平成14年度 決議

自然環境保全の視点から見るダム問題の解決について
(ダムに代わる総合的水循環社会の実現に向けて)

 わが国では,かつては,ダム建設の主目的は電力開発であり,発電用ダムが国策事業として多数建設されてきたが,高度成長期前後からは都市工業地帯に工業用水・生活用水等を供給しつつ洪水調節を図るという治水・利水の両面を目的とする多目的ダムが多数建設されてきた。
 他方,ダム建設事業により,河川の生態系・自然環境は回復不可能なダメージを受け,豊かな自然環境の中で平穏に暮していたダム建設予定地周辺の山村住民の生活も一変させられた。
 また,公共事業としてのダム建設は,基本高水流量・水需要予測・堆砂量予測に基づき,市民の関与や監視の手続のないまま,いわば密室で計画され,実施されてきた。しかし,近年,これらの数値の多くが,治水ダムについては科学的根拠に乏しく,また利水ダムについてはミスマッチしたものであり,むしろダム建設自体を目的とし,ダム建設正当化の為にする数値であったことが,専門家による検討の結果明らかになってきている。
 そうなると,公共事業としてのダム建設により,一方で税金を無駄遣いし,他方で河川の生態系・自然環境や生活環境を破壊するという二重の弊害が生じていることになる。
 従前のダム建設事業では,河川の生態系・自然環境は,ともすれば等閑視され矮小化された価値しか認められていなかったが,ヒトは,良好な自然・生活環境と生物多様性のネットワーク中でしか生存していけないのであるから,河川の生態系・自然環境は開発利益よりも優先すべき公益として捉えるべきである。
 そこで,われわれは次のように提言する。
 利水・発電用ダムについては,今後は基本的に新設の必要性を認めない。
 治水ダムについては,治水の方法論をダムのみに頼るのではなく,森林の水源涵養機能(所謂緑のダム)や河道の浚渫,堤防の強化等の河川改修や中下流域での遊水池・貯留池の設置等を組み合わせた総合的手法で対処すべき方策に転換すべきである。
 数十年前に計画された事業については,充分な情報の公開と市民参加の下で,現時点における事業の必要性・相当性について,徹底的な見直し・精査がなされるべきである。また,今後のダム建設に関わる河川行政は,透明で公正な情報公開と市民参加を前提に進められるべきである。
 既存のダムについても,計画段階で喧伝された当初の治水・利水目的と,現実的なその達成度を上記3の手法の下で精査・検証するとともに,ダム建設に起因する自然環境悪化の事実を優先的に考慮して,一定の条件の下では『ダム撤去』の手法により,失われた自然を再生するシステムを構築すべきである。
 以上,決議する。
2002年(平成14年)9月27日
関東弁護士会連合会

提案理由

第1 関東弁護士会連合会(以下「関弁連」という)は,過去のシンポジウムにおいて,「飲み水の危機――あなたはこの水を飲めますか」(1991年),「水資源の今日的課題(ダム建設を検証する)」(1992年)等,水に関わる問題を環境保全の視点から論じてきた。
 我が国では,戦前・戦後は産業の基盤である電力開発を目的としたダムが各地に建設されてきたが,火力発電が主流となると,利水機能と治水機能を組み合わせた所謂多目的ダムが全国各地に計画・建設され,各地でその弊害としてのダム問題を引き起こしてきた。
 現在,関弁連管内の各地でもダム事業が多数進められているが,同時に,各地で自然生態系がダムにより破壊される等として,ダム建設反対の市民運動が起きている。
 ダム問題は多角的な側面を有するが,関弁連は,(1)実体的問題の面(2)手続的問題の面(法制度や争訟を前提とした法的手続の面を含む)の2点からダム問題にアプローチし,ここに法制度の問題点の指摘・改善に関わる提言を行うものである。

第2 ダムに関する実体的問題
 環境問題としてのダム問題
 ダムが建設されることにより,ダムの上下流域の自然環境は一変する。河道が分断されることにより魚類の遡上・降海が阻まれ,ダム湖に放流された移入種が生態系を攪乱する。水環境や水質の悪化により植物相も変化を免れない。それらをエサとしてきた,昆虫,小動物や鳥類はこの人為的な環境の変化を直接に受ける。そして,食物連鎖の頂点に立つイヌワシ,オオタカ等の猛禽類にとっては,この変化は絶滅の危機をもたらしかねないものである。
 そればかりか,本来の洪水が上流から海岸部まで運搬していた土砂は,ダム湖に溜まる一方となり,ダム湖上流部では洪水危険性の増大,ダム湖内では膨大な堆砂問題,ダム湖下流域では河床低下,遥か下流の河口部においては海岸線の後退減少が生じてきた。ダム湖の出現と村落共同体の崩壊によりダム上流部では森林の荒廃が進み,ダム下流域の河川流量や河川環境が激変することも,既存のダムが証明している。
 ダム建設周辺地域住民の生命・身体に対する危険性
 牧尾ダムと1984年の長野県西部地震の関係のように,ダム湖の存在により群発地震が誘発されることは科学的に有力視されている。さらには,1964年のイタリア・バイオントダムの事例(ダム湖への土砂の流入による越流)や,1976年のアメリカ・ティートンダムや本年6月のシリアのゼイズーンダムの事例(ダム堤体の決壊)等,ダムの存在により人身に対する被害が生じている事例すらある。
 わが国の何れのダムにおいても,洪水調節能力の限界を抱えていることから,計画を超える流入量があった場合は,ダムがない場合よりはるかに高い洪水危険性をもたらし,生命に対する危険すら生じることとなる。
 ダム建設周辺地域住民の財産権・生活環境の破壊
 また,用地買収に際して,情報が公開されず,事業主体による密室での交渉が行われること等から,山村共同体の人間関係が破壊され,憎しみ合いや中傷合戦がなされ,ダム建設に反対する住民が村八分にあう事例もあった。ダム建設事業は,数十年単位の長期間にわたるため,水没予定地の住民は,1世代から2世代にまたがってまでその生活設計を狂わされ,法定の補償金程度ではとうてい償えない人権侵害を各地で引き起こしている。
 公共事業としてのダム問題
 ダム建設自体が,政官財(土建業者)の癒着構造のもと,とりわけ官僚と土建業者の自己保全のために『ダムを作ること』そのものが事業の目的化しているのではないか,との疑念がもたれるようになり,市民の目で行政政策を見直すべきとの見方が強まってきた。近年,行政情報公開の気運とともに,その見方は更に強まっている。
(1)開発利益と環境利益
 従来のダム計画では,経済波及効果が重視され,他方で自然環境・生態系の価値は矮小化されていた。その結果,単に高額なダム建設コストと,ダムにより創出される経済的効果が見合うか否かだけが衡量されてきた。しかし,『費用対効果』問題の一方の柱として優先的に考慮されるべきは,ダムの存在により将来世代にわたる『環境負荷・環境コスト』という公益である。
(2)諸外国の動向
 アメリカでは,1994年,開墾局総裁のD・ビアード氏により『大型ダム開発の終焉宣言』がなされて以来,ダムの撤去が議論・実施されるようになり,ダムを建設することは,もはや遅れた政策と見られるようになってきた。
 水との戦いにより国土を広げてきたオランダにおいても,従前,高潮対策として建設した河口堰(ハリングフロート河口堰)を開放し,「水を川の中に閉じ込めるのではなく,可能な限り溢れさせる」べきだと,水管理政策の発想が180度転換されている。
 ドイツでも,氾濫原であった場所のうち13カ所を調整池として,そこにポルダー(遊水池)を復活し,氾濫原の生態系の回復保全を計っている。
(3)関弁連管内の自治体の動向
 関弁連管内でも,2001年2月20日,田中長野県知事は,所謂『脱ダム宣言』を行った。この脱ダム宣言では,ダムのもたらす環境面の負荷を最も重要な軸と捉えて,それまでの政策から180度の転換を図ろうとして,次のように述べている。
『数百億を投じて建設されるコンクリートのダムは,看過し得ぬ負荷を地球環境へと与えてしまう。更には,何れ造り替えねばならず,その間に夥しい分量の堆砂をこれ又数十億円を用いて処理する事態も生じる。
 利水・治水等複数の効用を齎すとされる多目的ダム建設事業は,(中略)国からの手厚い金銭的補助が保証されているから,との安易な理由でダム建設を選択すべきではない。縦しんば,河川改修費用がダム建設より多額になろうとも,100年,200年先の我々の子孫に残す資産としての河川・湖沼の価値を重視したい。長期的な視点に立てば,日本の背骨に位置し,数多の水源を擁する長野県に於いては出来得る限り,コンクリートのダムを造るべきではない。』
 群馬県神流川流域の下久保ダムのある関口鬼石町町長も,2002年6月,関弁連公害対策・環境保全委員会のヒアリングに応え「下久保ダムの経験を踏まえ,同じ群馬県内で予定されている八ツ場ダム建設事業は,不要と考えるし,反対だ。」との意見を述べている。
 このように,世界的には勿論のこと,関弁連管内の自治体でも新しい風が吹き始めている。
(4)計画策定後長期間経過したダム建設の是非
 前述の開発利益よりも環境・生態系の価値を公益としてより優先すべきであるという21世紀の価値観に基づくならば,そのような視点・価値観を欠落したまま決定(ないし建設)された既存のダム計画(既設ダム)を見直す必要があると考える。
(ア)眠っているダム計画の見直しシステムの必要性
 ダム計画では,計画策定後長期間にわたり計画が進行しないケースが多々ある。そこには様々な要因が存在するが,長期間時間が経過した事実そのものが計画の合理性を疑わせるものがある。計画が中止になったケースを見ると,国や地方自治体の財政逼迫により,従来通りの公共事業としてのダム建設計画の推進が困難となったことが要因の主たるものである。財政上の観点から,不要不急の事業は後回しとし,緊急性や効果のある事業に財政投資をした結果,不要なダムが『寝ている』のである。
 1995年から運用されているダム等事業審議委員会は,長良川河口堰問題を契機として建設省(現国交省)内に設置されたもので,長期間『寝ている』ダムについて,その必要性を再検討しようとするものであるが,第3の2で述べるように問題が多い。
 また,「行政機関が行う政策の評価に関する法律」(2002年4月1日施行)は,いかなる運用がなされるのか不確定な段階であり,その効果はまだ実証されていない(この法律には,環境の視点が欠落しているが,附帯決議により環境の視点も導入することとなっている。)。公共事業としてのダム計画を見直すシステムの構築が必要な所以である。
(イ)既設ダムの撤去
 上記の自然環境・生態系の維持保全の価値に優先順位を与えるという視点・価値観を重視すれば,当然,アメリカの事例のように,そのような視点・価値観のないままに建設された既設のダムを撤去する必要性すら生じてくる。計画段階で喧伝された当初の利水・治水の目的と,現実的なその達成度を比較検証するだけではなく,ダム建設に起因する自然環境悪化の事実を優先的に考慮して,一定の条件の下では『ダム撤去』の手法を採用できるようなシステムの構築も真剣に検討されなければならない。

第3 手続的問題
 個別ダム事業に共通する計画策定の問題点
 個別ダム事業に反対する市民が共通に述べることは,『まずダムありき』という決定が先にあり,治水・利水等の目的や予測数値・計画数値は,ダム建設を正当化する為の恣意的な道具として用いられているということである。
(1)治水ダム
 利水目的については,過大な水需要予測に基づき,不必要な水源開発が行われているとの指摘が常にあった。そして,長期間の時間の経過により,当初の水需要予測と現実のそれとがミスマッチしていることをデータを基に批判されると,近時は,事業実施主体からは,治水目的によるダムの必要性が声高に叫ばれるようになった。
 しかし,これについても基本高水流量(河川のある地点でどれだけ洪水時に水が出るかを「毎秒Xトン」という数字で表したもの。これがダムや堤防等の計画の基礎となっている。)が過大に算定されていて,現実的ではないとの批判がなされている。
 基本高水流量は,流域住民の合意により策定されるべき相対的な数値に過ぎないのである。
 また,堆砂容量についても,過少な見積がなされていたことが,美和ダム等の数多の既設ダムで実証されている。
 山間に作られるダムによる治水の効果は,必ずしも机上の計算どおりの効果が得られるとは限らず,むしろ流域の森林を整備し水源涵養機能を向上し,加えて河道の浚渫,堤防の嵩上げ等の河川改修や中下流域での遊水池・貯水施設等を組み合わせた治水の手法の方が効果がある。
(2)利水ダム
 利水ダムでは,過大な水需要予測に基づき,不必要な水源開発が行われているとの指摘が常にあり,しかも当初の水需要予測と現実のそれとが,ミスマッチしていることがデータにより裏付けられている点は前述した。
 そもそも,利水目的で際限なく水源開発を続けることは,『大量生産・大量消費』が美徳とされた前世紀のわが国の特殊な価値観に基づいたものである。人口の減少や産業構造の変化を原因とする今後の水需要予測の変化を踏まえ,個別の利水ダム計画で喧伝される利水の必要性を,見直し,検証するとともに,なによりも節水型社会への転換を図る必要がある。それが出来れば,新たな水源開発は不要との結論が出ようし,更には既存のダムを撤去する必要すら生じてくる。
(3)発電用ダム
 発電用ダムにおいても,利水ダムで述べたことがそのまま当てはまる。過大な電力需要予測に対する見直し,環境負荷の少ないエネルギーへの転換,節電型社会の実現により,既存の発電用ダムを撤去する必要すら生じてくる。
 電源開発については,化石燃料や原子力,水力への依存をやめ,よりクリーンで環境破壊の少ない風力・波力・地熱・太陽光発電の技術開発の推進や,火力発電における天然ガスの燃料供給比率の向上を更に押し進めるべきである。
 ダム計画の決定方法の改変と見直し手続の必要性
(1)個別のダム事業に共通する問題点は,手続の不透明さにも原因がある。恣意的に決められた上記1の計画数値を,事業主体が金科玉条のように掲げ,治水の必要性や水源開発の必要性を旗印に,各地でダムが濫造されてきたのだから,その検証と反省から,ダム計画の基本となる計画数値を検証するシステムを確立する必要がある。
 前述したダム等事業審議委員会や新河川法における河川整備計画案の作成に際する措置では,形式上,市民や利害関係人が,意見具申や公聴会への出席により計画に関われるかのような体裁が取られている。
 しかし,その市民参加の方法は,実に不十分なものであり,却って『市民の意見を聞いた』と事業者にお墨付きを与える弊害すらある。
 また,新河川法でも,河川管理の基本である基本方針,基本高水,計画高水等を決定する河川整備基本方針は,河川審議会で決定するとされているが,そこには市民が参加するシステムはなく,いわば『ブラックボックス』状態のままである。
 ダム計画や,ダム計画の見直し手続に,市民が『河川の生態系・自然環境』を代弁したり,自らの生命・財産権を保全する目的で実質的に手続参加できるシステムを早急に構築する必要がある。それらの制度のあるべき姿としては,現存する制度のように,行政機関内部に位置付けるのではなく,独立した中立公正な法律上の機関として位置付けなくてはならない。また,審議の方法や委員の選任の透明性を高めると共に,その決定に事業主体等に対する拘束力を付与する必要がある。
(2)また,現行のダムに関わる法体系は複雑多岐にわたっている。様々な法律がダム建設の根拠法とされた結果,ダムを巡る法体系は,複雑怪奇なものとなっている。このことが,前述の密室で決定する方法を温存し,ひいては市民参加を阻む要因でもあるのだから,その法体系を統一し,市民に対して分かりやすく参加しやすいものとするようにする必要がある。
 加えて,現行の行政訴訟の枠組みでは,ダム建設の差止を裁判所に認めさせることは非常に困難がある。そこで我々としては,今般の司法制度改革の中で,原告適格を広く認めること,審議会等の決定・許認可等に「処分性」を広く認めて司法審査が可能となるような仕組み,ひいては国の税金の使い途に対する監査請求・住民訴訟類似の納税者訴訟類型の設置の実現を計ることを目指し,広く賛同を得るよう努力する決意である。

第4 結論
 上記の視点に加え,我々は,関弁連が過去に調査し資料等の情報を有している北欧諸国や外国の法制度とも比較参照しつつ,(ア)人口の減少・産業構造の変化・水需要の変化を見込んだ公共事業一般に通じる「逆開発の手法」を更に明確にし,(イ)今後のダム建設事業に対する歯止めとしての(a)ダム建設事業見直しの具体的な手続・実体法(b)節水法(条例)等の立法提言,(ウ)既に建設されたダムにより現実に失われた自然環境を回復するために,ダム撤去のプログラムについて具体的な提言,更には(エ)ダム問題に苦しむ市民に対して効果的な法的手段の採り方,弁護士へのアプローチ方法等について,助言,援助できる体制の構築などについても,今後さらに研究提言を続けることを決意して,この『決議』を行うものである。
 以 上