シリーズ76


芸人
江頭2:50さん
と き:平成19年12月7日
ところ:中野区野方大川興業稽古場にて
聞き手:鈴木周会報広報委員会委員長

 今回の私は,大川興業三部作完結編,江頭2:50(えがしらにじごじっぷん)さんです。江頭さんは1965年,佐賀県生まれの42歳,1988年に芸人を志し九州産業大学経済学部を中退して上京しました。そこで出会ったのが政治系お笑いで独立したばかりの大川豊総裁です。以来,20年の長きにわたって大川興業の構成員として,ライブやお芝居に活躍されています。その芸風は,「突撃型」と称される危険な極まりないもので,活字にするのもはばかられますが,某サイトの「下品で卑猥な芸風は,日経エンタテインメント!の『嫌いな芸人』ランキングにおいて前人未踏の6年連続ダントツ1位に輝いている」(ウィキペディアより引用)との表現からお察し頂きたいと思います。しかしながら,普段の江頭さんは,穏やかで礼儀正しい好人物です。
 2004年には体調不良等で休養もされましたが,デビュー当時から現在まで,全くテンションが衰えることはなく,トレードマークの黒いタイツで,見る者の脳髄に刺激を与え続けています。

○ 江頭さんはじめまして。当方,上品な業界誌ですので,今日はお手柔らかにお願い致します。江頭さんは九州の大学に入られていますが,もともと芸人になろうと思い立ったのはいつのことだったのですか。
江頭さん  高校のときですね。でも,そのときの彼女が福岡の短大に入ったので,「僕もついて行こうっと」って,アッサリ鞍替えして大学に入ったんです。
○ ずいぶんポリシーのない話ですね(笑)。それで,大学で再びお笑いの情熱に目覚めたんですか。
江頭さん  まあ,彼女と破局しまして…,クヨクヨした気持ちで日々暮らしていたら,そのうちに「エガちゃん,お前は何をしたかったんだ。そうだ,お笑いだろう。東京に行って勝負してみろ。」と,内なる声が聞こえてきて,単身上京したのです。
○ 最初から大川興業を目指していたのですか。
江頭さん  いや,ホントはたけし軍団に入りたかったのです。私が若いころは,「ひょうきん族」とか「元気が出るテレビ」とか,とても華やかだったものですから。でも,競争も激しそうだし,どうしようかなあと思っていたら,どういうわけかフロムエーの「肉体労働ヘビー級」のところに大川興業が「劇団員募集」を載せていたのです。それで,ライブを一度見に行ってみて,「オレがやりたかったのはこれだ!」と確信して応募したのです。
○ すんなり入れたのですか。
江頭さん  それが,応募者がなんと100人もいて,まず作文で選考するって言うんですよ。何書いていいか分かんないから,ラサール石井さんの「若手芸人を志す君へ」みたいな本をそのまま写して送ったら,まんまと総裁が「スゴイ,こいつは天才だ!」と騙されて,面接試験に進んだんです。面接に進んだのは10人だけでしたね。
○ そういうのを不正と言うのではないでしょうか(笑)。でも面接はダントツだったんでしょう。
江頭さん  いや,当時は,お笑いの練習なんてしてなくて,「今は,ご披露するような芸はないです」と言ったんですが,「なんかやりなさい」というので,しょうがなく当時バイトでやっていたアムウェイの実演販売をして,「ほらこんなに綺麗!」ってやったんです。そしたら,「おおっ,すごい,君は合格だ」ということになったのです。
○ ううむ,選考基準は全く不明ながら,先見の明があったと言わねばなりません。それで,とても活字にすることはできない現在の芸風は,いつ頃確立されたのでしょうか。基本的には上半身裸になっていろいろやるわけですが,しばしば行き過ぎることもあるようですね。
江頭さん  小学校の頃からやってましたよ。皆がキャーと叫んで引いてしまう,すごすぎて逆に笑ってしまう,そういった情景を客観的に見ているもう一人の自分がいて,それでまた意識が高揚するんです。とにかく,そのときの解放感は,言葉では言い現せない位です。
○ なるほど,自我の解放というか,自尊心の解放ですね。それはそれで理解はできないではないですが,多くの人の支持は集められなそうな芸風ですね。特に,テレビではなかなか制約が多いのではないですか。
江頭さん  そのとおりです。でも,中には,私のスタイルを分かってくれて使ってくれる方もおられて,そういう方にはとことん付いて行ってしまいますね。例えば,テリー伊藤さんなんかがそうです。テリーさんが製作した「パープリン大学」という番組の第1回で私がやからしてしまって退学になったのですが,ちゃんと「朝ヤン」でまた使ってくれましたよ。
○ パープリン大学を一発で退学って,なんかすごいですね。
江頭さん  そうでしょ? バカボンのパパだって出た大学ですよ。あ,それはバカ田大学か。栄転した朝ヤンでも「水中4分間息止め」とかやって迷惑かけてしまいましたが,それもテリーさんへの愛ゆえの行動です。
○ それで,本当は避けて通りたい位ですが,江頭さんを語る上では避けて通れない,96年の「トルコ全裸事件」についてお聞きします。これ,「日本の恥」とか「国辱もの」とか随分言われましたが,本当はお笑いやりに行ったんじゃないんですよね。
江頭さん  そうですそうです。オイルレスリングの試合をしに行ったんです。私が前座で,メインは佐竹雅明さんが現地のチャンピオンと対戦することになっていたんです。それが現地での練習中に頭を2針縫う怪我をしてしまって,「これでは試合に出られない。申し訳ないからお笑いをやろう」って,スタッフに披露したらすごく受けて,「よしこれだ」って。
○ 現地の人の受けはどうでしたか。何千人も見ていたわけですが。
江頭さん  最初は,空中浮揚とか座禅縄跳びとか,体力ネタをやったら,すごく受けたんです。それで,「よーし,ここはたたみかけるところだ」と思って,ダンダン(解説できません)をやったら,お客さんがスーッと引いていって,「ダメか,よーし,さらにたたみかけるぞ」ということで,デンデン太鼓(同)までやったら,観客の皆さんが「アラー,○○○○!」とか呪いの言葉を連呼し出して,警察に捕まってしまったんです。どうもイスラム教国では公衆の面前で全裸になるのはタブーだったようですね。
○ 世界中どこでもタブーですよ。 それで無事に済んだんですか。
江頭さん  それが,なかなか帰してくれなくて,昼間に捕まったのですが,夕方まで警察で3回調書を取られました。とにかく「私は観客の皆さんに喜んで欲しくてやったのです。悪意はないのです。」と,泣き落とし戦術でいきました。その後,夕方になって,「これから君の裁判をやる。罰金で済むか,20日間の勾留になるかは分からない」と言われたのです。
○ おお,20日間勾留は日本と同じですね。昼間の事件で夕方すぐ裁判というのはどうかと思いますが。罰金で落ちましたか?
江頭さん  落ちました。日本円で75円でした。75円ですよ(笑)。ドッキリカメラかと思って,キョロキョロしてしまいましたよ。
○ 日本で言う赤切符みたいなもんですかね。ただ,罰金でも前科ですからね。それもすごく恥ずかしい前科です。だいたい,捕まったときに現地の当番弁護士さんとか飛んで来てくれなかったのですか。
江頭さん  来てくれませんでしたね。来てくれれば35円で済んだかも知れないのにっ!
○ ははは,そういうオチですか。
 でも,そういう芸風というか情熱というか,肯定的に評価される方も多いようですね。巷間では,江頭さんがまじめであるが故に,自分に対する観客の期待,声なき声を感じて,ついやり過ぎてしまうと分析されているようです。そういえば表現者としてはタイプが全然違いますが,バレエダンサーの熊川哲也さんも,江頭さんの大ファンだそうですよ。
江頭さん  そんなの美しい誤解です。彼が黒いタイツはいているのも偶然です!
○ だ,誰もそんなこと言ってません。
 そういえば,最近は映画評論家としての活動もしておられて,今度本まで出されるそうですね。とても映画の本に見えませんが…。
江頭さん  12月15日(2007年)に出るんですが,ネットでやってる「江頭2:50のピーピーピーするぞ」という番組の中の映画批評コーナーを本にしたものです。映画暦35年の私が愛情を注いで書いた本ですから,是非読んで下さい。
○ 「知られざる最後のシネフィル」ですか,面白そうですね。私も読んでみます。
 それじゃ,最後に写真撮影しますから,黒のタイツになってポーズを決めてください。
江頭さん  こんな感じですか。
○ そ,そんなの使えません! 「私と司法」が今回で終わりになってしまいます。もっと男前風にして下さい。
江頭さん  それじゃ,こんな感じで。
○ そうそう,それで結構です。
 本日はどうもありがとうございました。今後も独自の芸風を貫いて頑張って下さい。




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