「いきなり開業」は秋田の伝統(平成18年度) |
秋田弁護士会 池条 有朋 |
T 支部開業の動機 私は,平成12年4月に司法研修所を卒業し,そのまま秋田県の能代支部でいきなり開業し,今日に至ります。私は,もともとは生まれも育ちも関西で,秋田とは何の縁もありませんでした。そんな私が,自分の仕事場を能代に決めた個人的な事情としては,司法試験受験中に知り合った妻が秋田出身であったことと,秋田修習中に子供が生まれて妻の両親から秋田を離れることに大反対されたということがあります。そして,何より,私自身が司法試験に合格する時点で33歳と少々歳をとっていて他職に就くことや都会でイソ弁に取ってもらうのも難しいだろうし,就職活動するのも面倒くさいと思っていたところへ,能代では20年も弁護士がいないことを知り,そういうところであれば,いるだけでありがたがられるのではないかと考えるようになったからでした。正直なところ,動機といえばその程度のものであったわけです。 U 秋田では当たり前 支部でいきなり開業と聞けば,同業者の方は,「何と勇ましい」ないしは「何と無謀な」などとお思いかも知れません。しかし,当秋田弁護士会の実情を言えば,「いきなり開業派」の方がむしろ圧倒的多数派に属するのです。しかも,私を含めてここ10年間に入会した会員16名のうち,支部でいきなり独立開業した人が8名と半数に上り,これにひまわり公設の3名を含めると,なんと7割近くが支部チャレンジ組ということになります。ですから会内では私のような存在は全然めずらしくないし,いきなり開業だからとかひまわり公設だからといって「大変だね」という気遣いもほとんどありません。そういう意味では,当会は,過疎解消先進会だと胸を張ってもいいのかも知れません。 このように当会が過疎解消の実績に先んじている要因は,そもそも当会にはイソ弁を取るという慣行がほとんどなく,秋田で弁護士をしようと思ったら必然的に開業を考えなければならないこと,本庁管内ではすでに弁護士数が足りているように思われ,開業しても仕事があるかどうか不安があることの2点にあると思われます。しかも,支部で開業した先人は皆それなりに成功していたので,後に続く者としても何とかなるだろうという気持ちにさせてもらえたことも大きいと思います。私の場合も,修習時に同じく0地区でいきなり開業して3年目に入っていた横手支部の近江先生から「絶対食っていけるから」と言っていただいたことで背中を押してもらった思いがしました。 V 過疎地はやっぱり辛いよ 仕事をしてみると「食っていける」というのは実際そのとおりで,仕事がありすぎて困ることは常態化していますが,仕事がなくて困ったことは全くありません。開業当初,報道各社で私のことをかなり大きく宣伝してもらったことがむしろ災いし,バッチをつけているだけで実際は何もできないホヤホヤで湯気がたってるような私のもとへ相談客が殺到し,本当に参ってしまいました。このときのことは,今思い出しても寒気がします。その当時は,仕事上もパートナー(事務員)であった妻に対して,「俺もお前も素人同然であることに変わりはない。だから,お前も自分で本を読んで破産申立書類くらい書けるようになれ」と,無茶な要求を突きつけたりしていました。今にして思えば,多少は反省もしますが,当時はとにかくいつもいつも切羽詰まった状況で仕事をしていました(今もそれほど変わりませんが…)。 仕事が忙しいのもそうですが,それよりも辛かったのは,同じ悩みを持つ同業者が近くにいなかったということです。これは,都会の弁護士や地方でも本庁管内にいる弁護士には全く理解できないことだと思います。ちょっとしたことを裁判所の弁護士控え室などで顔を合わせるときに訊いてみたり,愚痴を言い合ったりすることでどれほど救われているのかということを,過疎地の弁護士ならば絶対に分かってくれるだろうと思います。私なんかは,最初のころは,東京あたりから来る相手方の代理人がどんなに悪徳そうな人でも,来てくれるだけでうれしかったものです。 W 収入と仕事の内容 仕事があるのですから,お金にも困ったということもありません。実は,私は,ひまわり基金の過疎地定着支援(開業資金として800万円を限度に無利子で貸し付けてくれる制度)の第1号申請者だったのですが,その決定をもらうまでの数か月間のうちに当初銀行から借りていた300万円も繰上げ返済してしまい,資金需要が全くなくなったので,あっさりと申請を取り下げてしまいました。 現在の仕事の中身について言えば,他の過疎地の例に漏れず,多重債務案件が収入の半分以上を占めています。その他,破産管財事件,国選事件など裁判所から来る仕事が多く,一般民事の割合は,収入面では2割程度にしかなりません。そういう意味では,今は調子よくても多重債務バブルがはじけた後はどうなるか覚束ないという不安は常にあります。 X 今後過疎地に進出するのはどうか さて,今後過疎支部で開業するのはどうかと問われれば,上記のとおり多重債務バブルもそろそろはじけるだろうことを想定すると,正直言って今まで同様に仕事があるとは保証できない状況ではなかろうかと思います。秋田について言えば,私のいる能代は現在2名であり,もう一人くらいは食べるに困らないと思いますが,他の支部では「もういらない」との声も聞こえてきます。私などは,1地区で辛い思いをしてきた間は,秋田に赴任している修習生を捕まえてきては自腹を切って能代の若い女性と‘お見合い修習’までしてリクルート活動することを年中行事にしておりました。しかし,そんな「誰でもいいから来てくれ」という悲鳴を上げるような状況は既に過去のものとなったといえます。 ですが,このまま弁護士量産化時代へ突入すれば,今それなりに仕事があるうちに進出しておかないと,あと2,3年もしたら参入の余地がなくなるかもしれません。また,今であれば私が開業したころと違い,仕事に忙殺されすぎて日常生活を犠牲にするようなことはないと思われます。そういう意味では,今が過疎地進出には一番いい時期であるという言い方もできるでしょうし,もしかしたら最後のチャンスなのかもしれません。 |