従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。
湘南ベルマーレ監督
曺(チョウ) 貴裁(キジェ)さん
曺さんは,日立製作所本社サッカー部を経て,浦和レッドダイヤモンズ,ヴィッセル神戸でプレー。1997年限りで現役引退後,川崎フロンターレ・セレッソ大阪・湘南ベルマーレでコーチやユース監督などを歴任。2012年より湘南トップチームの監督を務め,初年度に見事チームをJ1昇格に導きました。
湘南ベルマーレの社長も絶賛する曺さんの「人間力」に迫ります。
―今年はワールドカップイヤーでサッカー人気も盛り上がりそうですね。世界のサッカーの中で日本のJリーグというものをどのような位置づけで見ていらっしゃいますか。
曺さん 日本の優秀な選手が次々と世界へ出て行ってプレーするというのは15年前には考えられないことでした。日本のサッカーの実力が世界に知られ,Jリーグで活躍すれば世界に出て行くチャンスが増えたということは言えます。
―ご自身が選手だったころのJリーグ創成期と今のJリーグとで違いを感じる点はありますか。
曺さん 戦術や技術は比べものにならないほど上がっています。
ただ,サッカーを好きな気持ちという根本的な部分では,昔の方が純粋だったのではないかと感じることがあります。それが今の選手に物足りないところでもあります。
私たちの世代と違って,今の選手は小さい頃から日本にプロサッカーリーグがあるせいか,「サッカーだけ上手ければいいだろう。」という考え方に陥りがちです。そういった育ち方や人間形成というのは,とかく「サッカー一筋」という美談として語られたりもしますが,プロ選手としても一社会人としても脆さを持っていると思います。学校の勉強や,社会経験といったものも大切にして欲しいですね。
―曺監督は,湘南ベルマーレの真壁社長からも「人を育てる力」や「人をその気にさせる人間性」を非常に高く評価されているそうですが,選手に接するときに気を付けていることがあったら教えて下さい。
曺さん 選手と接するときに気を遣って話すということはしませんよ。その選手にとって良いと思うことは,仮に相手が傷つくとしても,僕の責任で言います。その場合,「お前はどう思うかわからないけど」「最終的にどうするのか選ぶのはお前だから」という言い方をしています。ただ,自分が言うことによってその選手が立ち上がれなくなるようなことは言いません。
―選手をよく見て,対話を重視していらっしゃるということでしょうか。
曺さん 人間として監督が偉くて選手が下ということはなく,立場が違うだけですから,お互いにリスペクトする関係でいたいと思っています。
今でも,僕のことを「監督」と呼ぶ選手はいません。みんな「曺さん」です。ピッチでは厳しいことを求めますが,ピッチを離れればフレンドリーにバカ話もします。ピッチでミスをしたから口を利かないなんていうこともありませんしね(笑)。
―プロスポーツではチーム成績が良くないと監督が解任されるということがよくありますが,曺監督の場合にはチームが1年でJ2に逆戻りしてしまったのに早々と留任が決まりました。
曺さん 「なぜか」ね(笑)。
―監督が交代することによってチームが強くなったり弱くなったりするのは,どういったことが影響するのでしょうか。
曺さん 監督はチームのリーダーですから,監督が良くないと勝てません。
それは,すべての面について言えます。戦術や選手交代などの起用法は枝葉の一つではありますが,それだけでは勝てません。何のためにプレーするかという目標が分からないとダメなのです。
―具体的にはどういうことですか。
曺さん ベルマーレというチームは平均年齢23歳と若さがあります。
若さというのは,「失敗してもいい」ということではなく,失敗から学んで自分のものにしてアウトプットしながら吸収していくということを意味しています。そういう姿勢はチームとして失ってはいけないと思いますので,選手にも繰り返し話しています。
また,サッカーのことだけではなく,室内でミーティングをしているときに帽子をかぶっていたり手袋やネックウォーマーをしている若い選手がいたりすると,「それは常識的におかしい」「そういうところも変えていかないといけないんじゃないか」というような話もよくします。サッカーのことよりも,そういった話をすることの方が多いかもしれませんね。僕がサッカーの話をしてもみんな聞きませんからね(笑)。
―よく「選手を育てる」という言い方がされますが,伸びる選手と伸びない選手の違いはどんなところにあるとお感じですか。才能の差ということなのでしょうか。
曺さん 「才能」とは何かということなんですが,「シュートがうまい」「足が速い」ということだけではないんです。
僕から見ると,挫折感の強い選手ほど成長しますね。逆に,挫折感を味わいたくないからその手前でやめて,自分が足りないことに向き合わず周りのせいにする選手は,そこそこにしかならないです。
プロに入る選手は一定の能力を持っていますから,むしろ「努力を続けること」「自分と向き合えること」といったことこそが一番の「才能」でしょうね。そうでないと技術を持っていても成功しません。
そして,そういう部分は,指導者によって変えていける部分だと思っています。
チームのトップが「結果じゃないんだ。プロセスなんだ。」「結果の出し方が大事なんだ。」と言い続ければ変わります。逆に,「なんでもいいから勝てばいい。」とか,一般企業で言えば「何をやっても売り上げがあがればいい。」と言ってしまったら,努力の過程を大事にできないんです。
その意味で,スポーツだからといって一般企業と違う特別なことをしているわけではないと思いますよ。
―どうしても出場機会の少ない選手が不満を持ったりすることもあると思うのですが,監督はどのように対応されるのですか。
曺さん ベルマーレでは31人の中でスタメンには11人しか出られないわけですから,不満に思う人は間違いなくいます。そして,みんな「自分は頑張っている」「自分の方がいい」と思ってストレスを抱えるわけです。
僕の場合には,外す選手に対して「今回の試合には外すけど,"納得"はしなくていい。ただ,説明はする。俺の本当の思いは伝える。きれいごとでも,お前のモチベーションを保つためでもない。嘘はつかない。だから,"納得"はしなくてもいいから"理解"はしてくれ。」と言って話をします。そうすれば,彼らだって,監督になれば誰でもAかBか選ばざるを得ないということを"理解"はしてくれます。
良い選手は,そこで挫折感を味わい,自分に足りないところを考えて伸びていきます。
―なるほど。選手と正面から向き合うことなんですね。
曺さん 愚痴を言っても誰も得をしないし誰もいい気分にはならないじゃないですか。僕は,元気の出る明るい空間が選手やチームを強くすると思っていますから。
反省するっていうことは決して暗いことではないんですよ。落ち込んだりめげるのではなく,次を考えることなんです。
―目の前の試合に勝つためのベストメンバーと,数年先を考えた場合のベストメンバーが変わる可能性があるという難しさはありませんか。
曺さん それはないですね。お金がふんだんにあっていくらでも選手を連れてこられたら考え方も変わるのかもしれませんが,そんなチームは今のJリーグにはどこにもないですからね。今勝つためのベストメンバーが将来につながると思っています。
ただし,必ず将来への膨らみが必要なんです。勝てないとしても成長していって,いつか勝つ。僕はいつも選手たちに言うんですよ,「お前ら,いつか勝てる。」「必ず成功するよ。」って。僕は本当にそう思っていますから。
だから,僕は「自分の勝ち負けだけを追ってはいけない。」と常に思っています。
―昨シーズンはJ1で戦われて,J2との違いはどんなところにあるとお感じですか。
曺さん 能力・責任感・試合を決める力,すべての面で違いましたね。去年1年間J1で戦ってそれを選手が体感できたことはプラスでした。
―J2では,松本山雅のように人気のあるチームもある一方で,経営難という報道があったチームもありますが,地域におけるプロスポーツチームの役割についてはどのようにお考えですか。
曺さん 神奈川県にはJのチームが6つあって,集客という意味では日本一の激戦区なんですよ。松本山雅さんのように,地域全体で1つのチームを応援するという状況を作りにくい。
それだけに,勝ち負け以前に「つまらないこと」をしたくない。「興行」という意識を前面に出さないと,やっている意味がないと思うんです。
マリノスなどと比べると,ベルマーレは,外から見るとボロくても蓋を開けたらとても良い音を出すオルゴールのような存在でいたいですね。それを見てくれたお客さんから口コミでファンを拡げていきたいと思っています。
ベルマーレの場合は,J1に上がったから人気が上がるわけでもなく,逆にJ2に落ちてお客さんが減ることもない。だからこそ,J1でもJ2でも,僕たちは共通した自分たちのサッカーをすることが大事なんです。
―ベルマーレのサポーターには,スタジアムでどんなところを見て欲しいですか。
曺さん よく走るところですね。走って,動いて,気持ちがいいなと思ってもらえたら嬉しいです。
―スポーツでは事故や怪我が起きる場合があり,サッカーの場合にも,選手同士の接触などのほかに,倒れたゴールポストの下敷きになる事故や,落雷事故などが起きたことがあるのですが,プロが気をつけておられることや,アマチュアの選手・指導者への想いがありましたら教えて下さい。
曺さん 選手の健康を害さないということを一番大事に考えて欲しいです。そのための知識は絶対に身につけておくべきです。勉強を続けていくことが指導者の仕事です。試合に勝ったって子供の命が失われたら意味がないんですから。
―これまで,裁判や法律の現場を体験されたことはありますか。
曺さん うちの妻は日本人なのですが,妻も苗字を「曺」にしたいと言ったら,「曺」という字は常用漢字表にも人名用漢字表にも載っていないからダメだと言われたんです。
「金」さんのように常用漢字表に載っていればいいらしいのですが,「曺」の場合にはカタカナで「チョウ」ならいいと言うんですよ。僕は長年「曺」で生活してきているのに今更カタカナならいいなんて冗談じゃない!ということで,妻が家庭裁判所に申し立てました。弁護士さんをつけないで自分でやったみたいですが,見事に勝って,妻も子供も晴れて「曺」になることができました。
―それはすごい!しかも,すごく優しくていい奥様と聞いています。
曺さん いやいや...(照)。
―ご趣味や休日の過ごし方,オンとオフの切り替え方などを教えて下さい。
曺さん オフでもサッカーのことを考えないことはないですね。考えたいわけじゃないんですが,どうしても気になってしまう(笑)。でも,それはどんな仕事でも同じなんじゃないですかね。
―将来の夢を教えて下さい。
曺さん 海外チームの監督もやってみたいですし,指導者でいたい気持ちはありますね。人に何かを伝える仕事をしていたいです。それには,自分を磨き続けないといけないと思っています。勉強をしなきゃいけないと思うことが多いですね。
でも,実は,(早稲田)大学のときに弁護士になりたいと思ったときもあったんですよ。
向上意欲がないと人生なんて意味がないと思っています。日々勉強の連続ですね。