従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。
バレエダンサー
宮尾俊太郎さん(Kバレエカンパニー)
今回の「わたし」は,バレエダンサーの宮尾俊太郎さんです。宮尾さんは,1984年北海道札幌市に生まれ,14歳のときにバレエを始め,17歳でフランスに留学しました。帰国後は,世界的バレエダンサー熊川哲也氏率いるKバレエカンパニーに入団しました。現在,人気実力ともに若手トップクラスのバレエダンサーです。2014年3月に上演されるKバレエカンパニー15周年記念公演「ラ・バヤデール」でも主演予定です。バレエの舞台のほかにも,テレビドラマやバラエティ,映画,ミュージカルなどにも出演し,活躍の場を広げています。そんな宮尾さんに,幼少の頃からの経歴やバレエに対する思いなど,様々なお話をうかがってまいりました。
―子どもの頃はどんなお子さんで,将来の夢は何でしたか。
宮尾さん 子どもの頃は,熱しやすく冷めやすく,興味を持ったことは何でものめりこんでやってしまう子どもでした。小さい頃は習い事をたくさんやっていて,剣道,水泳,油絵を習っていました。中学生までは,絵描きになりたかったですね。
―バレエを始めたきっかけは何ですか。
宮尾さん 熊川哲也さんの出演していたテレビCMです。すごくかっこ良いと衝撃を受け,さらに「これは周りでやっている人もいないぞ」と思い(笑),それで一気に「バレエをやりたい」という気持ちが沸いてきて始めました。
―ご両親からは反対されなかったのですか。
宮尾さん 今までたくさん習い事をやらせてもらっていましたし,中学3年生で受験もあるので,もういいんじゃないかというのはありました。それでもやりたいと思ったバレエは,初めて親に頭を下げて始めた習い事でした。
―その後,地元の北海道のバレエ教室に通い始め,高校生のときに高校を中退してフランスに留学されたそうですが,留学の経緯を教えてください。
宮尾さん バレエの講習会に行っていたときに,元エトワール(パリ・オペラ座バレエ団のダンサーの最高地位)のモニク・ルディエールさんから,カンヌのバレエ学校の校長になるので良かったら来ませんかと,声を掛けていただきました。当時,周りで,15,6歳の頃から海外に行っている人が多く,自分もその波に乗りたかったのですが,バレエを始めたのが14歳とスタートが遅かったので無理だろうなと思っていたところでした。にもかかわらず,海外に行くチャンスをつかむことができたので,自分は天才ではないかと思い(笑),フランスに行くことを決めました。
―さらっとお決めになったのはすごいですね。言葉の不安などはありませんでしたか。
宮尾さん いえ,周りに同世代で留学している人も多かったですし。言葉も「トイレに行っていいですか?」だけ覚えて行きました(笑)。
―フランス留学中は,練習は厳しかったですか。周りのレベルが高いと感じたりしませんでしたか。
宮尾さん あまりそういう記憶はないです。外国の方は,体型的には恵まれた人が多かったのですが,日本にいた頃にも,周りの素晴らしいダンサーたちや日本人のずば抜けたテクニックなどを見てきましたので,外国だからという理由で周りのレベルが高いとも思いませんでした。それに,この中でいちばんになろう,という思いでやってきたので,特段レベルが高くてどうしよう,と思った記憶はないですね。
―留学先で見た舞台で当時印象に残った舞台はありますか。
宮尾さん 留学先のロゼラハイタワーバレエ学校の公演ですね。そのバレエ学校を巣立って行ったパリ・オペラ座のエトワールやベジャール・バレエ・ローザンヌのトップダンサーなどいろんなダンサーが戻って来てクラシックバレエや現代バレエを踊ったことがあったのですが,そのときスターダンサーの方たちの踊りを見て色々な作品に触れられたことは,いい経験になりました。
―スターダンサーの方たちのどういうところがすごいと思われたのですか。
宮尾さん 技術的なことはもちろんですが,僕が当時いちばんびっくりしたのは,客席にいて心が動かされる,ということです。客席に訴えかけるエネルギーが,スターダンサーの方はこんなにも違うのかと思い衝撃を受けました。技術だけではなく,その人自身の魅力や,客席に訴えかけてくるものが非常に大きいです。
―2年間のフランス留学から帰国して,その後日本のバレエ団で活動されるようになった経緯を教えてください。
宮尾さん 留学の終わりに海外のバレエ団のオーディションを受けて就職活動をしたのですがうまくいかず,日本に帰国した後3か月程は,バレエから離れた生活をしていました。それで,このままではいけない,この先どうするべきかと考えたときに,これまでバレエしかやってきていませんし,やっぱり自分にはバレエしかないと思い,熊川さん出身の北海道のバレエスタジオに入りました。その後,コンクールを受けに上京した際に,東京の熊川さんのスタジオでレッスンをしていただける機会がありました。そのときに熊川さんが踊りを見て,良かったら入らないかと声をかけてくださり,Kバレエカンパニーに入団することができました。
―憧れの熊川さんに会えたときは,感動しましたか。
宮尾さん そうですね。当時は遠い存在で,熊川さんもこの世にいるんだ,という感じでしたね(笑)。
―バレエを,仕事として始める前と後で,バレエに対する思いに変化はありましたか。
宮尾さん バレエが好きという根本的な気持ちは変わりませんが,お金をいただくようになって,やはり責任を感じますし,自己満足ではないということを考えざるを得ないというのはあります。お客さまに損させるような踊りを見せてはいけない,満足させるものを見せなくてはいけないと,自分自身に対して厳しくはなりましたね。
―宮尾さんは,24歳の頃テレビCMに出演し,以後,テレビや映画,ミュージカルなどバレエ以外の舞台でも活躍されていますが,テレビのお仕事は,ご自身の意思で始められたのですか。
宮尾さん 最初は,お話をいただいたのでお受けしたのですが,バレエダンサーでメディアに出ている方というのがまだまだ少ないので,自分がメディアを通してより多くの方にバレエの魅力を伝えられたらと思っています。このような機会を多くいただけていることは嬉しいですね。
―テレビ出演は,あくまでバレエを伝える目的が大きいのでしょうか。
宮尾さん それを見失わないようにという気持ちはあります。主軸がぶれると,結局何をやっているのか分からない人になってしまいかねないので,バレエがあってこその自分,ということですね。
―テレビなどのお仕事をすることで,バレエに良い影響が生まれることはありますか。
宮尾さん ありますね。踊りには自分自身というものが滲み出ますので,バレエ以外のお仕事で刺激を多く受けたりして感受性を高くして生きていると,それが舞台でも滲み出ます。テレビだと,映像なので第三者の目線で自分自身を見ることができたりして,そういうことがバレエに活きてきますね。それから,バレエには言葉がないのですが,言葉での掛け合いがあるお芝居での経験をバレエの世界へ持っていって考えたときに,新しい見せ方が浮かんできたりもします。あとは単純に,他の世界の方々との出会いもすごく刺激になります。そういった意味でも,他の人にない良い経験をさせていただけていると思います。
―ご自身のバレエの舞台の中で,特に観てほしい作品はありますか。
宮尾さん 全部かな(笑)。
―私は,昨年,宮尾さん主演の「ドン・キホーテ」の舞台を観て,とても感動しました。華やかでかっこ良く,男性のバレエダンサーに対する印象が変わりました。
宮尾さん ありがとうございます。もっと言って広めてください(笑)。
―バレエ初心者が,初めてバレエを鑑賞するときにお勧めなのはクラシックバレエでしょうか。それとも現代バレエでしょうか。
宮尾さん クラシックの方がストーリーは分かりやすいですね。特にKバレエの公演は,まるで映画を観ているようなストーリー展開です。3月に公演予定の「ラ・バヤデール」は古代インドが舞台になっていて,男女の愛憎うずまくドロドロした部分もリアルに描かれていて,妖艶な魅力のある作品です。毎年12月に公演している「くるみ割り人形」は,対照的にファンタジーな作品で,クリスマスの定番になっています。
―舞台は何日目に観に行くのが良いのでしょうか。
宮尾さん 時と場合によりますね。初日に向けて集中力が高まって爆発して初日がいちばん良かったということもありますし,徐々に舞台に慣れていって後半調子が良くなったということもありますし,舞台は生ものなので,いつがいちばん良いというのは推測できないです。
―バレエの仕事をして嬉しいと思うときはどういうときですか。
宮尾さん いつも幸せだなと思ってます。バレエを通した人との出会いであったり,他では味わえない達成感であったり,深い自分の感覚の中に入っていける快楽であったり。そういうのを感じられているので,幸せだなと思います。
―深い感覚の中に入っていく快楽というのはどういう意味でしょうか。
宮尾さん 舞台のときって,すごい究極状態になっていると思うんです。アドレナリンもすごく出て,神経も全身に行きわたっていますし,耳も冴えて視野も広大になっている。同時に500個くらいのことを考えているんじゃないかっていうくらい。そういう冴えた状態に入った中で,オーケストラピットから音楽が流れてきて,自分がそれに体を合わせて踊っているというのがとてもいいですね。
―舞台で踊っている間,観客の存在は意識されるのですか。
宮尾さん 意識しますね。観客の空気というのはすごく伝わってきます。お客さまが熱をもって見ていると熱を感じますし,冷めていると冷たい空気を感じます。ですので,怖いものがありますね。
―日本の観客と海外の観客で差はありますか。
宮尾さん 外国の方は,反応がはっきりしてますね。悪いときはブーイングだし,いいときは反応がいい。割と感情表現がはっきりしているという意味では,大阪のお客さまと似ているかもしれない(笑)。
―自分の評価と世間の評価がずれることはありますか。
宮尾さん あります。自分では調子が悪いと思っていても,周囲からは良かったと言われることもあります。意外と,調子が悪かったかなと思ったときの方が評価が良かったりします。
―バレエの仕事をしていて辛いと思うことはありますか。
宮尾さん 常に辛いといえば辛いですね。嬉しいと思うことと表裏一体なんですが,やはり常に満足できるものじゃなく,満足してしまったらおしまいだと思うので,常に求め続けてしまう。そういうことでは,時として疲れる場合もあります。終わりがないというのが分かっているのに常に追い求めてしまうというのが,最高に楽しくもあり,最高に苦痛でもあるのかもしれない。
―バレエダンサーは非常にストイックなイメージがありますが,実際に食事など普段の生活もストイックなのでしょうか。
宮尾さん そんなことはないです。食事も体調が良くなると思えば制限することもありますが,バランスよく食べる方も多いと思います。あまり過敏になりすぎないよう気を付けています。
―ストレスが溜まったときの解消法はありますか。
宮尾さん 仕事で問題が起こったときは,僕は,それが解決するまで次に行けないので,その問題にとことん向き合います。それできれいさっぱりなくしたいという感じです。他で解消はできませんので。
―今後はどのような活動を中心にやっていきたいですか。
宮尾さん やはりバレエです。もっと日本の皆さんにバレエの舞台を観に劇場へ足を運んでもらいたいなと思っています。そして,来てくれた方に良かったと思ってもらい,また観に来ていただけたらと願っています。
―宮尾さんは,法律や司法を身近に感じた経験はありますか。
宮尾さん あまりないですね(笑)。
―バレエの出演契約は,書面で交わしているのですか。よく映画業界などでは契約書なしでやってらっしゃることも多いと聞きますが,バレエ業界ではいかがでしょうか。
宮尾さん 公演ごとに契約するケースもあるでしょうし,様々なやり方があるのではと思います。僕は,所属しているKバレエカンパニーと書面で契約を交わしています。契約書は,何かあったりしたときに大切ですよね。それ以外のときはただの紙切れ一枚なのですが。
―おっしゃるとおりです。裁判官や弁護士に対しては,どのようなイメージをお持ちですか。
宮尾さん 裁判官や弁護士の方たちは,大変だろうなと思います。裁くにしろ,弁護するにしろ,いろんな人たちを相手にやらなければいけない。例えば弁護士だと凶悪犯人を弁護する場面などでは,個人の感情をゼロにしてやらなければいけない。自分を殺さなくてはいけないというのは,大変そうだと思います。
―弁護士に聞いてみたいことなどはありますか。
宮尾さん そんな大変な仕事をされていて,疲れたときにバレエを観て芸術で癒されたいとは思いませんか(笑)?不思議なもので,イタリアでバレエが生まれて,フランスへと広がっていくのですが,ちょうどフランス革命後のバタバタしたときに,バレエが一気に発展したんですよ。その時代に,女性のチュチュや,つま先立ちで踊る技術が生まれ,妖精の役などが急に増えてくる。皆さんが現実逃避をしたかったからそういうものが生まれたのではないでしょうか。ですのでぜひ,皆さんも仕事に疲れたときは,バレエで現実逃避していただきたいと思います(笑)。
―本日はありがとうございました。