平成15年度
    ダム問題―脱ダムをめざして―


あらましご挨拶目次序章まとめ書籍紹介

まとめ
(脱ダム宣言の評価)
 長野県知事田中康夫氏の 「脱ダム宣言」 はいろいろな意味で時機を得たものであった。 誤解されやすい点であるが, この宣言は決して既に築造されたダムの効用を全て否定するものではなく, また, 将来におけるダムの建設を一切否定するものでもない。 でき得る限りダムに依らない治水ないし利水施策をめざすべしという点にこの宣言の真骨頂があると理解すべきである。

(環境面からみたダム建設)
 ダムは, もともと連続していた水系を分断する。 それは生態系の分断と貧困化をもたらすだけではない。 上流域に水位の変動する湛水域を形成して水質の悪化と土砂の崩落・堆積を招き, 下流域には水量の枯渇と濁水をもたらす。 そして, これらの現象による河川生態系の悪化は極めて著しいものがある。
 ダムで堰きとめられた土砂は上流域の川底を上昇させて, 洪水被害の危険を増大させ, 土砂の供給を遮断された下流域は川底の低下によって橋脚基底部を危険に曝し, 海岸線の後退を招く。 源・上流の山間部の堆積物が海へ流入する現象が阻害されて, 河口付近の海の生態系にも悪影響を及ぼす。
 自然環境の破壊・汚染という側面から検討する限り, ダムの評価は全てマイナスであって, プラスとして評価すべき点はまったくない。 これが, この報告書の第1の結論である。
 ダムの堆砂, 崩壊の危険, 周辺地域の地震の頻発など, ダムの否定面は上記の点にとどまらない。 したがって, "でき得る限りダムに依らない"という冒頭に述べた文脈が必然的に導かれるのである。 わが国の主要河川は, 戦後の大型ダム建設ラッシュにより, その川底は段々畑と化している。 著しい河川環境の破壊と水質悪化は既に限界ともいえよう。

(利水と治水から・・・それでもダムは必要か?)
 上記の前提の下でも, なおかつ, 他の適切な施策がないために, ダムに依らなければならない場合があり得るか?これが, 本報告書の次なる検討課題である。 それをダムの利水及び治水の効果という二つの側面から検討した。
 利水に関しては, 生活用水, 農業用水, 都市用水, 工業用水などの用途別に見ると全国的なレベルでは既に需要は頭打ちであり, 農業用水や工業用水などでは需要減の傾向も見られた。 日常的な節水その他の施策を強化していけば, 長期的には人口減少などもあいまって, 水需要の減少傾向も予想される。 災害時や渇水時の対応に関しても, 必ずしも新たなダム建設によらず, 既存の農業水利権との調整や地下水の確保などで対応することが可能である。
 個別具体的ケースに関しては, 実績と乖離した過大な需要予測が少なからずあり, また, 事業計画時の水需要予測においては必要性が認められたとして, 現時点における水需要予測からは, 到底事業の必要性が認められないものも存在した。 新たなダム建設の必要性は, 個別的に具体的事情のもとに判断されなければならないものであるから, 今後一切のダム建設の必要なしと断定することはできないとしても, 趨勢的にはダム建設の必要性が減じていくことは明らかである。
 治水に関しては, ダムによる洪水制御は必ずしも理論どおりのものではなく, 完璧なダム操作は困難で, 場合によっては洪水被害を増大する危険もあること, ダムの上流域の洪水被害のリスクは確実に高まること, ダムだけで将来にわたって, 洪水被害を完全に防ぐことは無理であること, などから, 前述の環境面からの視点も併せて, でき得る限りダムによらない治水政策のあり方が検討された。
 基本高水流量を求め, ダムや河川改修計画により計画高水流量に変換していく現行河川法のやり方は, 基本高水流量の求め方そのものに多分にファジーな面があることから, それを絶対視するのではなく, 流域住民による合意形成も含めて, 多様な洪水防御の方法を含めた総合的な流域管理によるべきものと思われる。 その方法としては, 遊水地, 森林整備, 宅地の嵩上げ, 危険地帯からの住居等の移転, 輪中, 雨水流出抑制型下水道などがある。 問題は, 河川法, 都市計画法をはじめとする関連法令が, 流域住民による総合的な流域管理計画の策定と実施を行なうのに適した法体系になっていないことにある。 したがって, 地方自治体レベルのものも含めて, そのような流域管理を可能とする法令のあり方が検討された。
 治水面からの結論は, 利水の場合と同じく, ダムや河川改修による治水施策を頭から否定するものではないが, でき得る限りダムに拠らないという基本原則の下に, 流域住民が洪水防御の多様なメニューから具体的事情に適したものを選択するというものである。

(公共事業としてのダム建設)
 ダム建設は, 要する費用, 規模などから見て, 巨大公共工事の代表的なものである。 しばしば言われるように, 談合システムや利権がらみで, 不要な, あるいは当初計画時は必要であっても時間の経過のもとに不要になったダム事業が強行されることはないか。 さらにそのような場合に, 事業計画を見直し, あるいはそれを阻止する方法はないか。 これが本報告書の第3の検討事項である。
 実態として, 不要と思われるもの, また見直しの必要なダム事業が現実に存在することは明らかであった。 さらにそれらの事業が強行されようとしている現実も存在した。
 問題としては, まず第1にダム事業の計画決定が密室で行なわれること, 地域住民の意思が反映されないこと (97年改正河川法の規定は余りに不十分である), 必要性の判断に必要な情報が開示されないこと, などが挙げられる。
 第2に, いったん事業計画決定のあった後に, それを見直す手続が欠落していること。 建設省が, かつて, ダム等審議会を作ってやったように事業者側の都合で見直しが検討されることはあるが, そこには地域住民の主体的参加や情報の透明性が不十分で, 本来あるべき見直し手続とは程遠いものであった。
 第3に, 不要又は見直しが必要なダム事業が強行されようとしている際に, 地域住民が行政手続によって異議申立する方法がなく, また司法制度も極めて不備であって, 不要な事業計画の実行を効果的に阻止する方法がないことが挙げられる。
 本報告書では, 上記各問題点をクリアする具体的方法について検討した結果を述べた。

(結論としての 「脱ダムをめざして」 について)
 本報告書は, 冒頭に述べた田中康夫氏の 「脱ダム宣言」 を出発点とし, それを上記のような様々な視点から検討した結果として, やはり“でき得る限り”ダムに拠らない利水・治水対策をめざすべきだという結論に至った。
 脱ダム宣言後の長野県では八つのダム事業計画について, 知事の諮問機関として検討委員会が設置され, 治水・利水の両面から再検討が行なわれ, 各計画について設置された個別の部会において, それぞれ相当に熾烈な論議を経たうえで2003年6月24日, 各部会の結論が出揃った。 知事への答申は結論としては, ダムを無条件に肯定するものはなかったが, ダム案に賛成する意見も相当にあったことが記載されたものもあった。
 このように, 治水又は利水のために, ダムかダム以外の方策を採るかは, 個別具体的に地域住民の主体的参加のもとに決すべき問題で, 一般論としてダムの可能性を当初から否定するのは誤りであろう。 しかし, 重ねて強調しておきたいのは,“でき得るかぎりダムに拠らない”という原則の重要性である。 このような原則の下に, 現在計画中, 事情によっては工事に一部着手したものも含めて, 事業計画の見直しが, 地域住民の参加のもとに早急になされなければならないであろう。
以 上