従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。
落語家
笑福亭仁鶴さん
今回の「わたし」は,落語家の笑福亭仁鶴師匠です。
仁鶴師匠は,1962年4月1日に六代目笑福亭松鶴に入門され,翌63年に,吉本興業に所属されました。その後,破竹の勢いで人気者になられ,さらには,長年NHKで「バラエティー生活笑百科」の司会を担当していらっしゃいますので,皆様にとっても,親しみ深い落語家のお1人だと思います。
仁鶴師匠は,現在,なんばグランド花月や祇園花月を中心に劇場に出演されています。また,今春4月より,KBS京都ラジオにて,「仁鶴の日曜想い出メロディー」が約8年ぶりに復活し,放送中とのことです(毎週日曜日8:00~9:00放送)。
本日は,祇園花月の舞台を終えられた直後に,お話を伺いました。
―古典落語のネタは数百もあるそうですが,落語家の方はそのような膨大な数のネタをどのようにして習得されるのでしょうか。
仁鶴師匠 大体は,師匠から,向い合わせで口伝で教わります。
僕の場合は,最初10ぐらい師匠に口うつしで教えてもらって基礎を学んだら,後は,よその師匠からも教わったり,自分で文献にあたったりしました。
―落語のネタには,例えば長屋や旅館などといった舞台がありますが,落語家の方の頭の中には,それぞれのネタの舞台について,決まった間取りがあるのでしょうか。
仁鶴師匠 あります。稽古のときに,どんな間取りかいうことを師匠も言うてくれはるし,自分でも考えます。ここのうちは,右側に台所があって,奥は縁側,とか。
―私は,「青菜」(注:仁鶴師匠お得意の持ちネタ)では,入って右側(客席から見て舞台右側)が,押入れなのではないかと思っているのですが,本当の間取りはどうでしょうか。
仁鶴師匠 合っています。そちらに押入れがあります。
お客さんの頭の中に映像が浮かぶというのは大事なことです。
正確にイメージしていただいたらありがたい。やり手としては,映像を壊さないようにやります。
―同様に,頭の中にそのネタの時代背景も思い描いていらっしゃいますか。
仁鶴師匠 勿論,時代も考えています。例えば,「青菜」なんかは,昭和初期のもの。言うても大正までのもんですな。
―時代を意識して演じていらっしゃるんですね。
寄席で「これは江戸時代の話だな。」と思いながら聞いていると,江戸時代には使われない言葉が出てくることがあって,落語家の方が明確に時代を意識して演じていらっしゃるのか気になっていました。
仁鶴師匠 そういうのは,いっぺんに映像を壊しますね。お客さんが明治時代やと思うてはるのに,明治に出てこないような現代語を使うというのは,具合が悪い。大阪では,そういう,古典の中に現代語を入れるというのはやりません。せっかく作った世界が崩れてしまうから。
でも,最近は,東京ではそういう演出をされるみたいですね。それでも,東京のお客さんはついて来られるから,ええんでしょうね。
―そうですね。最初は疑問に思っていましたが,慣れたといいますか…。
仁鶴師匠 なるほど,慣れますか(笑)。
―東京と大阪の落語には違いがあるんですね。
仁鶴師匠 今言いましたように,最近は,東京では,古典に現代のニュースを入れたりするようになって,大阪では入れませんから,そこは違いますね。
ただ,東京は,昔は派手な演出をしない落語でしたが,最近は,大きく身振り手振りをするようになったりして,そういうとこは大阪の演出に近付いてきてますね。
―落語は,いつも「生」の一人舞台となるわけですが,高座に上がられて,その日のお客さんを見て,ネタを変えたりされるんですか。
仁鶴師匠 出たときのお客さんの雰囲気,男女比率,お客さんの入りの具合で,ふっと変えたりしますね,寄席の場合は。
マクラをしながら,探るんです。どういう話があたるかというのを。
先輩の落語家に教えていただいた言葉に「下手も上手もなかりけり。行く先々の水にあわねば。」というのがあります。お客さんの気持ちに添うということです。そのために,マクラで打診をしているんです。
―上方落語界の落語家の数は,師匠が落語家になられた約50年前には20数名程度だったのが,現在では230名程度へと増員しているそうですね。
仁鶴師匠 ええ,そうです。今は,上方落語も江戸落語も人数が増えてますね。
―弁護士の数もここ数年で急激に増加しています。弁護士も落語家と似たところがあり,師匠から作法や仕事の仕方を教えてもらうのですが,近時,師匠につけない若い弁護士が増え,教育が行き届かないという問題が生じています。
落語界では,落語家の人数が増えたことによる影響はありませんか。
仁鶴師匠 落語は,落語ファンというマーケットが限られてますので,落語家の数が増えると,落語家自身には,「仕事がなくなる」いう悪い影響がありますね。
―確かに,劇場の数も限られていますから,人数が増えすぎると出演できなくなってしまいますね。
仁鶴師匠 そうです。ですが,そういった影響はあるけれども,我々の仕事は,弁護士の先生と違って,お客さんを楽しませるという仕事ですから。自己責任で,まあ,頑張って食べていきなさい,ということになるんでしょう。
―それは,弁護士も同じかもしれません(笑)。
もっとも,弁護士の場合は,大幅な増員による弁護士の質の低下も懸念されていて,これは弁護士に依頼してくださる方にも影響を与える問題となります。
落語家の方の場合,「質の維持」という点はどうでしょうか。
仁鶴師匠 まあ,「落語家の質」ということになると,比べようもないですけど。スポットライトも浴びず少人数で先輩師匠らが頑張ってくれてはった頃とは時代が違いますから。今の若い人らは,わりかた器用になっていますしね。
ただ,「落語そのものの質」ということになると,先輩諸氏にはかなわないかわからんね。
今はまだ,お客さんがついてきてくれてはるから,ええけども,これからは考えないかんかもしれません。
―増員による影響は,多かれ少なかれ,弁護士業界にも落語界にもあるのかもしれませんね。
他にも,弁護士と落語家の共通点としては,「定年がない」ということが挙げられます。師匠も,50年以上現役落語家としてご活躍されていますが,長年経験を積まれたからこそ,「ここは,若い頃とは違って,こういう風に工夫している」というような点はありますか。
仁鶴師匠 歳をとってくると,落語のやり方を変えようと思わなくても自ずと変わってきます。けど,それは,工夫する,わざと何かする,というのではなく,自然に出てくるもんやないとあかんと思います。
―技巧的なものではなく,滲み出るようなものなのですね。
確かに,大ベテランの方の落語は,語り口が耳に残って,後になって,その語り口調を思い出したりします。
仁鶴師匠 独特の節がある,ということなんでしょう。
―師匠の「深いか~,浅いか~。」というのも耳に残ります。
仁鶴師匠 「七度狐」ですね。
―はい。この台詞の節回しを思い返す度に,その場面が映像として鮮明に頭に浮かびます。
ところで,師匠は,30年もの間テレビで法律番組の司会を担当され,長年弁護士と付き合ってこられたわけですが,弁護士に対するイメージは変わりましたか。
仁鶴師匠 最初は,弁護士の先生と言うと,かたい人ばかりや思うてましたけど,大阪の弁護士の先生は,やらこいですね。雑談しててもおもしろいです。かたいのは弁護士の仕事のときだけで,普段はやらこいんですね。
―関東の弁護士も,かたいばかりではないと思います。面白いかどうかは別ですが(笑)。
最後に,師匠にとって,プロフェッショナルで居続ける秘訣とはなんでしょうか。
仁鶴師匠 難しい質問ですね(笑)。そうですね。アマチュアの人やったら,気分が向かない時は,やめたらええんですけど,プロは,いいときも悪いときも,何があっても,続けないといけない。
「続ける」ということ。これが,プロとアマの一番の違いやと思います。「続ける」ということは,しっかりやらないといけないということ。自分に,つまり,自分の求める理想に,こたえていけるかということです。
―続けること,ですか。50年以上ご活躍を続けてこられた師匠だからこその重みのある言葉ですね。肝に銘じます。
本日は,ありがとうございました。