島根の弁護士(平成18年度)
島根県弁護士会   岸田 和俊

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 私は,島根県松江市で開業している弁護士(55期,32歳)です。なのに,何故だか,関東弁護士会連合会の「ひまわり」に原稿を載せることになってしまいました。本稿をお読みになる方は,島根県のことを知らない人も多いと思いますので,まず,島根県及び島根県弁護士会の紹介をします。
 島根県は,本州の西端近くの日本海に面した横長の形をした県です。お隣の鳥取県と区別がつかない方もおられるかと思いますが,鳥取県の左が島根県です。島根県の人口は約75万人です。私が子供のころの小中学校の社会科の教科書では,過疎化の事例として島根県が掲載されており,子どもながらも心を痛めたものです。県庁所在地がある松江市は,市町村合併により人口が増えましたが,それでも人口は約20万人です。
 島根県で有名なものとしては,縁結びの神様で有名な出雲大社,味噌汁の具になる宍道湖のしじみ,アメリカ大リーグ・マリナーズのイチロー選手の奥さんの実家などがあります。その他,出身有名芸能人としては,俳優の佐野史郎,女優の田中美佐子,江角マキコ,歌手の竹内まりやなどがいます。
 島根県は,松江地方裁判所の管轄であり,松江市に本庁があり,出雲市,浜田市,益田市,隠岐の島町にそれぞれ支部があります。また,松江には,広島高等裁判所の支部があります。
 松江から一番遠い益田支部がある益田市までは,特急で片道2時間(ただ,本数が2時間に1本くらいしかありません),車だと片道4時間30分くらいかかります。また,日本海に浮かぶ隠岐の島町には,フェリーや高速船で行くことになり,ほぼ1日がかりの出張になります。
 島根県弁護士会は,平成14年10月に私が登録したときは,私も含めて全24名で,戦後から20人前半くらいのままほとんど人数が変わらなかったと聞いています。私は55期ですが,私の前に新規登録した先生は48期でしたので,いかに島根県で弁護士登録がなかったかが分かるかと思います。
 私は,島根県安来市というところの出身で,修習が松江になったことがきっかけで,島根県弁護士会に登録し,修習終了後直ちに,松江市内で独立開業しました。

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 独立開業をしたのは,当時の島根県弁護士会の先生方が,勤務弁護士を採用したいという考えをあまり持っておられなかったことが理由だと,開業当時は思っていました。島根県弁護士会には,東京や大阪などで勤務弁護士を経て島根県に戻って来られた先生もおられますが,いきなり島根で独立開業をしたという先生も少なくありません。また,当時の島根県弁護士会は,全ての事務所が弁護士1人事務所であり,勤務弁護士を雇用したことがある事務所も少ないという状態でした。このように島根県ではいきなり独立開業する土壌のようなものがありましたので,先輩弁護士から「岸田さん,あんたも1人でやったら」と言われるままに,独立開業してしまいました。
 私が開業した松江市は,開業当時は,他に14名の弁護士がいました。当然,いきなり開業した新人の事務所を訪ねてくるような人は,滅多におりません。
 また,事務所で法律相談をしても,小心者の私には,相談者に対して相談料の請求をすることができませんでした。相談者は,相談が終わるとお礼を述べつつもそのまま事務所を去っていきました。たまに,事前の電話予約の際に,相談料はいくらですかと聞いてくる人がいて,これではじめて相談料がいただけると思っても,その人が事務所にやってくることは結局ありませんでした。ただ,開業直後から,事務所外部での法律相談,例えば,弁護士会が運営している法律相談センターとか,市町村や社会福祉協議会が主催している法律相談とかには,他の先生と同じように,1人で相談に出かけていました。現在でも,事務所外部の相談は,年間20回以上あります。ですから,開業直後でも全くの無収入だったというわけではありません。
 最初はそんな状態でしたが,私は松江で修習していたこともあり,松江の他の先生からの紹介とか,他の先生との共同受任とかで,他の先生に助けていただいたこともあり,事務所経営のやりくりはできていました。ちなみに,初めて受任した事件は,松江市で一番収入が多い先生から紹介していただいた,着手金10万円の示談交渉事件でした。その事件の報酬も10万円だったと記憶しています。
 ただ,勤務弁護士として就職した同期と比べると,収入は半分くらいだったと思います。弁護士1年目のときに,松江の56期の修習生3人を高級な寿司屋に連れて行ったら,遠慮無しに食べまくられ飲みまくられたあげく,会計の際には,自分も少しはお金を出しましょうかという素振りをする修習生は1人もおらず,懐を痛めてしまったことも,今では良い思い出です。
 なお,弁護士4年目のときには,松江の59期の修習生6人を大衆的な焼き鳥屋に連れていったら,会計の際には59期の修習生は全員が財布を取り出し,それだけでも感動したのですが,そのときには懐も温かかったため,ここはいいからと大人の余裕をもって支払ができるようになりました。

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 島根県における事件内容については,おそらく他の地方都市と,ほとんど変わらないと思います。
 私が開業した平成14年ころは,いわゆるヤミ金融の被害が全国で急増しているころでしたので,ヤミ金事件をよくやりました。4時間かけてヤミ金30社に電話をしたこともあります。
 ヤミ金事件をやっていたことがきっかけなのか,私は,1年目から島根県弁護士会の消費者問題対策委員会の委員長に任命され,日弁連の同名委員会の委員にもなりました。以来,ずっと単位会の消費者問題対策委員会の委員長で,日弁連の委員です。そのことが関係しているのか分かりませんが,現在の私の受任事件も,クレサラ事件が圧倒的に多くなっています。

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 会務に関していうと,島根県弁護士会のほとんどの会員が多重会務者です。現在,私は,公害環境委員会,人権擁護委員会,犯罪被害者対策委員会,法教育委員会,公設事務所支援委員会などの委員を兼務しています。これでも,平成18年度は,副会長だからという理由で,所属委員会の数を減らしてもらったほどです。
 今,重要なことをさらっと書いてしまいましたが,私は,平成18年度は,登録4年目にして島根県弁護士会の副会長になりました。なお,常議員は登録3年目に経験しました。副会長は選挙で決めるはずなのに,何故だか平成19年度の会長候補者から,平成19年度は筆頭副会長でよろしくねと言われています。もしかしたら,当分の間,副会長を続けることになるのではないかという気もします。おそらく,各地の単位会でも登録4年目から副会長をし,しかも連続で何年もするというのは,珍しいことだと思います。

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 刑事事件関係では,当番弁護士については,松江の場合,月曜から金曜まで,1日ごとにそれぞれ順番に会員を割り当て(土日は月曜の担当者が対応),担当日に要請があったものは,全部,その日の担当者が受け持ちます。ちなみに,私の初めての当番のときは4件の出動要請がありました。また,当番弁護士を呼んだ被疑者らが複数の警察署で留置されている場合は,複数の警察署をはしごしてまわることになります。私の1年目の当番は,24件くらいだったと記憶してます。ただ,当番の要請が全くない日もあるので,松江では,平均すると,弁護士1人あたり年間10件から20件くらい,当番で出動していると思います。
 国選事件は,松江の場合,裁判所の書記官から(現在は,法テラスから)直接電話で,個別の弁護士ごとに選任の打診があります。私は,国選の依頼があれば,期日が入る限りは受けるという方針でやっていたため,毎年およそ20件は受けています。

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 最初は事務員もいないという状態で開業をしたのですが,現在は,正事務員3名,アルバイト事務員1名,そして,平成18年10月から59期の新人弁護士を勤務弁護士として雇用しています。現在の手持ちの事件数は,一般民事20件,破産管財2件,刑事5件,クレサラ事件130件という感じです。
 私は,自分が島根県弁護士会に登録してから以後5年間は誰も新しい人は入って来ないだろうと予想していましたが,私の予想は見事にはずれて,毎年新規登録者が出ている状態です。その結果,現在,島根県弁護士会は,全36名となっています。これまで勤務弁護士を採用しなかった事務所も,新人を採用するようになりました。もしかして,私がいきなり独立開業を勧められたのは,私の修習生時代の評価が,すこぶる悪かったせいかもしれません。または,髪の毛の少なくなっている先輩先生の頭部を,興味深げに見つめてしまったせいかもしれません。もしくは,先輩先生のベルトに乗っかっているお腹のお肉を,切なさの入り交じった瞳で見てしまったせいかもしれません。
 いきなり独立開業というと,高い理想や理念を持ち,自己管理も厳しい,すごい優秀な人でなければできないことだと思われるかも知れませんが,そのきっかけは,大したことではないというが正直なところです。