道東の町「中標津」に赴任して(平成18年度)
釧路弁護士会   梅本 英広

T はじめに
 私は,司法修習57期で,平成16年10月に弁護士登録し,札幌の渡辺英一法律事務所,司法過疎対策のために開設された弁護士法人すずらん基金法律事務所を経て,平成18年7月1日に中標津で開業した登録3年目の弁護士です。

U 中標津赴任のきっかけ
 中標津への赴任は,修習生のときに冗談で「中標津で半農半弁で開業しようかな」と語ったことを帯広の弁護士の先生が聞きつけ,面白いことを言っている修習生がいるということで私とお話してくださったことがきっかけでした。その先生は,中標津には裁判所がないけれど間違いなく弁護士が必要とされており,中標津で開業すればその地理的状況から四方八方から人が集まってくる旨のお話をしてくださいました。
 確かに,中標津町は隣町に標津簡易裁判所があるものの,ちょうど釧路地方裁判所の本庁と根室支部の中間に位置し(夏の場合は釧路本庁まで車で片道約1時間半・根室支部まで車で片道約1時間15分,冬の場合は釧路本庁まで車で片道約2時間・根室支部まで車で片道約1時間30分),近くに地裁管轄の裁判所がないことから,司法的に解決すべき事件が埋もれている地域であると感じました。
 中標津町の人口は2万4千人を超え,釧路地方裁判所根室支部管内人口は8万4千人を超えています。それにもかかわらず,弁護士は根室支部管内には,当時根室ひまわり基金法律事務所の所長弁護士1人しかいない状態でした。
 また,中標津は酪農と商業が盛んだとも聞いていました。弁護士が必要とされている地域であることは間違いないと思いました。
 私の力は微力ですが,そのような者でも飛び込んで行くことで少しでも人の役に立つことができるのではないかと思いました。
 中標津の町は,元々私の妻が中学校を卒業するまで過ごした土地でした。美味しい食べ物があることもよく聞いていました。
 帯広の先生とお話をして私はすっかりその気になりました。
 その後,北海道弁護士会連合会が司法過疎地域で働く若手弁護士を育てるための事務所(すずらん基金法律事務所)を設立するので,その第1期生にならないかというお話を札幌の弁護士の先生がしてくださり,とんとん拍子で話が進んでいきました。弁護士登録後すずらん基金法律事務所ができるまでの約半年間,札幌の渡辺英一先生の事務所にお世話になり,平成17年3月すずらん基金法律事務所の開設にともない同事務所に第1期生として入所しました。札幌では,共同で事件を受任させてもらうなど多くの先生方に大変お世話になりました。今でも札幌の先生方とは交流があり,大変仲良くさせていただいています。こうしてすずらん基金法律事務所での約1年3か月の勤務を経て,平成18年7月1日,中標津に赴任することになりました。

V 中標津での業務
 開設から半年ほどが経ち,段々と忙しくなってきました。
 法律相談については,3分の1がクレサラ事件,3分の2がそれ以外の民事事件となっています。相談内容は,離婚,婚姻費用分担,遺産分割,損害賠償請求,建物明渡請求,売掛金請求,交通事故,ネットトラブルなど多種多様です。相談者は,中標津町の在住者が最も多く,周辺の町の別海町,標津町,羅臼町,根室市からも来られます。開設当初は新聞を見て来られた方がほとんどでしたが,徐々に口コミで来られる方も多くなってきました。
 受任事件はクレサラ事件の数が圧倒的に多い状況で,この点では他のひまわり事務所と同じ傾向です。札幌で業務をしていた以上に過払い案件は多く,札幌では過払いなど生じることの少なかったクレジット会社に対する過払い事案も多数見受けられます。破産せざるを得ないと覚悟して事務所に来られ,全ての債権者が過払いであったという方もおられました。そのような方が来られると本当に感謝されることとなり,私もここに来て良かったなと感じることができます。
 刑事事件については思ったほど当番の要請があるわけではなく,これまでのところ,刑事事件の数は少ない状況です。刑事裁判のために釧路まで往復しなければならず,過度の負担になるのではないかと心配していたのですが,現在のところ杞憂であったように思われます。
 開業資金については,中標津赴任までの間貯金をしたわけでもなく,特別財産を持ち合わせていなかったのですが,「ひまわり基金」からの援助を受けたこともあり,何ら支障なく開設することができました。事務所の経営についても,まだ開設から半年程度しか経っていない段階ですが,今のところ特に問題はありません。むしろ感謝される機会が多く,仕事にやりがいを感じることができます。毎日忙しく過ごしていますが,根室支部の職員の方や標津簡裁の職員の方もとても親切で,事務員ともども日々お世話になりながら業務をこなしています。

W 中標津での生活
 中標津に来てから,毎日忙しく過ごしていますが,中標津はとても自然豊かな道東地域にあり,裁判所への道中雄大な風景を楽しめます。中標津町は南部には北海道根釧台地が広がり,北部には知床半島から連なる山岳地帯が広がっています。中でも全国のライダー達の聖地とも言われる開陽台からの眺めは絶景です。開陽台は,視界330度の展望台で,天気が良ければ国後島が望め,丸い地平線も見ることができます。また,町の随所にみられる格子状防風林は宇宙衛星からも確認できるほどの長さで北海道遺産にも指定されています。中標津町は,近時,釧路・根室地方で唯一人口が増加している町で,休日となると町のショッピングセンターに家族連れの姿が見られ,北海道の同規模の町からみると比較的活気があるように感じます。
 町中には数カ所温泉施設があり,近郊には知る人ぞ知る秘湯養老牛温泉があります。いずれの温泉もとても良い泉質です。私もこちらに来てから毎週のように休みになれば温泉に行くようになりました。気軽に温泉に行き日々の喧騒を忘れられるのはこの上ない贅沢です。
 以上好き勝手に書いてしまいましたが,修習生のみなさんの進路のご参考になれば幸いです。志のある方には是非とも司法過疎地域で活躍することに勇気を持って挑戦していただきたく思います。