,大量生産・大量消費を許容あるいは推進する危険が認められるのであって,決して過大評価はできない。すなわち,リサイクル可能なものと不可能なものとがあり,しかもその前段階での対策を講.じなければ,リサイクルの過程自体で大きな環境負荷を与える場合があるのである。リサイクルは,焼却や埋立よりは優れた方策であるが,更に「もの」自体の生産,消費を減らすことの方がはるかに優れた方策である。
したがって,リサイクル政策は,発生抑制対策より劣後した方策であることを認識したうえで政策策定を行うべきである。 |
| 4. | 生産者責任の原則の確率
発生抑制は,明確な生産者責任の政策立案実施によって実現すべきである。
生産者責任の考え方は,廃棄物処理の費用負担を,市町村及び納税者ではなく,製品の生産者,流通業者,排出者等になさしめるというものである。
市町村及び納税者が一律に廃棄物処理の費用を負担する従来の方法では,費用負担において製品等を使用した人と使用しない人との区別を問わないため,両者問における不公平が生じ,また,使用者・排出者に,使用や排出の回避を動機付けることができない。
したがって,市町村ではなく,製品に関わる者が廃棄物を処理する費用を負担すべきである。
更に,廃棄物処理の責任は,第一次的には生産者が負うべきである。生産者こそが,製品及び有害物質の特徴をもっとも知り,もっとも目的にそった活用のノウハウを開発できる立場にあるからである。そこで,環境負荷を与える製品を生みだした生産者は,その分の責任を負うことにより,技術的にもリユース・リサイクル・安全な処理の方策を開発する動機付けともなるのである。
諸外国の実践例などに学びながら,生産者責任の具体的内容を綿密に検討しつつ早急に立案実施すべきである。 |
| 5. | 経済的手法の導入
ダイオキシンに象徴される有害物質の対策において,環境を保全する手法としては,規制的手法と経済的手法とがあるが,ダイオキシン対策の場合,これまで,ほとんど規制的手法が採られてきた。
しかし,あるべき発生抑制あるいは入口規制の理念実現のためには,大量生産・大量消費・大量廃棄の経済システムそのものを,環境保全の費用を考慮に入れること(環境コストの内部化)が必然とされる経済システムに変革していくことが求められる。
生産者責任を明確にする政策立案実施だけでは,ダイオキシン発生に関わるあらゆる場面に対処することはできないゆえに,発生抑制の理念実現のためには,更に,経済的手法を導入した政策立案実施をなすべきである。
そして,海外の諸策を参考としながら,デポジット制・環境税・課徴金制度・ゴミ有料化(なお家庭ゴミについては否定的である)などの経済的手法について,各地の実状に応じて綿密に検討し,有効に機能すると判断される手法は積極的に導入し,環境負荷を与えるあらゆる過程を抑制する経済的方策をとるべきである。 |