シリーズ52


俳優
加藤剛さん
と き: 平成16年9月27日(月)
ところ: 劇団・俳優座応接室
インタビューアー:
会報広報委員会 柳澤崇仁

今回は,舞台・映画・テレビドラマと幅広くご活躍されている俳優の加藤剛さんにお話を伺いました。加藤さんといえばテレビの長寿番組「大岡越前」を思い出す方も多いと思いますが,どのような想いで演じられてきたのかというお話から,法曹に対する期待まで,たいへん示唆に富むお話を伺うことができました。

○本日は加藤さんと司法との関わりについてお話をお伺いしたいと思います。そこで,まずは加藤さんと「大岡越前」との関わりからお話を伺えますか。
加藤さん  お茶の間のテレビ江戸南町奉行職は勤続30年になります。歴史上の大岡越前守は享保年間の裁判官ですけれども,のちに幕末の江戸の巷で大ヒットしてロングセラーとなった「大岡政談」の昭和・平成版がテレビ「大岡越前」です。「大岡政談」には有名な事件と判例を含む16編が収められていますが,大岡越前守が直接関与して裁いた事件というのは実際には1件しかないんですよ。あとは全部ほかの奉行が裁いたものとか,年代をさかのぼっての名判決や大昔の外国の伝説的裁判までもがなぜか「大岡政談」の中に入れられて,大岡越前守にポイントが加算されているんです。
 ですから,言ってみれば,大岡越前というのは幕末の民衆の「こういう裁判官が実際にいてくれればいい」という願いが凝縮した理想像だったのでしょうね。動揺の幕末にあって為政者に対する批判,風刺がさり気なくしたたかにこめられている,作者のない大衆文芸なのでしょう。
○そのような『大岡政談』の,いわば昭和・平成版を演じられるにあたって,どのような想いを込められたのでしょうか。
加藤さん  幕末の民衆の願いが大岡様を作り上げたように,今の私たちにとっての司法官・行政官の理想像というものを,昭和・平成のテレビの「大岡越前」で作りたいという番組意図でした。
 法というものは基本的には人間が幸せになるためにあるんだという当り前のことが第一歩。悪い者を懲戒するというだけでなく,いいものを人の中から引き出していくというのが法の本来の姿ですよね。常に人間の幸せを基本に置いて運用されなくてはいけない。とくに力のない者,弱い者の声は届きにくいですから,良い耳を持たなくては。さらに町奉行は市井の人たちの暮らしのなかの事件を民事も刑事も解決しなくてはなりません。官吏ですから国家権力を行使する側にいます。権力の側と庶民の立場の両方の板挟みになるような感じがあるわけです。そこで『大岡裁き』という大岡様独自の生き生きした法解釈が民衆から求められるんです。
○同じく裁判官ということでは,今年の5月にテレビドラマで少年犯罪を扱う家裁判事の役をされましたね(「家裁判事伊奈守草介の事件簿」)。その際,実際に家庭裁判所に行かれたこともあるとお伺いしているのですが。
加藤さん  はい。家庭裁判所に行って実際に判事の方のお話を伺ったり,家裁の法廷に行って,判事の席の位置とか,少年たちはこちらにいて,こちら側から入ってきてここに行くとか,いろいろご教示を得ましてね。当然無人ですが実際にその場に行って,子供たちが感じている雰囲気とか空気に触れてみたことが,役をふくらます意味で非常に役に立ちました。現場の空気は俳優にとって何にも勝る,イマジネーションの宝庫なのです。
 役を作るときには実際にその職業にある方にお話を伺ったり,その方たちが働いている場所に行きます。物を作る職人さんの役をするときは,実際に一緒に作らせていただいたりするんですよ。本当の生きた役を作りたいですから,自分の表現に有効な材料をできるだけ自分の中に蓄えようと思います。
○実際に家庭裁判所を目の当たりにされて,どのような感想をお持ちになったのでしょうか。
加藤さん  ぼくが一番感じたのは判事の席が高くないことなんです。それがいいなと思いましたね。裁判官の席は普通は高いでしょう。「お白州」ほどではないけれど上から見下ろしている感じがするんで,下にいる人は見上げますよね。すべからくそういう関係にないほうがいいような気がするんです。家裁の場合は,その当事者と同じ高さで目を合わせて話しますでしょう。緊張感とか威圧感とかを与えないので非常にいいんじゃないかなと。判事自身も自己過信に陥りにくいし。その点で家裁はよく考えたなと思いましたね。
○そのほか,司法関係でいいますと,加藤さんには検事の役をされている作品もありますね。
加藤さん  最近では,今年の8月に「東京地検特捜部・教授検事」というテレビドラマで,大学教授から検事になった人物(インタビュアー注:検察庁法18条1項3号)の役をやりました。
 権力というものに恐れずに向かっていく。庶民の幸せのために権力が邪魔であればそれに挑戦していく勇気を持った男という設定でした。権力というのはどうしても独り歩きしてしまうんですね。だから,上からの力で虐げられたり,理不尽な生活を強いられる人の立場に立って事に当たっていく,権力をチェックする人たちがいなければならないということですね。
○そのような裁判官・検察官の役を演じてきたご経験から,現実の司法に対する要望などがありましたらお聞かせください。
加藤さん  結局は,裁判官にしろ,検事にしろ,弁護士にしろ,法という一つの灯りがあって,過去の判例というものがあって,そういうものに照らし合わせて当事者である人間への,評価を下し,その人の人生に影響を与える判断を下すわけですよね。それが裁きでしょう。ならば,一番の基本はその人が幸せになるように導く−その提案をする,法律上のガイドをするということでしょうね。憲法でも人権のところで国民は生きる権利があるということを謳っていますが,そこに立って権利者であるその人が幸せな生活を送れるようにという具体案を基本にすることですね。
 力のない弱い者の数は,権力のある強い者の数より,この地球上で遙かに多いのですから。
○ところで,加藤さんは,弁護士の役をされたことはないのですか。
加藤さん  護士役,演っていそうでしょ。でも,このインタビューのお話があって「いや,待てよ。弁護士やってないよ。」と思ってね。僕もびっくりした(笑)。
 弁護士役を演らせてくださるよう,弁護士会で応援してくださいよ(笑)。
○庶民の願いとか,権力を恐れない勇気などのメッセージがこもったものを,ぜひ弁護士役で演じていただけたらなと思います。本日はどうもありがとうございました。





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