館山市に法律事務所を開設して(平成8年度)
千葉県弁護士会  村松 浩二

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(1) 私が館山市に法律事務所を開設したのは平成7年4月であり,当事務所は発展途上(?)にあり,このような原稿を提出する資格があるか疑問もあるが,まずは現状をご報告する。
(2) 私は登録後4年間東京弁護士会に所属し,勤務弁護士をしていたが,家庭の事情等から妻の出身地である鴨川市を管轄する館山支部のある館山市に法律事務所を開設した。館山支部はいわゆる乙号支部であり,簡易裁判所裁判官は常駐するものの,地家裁の裁判官は常駐せず週2回開廷日が設けられている。この管内に事務所を設けている弁護士は私を含めて2名である。この裁判所管内は房総南端であり,その人口は約15〜6万人,東京からはJR特急で2時間弱の地点にある。隣接する支部は木更津支部であり車で約1時間から1時間半かかり,本庁までも車で2時間程度は要する。このように交通の便は良くなく,人口的にも過疎化現象にある。しかしながら自然は豊富で,海水浴場をはじめ多くの観光地があり,居住環境は抜群である。

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(1) 私は,この地に事務所を開設するにあたって,弁護士の需要があるか否か等,かなりの不安を持ってはいたが後述のとおり,現在は需要がある事は間違いないものと実感している。
(2) 私の業務内容は一般民事,家事,刑事というように都市部の一般事務所と変わらない。ただ民事事件の中では土地の境界を巡る事件の比率は必然的に高くなる。また,民事事件においても,狭い地域社会であることの特殊性から,依頼者の希望若しくは私の判断で裁判外の交渉,民事調停を利用することの比重も高いと思われる。
(3) 刑事事件は,簡易裁判所の国選事件が年に4〜5件,私選が3件程度である。地裁の国選は他の先生が引き受けていらっしゃるため(私がお断りしている訳ではない)担当する刑事事件の数はさほど多くはない。ただ当番弁護士については要請があれば引き受ける事にしており,昨年は1年間で約10回出動した。待機制ではなく,弁護士会からの電話での要請によるものであるため,お断りせざるを得ないことが2〜3回はあったように思う。
(4) これも地方の特殊性と思うが裁判所等とは親しく接する必要もあり,裁判所からの管財事件等は余程の事がない限り引き受けている。この結果,管財事件,財産管理人の事件の数も増えるばかりである。また,今年の4月より家裁の調停委員にも命ぜられ,民事調停委員にも任せられる予定である。
(5) 地方公共団体の法律相談は弁護士会からの振り分けが制度化されているため,年に4回程度担当し,過度な負担とはなっていない。
(6) 弁護士会の委員会活動については,一つの委員会のみであるが所属し,できる限り出席するよう心がけている。また,木更津の地区会にも参加させていただいている。これは孤立化防止の一策ではあるが,最近では楽しさも感ぜられ,さほどの負担感はない。
(7) 業務関係で私の方針の大きな柱として事務所の敷居を市民の方に対してできる限り低くするという事がある。地方では当たり前の事かもしれないが,突然の来訪する方,紹介者なしに電話帳をみて電話をしてきた方に対してもできる限り相談に応ずるようにしている。そのため,朝から夕方まで相談者が絶えないという日も良くある。とは言え,その中からの事件受任率は極めて低く,受任事件の依頼者は同業者,関連業種,過去の依頼者がほとんどであるのが実情である。
(8) 地方であるために避けられないのが利害関係である。特に,事件の当事者の双方から相談を持ち込まれることが何回もある。やはり,この地に何人か事務所を設けてくれる方がいれば助かる(相談者にとっても)と思う事が多い。当事務所に来られる相談者の数から考えても弁護士の需要はあると私は考えている。

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 私生活についてであるが,私はこの地に事務所を開設するまで習志野市に居住しており,この家には生活用品はそのままにしてある。というのも週末には家族共に習志野へ行き,過ごすことにしているからである。やはり狭い地域であるため,依頼者や関係者と顔を合わせることが多く,休日を休日として過ごすための防衛策である。しかし,館山等で海釣り等をして過ごすのも良いかもしれない。今後生活のスタイルも変わっていくことだろう。

W おわりに
 私がこの地で開業する前後,東京の知人弁護士から「まだ老け込む年には程遠いんだから東京に事件を作って出て来い。」とか「田舎でやるにはまだ早い」「刺激はなくなるぞ」等々の忠言をいただいたり「田舎はいい。自分にはできないがうらやましい。」等の言葉をいただいた。まだわずかな期間しかたっていないが,私は老け込んではいない(いないつもりである)。むしろ,東京にいた時よりも若返った気がする(気分だけかもしれないが)。地方のおじいちゃん,おばあちゃんの話をきいていても刺激はない訳ではない。事件の内容も勤務弁護士の時とさほど変わらないし,処理の仕方等も変えていない。確かに,本来の業務の周辺である各種公益的業務は多く負担はあるが,やりがいはあり充実感はある。ものは考えようであり,最近は田舎弁護士という言葉が気に入っている。
 弁護士過疎地対策として法律相談所の設置が行われているが確かに意義は大きいと思う。しかし,市民が望んでいるのは相談員が入れかわる相談所ではなく,継続的に相談できたり事件を依頼できる弁護士の存在ではないだろうか。地方に対する弁護士あるいは弁護士になろうとする者の意識の改革が必要ではないだろうか。