シリーズ74


女優
相本久美子さん
と き:平成19年9月5日(水)
ところ:目黒区・芸映プロダクション
聞き手:鈴木 周会報広報委員長

 今回の「私」は,女優の相本久美子さんです。
 相本さんは東京都港区で警察官のお父さんの長女として生まれ,1973年,中学3年生のときに牧葉ユミさんのサイン会で牧葉さん本人からスカウトされ,翌74年に「小さな抵抗」で歌手デビューしました。その後は歌,ドラマ,司会,グラビアと多方面で活躍し,マルチタレントの先駆け的な存在となり,清楚,利発,健康美で多くのファンを魅了しました。特に76年から81年にかけて「TVジョッキー」で土居まさるさんと一緒に生放送の番組の司会を担当されたのが記憶に新しいところです。80年代はドラマに活動の中心を移しましたが,87年にご結婚と出産をされたため芸能活動を控え,子育てが一段落した99年頃から本格的に活動を再開し,2000年以降は舞台俳優も務め,ご自身のホームページも立ち上げるなど,ますます活動の巾を広げておられます。

○ 相本さんこんにちは。
 初めてお会いしますが,TVジョッキーの頃と殆ど変わっておられないのでビックリしました。
相本さん  ありがとうございます(笑)。
○ やはり,私の年代ですと,相本さんといえばTVジョッキーですね。白いギターにミニスカートがよく似合ったのを覚えています。でも,デビューはバラエティーじゃなくてアイドル歌手だったんですね。きっかけはなんだったのですか。
相本さん  もともと芸能界に入るつもりなんて全然なくて,たまたま友達の買い物に付き合ってデパートに行ったら,1階で牧葉ユミさんのサイン会をやっていたんですね。そこで,牧葉さんご本人からスカウトされたのです。
○ 牧葉さんと言えば,ボーイッシュが売りのアイドルでしたよね。それにしても,サイン会場で本人がスカウトするなんていうのはすごく珍しいんじゃないですか。
相本さん  本当にそう思います。サイン会が終わった後,私を見て手招きするので,行ってみたら,「写真送ってください。」って言われるのでビックリしました。後から知ったことですが,牧葉さんは歌手を引退されるつもりで,でも事務所には所属歌手が一人しかいなかったので,後任を探してアンテナ張ってたらしいんですよ(笑)。
○ でも,確か,お父さんは警察の方でしたよね。反対されたんじゃないですか。
相本さん  それはもう(笑)。私も,話をした日にすぐ「絶対ダメ」と言われて諦めたんですが,将来娘の心にゆがみでも残るとまずいと思ったんでしょう,翌日「やってみたいのか」と言うので,「実はやってみたい。写真を送ってダメならそれで気が済むから」という話をしたのです。それで許してくれたので,写真を送ったら,事務所の方がすぐに飛んで来てくれたんです。
○ 警察官ですからね,マネージャーさんも説得できるか心配だったんじゃないですか。
相本さん  事前に父の職業を聞かれたので,「警察官です」って言ったら,「…」という感じでしたよ。これは難しいと思ったそうです。でも,その方がすごくよい方で,「ウチの事務所はこれから久美子さんでいきます。大事に育てますから,久美子さんを下さい!」と,熱心に説得してくれたんです。それに父も昔は祖父に内緒でバンド組んでアルバイトで歌ったりしてたようなので,そういう夢を娘に託すというところもあったかのかも知れません。最終的には,「あの人が責任持ってくれるなら」と納得してくれました。
○ そうですか。警察官のお父さんですから,娘さんを婦警さんにしたかったということはなかったのですか。
相本さん  それもありました。芸能界に入ってから,「実はお前は,『婦警になりたい』と言ってくれると思っていた。」なんて言われました。そんなこと一つも考えてなかったんですが。
○ いやあ,相本さんが婦警さんですか。すごくいいですね。素敵ですね!
相本さん  婦警さんにはなりませんでしたが,一日署長さんは,本当に沢山やりましたよ。私のサイズの制服が一着作られてて,それがあちこちの署に送られて,その先々で署長さんをやりました。父が退職した年に,初めて父のいた署で一日署長をやったんですが,そのとき初めて父の制服姿を見たんです。制服姿の父は本当にカッコよかったですよ。もっとも私は制服じゃなくて,衣装を着てパレードに参加しただけでしたが。
○ それはきっとお父さんより偉くなっちゃうから署のほうが気を遣ったんでしょうね。
相本さん  そうかも知れませんね(笑)。
○ それでデビュー後は,当時のアイドルとしては珍しく,歌一本でなくて,どちらかと言うとバラエティーやドラマなどが多かったようですね。どうしてなのでしょうか。
相本さん  丁度その頃は,百恵ちゃんや淳子ちゃん,新御三家から,ニューミュージックに入れ替わる過渡期で,アイドル歌手でやっていくのは難しい時期でしたね。それに,当時のアイドルは,夢の世界の人というか,実体が綿に包まれたというか,ファンのイメージの中で生きているというところがあったので,司会とかで話をさせてしまうと,輪郭がくっきり出てしまって,かえってマイナスにならないか事務所も心配したようですよ。TVジョッキーだって,1週間前に決まって,「大変だ,服買ってこい。」って言われたんですから。
○ ええっ! 衣装は自前ですか?
相本さん  そうですよ。自分でデパートに買いにいくんですよ。私,ずっと,「服買うために仕事してるようなもんだ」って思ってましたから。今は,そんなことないですが,当時は当たり前でしたね。
○でもバラエティーは正解だったと思いますよ。テキパキと手際よく進行されてましたし,視聴者に大変好印象でした。もう亡くなってしまいましたが,土居まさるさんからいろいろ教わったことも多かったんじゃないですか。
相本さん  言葉では教わったことはありませんでしけどね。土井さんは,とても寡黙な人で,怒ったり,褒めたりは絶対しない人でしたが,立ち位置とか,ゲストの扱いとか,土井さんを見てすごくいろいろ勉強させてもらいました。
○ 80年代半ばからは,バラエティーやドラマに特化して活動されておられますが,何か弁護士役とか,法律関係の役柄をされてことはありますか。
相本さん  弁護士さんですか…,99年に火曜サスペンスの「検事霧島三郎」で犯人役はやりました。夫と一緒に死体を崖から投げ捨てる役だったような…。でも弁護士さんは助けに来てくれませんでしたよ(笑)。
○ そうですか。すみません。
 2000年以降は,「アルプスの少女ハイジ」とか,「森は生きている」とか,舞台での活動も多くなってきているようですね。
相本さん  そうなんです。私は,その齢になるまで舞台はやったことがなくて,怖がって避けていたんですが,何事も経験して自分を広げていかなければならないと思って,始めたのです。それがやってみると面白くて,今年は3月に大阪の新歌舞伎座で神野美加さんと一緒に「大相撲女将さん奮闘記」を1ヶ月間やりました。ちょっといけずな役なんですが,娘も手伝いに来てくれて,とても充実していましたね。これからも,舞台はやっていきたいです。
○ 充実で思い出しましたが,ホームページすごく充実していますね。ブログなんか毎日のように更新されています。とても女優さんと思えません。これ,大変じゃないですか。
相本さん  うん,でも今は,携帯で更新できますから。あちこち行ったのを写真とって,更新して,そんなに手間じゃないですよ。ただ,一人のときは写真撮るの大変ですけどね。お店に入って自分に向けて撮るの恥ずかしいし(笑)。
○ まあ,ファンにとってみたら,「これ食べました」って物だけ映っていても面白くないですからね,しょうがないですね。
 それでブログを拝見しましたが,最近はホットヨガに熱中されているようですね。
相本さん  そうなんです。ほら,女優顔っていうくらいで,暑くても汗かかないんですよ。だから週に1回くらい,ホットヨガに行ってダーっと汗をかいて,青汁ゴクゴク飲んで,体中の水分を入れ替えるのがとても気持ちがいいのです。今はこれにはまってますね。
○ ビールじゃなくて青汁ですか…あんまり楽しくなさそうな気が…。それに,顔の汗腺が全開になりそうで心配ですが,大丈夫でしたか。
相本さん  いや,今年の夏も暑かったですが,ロケでも大丈夫でしたよ。
○ そうですか,それじゃ心配なさそうですね。
 これからも,頑張ってください。本日はありがとうございました。




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