シリーズ60


国立市長
上原公子(ひろこ)さん
と き: 平成17年11月15日
ところ: 国立市役所・市長室
インタビューアー:
会報広報委員会委員   鈴木 周

 今回の私は,東京都国立市長の上原公子(ひろこ)さんです。上原さんは昭和24年に宮崎で生まれ,法政大学を卒業した後ご結婚されました。その後,しばらくは横浜にお住まいでしたが,お子さんが出来たことがきっかけで,環境の整った町で子供を育てたいと思いたち,国立市に引っ越されました。そして,国立市で生活する中で,市民の視点から環境問題や住民自治の重要さを実感され,東京生活者ネットワーク代表を経て,市議会議員を一期務めた後,1999年には20年続いた保守政権を破り,東京都で初めての女性市長となりました。
 その後のご活躍は皆さんご存知のとおり,明和地所との環境裁判,住基ネットからの離脱,有事法制への提言など,一貫して市民の視線に立った市政を貫かれ,全国の住民自治運動のオピニオンリーダーとして走り続けています。

○はじめまして。今日は市長にお会いするということで,多少緊張しております。
上原さん  なに言ってるんですか。普通ですよ普通。皆さん,あんまり普通の人なので拍子抜けされますよ。
○そう言って頂くと安心致します。ありがとうございます。それで,資料を見ていて驚いたんですが,市長はもともと国立の方ではなかったんですね。
上原さん  そうです。宮崎で生まれて,結婚後は夫の仕事の関係で横浜に住んでいたのですが,そこが「何とか台団地」みたいな大きな団地の中だったのですね。ほとんど個性のない。それで,このような環境の中で,子供がのびのび育つのかという点に疑問を持って,「住むところは私が決める!」と宣言して,引越し先を探したのです。それで中央線沿線を回っていたのですが,国立駅で降りて,大学通りに立った時に,「ヨーロッパみたいに環境のよい穏やかなところだ」と思って,いっぺんに決めてしまいました。
○国立市というのは,昔から環境についてはとても市民の意識の高いところですよね。どういったところに理由があるのでしょうか。
上原さん  もともと国立は,昭和2年に一橋大学が誘致されたときに,西武創業の堤康次郎さんが,学校とそれをとりまく住宅地の環境を整えて作った学園都市だったわけです。それが,戦後の朝鮮動乱で立川基地の米兵相手の歓楽街が国立に出来たりして環境が悪化したのですね。その時に,「ここは学園都市ではないか。子供の環境と学園の環境を守ろう。」という住民自治の機運が盛り上がって,法律に詳しい方などの知恵をお借りして,昭和27年に文教地区指定を受けたのです。ですから,最初から環境を重視した町づくりが行われて,それに住民も共感して支えてきたわけです。
○私も,受験時代,憲法判例で歩道橋訴訟なんて勉強しましたが,最近ではなんと言っても明和地所のマンション訴訟ですよね。一審勝訴にはビックリしました。
上原さん  そうですね。高裁で負けて今は最高裁にかかっていますね。でも,住民運動が盛り上がってきたのも,久々のことですよ。バブル期なんかは,皆さん景気がよかったこともあって,大きく社会全体に広がるような運動はなかったのです。それが大学通りに高層ビルが建つことになって,限界を超えたという感じでしょうか。
○そんな中で1999年に保守市政から一気に変わったわけですね。選挙の結果を見ましたが,15942票と14691票ですから,すごい接戦だったわけですよね。選挙活動はどのように行ったのですか。
上原さん  それが,私は住民自治の立場から徹底した市民主導の選挙をやりたかったので,社共ほかの推薦は頂いたのですが,組合の協力とか,選挙への具体的支援はお断りしたのですね。だから,お金はないわ,事務所はないわ,なんにもなくて,マスコミの方も「これじゃ勝てっこない」とか言ってて,最初はどうしようかと思いましたよ(笑)。
○そこから当選されたわけですが,どこに勝因があるのでしょうか。
上原さん  それはやはり市民の方の環境への意識の高まりですね。選挙も,最初は何もなかったけど,オンボロ事務所を決めたら,「ウチのアパートを取り壊しているから,畳でも何でも持っていきな」っていう方が来られたり,持ってたハンドマイクも音が小さかったものだから,議員さんが「それじゃ聞こえないよ。これを使いなさい。」と言って貸してくれたり,皆さんご協力して下さって少しずつ選挙運動が大きくなっていったのです。お金はもらわなかった替わりに,物納ですよ,物納(笑)。それと,一橋大学の学生さんが,徹夜でノボリ旗を作ってくれたりして,ずいぶん助けてもらいました。
○まさに草の根選挙ですね。それで,当選されてからは,環境裁判はもちろんとして,住基ネットの切断や有事法制反対など,市民の立場からの市政をどんどん推進されてますよね。まさに突っ走ってる感じですが,ご苦労も多いのではないですか。
上原さん  それはもちろんです。少数与党の苦労はなった者でないとわからないですよ。ずいぶん打たれ強くはなりましたけど,それでも有事法制が通ったときなんか,絶望のあまり体重が7kgも減ってしまいましたからね。それで周りは心配するし,反対勢力は「上原は病気だぜ」って喜ぶし(笑),まあ身体は健康なので,おあいにく様って感じですけど。
○わははは。確かに,作る会の教科書の件もあったし,上原さんが倒れたら,右翼は大喜びですね。
上原さん  そう。2小の日の丸問題の時なんか,全国から街宣車が63台も集まって,朝から「上原辞めろー」とか「ここで腹切れー」とかやってましたよ。しばらくは警察の方が護衛してくれました。
○そう言えば,7月に住基ネットの関係で証人尋問をされてますよね。実際に法廷で尋問されてみていかがでしたか。
上原さん  もう大変でした。ですが,その前の明和のマンションの尋問が大変でしたね。このときは仕事の合間に2週間かけて自分で陳述書を書いたのですが,もう死にそうに大変でした。尋問も2時間もありましたし。それで,住基ネットの証人のお話があったときには,正直お断りしたいくらいだったのですが,国立市がネットを切断するに当たって,いろんな弁護士さんにご意見頂いたり,調べて頂いたご恩もあって,「よし,私がやらなきゃ誰がやるのよ。」と奮起してお受けしたのです。やっぱり大変でしたが(笑)。ただ,住基ネットの時は弁護士さんが陳述書を書いてくれたので,その点では助かりました。
○しかし,そんなペースでお仕事されていて,モチベーションは維持できても,身体がもたないんじゃないですか。土日とか休めるのですか。
上原さん  もう全然土日なんてありません。あちこちの行事に引っ張り出されますから。大体,土日で4件くらいずつ行事が入りますね。国立以外にも地方で講演とか入りますし。一期めのときは,ペースもわからないので,出張のときなんかも必ず日帰りにして,飛行機や新幹線で原稿書いたりしていましたが,さすがに「これでは身体た持たない」と思って,2期目からは,翌日お休みにしてもらって,その地方の街づくりを見物してくることにしています。なにしろ私は街づくりオタクなので(笑)。少しペース配分は出来るようになりましたね。
○そうすると土日もないし,平日もお忙しいと思いますけど,お家での家事なんかはどうされているのでしょう。
上原さん  炊事,洗濯,掃除,全部やってますよ。抜けるときは手は抜きますけど。やっぱり市政は生活者の視点から外れてはダメですから,きちんとやります。スーパーで何が安いかとか買い物しながら,近所の主婦と座談会が始まっちゃったりしますし,そういうのは大事ですよ。私は今でも団地に住んでいますしね。
○えーっ,市長が団地に住んでるんですか?それはセキュリティー上,なんかすごく問題ありそうですが,大丈夫ですか。
上原さん  団地といっても,学園都市構想の中で出来た,緑の多いよいところですよ。それに,市長はそういう普通の生活者であることが大事なんだから,そういうところで暮らさないといけないんですよ(笑)。そういった普通の町の暮らしから,例えばゴミの問題とか,解決すべき問題点も見えてくるわけです。確かに周りの方は心配して下さいますけど。
○そうですか。そうですね。よくわかりました。
 それでは,最後に,国立に限らないことですが,市長がこれから理想とする街づくりの方向について聞かせて頂けますか。
上原さん  そうですね。ちょっと前の話ですが,昨年ようやく一週間のお休みを頂いて,ドイツのゲッティンゲンなどを回ってきたんですね。そこは,戦争で瓦礫になったのを,もとのまま復興させて,アパートメントを中心とした住宅街にしているんです。街全体,住民全体が景観にこだわりを持って取組んでいることがよくわかりました。そんな街ですから,皆さん行かれるとほっとした穏やかな気持ちになるとおっしゃいます。日本ではなかなかそこまでするのは難しいかも知れませんが,そういった街全体で意識して良い環境を維持して,さらに現代的な問題としてリタイヤした後の老人が社会の中で頑張っていける街づくりをして行きたいと思います。お年寄りが,街のコミュニティーの中で活き活きと活動できるような仕掛けを考えていきたいですね。
○本日は大変勉強になりました。ありがとうございました。
 これから,三選,四選と頑張って下さい。期待してます。




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