平成23年度 決議1

東京高等裁判所管内の司法基盤の整備充実を求める決議
  1.  東京高等裁判所(以下「東京高裁」という。)管内の司法については重要な課題が山積している。とりわけ,以下に述べる4点は,放置できない喫緊の課題であり,早急に実現すべきである。
    (1) 東京地方裁判所,東京家庭裁判所(以下「東京地家裁」といい,他の地方裁判所,家庭裁判所を併せていうときは「地家裁」という。)立川支部は,独立した地家裁本庁とすべきである。
    (2) 市川簡易裁判所と千葉家庭裁判所市川出張所の管轄地域に地家裁支部を新設すべきである。
    (3) 横浜地方裁判所相模原支部において,民事・刑事の合議事件が扱えるようにすべきである。
    (4) 東京高裁管内に設置されているさいたま地方裁判所,さいたま家庭裁判所(以下「さいたま地家裁」という。)秩父支部,前橋地方裁判所,前橋家庭裁判所(以下「前橋地家裁」という。)沼田支部,千葉地方裁判所,千葉家庭裁判所(以下「千葉地家裁」という。)館山支部,同佐原支部,水戸地方裁判所,水戸家庭裁判所(以下「水戸地家裁」という。)麻生支部,静岡地方裁判所,静岡家庭裁判所(以下「静岡地家裁」という。)掛川支部には裁判官が常駐していない。これらの裁判所に,早急に,裁判官が常駐するようにすべきである。
  2.  関東弁護士会連合会は,東京高裁管内の司法が,社会の期待に応えるものとなっていないことを直視し,管内の地域司法を整備充実させるための突破口として上記喫緊の課題に取り組むとともに,解決が強く求められている東京高裁管内の地域司法についてのその他の課題にも取り組む所存である。これらについては,他の弁護士会連合会の地域司法の整備充実に向けての取り組みと連携し,日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)及び単位弁護士会とともに,最高裁判所(以下「最高裁」という。),法務省,政府その他関係機関はもとより,都道府県などの地方自治体や社会の各界各層によびかけ,それらの実現に向けて行動を開始する。
  3.  また,これらの課題及び東京高裁管内のその他の課題,さらには他の高等裁判所管内の地域司法の諸課題を実現するために,「地域司法の基盤を整備するための検討会議」(仮称)を内閣のもとに設置することを求める。この検討会議は,法曹三者だけでなく有識者や司法の利用者である市民も参加するとともに,各都道府県の市民が置かれた実状と裁判所の実状を充分調査して,各地の地域社会の期待に応える司法のあり方について議論し,提言するものとする。
    以上決議する。
2011年(平成23年)9月30日
関 東 弁 護 士 会 連 合 会


提案理由
  1. 2001年に司法制度改革審議会意見書(以下「意見書」という。)が発表されてから10年が経過した。裁判員裁判,法科大学院,法テラス,労働審判などの諸制度が発足し,それぞれに検証の時期を迎えている。意見書は,「司法制度改革の3つの柱」の第1として,「国民の期待に応える司法制度とするため,司法制度をより利用しやすく,分かりやすく,頼りがいのあるものとする」ことを挙げ(9頁),「国民の期待に応える司法制度の構築(制度的基盤の整備)」を目標にした(9頁)。また,「ただ一人の声であっても,真摯に語られる正義の言葉には,真剣に耳が傾けられなければならず,そのことは,われわれ国民一人ひとりにとって,かけがえのない人生を懸命に生きる一個の人間としての尊厳と誇りに関わる問題である」(5頁)という司法の役割の根本も確認した。ところが,意見書が目指した「利用しやすく,分かりやすく,頼りがいのある司法」は,この10年の司法改革によっても実現されたとは言いがたい。当連合会は,2008年,横浜市で開かれた定期大会において,「市民の身近にあって利用しやすい司法を目指して−司法基盤の整備と弁護士過疎・偏在の解消を」と宣言した。この宣言に基づいて横浜市に都市型公設事務所が設置され,1期生として採用された弁護士が,本年4月,千葉県鴨川ひまわり公設事務所の初代所長として赴任するという成果を上げている。新潟でも都市型公設事務所の検討が始まるなど,弁護士過疎偏在解消は着実に成果を挙げてきた。また,司法試験合格者の増員に伴って,弁護士人口が増加し,管内の弁護士会にも,支部を含め弁護士が増加した。ところが,この10年を振り返ると,裁判所・検察庁支部や簡易裁判所,家裁出張所などの司法基盤の整備が進んでおらず,管内の司法は,平成の司法改革を経てもなお,社会の期待に応える司法になっていないと言わざるを得ない。

  2. 地域司法から見た意見書の問題点
     全国に203ある地家裁支部は,本庁に比べて人的にも物的にも基盤が脆弱であり,「国民の期待に応える司法制度」とするためには,なによりも,地家裁支部の充実が求められていた。ところが,意見書は,裁判所支部や地域司法の充実という視点が充分でなかった。「はじめに」において「身近で利用しやすく,その期待と信頼に応えうる司法制度」(1頁)とすることを打ち出したが,地域司法の充実を図ることまではうたわなかった。弁護士ゼロワン地域の解消の必要性は指摘した(57頁)が,裁判官・検察官非常駐支部の解消や地家裁支部の体制の強化などについては言及しなかった。裁判官の大幅増員を求めた(16頁)が,それは裁判の迅速化のための人員として必要ということと裁判員裁判対応の人員が必要ということにとどまった。また,裁判所支部の配置の不断の見直しに言及し(33頁),政府も,2002年3月19日に閣議決定した司法制度改革推進計画において,司法制度改革推進本部(以下「推進本部」という。)の設置期限(2004年11月30日)までの作業の中で,「裁判所の配置について,人口,交通事情,事件数等を考慮し,見直しに関する検討を行う」とされたが,その後設置された司法制度改革推進本部の検討会の中では,具体的な検討は行われなかった。
     裁判官の常駐していない地方裁判所支部は46箇所,法曹資格を有する検察官が常駐しない地方検察庁支部は全国で128箇所にも及んでいる(2010年日弁連調べ)。地域司法の基盤整備が進んでいないことは,利用者である市民にとって裁判を受ける権利(憲法32条)にかかわる大問題である。地域司法の充実は,この10年,取り残されてきたのである。

  3. 首都圏弁護士会支部サミット・当連合会の運動と最高裁の壁
     首都圏の弁護士会11支部は,司法制度改革推進本部検討会での議論が低調であることに危機感を抱き,裁判所支部の充実を求めて,2003年から,首都圏弁護士会支部サミット(以下「支部サミット」という。)の運動を始め,各支部持ち回りで市民に参加を呼びかけた集会を持ち,毎年,支部サミット宣言を採択し,東京高裁ほかに要請を繰り返してきた。特に,本決議で取り上げた1(1)乃至(3)の3課題は,毎年の宣言に盛り込まれてきたし,当該弁護士会支部は,地元自治体への働きかけを行い,自治体の議会は決議を挙げたりしてきた。当連合会は,この運動を当初は後援し,次いでは共催してきた。さらに,2005年からは,独自の取り組みとして,支部交流会を開催してきた。
     ところが,支部サミットが掲げる要求はどれ一つとして実現されていない。最高裁の壁は厚く,いまだ充分な運動を構築するまでには至っていない。

  4. 地域司法の充実と逆行する動きが続いたこの10年
     それどころか,知財関係の事件の管轄が東京地裁と大阪地裁に集中したり(民訴法6条 2003年改正),大規模破産事件の申立が東京地裁または大阪地裁にも申立できるようになったり(破産法5条9項 2004年改正),自己破産事件が急増した時期には,東京地裁でも申立ができるような運用が行われた。また,執行事件を扱わない地裁支部が増加した。裁判員裁判が開始されてからは,それまで刑事合議事件を扱っていた支部への刑事重大事件の起訴がなくなり,支部での刑事合議事件が減少し,裁判員裁判を行う本庁や支部に裁判官検察官が移動するなどして,地家裁支部の充実とは反対の動きが進行した10年であった。

  5. 一刻も早く実現すべき4つの課題
     東京高裁管内の地域司法が抱えている不合理な課題のうち決議の1に掲げた4点が喫緊の課題である。
    (1)  東京地家裁立川支部の管内人口は412万人を超え,東京地家裁本庁(851万人),大阪地家裁本庁(634万人),横浜地家裁本庁(485万人)に次ぐ数であり,四国4県の人口に匹敵し,東京都の人口の3分の1にあたる。面積的には東京23区の約2倍に相当する。事件数も全国の地家裁(本庁50,支部203)の中で民事通常事件では8番目,刑事事件では7番目に多く,家事事件では4番目,少年事件では8番目となっている(2006年 東京三弁護士会多摩支部調査による)。
     すでに立川支部において実施されている裁判員裁判,労働審判,司法修習等を見るとき,立川支部は限りなく「本庁化」している。
     しかしながら,地方自治体と市民との間の行政事件は,「支部」であるために取り扱えず,簡易裁判所の民事控訴事件も取り扱えないため,市民は遠くの霞ヶ関にある本庁まで出向かなければならない。
    「支部」には,独立した予算及び人事の権限もなく,決定権は本庁にあり,立川支部も例外ではない。立川支部の本庁は,全国一の膨大な人口と事件数を抱える東京地家裁であり,立川支部管内を含めた東京地域全体の司法行政を司っている。そのため,本庁において立川支部の実情や課題を正確に把握して,解決のための方策を検討し実行するには困難が伴い,立川支部の実情に即した裁判官増,職員増等の対応が不充分なことは否めない。さらに今次の司法改革のなかで実現した地方裁判所委員会及び家庭裁判所委員会も設置されていないため,この地域の市民が主体的に司法に参加し,その声を裁判所運営に反映する途もとざされている。市民のための裁判所とは,その地域毎に身近にある裁判所が人口や事件数に見合った,その地域にふさわしい法的需要に応えられる裁判所であることが不可欠である。多摩地域の市民にとって,この地域にふさわしい裁判所とは,独立した地方裁判所・家庭裁判所本庁以外にはない。
     ちなみに,管内の30の地方自治体と東京都議会において,立川支部を本庁とすべきであるとの意見書が採択されており,本庁化は,まさに地域の声なのである。
    (2)  市川簡易裁判所と千葉家裁市川出張所の管轄区域は,千葉県市川市,船橋市,浦安市であり,この地域は,東京都のベッドタウンとして人口が急増し,管内人口は124万人を超えている。市川市と浦安市は東京都との県境にあり,千葉地方裁判所,千葉家庭裁判所本庁のある千葉市よりも東京都心部の方が近い。また,船橋市は,千葉市と東京都心部のほぼ中間に位置する。
     市川出張所は1966年に設置されたが,その実現には市川調停協会による請願活動が力となった。その後,3市の市長による支部昇格の運動があったものの,支部の新設は認められなかった。
     市川簡易裁判所が扱う通常民事訴訟は増加している。同簡裁に併設されている市川家裁出張所の家事事件総数の新受件数も急増し,2009年で6446件,同年の調停事件新受件数は1253件であり,同じ人口急増地域である千葉家裁松戸支部の1522件にほぼ匹敵している。にもかかわらず,家事事件を担当する裁判官は常駐していないし,家裁支部はいまだ設置されていない。
     この間,この地域に事務所を置く弁護士数は増加し,2011年4月現在,64人である。潜在的な司法需要はきわめて大きい。早急にこの地域に地家裁支部を設置すべきである。
    (3)  横浜地裁相模原支部の管轄区域は,神奈川県相模原市と座間市であり,管内人口は85万人を超えているのに,同支部は民事・刑事とも合議事件を扱うことができない。同支部で扱う民事通常事件数は増加し,2009年の第一審通常訴訟新受件数は,単独事件しか扱わないにもかかわらず784件もある。同支部の第一審通常訴訟新受件数よりも少ない地裁本庁は,全国で12庁ある。
     また,同支部は,刑事合議事件を扱っていないために保釈却下や勾留決定に対する準抗告事件を審理することができない。準抗告が申し立てられると,職員は,電車で1時間もかかる横浜地裁本庁に記録を移動させなければならない。そのため,記録送付だけで1日が経過することも生じており,刑事被告人や被疑者が迅速な裁判を受ける権利が侵害されている。単独事件しか扱わないにもかかわらず,2009年の刑事第一審新受件数は504件であり,同支部の件数よりも少ない地裁本庁は21庁ある。
     民事刑事の合議事件を扱っていたとすれば,全国で中位クラスの本庁並みの事件数を扱うことになるはずである。さらに言えば,横浜家裁相模原支部の2009年の家事事件総数(新受)は,5177件であるが,同支部の家事事件総数(新受)よりも少ない家裁本庁は33庁もある。
     横浜弁護士会相模原支部に所属する弁護士数は,2011年6月1日現在,55人であり,合議事件を担うことに何ら支障はない。
     相模原市は,2010年,政令指定都市となったが,政令市にある地裁支部でありながら,合議事件を扱うことのできないのは全国で横浜地方裁判所相模原支部だけである。相模原市議会は,昨年,全会一致で,横浜地裁相模原支部において,民事刑事事件の合議事件が扱えるように求める決議を行った。地域の意向を踏まえ,今こそ同支部において民事刑事の合議事件が扱えるようにしなければならない。
    (4)  東京高裁管内には,さいたま地家裁秩父支部,前橋地家裁沼田支部,千葉地家裁館山支部,同佐原支部,水戸地家裁麻生支部,静岡地家裁掛川支部に裁判官が常駐していない。これらの各支部は,明治時代に区裁判所として設置されたが,大正時代の統廃合により廃止され,その後地元の復活運動によって復活したものの,昭和の大不況時代に事務停止となり,また復活したが戦争の激化によって事務停止となり,戦後は,地方裁判所,家庭裁判所支部となり,今に至っている。いずれも地域と結びついた裁判所として,その存在は欠かせない。
     しかし,裁判官が非常駐であることもあり,民事家事事件を扱う一方,刑事事件を扱わなかったり(佐原支部),身柄の刑事事件を扱わなかったり(麻生支部),少年事件や執行事件を扱っていない(6支部とも)など,通常の地方裁判所・家庭裁判所の機能を果たし得ていない。麻生支部の民事第一審通常事件新受件数は,日弁連及び当連合会が協力・推進したひまわり公設事務所の開設もあって,2002年の136件が2010年には346件に増加したが,裁判官は今も常駐せず,刑事身柄事件は扱っていない。掛川支部の民事第一審通常事件新受件数も,2002年の72件が2010年には302件に増加したが,裁判官は常駐していない。佐原支部の民事第一審通常事件新受件数は,2002年79件が2010年139件に増加したが,やはり裁判官は常駐していない。
     裁判官が常駐していないと,緊急を要するDV事件などに対応できない恐れがあるなど支障が大きく,このような裁判所は,裁判を受ける権利(憲法32条)や法の下の平等(憲法14条)を保障する日本国憲法が予定する司法の姿ではなく,これらの裁判所に,早急に,裁判官が常駐するようにすべきである。
    (5) 東京高裁管内には後述するように,多くの課題があるが,中でもこれらのうち本決議の1(1)ないし(3)の課題は,弁護士会の運動だけではなく,関係自治体などによる賛同の意見書採択などが行われてきたにもかかわらず,いまだに実現していない課題であり,(4)の課題は,地方裁判所,家庭裁判所のあるべきかたちからすれば「異例」であり,それぞれの地域に居住する市民の視点から見れば,いずれも,放置することが許されない喫緊の課題である。当連合会は,管内に山積する多くの司法課題の突破口として,まず,これらの一刻も早い実現に向けて全力を挙げて行動する覚悟である。

  6. 求められる司法基盤整備の国民的視点
     ところで,上記を実現する運動を展開するにあたり留意すべきことがある。
    (1) 苦い経験
     私たちは,平成の初めに横浜地方裁判所相模原支部が新設されたとき,全国で41,当連合会管内で11もの地家裁支部が統廃合によって廃止されたという苦い歴史を経験している。とりわけ,立川支部の本庁化は,その規模からして,最高裁や最高検察庁さらには,社会の各層にきわめて大きな影響を与えることは明らかであり,最高裁が,その実現と引き換えに,再び,多くの小規模支部の統廃合を打ち出そうとしてくる恐れがないとはいえない。そのようなことになれば,廃止される支部や簡裁の管内に居住する市民にとってみれば,今次司法改革の理念がすべて否定されることになるのであり,そのようなことにならないよう,司法容量を大きくし,併せて,司法予算の拡充を要求していく運動が求められる。
    (2) 北海道弁護士会連合会の「行動宣言」
     北海道弁護士会連合会(以下「道弁連」という。)は,2010年12月11日,「裁判官・検察官非常駐支部の解消に向けた行動を取ることの宣言」を採択した。道弁連は,それまでの10年で4回にわたって裁判所の機能充実を求める決議を繰り返してきたが,非常駐支部は一向に解消されなかった。道弁連は,そのことに危機感を抱き,裁判官・検察官が非常駐のまま放置されている現状において,「地域住民の裁判を受ける権利は侵害されている」として,「従前にもまして主導的かつ精力的に運動を行っていくことを決意」したと宣言している。
    (3) 求められる司法基盤整備の国民的視点
     裁判所法によれば,地方裁判所の支部や出張所の配置を決めることや支部に勤務する裁判官を定めることができるのは最高裁である(同法31条1項,2項,31条の5)。最高裁は,司法基盤整備の具体化について意見を求められると,しばしば,限られた予算と人的体制の中で考えるという回答を繰り返してきた。
     しかし,司法を利用する市民にとってみれば,当連合会が抱える喫緊の課題と道弁連が抱える北海道における裁判官,検察官非常駐支部解消という課題(これは,道弁連にとどまらず,同じように裁判官,検察官が常駐しない支部を抱える他の弁護士会連合会の課題でもあるはずであるし,数は少ないとは言え,裁判官,検察官非常駐支部を抱える当連合会の課題でもある。)は,いずれも切実で,ともに実現すべき課題と言うべきである。
     最高裁は,司法基盤整備について,より積極的に,「国民の期待と信頼に応える司法制度を実現」(意見書1頁)するための責務を果たすべきである。
     地方裁判所や簡易裁判所の新設は法律事項である(裁判所法2条2項)。東京地家裁立川支部の本庁化を実現するには,下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律を改正する必要がある。千葉家裁市川出張所の支部昇格や横浜地家裁相模原支部の合議制実現,前記非常駐支部の裁判官の常駐は,最高裁の決断で行うことができるが,「裁判所の配置の見直し」や「司法基盤の整備充実」は最高裁判所の独占する事項ではない。当連合会が取り上げる喫緊の4課題を実現するためには,実情にあった制度とするための早急な法改正と,利用者の視点からの司法の役割についての国民的な議論が必要である。
       意見書は,司法の国民的基盤の確立を,今次司法改革の柱の1つとしたが,この視点は,裁判員裁判への国民の参加のみならず,司法基盤の整備を検討するにあたっても,基本に置かれるべきである。人口,交通事情,事件数等が裁判所の配置の見直しの要素として考慮されることはやむをえないとしても,人口が減少しているとか,事件数が少ないからという要素のみを過大に評価してはならない。「ただ一人の声であっても,真摯に語られる正義の言葉には,真剣に耳が傾けられなければならず,そのことは,われわれ国民一人ひとりにとって,かけがえのない人生を懸命に生きる一個の人間としての尊厳と誇りに関わる問題である」(5頁)という司法の役割の根本を確認するならば,仮に人口や事件数が少なくとも,その地域に司法需要がある限り,国は,市民の身近にあって,利用しやすく,頼もしい司法を実現するために全力を尽くすべきである。居住する地域によって,人権侵害が救済されないようなことがあってはならないのであり,裁判を受ける権利(憲法32条)を真に保障するために,居住する地域によって裁判を受ける権利(憲法32条)が差別されないように(憲法14条)するため,国は全力を尽くす責務がある。国は,地域司法を充実させるという観点に立って,市民の身近に裁判所を配置するほか,裁判官,書記官等の職員の増員など,裁判所の体制の強化につとめるべきである。
     にもかかわらず,本年7月に公表された裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第4回)を見ると,繁忙庁の裁判官の負担が大きいことを指摘する一方で,「非常駐支部においては,専門的知見を要する事案はほとんど提起されていない」,「非常駐支部ほど顕著ではないものの,専門的知見を要する事案が少ないという傾向は単独庁においても見られる」,「多くの支部では,民事訴訟事件等の負担が相対的に少なく,事件処理の面で非効率であるとの指摘がある」と記載されている。このような発想の下に,立川支部の本庁化などが実現した場合に,これらと引き換えに地方の非常駐支部の統廃合を打ち出すようなことがあってはならない。国民的視点に立った司法基盤整備の構想が求められるのである。

  7. 「地域司法の基盤を整備するための検討会議」(仮称)の呼びかけ
     上記喫緊の課題を実現させる運動を行いつつ,その実現によって,地方裁判所の小規模支部の廃止をさせず,非常駐支部にも裁判官が常駐できるようにし,東京高裁管内の司法基盤を充実させ,ひいてはわが国の司法全体の充実につながるような構想を利用者である市民の目線で確立することが必要となる。そこで,当連合会は,法曹三者のほか有識者及び司法利用者の代表を含む委員からなる「地域司法の基盤を整備するための検討会議」(仮称)をあらたに,内閣のもとに設置することを提言する。
     地域司法の充実を求めて運動してきた当連合会が,内閣のもとに「検討会議」を置くべきだと考えるのは,国民的視点に立って司法基盤の整備充実を構想すべきだと考えるからである。地域司法の基盤を整備することは,「この国のかたち」に関わるものであり,法律の改正に加えて,司法予算の大幅拡充という国家予算の見直しが必要である。民主主義の原則に立って,あえて内閣に歴史的責務の履行を求めるものである。政府には,この10年間,不履行にしてきた債務というべき「国民の期待に応える司法制度とするため,司法制度をより利用しやすく,分かりやすく,頼りがいのあるものとする」という使命を履行すべき責務がある。当連合会は,他の弁護士会連合会や日弁連とともに,地方自治体の首長や議会関係者さらには,マスコミや社会の各層に訴えて,その運動を背景として,政府に歴史的責務の履行を求めるものである。
     そのためには,地域における「司法基盤の整備充実」についての検討を,利用者である市民の立場に立ってトータルに,かつ積極的に行うことである。この検討会議(仮称)の制度設計にあたっては,以下の点に配慮すべきである。

    (1)  法曹三者だけではなく,地域司法に詳しい有識者や司法の各分野の利用者が参加できるようにすること。
    (2)  「裁判所の配置の見直し」という消極的なものではなく,司法による社会正義の実現や人権の救済が地域によって差別なく行われる社会を作ること,市民の身近にあって,利用しやすく頼もしい司法をわが国の隅々に作ることを目標とすること。
    (3)  地域の期待に応える司法を実現するため,市民が置かれた人権状況及び地域の司法の実状を市民の視点から調査すること。
    (4)  地方の意見を十分に聞き,総合的に議論し,提言できるような工夫をすること。

  8. 震災復興と司法基盤整備
     わが国は,今,3月11日に発生した東日本大震災による未曾有の事態のただ中にある。管内には被災地もあり,また被災者を受け入れている地域も多い。復興構想もいまだ固まっているとは言えない。福島第一原子力発電所の事故は未だ収束されておらず,憂慮すべき事態は続いており,予断を許さない。こうした中で,東京高裁管内の司法基盤の充実を求め,内閣のもとにそのための検討会議(仮称)の設置を求める決議をすることの意義にも少し触れたい。この決議に盛り込んだ事項を実現するには,裁判所予算や法テラス予算の大幅増加が必要であり,厳しいわが国の財政事情に加えて,震災復興に多額の財政支出が予測される現状では,司法予算等の増額を求めることは控えるべきではないか,という考えもある。しかし,今,求められているのは,当面の緊急の対応だけではなく,この国の10年後,20年後のあり方にかかわる構想である。今回の震災によって生じた被害は,広範囲かつ多分野に及んでおり,深刻な事態が各所に生じていることはすでに述べた通りであり,行政による諸施策が行われたとしても,それによっては解決されない,大量の法的紛争が発生する可能性が高い。できるだけ迅速で簡便な手続での解決ができるよう裁判外紛争処理手続(ADR)を構築,充実することが望まれるが,それでも解決されず訴訟に持ち込まれる件数は確実に増えるであろう。家庭にかかわる紛争や成年後見や未成年後見事件の増加も見込まれるであろう。さらには,わが国の原子力政策の見直しやすでにある原発の停止や再開,原発建設計画の差し止めなどが司法に持ち込まれる可能性も高い。司法に対する期待はこれまでになく高まるはずである。市民の身近にあって,利用しやすく,頼もしい司法を整備する必要は,むしろ現実味を帯びてきている。
     ところが,政府や被災地の自治体が設置した復興会議の議論を見てみると,司法についての議論が含まれていない。これまでに伝えられる復興構想は,あたかも司法に期待していないかのようである。だからこそ,弁護士・弁護士会は,そうした議論状況に割って入り,未曾有の大震災と原発事故によって生じた諸課題に立ち向かうためにも,地域司法を強化することが求められていることを訴えるべきである。

  9. その他の東京高裁管内の諸課題
     ここで,再び,東京高裁管内の司法基盤整備に関わる課題が,前記の他にも多岐にわたり,その解決が強く求められていることについて触れてみたい。
    (1)  管内人口が117万人を超えるさいたま地裁越谷支部でも,民事刑事の合議事件が行われておらず,さいたま家裁越谷支部では少年事件を扱っていない。
    (2)  管内人口が140万人を超え,横浜弁護士会川崎支部に所属する弁護士数も153人にまで増えている(2011年6月1日現在)にもかかわらず,横浜地裁川崎支部で裁判員裁判が行われていない。
     全国の政令市に存在する地裁支部で裁判員裁判を扱っていないのは,神奈川県相模原市と川崎市だけである。横浜弁護士会川崎支部は,裁判員裁判を実施することを求める決議をしているが,依然として,事態は変わらない。
    (3)  今次司法改革によって始まった労働審判は,顕著な成果を上げており,長引く景気の低迷の中で,地裁支部地域でも労働審判の需要があるのに,東京高裁管内の地裁支部では立川支部を除いて労働審判を行うことができていない。
    (4) 家庭裁判所の不足
     家事事件は,審判事件,調停事件とも年々増加している。中でも,成年後見申立事件は著しく増加している。家庭裁判所に対する国民の期待は確実に高まっており,家庭裁判所本庁といくつかの家裁支部だけでは対応できない状態が生まれつつある。東京家裁や横浜家裁の繁忙ぶりは顕著であり,体制を強化することが求められているが,他庁を含めて家事事件全体が,これからも増え続けることは十分予想されるところであって,体制の抜本的な強化の必要は,今や待ったなしと言っても過言ではない。
     したがって,家事事件を扱う家庭裁判所の増設が期待されているところ,当連合会の管内には16箇所の家裁出張所があるが,最高裁から提供された資料によるとそのうち8箇所では,事件の受付しか行っていない。長野家裁大町出張所において,調停が行われていることが判明したが,最高裁は,その事件数を公表していない。
    (5) 簡易裁判所の不足
     簡裁の民事第一審通常訴訟新受件数がここ数年増加している。過払い金返還訴訟だけではなく,交通事故など通常事件も増えている。
     東京23区では,かつて12の簡易裁判所があったが,1994年,霞ヶ関に統合された。ところが,その後,2007年,墨田区に調停センターが移転したために,簡裁の調停利用が不便になった地域がでている。そのため新宿調停センターの試行が行われたが,その後どうするかが問われている。他にも,川崎市北部,横浜市北部など,人口が増加したにもかかわらず,市民の身近に簡易裁判所がない地域が放置されている。
    (6) 裁判官,書記官等の職員の不足
     これらの課題に対応するためには,いうまでもなく裁判官等の増員が不可欠である。意見書も,裁判官・検察官の大幅増員をうたっていた。しかし,それは,すでに述べた通り,裁判の迅速化のための人員として必要ということと裁判員裁判対応の人員が必要ということにとどまり,地家裁支部や家裁出張所,簡易裁判所の裁判官の増員を意図するものではなかった。
     前記最高裁の迅速化検証報告書(第4回)では,大規模庁のほか裁判官の繁忙が著しいいくつかの庁でも負担が増大していると言いながら,裁判官の増員をうたわない。また,本年2月,最高裁が突然,4月からの「後見制度支援信託」の導入を打ち出してきた(これは弁護士会の反対で保留となっている)。増加傾向が顕著な成年後見事案における親族後見人の不祥事防止機能を強化するには,まずもって裁判官,書記官等の職員が細かな目配りを可能にする体制を整えるべきであるのに,このことを放棄するような唐突な表明であった。こうした発想にとらわれている限り,地域司法の充実はあり得ない。
     これからの10年は,まさに,地域司法を充実させるための裁判官,書記官,家裁調査官等の職員を増員するとともに,東京高裁管内の司法がかかえる上記の課題を改革することに真剣に取り組むべきである。

  10. 見えてきた運動の可能性 
     この間の弁護士人口の増加によって,これまで弁護士事務所がなかった地域に法律事務所が開設されたり,あっても少なかった地域に法律事務所が増えたり,支部管内の弁護士数が増加し,司法需要の掘り起こしが各地で始まっている。1990年の支部統廃合によって4箇所の支部を廃止された新潟県弁護士会は,本年2月28日の臨時総会において,弁護士が県内の各地に増えていることを背景として,廃止された支部の復活を求め,地域司法の充実を図ろうとする決議を行っている。法科大学院を卒業した多様な人材が各地のさまざまな分野で活躍を始めている。東日本大震災による被災者支援に立ち上がった多くの弁護士が多様な活動を始め,継続している。横浜弁護士会では,「神奈川の司法10の提案2010」を作成し,人口が急増した川崎市北部や横浜市北部に簡易裁判所を新設するとともに家庭裁判所の出張所を併設すること,すでにある独立簡裁に家裁出張所を併設すること,あるいは,川崎支部において裁判員裁判が行えるように求め,地裁支部でも労働審判が行えるようにするよう求めるなど,「市民の身近にあって利用しやすく頼もしい司法」を作るように提案している。
     ちなみに,労働審判を支部でも行うようにすべきであることについては,支部サミットが,宣言において指摘しているし,新潟県弁護士会の前記総会決議も指摘しているほか,静岡県弁護士会浜松支部は,東京高裁との法曹連絡協議会において,労働審判を実施することについて出題している。また,中国弁護士会連合会は,広島地方裁判所福山支部において,労働審判を実施することを求めた運動に取り組もうとしている。
     地域司法を充実させようとする動きは当連合会管内だけではなく,他の弁護士会連合会でも始まっている。2010年度には,全国8箇所の弁護士会連合会のうち7連合会が管内の裁判所支部問題を考える支部交流会(協議会)を開催した。司法基盤整備を求める流れは全国的なものになりつつある。新しい運動の可能性がさまざまな形で生まれ始めている。

  11. 求められる弁護士の能動的活動
     2008年の当連合会定期大会シンポジウム「市民の身近にあって利用しやすく頼もしい司法を目指して」の基調報告は,今次司法改革と同時進行で,わが国の社会が急激に変容してきたことを指摘していた。正規雇用の労働者数が1998年からの10年で401万人も減少したこと,貯蓄ゼロの世帯が急増し,勤労世帯や子育て世帯の貧困が増え,NHK「ワーキングプア」(2007年)が社会に衝撃を与えたこと,夢を語ることのできない若者が増加していること,地方の疲弊(中央と地方の格差)や後期高齢者の医療問題なども深刻であるとしていた。
     その後,リーマンショックによる世界的な不況に見舞われ,わが国の経済,雇用情勢はさらに悪化し,社会は,いまだ閉塞感から脱却することのないまま,大震災を経て今に至っている。NHK「無縁社会」(2010年1月)や朝日新聞「弧族の国」(2010年12月)の特集など,社会的に孤立する高齢者などの問題も深刻になっている。「(訴えられたので)処理をしてくれと申し出てこられて,弁護士さんの活動が始まるというのが普通の状態だと思いますが,どうもそれだけでは足りなくなってきたのではないか」,「問題を掘り起こす,声にならない声を声に表現する手伝いをするというところまで,ぜひ法律関係者の,特に弁護士の皆さんが能動的にやっていただくと,現在の相当ひどい状態になっている日本社会の救済に大きな力になるのではないかと強く期待しております」という後藤道夫氏(都留文科大学教授)の講演(2008年当連合会定期大会シンポジウム記念講演「この10年,日本はどう変わったか−格差社会の現状と背景」)の結びの指摘はいっそう重みを増している。

  12. 当連合会は,この決議の趣旨を実現するため,最高裁,法務省,政府その他関係機関はもとより,都道府県などの地方自治体やマスコミなど社会の各界各層によびかけ,日弁連及び他の弁護士会連合会,単位会と協力して,行動していく所存である。