茨城県における偏在問題(平成8年度)
茨城県弁護士会  足立 勇人

T はじめに
 茨城県弁護士会では,平成7年度井坂会長が将来の偏在問題をみすえ,これに取り組むべく,会内において下妻問題検討チームを設置したが,まもなく同支部会員が相次いで死亡し,支部会員数が3名となり問題が現実化した。
 当時の執行部の一員としてこの問題に取り組むこととなったことから,その経過,あわせて茨城県全体についての状況を紹介したい。

U 下妻支部の状況
 水戸地方裁判所下妻支部は,茨城県の西部下妻市におかれ,下妻市,水海道市,下館市,結城市,古河市,岩井市,結城郡,真壁郡,猿島郡を管轄している。
人口は, 下妻市 36,463人
水海道市 42,598人
下館市 65,939人
結城市 53,715人
古河市 59,150人
岩井市 44,129人
結城郡 57,989人
真壁郡 80,262人
猿島郡 140,395人
     合計      580,640人
 これを単純に当時の弁護士数(3名)で割ると弁護士一人当りの人口は19万3547人となる。
 また簡易裁判所は,下妻簡裁(管轄 下妻市,水海道市,結城郡),下館簡裁(管轄 下館市,結城市,真壁郡),古河簡裁(管轄 古河市,岩井市,猿島郡)に配置されている。
 これだけの人口を有し,地形的にも平坦であり,また大都会東京にも距離的には,70〜80キロ程度にありながら,交通の不便さがとり沙汰されている。
 この地区の東側近隣には発展を続けるつくば市を擁するが,予定されている常磐新線は東京とつくば市を結ぶものであり,また古河市は東北本線の停車駅であり東京通勤圏と言われているが,あくまで東京をむいたものであり,地区内の各市町村を結ぶのは,あまり広いとはいえない道路しかない。この地域では自動車をもたなければ生活ができないといわれるのはこのためで,人口が各市とも5万から6万人程度に止まるのは,この交通問題が原因とされている。
 しかし,各市町村とも歴史の古さでは相当なものがあり,その地名からもわかる通り,平安時代,鎌倉時代からの町で,かつての繁栄の跡は現在にもひきつがれている。
 水戸地方裁判所下妻支部は,甲号支部で3人の裁判官で構成されているが,事件数が多く単独事件は支部裁判官だけでは到底まかないきれず,水戸地裁本庁,土浦支部から裁判官が転補されている。
 事件数は,平成6年度の統計で地裁民事事件新受総数が2146件,地裁刑事事件新受総数が336件となっている。これに簡裁事件を加えると,下妻簡裁民事新受967件(内通常訴訟75件,調停39件),同じく刑事新受33件,下館簡裁民事新受1475件(内通常訴訟130件,調停115件),同刑事新受33件,古河簡裁民事新受2577件(内通常訴訟244件,調停123件),同刑事新受59件となっている。
 このうち,弁護士が委任を受けている事件がどの程度あるか興味のあるところであるが,下妻支部管内だけをとりだした統計資料は発表されていない。しかし,茨城県全体からして少ない割合であることからみても,上記件数のうち弁護士が関与した事件はかなり少ないと思われる。
 即ち,平成6年度の統計によれば,東京高裁管内の一審民事通常訴訟既済事件5万8246件のうち,弁護士をつけた事件は4万9052件で,その割合は84パーセントにのぼるが,茨城県の場合,総数2104件のうち弁護士が関与したものが1621件で77パーセント,双方に弁護士がついている事件は809件で38パーセント(高裁管内平均は43パーセント)にすぎず,原告・被告とも本人訴訟は483件で23パーセント(高裁管内平均は15パーセント)となっている。
 事件数は,北関東三県(茨城,栃木,群馬)の中では一番多いにもかかわらず,弁護士数は少ないため(平成6年度茨城86名,栃木91名,群馬120名),このような割合になるのは数字的にはやむをえない。特に,下妻支部に限ってみると,弁護士数が平成7年度3名となったため,いきおい一人当りの事件数が多くなり,結局本人訴訟も割合的に多くなるといわざるをえない。
 民事事件については,弁護士が代理している事件にしても下妻管内の弁護士よりは,東京からの弁護士の方が多く,原告・被告ともに東京の弁護士を依頼している事件が半数以上を占めているという印象を受ける。
 平成7年度に死亡した古河市在住の50歳代の弁護士は,民事事件だけで交渉事件を含め200件を超えており,超多忙であったことがうかがえる。その上,支部在住の弁護士は,強制的に国選事件を受任させられるため,簡裁事件を含めると3人の弁護士が年間70〜100件程度の事件を受けざるをえず,かなりの時間をとられるものといわざるをえない。
 その他,破産管財人,財産管理人等もー人年間10件程度は受けることになり,これに調停委員等も引き受けることになると,まさに殺人的な忙しさになるものと思われる。
 このような異常事態に対応すべく,県弁護士会下妻問題対策チームは,まず管財人について水戸及び土浦在住の弁護士の希望者名簿を作成し,下妻支部の破産事件につき管財人をひきうけてもよい旨を裁判所に表明した。
 さらに国選事件については,接見の関係もあり下妻管内すべての事件を水戸あるいは土浦の弁護士がひきうけることは困難であることから,地裁事件を受任することとし,下妻支部弁護士の負担軽減を図った。
 しかし,現実には,水戸在住の弁護士が,下妻にでむくことは交通の不便さもあり時間的に1時間半以上を要するため,水戸の弁護士にもかなりの負担をかけることは明らかであり,この問題解消のためには下妻支部の弁護士を増加させるしかない。これまで約8名程度の弁護士がいたところであり,3名になってしまった以上,その絶対数が少ないのは明らかである。このため弁護士会としてもリクルートの具体策を講じなければならず,様々な案が提案されているが未だ実現はみていない。
 しかし,平成7年度井坂会長の奮闘により,平成8年度1名の弁護士が東京から登録換をし,古河市に事務所を開設することになった。
 同弁護士は古河市に事務所を開設してまだ3か月であるが,既に国選事件の受任件数が約20件となり,開設してまもなくで経済的にはよいが,将来的にもこのような状態が続くことになれば,かなりの負担となろうと語っている。また,弁護士が少ないため,事件屋的な人物が跋扈している印象をうけるとも語っており,下妻管内に事務所を開設する弁護士がふえることを歓迎している。

V 将来の課題
 このように,下妻地区においては,弁護士に対する潜在的需要は高く,諸問題を解決する速効薬は,同地区に事務所を開設する地域密着型の弁護士の増加である。
 会務活動においても,会員3名では常設的な法律相談センターをこの地区に設置することはできず,住民の中には東京の法律事務所まで足を運ぶ者も少なくないと聞く。
 新人の勧誘については弁護士会としても,具体的な勧誘策を模索しているところであるが,本年度は,まず環境整備として,支部の財政問題,事務職員の雇用問題にとりくんでいるところである。
 また,弁護士会で行ったアンケート調査によると管内の各自治体でも顧問的な地域の弁護士を必要としているという結果もでており,現在,県弁護士会全体でどのようにこの希望に応えるか検討がなされている。
 なお,茨城県弁護士会の登録料は5万円,下妻支部会費は平成8年度は4万200円(日弁連会費等すべて含む,純粋の支部費は1万200円)となっている。