わたしと司法
シリーズ101

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歌舞伎役者
中村扇雀さん
と き 平成22年9月27日
ところ 株式会社ブルーミングエージェンシー本社(港区南青山)
インタビュアー 会報広報委員会委員長 鈴木 周

 今回の「わたし」は,歌舞伎役者の三代目中村扇雀さんです。扇雀さんは1960年12月19日生,東京都出身,歌舞伎役者で人間国宝の坂田藤十郎さん(当時二代目中村扇雀)と,初代国土交通大臣など歴任された扇千景さん(当時女優)の次男として生まれました。まさに歌舞伎界のサラブレッドと言ってよいでしょう。67年,6歳のときに「紅梅曾我」の箱王丸で初舞台を踏みますが,69年から83年までは学業優先のため舞台を離れ,83年,大学を卒業した22歳のときに復帰されました。その後は女形として着々とキャリアを重ね,95年には三代目中村扇雀を襲名し,一年間の襲名披露では八重垣姫・雪姫・時姫のいわゆる三姫を完演されました。美しさ,気品の高さ,知性を兼ね備えた若女方として定評のある扇雀さんですが,最近では「河庄」の紙屋治兵衛など上方歌舞伎の立役(男役)もこなし,芸域を広げられています。今年12月に50歳を迎えられますが,今後もますます脂の乗った演技で,歌舞伎界の中心的な役割を担っていくことが期待されています。

○扇雀さんこんにちは。今日は宜しくお願い致します。
 扇雀さんは,東京都のご出身なんですね。お父さんの坂田藤十郎さんも含め,上方の和事(人情もの)を中心におやりになっているイメージがあるのですが。
扇雀さん  ええ,そうですね。うちの家系は上方の和事を継承してやってきているものですから,親父は大阪の公演が多いです。兄貴(中村翫雀さん)は,大阪にマンションを借りているみたいですよ。だけど皆生活の本拠は東京ですね。 
○お生まれになったお家がお家ですから,よほど小さいころから日本舞踊なんかを習っていたんでしょうね。3つとか4つくらいからですか。
扇雀さん  いや,習い始めたのは6歳からです。子どもの習いごとは6歳の6月6日からさせろって言うじゃないですか,西洋ではゲンの悪い数字ですけど。私も6月6日から始めました。あれ,でもよく考えると,兄貴も一緒に始めたわけだから,兄貴は8歳の6月6日ですね(笑)。
○そうすると初舞台が11月ですから,半年くらいでもう舞台に立ったのですか。
扇雀さん  そうです。公演が始まると25日間毎日舞台に立っていました。舞台に出た時のお客様の凄い拍手で,子ども心に「ああ,お芝居って楽しいんだなあ。」と思ったのを覚えています。当時女優だったお袋も,毎日着物を着て楽屋に来てくれました。
○それが2年ほどたって休業されたんですね。8歳のお子さんですから休業というのもなんですが,これは学業優先ということでしょうか。
扇雀さん  そういうことになりますね。私は,慶応に幼稚舎から入りました。歌舞伎は午前11時の公演がありますから,舞台に立つとなると学校を休んだり早退しなければならないんです。当時の慶応は芸能活動に厳しくて,「他の生徒の示しがつかないから,役者を続けるならよそに行って欲しい。」みたいなことになって,それならと,学業に専念することになったのです。
○それで,大学卒業するまで14年間中断ですか。随分長いですね。
扇雀さん  そうでしょう? 歌舞伎400年の歴史の中で,役者の子弟で10代に一度も舞台に出ていないのは私だけだと思いますよ。役者の家庭では,学歴を重視しないのが普通だと思いますし,実際に親父は中学を出てから役者一筋でやってきたわけですが,お袋は普通の家庭で育っていますし,女優時代にも財界人の方などと知り合ううち,「歌舞伎以外のことも勉強して世間のことを知らないといけない。」と思ったんでしょうね。それに,小学校高学年から中学校というのは,役が少ないんですよ。声変わりもありますし,父親が出ていないとなかなか出られませんしね。
○なるほど,しかし学生時代も歌舞伎役者になるという希望はずっと持っておられたわけですね。
扇雀さん  一応はそうです。でも高校のときは生徒会長をやったり,大学(慶応大法学部政治学科)では体育会のゴルフ部に入ったりして,それどころじゃなかったというのが本当のところですが(笑)。
○それで,大学を出た83年の5月に京都南座で復帰されたわけですね。ブランクが長かったですから大変だったんじゃないですか。
扇雀さん  それはもう本当に大変でした。復帰した頃の舞台のビデオを見ると本当に恥ずかしいのですが,一人だけ明らかに素人が舞台にいるわけですよ。私自身甘く見ていたようで,そんな簡単なもんじゃないんですよね。日本舞踊,三味線,鼓,琴なんかの習い事を7つも始めて,毎日のように鎌倉に通って台詞を習って,ほんとに「一日48時間欲しい」と何度思ったことか。必死でした。
○同年輩の役者さんの子弟は,もうキャリア十分なわけですものね。
扇雀さん  そうですよ。中村福助(当時中村児太郎)君なんか私と同い年なのに,既に「お染七役」で大きな新人賞を貰っていました。そんな人が横にいるのに,こちらは化粧も一人じゃなかなか出来ないわけです。それで,これはまずいぞって,20代はずっと悩んでいました。大学時代の仲間と飲みに行くと「いつやめるか」みたいな話もしてましたね。
○いつ頃から手応えを掴んだ感じですか。
扇雀さん  これでやっていけそうだと思ったのは,26歳のときですね。中村勘三郎(当時中村勘九郎)さんが,とある公演で相手役の若奥さんに抜擢してくれたんです。ですが最初は「お前の芝居じゃ泣けないんだよ。ちゃんとやれよ。」みたいに随分怒られました。怒られて飲みに行って,また勉強するんです。そうやって必死にやっているうちに,公演の最後の方だったと思いますけど,勘三郎さんが「今日な,お客さんハンカチ出してたぞ。実はな,俺も泣けたよ。」って言ってくれたんです。こっちはそんな余裕なくて一生懸命やってるだけなんですが(笑),嬉しかったですね。このあたりから少し芝居が分かり始めた実感がありました。
○そういえば,歌舞伎役者さんには試験があるんですよね。
扇雀さん  名題試験のことですね。これはもともと私のような役者の子弟ではなくて,一般の試験を受けて役者になられた方が,幹部候補生というか一つランクを上げるための試験なんですが,私どもも受けます。
○やっぱり役者の子弟の方だと簡単に受かるんでしょうか。
扇雀さん  とんでもない,差別一切なしです。役者の子弟でも落ちる方もいます。私は女形で受けましたが,人間国宝級の審査員12〜3人が目の前に並んで,素顔で演じるんですから,一生のうちで一番緊張しました。親父も審査員の端っこにいたんですが,私が踊っているときに真ん中の中村歌右衛門さんが親父を呼んでヒソヒソやってるんですよ。親父も神妙な顔して頭下げたりしてて,絶対「なんだいあれは?」とか言われてると思うじゃないですか(笑)。脂汗があとからあとから出てきて,生きた心地がしませんでした。そしたら,親父が後で,「いやあれはな,手順が江戸じゃなくて上方式だったので,『上方はこうなのかい』って聞かれてたんだ。」とういうことで,いっぺんに力が抜けました(笑)。試験は無事に受かりましたよ。
○今,女形で試験を受けられたということでしたが,そもそも女形と立役はどのように決まっていくのでしょうか。
扇雀さん  本人の希望もありますが,体格や適正など考慮して師匠と相談して選択するようです。やっぱり180cmを超えるような人じゃ無理がありますし。
○歌舞伎役者の方は,お稽古以外にトレーニングなどはされているのでしょうか。俳優さんなんかだと体を鍛え上げて「マッチョ命」みたいなところがありますが。
扇雀さん  ジムに通って鍛えておられる方も多いですよ。私もやってます。ただ,あんまりマッチョにするのは伝統芸能では不自然ですからねえ。それに歌舞伎は大変な重さの衣装を着て動きまわって,腹式呼吸で大きな声を出すので,自然と腹筋と背筋,大腿筋が鍛えられるのです。ポチャポチャしているように見える人でも,お相撲さんみたいに柔らかい筋肉が中に入ってます。あとは鍛えられるのは声帯ですね。声帯は筋肉ですから練習で鍛えることが出来るんです。素人さんだと何時間も大声出すと声が枯れるでしょう? だけど我々は,歌舞伎座で2000人のお客さん相手にマイクなしで何時間やっても大丈夫なわけです。
○普段の厳しい稽古がすなわちトレーニングということですね。ところで,扇雀さんは,女形を中心にしながら,近頃では立役もやられるようになりましたが,今後役の幅を広げていくおつもりでしょうか。
扇雀さん  そのとおりです。もともと,うちの家系は,上方の和事(人情もの)を継承してきたものですから,立役も色男になるわけです。そのためには若い頃から女形をやって身のこなしを体得してから立役に移行するのがスムースなんですね。だから,代々,皆女形から始めて,徐々に立役をやるようにしています。
○強引で恐縮ですが,私ども司法関係の業界紙ですので,その方面のお話もお聞きいたします。でも弁護士役をされたことはないですよね。
扇雀さん  現代劇や映像もやりましたが,今のところないですね。でも,困ったときに相談させて頂いた弁護士さんは皆親切で丁寧にアドバイスしてくれましたよ。
○先日,芸能人が被告人の裁判員裁判がありましたが,扇雀さんも無作為に選ばれる可能性があるんですよ。3日とか5日とか拘束されますが,選ばれたらやってみたいですか。
扇雀さん  やってみたい気はありますが,舞台があるからなあ…。舞台は生ものなので他の役者さんやお客さんに迷惑かけられないですからね。
○もし選ばれたときにスケジュールが許せばやって頂くということで。最後に,今後の抱負についてお聞かせ下さい。
扇雀さん  私はこの12月で50歳になります。私自身,22歳で本格的に歌舞伎の世界に入りましたが,「とにかく焦らず50歳までは基礎固めをやろう,それで周りの役者にやっと追いつくことが出来る。」と思ってコツコツとやって参りました。そのとおりに30年近く舞台と稽古を続けてきて,今やっとスタートラインに立てたという新鮮な気持ちでおります。これからは女形のみならず「傾く(かぶく)」という歌舞伎の語源の通り常に新しいことにもどんどん挑戦して行きたいです。是非一度劇場に足を運んでください。
○本日は楽しいお話をありがとうございました。これからもご活躍を期待しております。

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