| 1. | 犯罪被害者は,これまでセンセーショナルなマスコミ報道の主役になることはあっても,刑事裁判手続においては,証拠方法の一つとしかみなされず,まさに「忘れ去られた人」「周辺の人」と評されても過言でない地位に置かれてきた。
そして,このことは,ひとり刑事手続においてだけではなく,被害によって受けた精神的衝撃からの回復,治療や休業により生じる財産的損害の補填などの面においても,十分に遇されてきたとは言えなかった。
また,犯罪被害者は,犯罪行為によってだけではなく,事件後のマスコミによる取材攻勢と報道,捜査機関による取調,公判廷での証言,示談交渉など弁護士を含む加害者側関係者との折衝,地域社会での人間関係などの場面においても,追い打ちをかけられるように精神的被害を受けることが稀ではない。
このような二次的あるいは三次的な被害の深刻さは,ときに我々の想像を超えるものがある。
我々弁護士は,このような犯罪被害者の置かれている状況に,必ずしも十分な認識を持っていたとは言い難く,従って,その支援のための活動も不十分なものであったことは否定出来ない。 |
| 2. | 欧米諸国では,既に1970年代後半から,「犯罪被害者の復権」が叫ばれ,その後,支援のための諸制度が作られるなど,民間支援団体の活発な活動とも相まって,わが国とは比較にならない程の犯罪被害者の保護と支援が行われてきている。
わが国においても,このような欧米諸国の潮流の影響もあってか,被害者支援の必要性が主張されるようになり,地下鉄サリン事件など昨今の重大犯罪の多発と深刻な被害の発生が,最早これ以上犯罪被害者問題を放置しておけないことを明らかにした。
1992年に東京医科歯科大学に開設された犯罪被害者相談室は,日本で初めてと言ってよい犯罪被害者に対する精神的支援を専門とする組織であるが,各地においても被害者支援団体や自助組織が地道な活動を始めていた。
1999年5月この相談室が中心になって,「全国被害者支援ネットワーク」が結成されたことは,この間の被害者支援活動の高まりを示すものであるが,このネットワークは,現在ではさらに幅広い活動に取り組んでいる。
他方,国においても,警察が中心となって被害者相談などの犯罪被害者対策が取られているが,本年に至り,「犯罪被害者の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」(以下「犯罪被害者保護法」と言う)「刑事訴訟法及び検察審査会法の一部を改正する法律」の制定がなされた。
わが国においても,ようやく犯罪被害あるいは犯罪被害者に光があてられ始めたのである。 |
| 3. | 我々は,本日行われたシンポジウムにおいて「犯罪被害者と弁護士・弁護士会の役割」をテーマに,本問題を議論した。
その中では,ようやく緒についたわが国の犯罪被害者支援の抱える様々な問題が明らかになった。
今回の刑訴法改正や犯罪被害者保護法の評価については,法施行後の実態を見守る必要があるが,これによる被害者支援は,あくまで刑事手続においてのことであり,しかも行刑段階でのそれは考慮されていない。
民間支援団体の活動は,ほとんどがボランティアによるものであるが,恒常的な資金不足が活発な活動の展開を阻害し,広報活動が十分に出来ないことは,肝腎の犯罪被害者からのアクセスさえ困難なものにしている。
また,犯罪被害者支援の活発な諸外国に比べると,支援活動の実績や知識・ノウハウの蓄積も決して多くはないことから,被害者に対する適切・迅速な支援が必ずしも実現されていない面がないではない。
被害者の財産的被害の回復や経済的な補償については,犯罪被害者等給付金支給法が制定・運用されているものの,この制度は,何よりも給付金額が低いという点で,被害者やその遺族の満足を得るには至っていない。 |
| 4. | ところで,日弁連は,1999年10月22日「犯罪被害者に対する総合的支援に 関する提言」を公表し,国は犯罪被害者基本法を制定し,犯罪被害者支援のための 総合的な施策の立案・実施をすべきであるとし,日弁連においても,犯罪被害者支援制度に関する総合的な調査研究の実施,単位弁護士会における犯罪被害者支援相談窓口の開設・運営の支援,民間支援組織等との協力関係の構築などの取組を行うことを表明した。
他方,各地の単位弁護士会においても,1999年4月ころから,次々に犯罪被害者支援センターや相談窓口の設置・運営が行なわれるようになった。
これら活動の期間は未だ短いものではあるが,相談の内容は法律問題に限るのか,精神的な支援も行うのか,弁護士に精神的支援など出来るのか,支援活動と弁護士業務との関係はどのように把握するのか,活動資金の確保はどうするのかなどいくつかの問題点が指摘されている。 |
| 5. | 他方,諸外国に目を転じてみると,以下のような実情が見えてくる。
刑事司法における被害者の地位に関して,ドイツでは,1986年被害者保護法が成立し,このなかで,すべての被害者に刑事手続結果の通知請求権・記録閲覧権等の情報を得る権利や弁護士等の援助や立会を受けられる権利が認められ,また,一定の犯罪被害者については,公判廷に出廷する権利,私人としての訴追に関する権利,裁判官などの忌避権,質問権,異議申立権,証拠申請権,陳述権などの権利が認められている。
被害者支援の活動資金について,イギリスでは,全国の支援団体に国から総額で2000万ポンド(約33億円・1998年)が,補助金として交付されており,アメリカにおいても,国の犯罪被害者基金から全米各地の民間支援団体に,総額で3億ドル(1998年)が補助されている。
ドイツの民間支援団体である「白い輪」は,年間約2400万マルク(約12億円)の活動資金について,約半分を一般からの寄付金で,残りを会員の年会費,国に納付された罰金からの割当金,その他で賄っているが,寄付についての免税措置が有効に作用しているようである。
また支援活動の内容も多様であり,例えばアメリカでは,犯罪発生直後から捜査・公判段階,さらには矯正段階においても,さまざまな官民による被害者支援活動がなされている。
犯罪発生直後の例で言えば,専門家による危機介入,緊急の食料・金銭・衣服の援助,そして犯行現場の清掃・鍵や窓の修理と取替のような支援までがなされている。 |
| 6. | 以上のような状況のなかで,我々は,国などに対し,次のような提案をし,また弁護士・弁護士会としても,次のような努力をする旨宣言する。
| (1) | 国・地方公共団体は,次の立法と施策を実行すべきである。
| A | 犯罪被害者の権利保障の基本理念を定めて,犯罪被害者の法的地位を明らかにし,被害者支援の諸施策の基本方針を定める犯罪被害者基本法を制定する。
| | B | そして,当面次の施策を実施すべきである。
| a | 犯罪被害者に対する経済的補償については,一定の故意犯による死亡と重傷害のみを対象とし高度の後遺症だけが補償範囲とされ,しかも給付金額が十分なものではないなどの問題点が指摘されている現行の犯罪被害者等給付金支給法の改正にとどまらず,新たに犯罪被害者補償法を制定し,公的な被害者補償制度を確立する。 |
| b | 被害を受けた直後の犯罪被害者に対する物心両面の支援の必要性を十分に理解し,これを速やかに且つ的確に実行できる人的・物的体制をもつ緊急支援制度を設置し運営する。 |
| c | 経済的な理由で弁護士を依頼できない犯罪被害者に対し,公費による援助制度を設ける。
法律扶助制度の適用を弁護士の犯罪被害者支援業務に拡充することが現実化しつつあるが,同制度に対する予算措置を大幅に拡大することも一つの方法である。 |
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| C | 加害者の行刑に関するものも含め被害者に必要な情報を提供するなど,被疑者・被 告人の権利を不当に制限しないよう慎重に配慮しつつ,刑事司法における被害者の地 位の確保をさらに検討する。
| | D | 民間の犯罪被害者支援団体に対して,財政的な援助を行い,これら団体に対する民間からの寄付についての免税措置を設ける。 |
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| (2) | 我々弁護士・弁護士会は,次のことを実行すべく努力する。
| A | 犯罪被害者の「弁護士に対する距離」は,我々の考える以上に遠いものがある。
このような弁護士に対するアクセス障害を解消する意味で,既に相当数の弁護士会では,犯罪被害者相談窓口を設置しているが,これを全国的規模で展開するとともに,相談業務の充実をはかる。
また,迅速な対応を実現するためには,犯罪被害者当番弁護士制度の設置・運用も検討すべきである。 |
| B | 犯罪被害者への効果的な支援については,警察・検察はもとより,精神科医・カウンセラー,福祉その他の専門家によってなされる部分が多く,弁護士を含むこれら専門家の協働・連携があって初めて十分な被害者支援が可能になる。
このようなことから,弁護士会としては,これら各種専門家あるいはその団体と協力して支援活動にあたれる体制を構築する。 |
| C | 加害者側の弁護人として,あるいは被害者から相談を受け,さらには被害者の代理人としてであっても,我々弁護士の言動・行為により被害者に二次・三次被害の発生する可能性があることを十分に認識し,被害者に対し,適切な対応ができるよう研修を実施する。 |
| D | 刑事司法手続における被害者の地位のありかたについては,被害者に当事者またはそれに近い地位を認めようとする考え方や,訴追側と被告人という二当事者対立構造の基本的な枠組の中で被害者に一定の権利を認めていこうという立場など議論の分かれるところであるが,前記立法により,わが国の刑事裁判手続においても,被害者に一定の関与が認められるに至ったことはまちがいない。
我々は,重罰化や適正手続の軽視につながるような被害者の関与には賛成できないが,被害者の地位が,刑事手続においてもさらに尊重されるべきことに異論はない。
刑事司法における被害者の地位のあり方については,今後更に検討すべきものとしても,一定の種類の犯罪について,しかも当事者が同意した場合に限り,加害者と被 害者が面接するなどして関係の修復をはかり,ときには被害弁償についての合意形成なども試みる「和解プログラム」などのいわゆる「修復的司法」の手法についても,関係各機関にも働きかけ,実現のために努力する。 |
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以上
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