西脇市に事務所を設立して(平成18年度)
兵庫県弁護士会   矢野 耕司

T 地域の状況
(1) 西脇市は兵庫県のほぼ中央部,東経135度と北緯35度が交差する「日本列島の中心−日本のへそ」に位置する人口43,945人(平成17年国勢調査速報値)のまちです。神戸市内からは車でだいたい1時間30分程度かかります。
 市を南北に流れる杉原川は,加古川の支流で,蛍が生息することでも知られています。
(2) 西脇市から最寄りの裁判所は,神戸地方裁判所社支部です。同支部管内の弁護士数は,私を含め,3名です。私以外の2名は,それぞれ社町及び滝野町に事務所を構えており,各事務所は車で約15分程度離れています。このような過疎地においては丁度良い近さ(離れ具合?)だと思います。

U 事務所及び業務の状況
(1) 事務所は,当初,従前から懇意にしていただいていた税理士の事務所の1階(この辺りは田舎なので,税理士事務所や司法書士事務所は一軒家であることが多いのです)をお借りしていました。そのため,賃料も極めて低額にしていただくことができました。
 現在は,手狭になったこともあり,近くのビルに移転しています。
(2) 事務員は,地元のハローワークを通じて募集しました。私が開業するまで法律事務所のなかった地域ですから,経験者は期待できません。また,法律事務所の事務員としての適性は,学歴・職歴とは関係がないと言うのが持論でしたので,募集の際にも,年齢・学歴不問としました。すると,時給800円という提示にもかかわらず,応募が殺到し,数日は面接に追われるという事態になってしまいました。しかし結果として,種々の法律事務に積極的に取り組んでくれる有能な事務員を見つけることができたので,良かったのかなと思っています。
(3) 仕事ですが,開業当初は,前記の税理士からの紹介がほとんどでした。その後,地元の異業種交流会等に参加させていただくようになり,その関係からの紹介や,司法書士等の他士業からの紹介で事件を受けるようになりました。
 また,広告に関しては,限られた予算の中でではありますが,積極的に行っています。やはり,それまで法律事務所のなかった地域ですから,西脇周辺の人達の発想としては,「弁護士」というと「姫路か神戸に行かなければならない」と固定されています。それをうちの事務所に来てもらうようにするためには,まず事務所の存在を知ってもらうことが肝要だと考えたからです。
 具体的には,タウンページに少し大きめの広告を載せる(北播磨版と丹波版で月約3万5000円ほどです)ことと,西脇市及びその周辺各市・町に配布される主要新聞5紙に月1回折り込まれる地域情報紙に小さい広告(月2万円程度です)を出しています。
 これによって,飛び込みの相談が増え,離婚や相続,多重債務について,事件を受任する契機になっています。

V 法律相談
 弁護士会から派遣される法律相談は,概ね月1回程度まわってきます。場所柄,西脇よりさらに過疎地の法律相談に行くことも多くあります。そのような場所では,今でも得体の知れない示談屋のような人物が暗躍している事案もあり,善良な市民が不合理な被害を受けていることが少なくありません。事件として受任することにつながる案件は少ないものの,日常的な相談に乗ってあげる弁護士の必要性を痛感します。

W 国選,当番弁護士
(1) 被告人国選については,神戸本庁の場合と異なり,社支部と柏原支部(西脇から車で40分程度の所です)から,事実上直接打診を受け,日程の調整をした上で,司法支援センターから指名依頼がなされる扱いにしてもらっています。今のところ,概ね,月4〜5件を受けています。
(2) 当番弁護士及び被疑者国選については,平成18年度までは,神戸ブロックと姫路ブロック両方の名簿に登録していましたが(兵庫県では,地域ごとにブロックを分け,それぞれについて担当者の名簿を作成しています),それではあまりに頻繁に(月1回くらい)まわって来てしまい,大変なので,次年度以降からは,いずれか一方にさせてもらう予定です。

X 会務
 平成18年度は,総合法律センター運営委員会(弁護士会が主催し,または自治体等の委託を受けて行う法律相談業務を取り扱う総合法律センターの運営に関する委員会です)に所属しています。兵庫県弁護士会では,通常,一人当たり2〜3委員会に配属されますが,私の場合は,事務所が過疎地にあり,弁護士会まで行き来するのが大変なことが考慮してもらえたのか,上記委員会のみとなっています。
 同委員会には,部会として,司法偏在問題部会があり,私もそこに所属しています。兵庫県には,既に,丹波市に丹波ひまわり公設事務所があり,現在は第2代の所長が就任しています。これ以外にも,淡路と龍野にもひまわり公設事務所が設置される予定です。これらの公設事務所の立ち上げ,及び,立ち上げ後のサポート等について,上記部会が担当しています。

Y 裁判所との関係
(1) 前述の被告人国選を社支部と柏原支部から受任するほか,破産管財人,成年後見人,相続財産管理人等の打診を受け,就任することがあります。
 いずれも初めて経験することばかりで,あわてて文献に当たり,書記官にアドバイスをもらいながら,どうにかやっているという感じです。
(2) また,年に一回,裁判所や検察庁の異動の時期に,法曹三者(書記官・事務官・事務員等含む)で歓送迎会を行っています。
(3) このように日頃から密な関係を構築していく中で,裁判所や検察庁と信頼関係を築いていくことで,より円滑に業務を行うことができると思っています。

Z 法律相談,打合せの入れ方
 過疎地の場合,都市部とは時間の感覚が多少異なるように思います。法律相談や打合せに10分から15分遅れてこられることは珍しくありませんし,逆に,20〜30分早く来られることもあります。そのため,前の相談者(依頼者)と次の相談者(依頼者)とがかち合ってしまうことがままあります。
 過疎地の場合,都市部に比べ人的関係が密で匿名性を保つことが難しく,また,近所の噂を気にする方も多くおられます。ですから,法律相談や打合せを入れる場合には,時間に余裕を持たせることが必要になってきます。また,相談者や依頼者同士が顔を合わせることがないよう,会議室や待合いスペースの取り方を工夫する必要が出てきます。

[ 時間管理
 開業当初,過疎地なのである程度「のんびり」仕事ができると思っていました。事実,開業数ヶ月間はその通りでしたが,徐々に仕事が入ってくると,そうでもありません。西脇周辺の依頼者であっても,訴訟を提起されるのは神戸や大阪の裁判所であることが少なくありません。私の事務所から神戸本庁へは車で一時間半はかかります。往復3時間ですから,半日潰れてしまいます。大阪で期日の入っている場合は,事実上一日潰れてしまうこともあります。
 このように,事件数は多くなくても移動のために時間を取られ,結果としてかなり「忙しい」ことになってしまいます。そうなると,起案や文献等の調査に充てることのできる時間が限られてしまいます。私は,ノートパソコンを持ち歩くことで,事務所の外に出たときでも,空いた時間を見つけて仕事をし,できるだけ時間を有効に利用するよう心がけています。

\ 過疎地で仕事をするということ
 過疎地で開業すると,都市部と異なり,同期を初めとした同業者と会う機会が少なくなり,また,離婚や債務整理,相続といった日常的な法律業務が多く,大きな事件に巡り会える機会は少なくなると思います。
 しかし,その反面,一旦なじんでしまえば,「地域の法律事務所」として地元の人達に頼りにされていることを肌で実感できる点は大きな魅力であると思います。
 最後に,今後,一人でも多くの弁護士が過疎地で業務を行い,地域から厚い信頼を勝ち取り,いわゆる司法過疎地域が無くなることを祈念して,筆を置きます。