平成15年度
    ダム問題―脱ダムをめざして―


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序章
序 章

第1  関東弁護士会連合会 (以下 「関弁連」) は, 過去のシンポジウムにおいて, 「飲み水の危機―あなたはこの水を飲めますか?」, 「水資源の今日的課題 (ダム建設を検証する)」 (1992年) 等, 水に関わる問題を, 主として環境保全や公共事業の視点から論じてきた。
 我が国では, 戦前・戦後は産業の基盤である電力開発を目的としたダムが各地に建設され, 戦後の洪水多発期以降は主として治水目的で大型ダムが, 高度経済成長期以降は利水機能と治水機能を組合わせた所謂多目的ダムが全国各地に続々と計画・建設され, 各地でその負の側面としてのダム問題を引き起こしている。
 現在, 関弁連管内の各地でもダム事業が多数進められているが, 同時に, 各地で水没地域の住民の生活破壊や自然生態系がダムにより破壊される等として, ダム建設反対の住民運動が起きている。
 ダム問題は多角的な側面を有するが, 関弁連は, 2003年9月26日に群馬県高崎市で開催される関弁連定期大会及びシンポジウムに向けて, 自然環境保全の観点から実体的な問題点 (利水および治水面) と手続的な問題点 (公共事業面) からダム問題にアプローチし, 法制度の問題点の指摘・改善に関わる調査・研究を行なってきた。 本報告書は, この間の関弁連の活動を集大成したものである。

第2  その概略を記すと,
 初めに, 河川を中心とする自然環境・生態系に及ぼすダムの影響を検証した。 そこでの結論は, ダムは自然環境・生態系に対しては, 有害無益な存在であるという他になかった。
 しかし, 自然環境・生態系に対して有害無益な存在であったとしても, ヒトにとって有益な存在であれば, 自然環境・生態系を犠牲にしてでもダムを建設すべきとの考え方もあり得る (勿論関弁連はそのような見解には拠らないが)。 そこで, ヒトにとってのダムの必要性・有益性について, 利水及び治水の両側面から詳細に検討した。
 結論的には, 利水面の必要性は, 水需要の予測と実績値の比較や, 人口の増減や産業構造の変化に鑑み, 客観的にみて (仮に安全度を加味したとしても) 喧伝されているような利水ダム建設の必要性は認められないということであった。
 治水面の必要性に関しては, 利水面に比べて単純に割り切ることはできなかった。 洪水による水害の発生は可及的に避けるべきである, という点では共通するからである。
 ただ, 我々は洪水と水害とは明確に峻別すべしとの観点から, 治水政策をダムに総て収斂する現行の河川政策は誤っていると考えた。
 たしかにダムには一定の治水効果は認められる。 しかし, 実際の降雨状況に対しては計算通りの対応が不可能である。 また, 流水を速やかに海に流下させるために, 堤防を嵩上げし, 上流のダム群で流水を調整するとして, ダムに治水の方法を収斂することは却って危険な場合がある。 我々は, 流域全体の水管理政策の中で, 洪水は自然現象として稀にはありうるものとし, その際に水害が生じないような施策を取るべきと考えた。 そこでは, ダムは治水のための唯一無二の存在ではなく, 単に道具の一つに過ぎない。 しかも, ダムにより河道が段々畑のようになっているわが国の現状では, これ以上の治水目的ダムを建設する必要性は, 余程の事情がない限りは認められないという結論となった。
このように, 自然環境・生態系に関しては有害無益で, かつ, ヒトにとっての必要性が乏しくとも, 全国各地でダム建設が現在進行形で行われている。 それは公共事業としてのダム建設事業が, ある一定の集団に現世的利益を産み出すからである。 そこで, 我々は, 公共事業としてのダム問題がなぜ生じているのか, 政治経済の実態と法制度の問題点を呈示することとした。 また, 環境の世紀と言われる21世紀の価値観から, その時代にふさわしい公共事業のありかた, 計画策定のありかたを措定した。 そこから帰納的に, 今までのハコ物重視の公共事業のあり方には問題があると考え, 更に新しい公共事業のあり方として 『緑のダム論』 や 『ダム撤去論』 という新メニューについても検証を加えた。
 さらに, 『真に民主的な手続に則った河川管理はどうあるべきか』 を行政型ADRともいえる 『梶山試案』 を呈示して法改正の方向性を示した。
 今般, 司法制度改革推進本部行政訴訟検討会において40年ぶりの行政事件訴訟法の抜本的改正問題が議論されている。 ダムを巡る実体法を整備し, 民主的行政手続を策定することが新しい河川管理を実現するにはまず必要なことであるが, 厳格な訴訟要件のもとにダムを巡る司法救済を封じてきた行訴法が改正されれば, 環境を保全するための行政訴訟により, ダム問題に司法のメスを入れることも可能となる。 そこで, 我々は, 行政事件訴訟法の抜本的改正の議論を踏まえつつ, 現行行訴法の抱える厳格な処分性概念, 厳格な原告適格, 証拠の偏在, 執行不停止原則等の問題点に関して, 市民にとって使いやすい訴訟制度の構築提言を第四部第6章で行っている。

第3 本書の背景にあるもの
 本報告書を編纂するにあたり, 関弁連2003年度シンポジウム実行委員会では, 以下のように, 関弁連公害対策・環境保全委員会と共同して全国各地を調査し, 関係者からヒアリング等を行なった。

長野県浅川ダム, 下諏訪ダム, 美和ダム, 泰阜ダム (2001年7月)
長野県田中康夫知事からのヒアリング (2001年12月, 2002年4月)
群馬県八ツ場ダム, 下久保ダム, 草津中和工場, 下久保ダム (2002年6月)
栃木県東大芦川ダム・南摩ダム (2002年6月)
長野県青木湖 (2002年6月)
熊本県荒瀬ダム, 川辺川ダム (2003年4月)
宮城県蕪栗沼遊水池, 南谷地遊水池 (2003年5月)
岐阜県徳山ダム (2003年5月)
茨城県霞ヶ浦 (2003年6月)
群馬県倉渕ダム (2003年7月, 8月)
 委員会としての正式な調査以外に, 関弁連管内の11都道府県から選出された委員は, 各都道府県のダム, 河川管理上の問題のある施設 (たとえば相模大堰, 清津川ダム, 渡良瀬遊水池等) の視察・調査を行っているが, 紙幅の関係から省略する。 関係者の方々に深く感謝する次第である。
 このように, 本報告書は現地での体験を踏まえて編纂されている。 それは, ダム計画を主導する霞が関の官僚が机上の理論をもとにダム計画を決定していることへのアンチテーゼでもある。
 またこの間, 委員会は, 東京都環境科学研究所研究員の嶋津暉之氏, 宇都宮大学名誉教授の藤原信氏, 水問題ジャーナリストの保屋野初子氏, 関弁連公害対策・環境保全委員会元委員長の梶山正三弁護士 (03年度シンポジウム委員会副委員長) ら有識者を招いて講演会を開催し, 理論的な研鑚を深めてきた。
 そのうえで, 本年7月と8月, 二度にわたる泊り込み合宿で, ダムに関わる様々な論点を議論し数回の編集会議を経て本書は完成された。
 この間, 精力的に活動された各委員に対しては, 改めて感謝と尊敬の念で一杯である。 経済的には全くペイしない (宿泊費等も自腹であった) 調査・活動や報告書の執筆, シンポジウムの準備といった活動を, 精力的かつ献身的に行なって戴いた各委員の長期間にわたる努力には, 頭が下がる思いである。 それでも, 合宿の際など在野精神にあふれる議論が続出し, 法制度の矛盾や, 現行政治体制の問題点を論ずるときには, 白髪の委員も若者の顔になっていたことが印象に深い。
 司法改革論議の中で, ともすれば歪んだ弁護士像をイメージした論陣を張る政府委員会の委員 (とりわけ経済界から選出された委員や偏向した弁護士像を持ったマスコミ選出委員) に, 当委員会の活動をつぶさに見て戴きたかったと思う次第である。
 本書は, そのようにして編纂された。 多くの方々に目を通して戴き, ご意見, ご批判を賜れば幸いである。
 最後に, 前記梶山弁護士のご尽力は特記しなければならない。 弁護士であるとともに科学者でもある梶山弁護士には, 常に委員会の議論をリードして戴き, 各委員の執筆部分にも細かくデータを付した助言を戴いた。
 本書第四部第5章の 『梶山試案』 はその集大成に係るものであり, あえて 『梶山試案』 のタイトルのまま用いさせて戴いた。 梶山弁護士の広く深い知識と緻密な思考に, 委員一同, 畏敬の念を覚えると共に深く感謝している。