平成14年度 宣言

「子どものための法教育」に関する宣言

 我が国が,個人を尊重する自由で公正な民主主義社会として健全に発展するためには,国民一人ひとりが,立憲民主制の意義及び法が果たすべき役割を理解し,自律的主体的に行動しなければならない。
 ところで,我が国の現状を見ると,政治参加については,若年層の投票率の低下に象徴的にみられるように民主主義の形骸化が叫ばれ,また,刑事事件については,重大事件が起こるたび,弁護人に対し,なぜ悪人の味方をするのかなどの非難が繰り返しなされ,民事事件においては,法の無知による泣き寝入りや法に反しない限り何をしてもかまわないという利己主義的な権利行使の態度がしばしば見受けられる。このような現状は,国民が,自由で公正な民主主義社会の意義及び法の役割を理解していないことの現れであるように思われる。
 このような現状を変革し,我が国が理想的な社会として発展していくためには,国民一人ひとりが,自由で公正な民主主義社会の構成員として,自分たちの身の回りに起きる様々な問題や社会の問題について自律的主体的に考え,判断し,行動する能力を身につけなければならない。そのために,「法律専門家」ではない人々を対象に,法とは何か,法がどのように作られるか,法がどのように用いられるのかについて,その知識の習得に止まらず,それらの基礎にある原理や価値例えば,自由,責任,人権,権威,権力,平等,公正,正義などを教えるとともに,その知識等を応用し適用して使いこなす具体的な技能と,さらにそれを踏まえて主体的に行動しようとする意欲と態度について併せ学習し身につける機会,すなわち「法教育」を提供する必要がある。
 法教育は,国民全体に対し提供されなければならないが,とりわけ,我が国の未来を担う子ども,具体的には,小学生段階から高等学校段階において,その成長過程に応じた内容の法教育を実施することが重要であり,これを速やかに実践する必要がある。
 そのためには,多くの教員による積極的な取り組みが必要不可欠である。しかし現在のところ,我々が目指す法教育は教育関係者にあまり知られていない状況にある。そこで我々は,まず法教育の必要性と重要性について,教員,教育学者,文部科学省などの教育関係者に対し,その理解を得ることを求めるとともに,その普及・実践への取り組みを要望するものである。
 また我々弁護士も,現実の社会において法を担う専門家として法の理念を社会に広めるべき責務を負っているのであるから,何よりも,我々が法教育の普及及び実践に尽力しなければならない。法教育の必要性と重要性は,我々弁護士の間でも十分に認識されていないことから,我々は,全国の弁護士会及び弁護士に対しても,我々の目指す法教育の重要性について訴え,理解を得なければならない。
 そして,子どもへの法教育を効果的に普及させ実践させるためには,法の専門家である弁護士及び教育の専門家が緊密な連携のもとに研究を行い,実践的なカリキュラムを開発し,実際の授業を担当する教師・講師を育成するための教育の手法を含めた研修等が必要となる。
 また,弁護士会は,法的な教育を実践している司法書士会・消費者生活センター・裁判所・民間団体などとも積極的に情報交換をする必要がある。
 我々関東弁護士会連合会は,このような法教育の研究,カリキュラムの開発,情報交換等を,継続的かつ専門的に行う全国的な組織が必要と考え,日本弁護士連合会に対し,法教育のための専門委員会等を早急に設置することを要望する。そして,我々関東弁護士会連合会は,全国の各単位弁護士会,弁護士,教育者及び関係諸機関,マスコミ,国民などに対して,21世紀の我が国が自由で公正な民主主義社会として発展していくために,子どもに対する法教育の必要性と重要性を訴え,これら諸機関や広く国民と連携しつつ,子どものための法教育を我が国に普及させるために尽力することを固く誓うものである。
2002(平成14)年9月27日
関東弁護士会連合会

提案理由

1. 法教育とは,「法律専門家」ではない人々を対象に,法とは何か,法がどのように作られるか,法がどのように用いられるのかについて,その知識とそれらの基礎にある原理や価値―例えば自由,責任,人権,権威,権力,平等,公正,正義など―を教えるとともに,法を作り,法を用いるための具体的な技能とさらにそれを踏まえて主体的に行動する意欲と態度を身につけてもらう教育である。これまでにも,憲法教育,司法教育,人権教育,消費者教育などがなされてきたが,これらは,いずれも特定の分野に重きを置く教育であり,法教育はこれらを包括する概念である。
2. 法教育の目的は,個を尊重する自由で公正な民主主義社会を実現することにある。そして,そのために「理想的市民」「良識ある公民」を育成することにある。日本国憲法第13条は,「すべて国民は,個人として尊重される」と規定する。我々は,21世紀において,個人が尊重される公正で自由な民主主義社会の実現に尽力すべきであると考える。自由で公正な民主主義社会において,法は,人々の独自の善き生き方を追求することを保障するとともに,人々が互いに平和的に共存していくための基本的な枠組を与える。国民には,このような社会の仕組みと法の目的を理解し,法を主体的に活用して,自らの人生を豊かにしていくことが望まれる。そのためには,法を単なる知識として学習するに止まらず,法の知識をもとに,それを応用し適用する技能と,それを踏まえて行動する意欲・態度が三位一体となって併せ育成され,これらが総合的に習得されなければならない。
3. ところで,我が国の現状を見ると,権利意識の高まりが見られるものの,他方で,法が国民に理解され,活用されているとはいいがたい面もみられる。たとえば,国民は,法を権力者が社会を統治するためのもの,お上から命じられるものと受け止めがちである。また,国民が,法についての断片的な知識しか有しないためか,あるいは法の精神を理解していないための病理的現象が見られる。たとえば,政治参加の面においては,政治への無関心と投票率の低下に象徴される民主主義の形骸化が見られ,また,刑事事件においては,重大事件が起こるたび,マスコミなどから弁護人に対し,なぜ悪人の味方をするのかなどあたかも法に基づく弁護活動が不当であるかのごとき非難が繰り返しなされ,民事事件においては,法の無知による泣き寝入りや法に反しない限り何をしてもかまわないという利己主義的な権利行使の態度がしばしば見受けられる。これらの原因としては,法に関する単なる知識の習得に止まらず,その知識を使いこなす技能及び主体的に行動しようとする意欲と態度を三位一体となって併せ育成するような学習の機会を国民に対して十分に与えてこなかったことがあげられる。
4. 我々が,学校教育の中で,法がどのように教えられ,習得されているかについて調査したところ,教科書についていえば,中・高校生の公民分野では,法に関連した記述はひととおり触れられているものの,その記述相互間の有機的関連を意識した記述は少なく,また法技能面については,コラム欄を設けるなどの工夫は見られるものの教科書本文中にはほとんど記載がない。また,現場の教員の中には,教材や授業時間の制約の中で,良い授業を実践すべく模索している者がいることもうかがえた。しかし,法教育に関しては,日常生活の中で法を活用し応用できる力を習得させ主体的に行動しようとする意欲と態度を身につけさせるとの観点が希薄であり,抽象的な知識の習得に偏りがちであるのが現状である。我々の実施した生徒に対するアンケート調査の結果からも,具体的な紛争や問題点を解決するには,知識,技能,意欲・態度のいずれの面においても生徒の能力が不十分であることが認められた。また,学校教育以外の場では,弁護士会を含む諸団体が,これまで子どもたちを対象とする法廷傍聴,出前授業,模擬裁判の指導など司法制度への理解を広めるべく地道な努力を行っており,これらは一定の評価はできるものの,前述の法教育の目的からすると,十分なものとはいえない状況にある。これに比して,日本と同じ民主主義国家である米国においては,「生まれながらの理想的市民」はいないという考えのもとに,民主主義を担う理想的市民を育成すべく教育者及び法曹が意欲的に法教育に取り組んでいる点が注目される。
5. 現在の日本社会は,21世紀を迎え,あらゆる領域において重大な転換期にある。たとえば,価値の多様化に伴い道徳・慣習などの伝統的価値観による社会統制機能が低下し,法による社会統制の比重が高まりつつある。また,現在,政治改革,行政改革,地方分権推進,規制緩和などの各種の経済構造改革が進められており,これらの改革が実現した社会においては,自由競争・自己責任がこれまで以上に重視される。そのような社会で,国民が,自らの善き生を実現し,生き抜くためには,法を積極的に活用していく意欲と能力が必要不可欠である。また,「市民による司法」を目指す司法制度改革の重要な課題の一つとして,裁判に国民が関与する「裁判員」制度が導入されるが,そのためには参加する国民に法的な資質が求められる。これらの時代状況をふまえて,司法制度改革審議会は,平成13年6月12日の最終意見書のなかで,「学校教育等における司法に関する学習機会を充実させることが望まれる。このため,教育関係者や法曹関係者が積極的役割を果たすことが求められる。」と述べている。現在我が国では,司法制度改革が精力的に進められているが,法を真に国民のものとするためには,何よりも国民に対する法教育が必要不可欠であり,法教育の具体的施策を司法制度改革担当各方面に対し求める必要がある。
6. 法教育は,国民全体に対し提供されなければならないが,とりわけ,規範意識を習得させるためには,小学生段階から高等学校段階における法教育が重要であり,また可能である。すなわち,法,人権,権力,権威,自由,責任,平等,公正,正義といった概念を子どもの成長段階と発達過程に応じて身近で具体的な事例や説例を通じ,生徒参加型の双方向的,多方向的な教育手法で学習されなければならない。そして,これら学校教育段階の子どもへの法教育を実施するには,学校教育の現場での多くの教員による積極的な取り組みが不可欠である。しかし,現在のところ,我々が目指す法教育は,教育関係者にあまり知られていない。そこで我々は,法教育の必要性と重要性について,教員,教育学者,文部科学省などの教育関係者に訴え,理解を得なければならない。法教育は,その名称から,「法律教育」と曲解されるなど専門的であるかのごとき誤解を与えかねないが,決して,専門的なものではなく,子どもが,自ら学び自ら考える「生きる力」の育成に資する,いわば21世紀版の「読み書きそろばん」である。さらには,法教育の実践は,子どもを権利行使の主体として育成することから,子どもの権利条約の精神にも合致するものである。以上から,我々は,子どもへの法教育の普及実践へ向けて教育関係者に対し積極的な取り組みを要望する。
7. ところで我々弁護士は,教育関係者に法教育を委ねるだけではなく,我々自身も積極的に行動しなければならない。我々は,現実社会における法の専門家として,法の理念を社会に広めるべき責務を負うから,子どもへの法教育についても尽力しなければならないことはいうまでもない。しかし,法教育の必要性と重要性は,弁護士の間でも十分に認識されているとは言えない現状にある。したがって,我々は,何よりもまず,全国の弁護士に対し,我々の目指す法教育の目的,内容や重要性を知ってもらい,実践を促すことが必要である。
8. そして,我が国において,子どもへの法教育を効果的に実践し普及させていくためには,米国における法教育カリキュラムなどを参考にしながら,法の専門家である弁護士及び教育の専門家が緊密な連携のもとに研究を行い,日本社会に適した実践的なカリキュラムを開発し,実際の授業を担当する教師・講師を育成するため教育の手法も含めた研修等が必要となる。また,弁護士会は,法的な教育を実践している諸団体などとも積極的に情報交換をし,法教育を広める必要がある。
 そしてこのような法教育の研究,カリキュラムの開発,情報交換等を効果的に実践し普及させるためには,継続的かつ専門的に取り扱う全国的な組織が必要であり,そのために,日本弁護士連合会に於いて法教育のための専門委員会等を早急に設置することが必要である。
9. 我が国は,現在,明治維新,戦後改革に匹敵する第三の大きな改革期を迎えている。そのような変革期に,日本国憲法が理想とする自由で公正な民主主義社会を実現するためには,仕組みとしての司法制度を改革するだけではなく,法を用い,動かす国民の法意識,態度が変わらなければ,真の改革は実現されないと考える。
 よって我々関東弁護士会連合会は,個を尊重する自由で公正な民主主義社会を実現するために,全国の各単位弁護士会,弁護士,教育者及び関係諸機関,さらにはマスコミ,国民など広く各方面に対し,子どもに対する法教育の必要性と重要性を訴えるとともに,互いに協力しあいながら,法教育の普及と実践に尽力することを誓うものである。
以 上