関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

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産婦人科医
宋 美玄(そん みひょん)さん

とき
平成26年10月22日
ところ
千代田区某所
インタビュアー
会報広報委員会委員 友田真貴子,同委員長 西岡毅

 今回の「わたし」は産婦人科医の宋美玄先生です。
 宋先生は,大阪大学医学部産婦人科医局に入局後,ロンドン大学病院留学を経て,現在は都内病院で産婦人科医として勤務し,主に臨床に携わっておられます。また,専門の胎児検査(出生前検査)の研究を行う傍らで,様々なメディアで産婦人科医の立場から出産についての情報を発信しておられます。現在,2歳11か月の女の子の育児中でもある宋先生に,様々なお話を伺いました。

産婦人科医を目指したきっかけは何ですか。

宋先生 父が外科医だったんですが,小さい頃からずっと「手術は楽しい!」「今日も手術が上手くいった!ビール!」(笑)と聞かされていたので,手術に憧れていました。進路について父と喧嘩もしたんですけど,最終的に医学部に行きました。手術をやりたかったので,手術ができる科を考えたとき,産婦人科は,唯一女性であることがプラスになる科だと思って,産婦人科を選びました。

産科の手術というと帝王切開ですが,帝王切開手術は,安全性が確立している手術なんですか。

宋先生 そうですね。ただ,もちろん母体への負担は,切らずに生まれる方が軽いです。産後の負担を考えても帝王切開せずに産むにこしたことはありません。でも,一度帝王切開して,次は普通分娩にトライするのをVBACって言うんですけど,それで子宮が破裂して死亡するケースは多いんです。1%ぐらいあるんですよ。

そんなにあるんですか。

宋先生 だから,分娩をしっかりモニターして,危ないとなったら,さっと手術に切り替えないといけないんです。帝王切開の手術は5人目の出産とかになると難しいので,多産の時代はなるべく下からのお産で粘ってたんですけど,今は産んでも1人とか2人だから帝王切開にした方が安全,という風潮です。

時代によっても違うんですね。高齢出産のリスクのお話も,最近になって,世間で認知が進んだ印象です。

宋先生 もちろん医師の世界では常識だったわけですけど,2年くらい前にNHKスペシャルで『卵子老化の衝撃』という番組が放映されて,みんな衝撃を受けて,「え!年を取ったら妊娠できなくなるの?」と広まったんです。
 でも,高齢出産に何のリスクもないと思ってたらそれは間違いですが,今はちょっと過剰にあおり過ぎてる気もしますね。今は20代の女の子が読むファッション誌にも,卵子老化の記事が取り上げられているそうなんです。

出産は早ければ早いほど良いという訳ではないんですか。

宋先生 妊娠率とか,流産率とか,染色体異常率とか,帝王切開率とか,そういう数字で見ると早い方が有利ですが,じゃあみんなが20歳で産んだら良い社会になるかというと,そうではないと思います。20歳と30代とじゃ,経済力も全然違うし,人的資産や人に甘えるテクニックとかなんて,年齢が上の方が備わるじゃないですか。だから,早ければ早いほどいいとは私は思わないです。確かに子どもを4人くらい欲しいんだったら,30歳ぐらいから産み始めないといけないけど,1〜2人の予定だったら高齢出産でも良いと思います。

女性弁護士の中には,仕事上のキャリア形成時期と出産適齢期が重なる関係で,出産とキャリアのどちらを優先するか迷っていらっしゃる方もいるのではないかと思います。

宋先生 おそらくどの職業でも,大学を卒業して仕事をして一人前になる頃が一番の適齢期なんですね。未受精卵を凍結保存しておいて,若い卵子で産むという方法もありますけど,卵子をとること自体も大変だし,お金もかかるし,まだ一般的じゃないですよね。

キャリアとの関係では,いつ出産するのがお勧めでしょうか。

宋先生 キャリア形成が終わってから産むっていうのも一つの方法ですし,キャリア途中で産んで,働きながら育てるとかでもいいと思います。子どもを産んだら,いずれにせよ2,3年は大変なんですよ。子育てだけに専念しても大変だし,私みたいに預けながら働いても大変だし。それで,今ダイバーシティ(*多様な働き方)ということが言われていますが,最初はそういう働き方を受け入れない人がいたとしても,周りにキャリア形成の途中で産む人が増えてくると,もう存在を認めざるを得なくなるんじゃないかと思います。だから別にいつ産んでもいいと思います。

ご専門の出生前診断については,最近,新型の検査方法も話題になりましたね。

宋先生 新型検査は施設基準が厳しく,私のいる病院ではやっていないんですが,2年くらい前に新型が入ってくるということで,テレビで取り上げられてから,出生前診断自体に関心を持つ患者さんが急増しています。日本では,毎年100万人ちょっとの赤ちゃんが産まれるんですけど,羊水検査を受ける妊婦さんは,そのうち1%くらいなんです。でも,検査を受けなかった妊婦さんは,「どんな子供が産まれても育てよう」と考えて検査を受けなかったのではなく,そもそも病気の子が自分たちに生まれてくるという発想がなかったんですよ。それで,新型が入ってくるときに,テレビで,高齢出産が増えているとか,こんな検査があるとか,ダウン症の子を産んだお母さんの話などが取り上げられるようになって,需要が掘り起こされた感じですね。

出生前診断はこれから需要が伸びていく分野なのでしょうか。

宋先生 私はそう思って,2009年にイギリスに留学して,トレーニングを受けてきました。日本は,妊婦健診の頻度は世界一なのに,詳しく検査ができる機械はあまりないんですよ。新型検査は赤ちゃんへの危険を伴わないという点では画期的な方法だと思いますが,検査はあくまでスクリーニングであって確定診断ではないので間違うこともある。その出生前検査をどういう風に位置付けて,どういう風にとらえるかっていうことを,妊婦さんに説明してわかってもらうためには技術を要するんです。

宋先生が,メディアで情報発信をされるようになったきっかけを教えてください。

宋先生 福島大野病院事件という事件があって,2008年8月20日に判決が出たんですが,そのときに,『妊娠出産の心得11か条』というのを作ってブログに載せたところ,すごい勢いで拡散されて,ネットのニュースに載ったり,ジャーナリストの方が取材をしてくれたり,講演会の仕事などが増えました。その頃,同時並行で本を出版したところ,思いがけず大ヒットして,テレビにも出るようになりました。

福島大野病院事件というのはどんな事件だったのですか。

宋先生 福島大野病院事件は,前置胎盤の妊婦さんが出血多量で亡くなった事件で,第一審で医師が無罪になって確定しました。もともとハイリスクな前置胎盤の患者の命を助けることができなかったからといって医師が逮捕されること自体が衝撃的で,その時期に産婦人科医が激減したんですよ。学生も全然入ってこなくなったし,中堅の先生も辞めて,現場に人が減って疲弊して,みんな心が折れそうになっていました。

産科医を志望する人が減ったというのは聞いたことがあります。

宋先生 他にも,妊婦の病院のたらい回し事件というのがいくつかあって,マスコミが,産科医を連日バッシングしていました。でも,病院側としても,例え救急車を受け入れても,緊急手術中とかで人が足りなかったら無理ですよね。それなのに,新聞とかワイドショーでは,「また,妊婦の命が奪われました」とか,病院側が受けたくなかったように印象操作をしていて。それで,妊娠出産が安全で当たり前というのは違うし,医療にはキャパシティがある,治療したからといって絶対治るわけではなく不確実性を持っているということを,一般に広めたいと思ったのがきっかけです。

なるほど,生命の絶対的保証はできないですよね。

宋先生 でも,例えば,妊娠して病院に行ったときに,医師から「お産って絶対に安全とは言えないんですよ。あなた死ぬかも」って言われたら,嫌でしょう?だから,病院に来た人に説明するんじゃなくて,妊娠出産にはリスクがあるってことを社会の常識にしないとダメだと思って,自分が患者さんに日々接するのとは別ルートで発信しようと思ったのが理由です。

逆に患者の立場としては,ある程度自分でも情報を受信して勉強した上で,医師に相談をした方が良いのでしょうか。

宋先生 今どき調べるっていうとネットじゃないですか。でも,ネットってバイアスがかかってるんですよね。だから,「私はいっぱい調べて情報通」って思ってる人ほど,知識が偏ってる傾向にあるんですよ。

正しくない情報もたぶんいっぱいネットに上がってますよね。法律の世界も同じです。

宋先生 やっぱりそうなんですね!でも,みんなネットで調べてくるでしょう。

法律相談のとき,「ネットにはこう書いてありました」って言ってくる方がいるんですけど,「いや違います」って言っても信じていただけないことがあります。

宋先生 また,とんでもない情報を流す人って,声が大きいんですよ。患者さんが「ネットにこんなふうに書いてあった」って言ってくると,「ああ,それよくみんなが陥る誤解です」って説明するんですけど,大変で。それで,情報発信もしてるんです。

医師の仕事をして良かったと思うときはどんなときですか。

宋先生 私たちの仕事って,ありがたいことに,患者さんに「ありがとうございます」って言ってもらえる,患者さんに「おめでとうございます」って言える仕事なんです。そういうときは,いい仕事だなって思います。

反対に,医師の仕事で大変だと思うときはどんなときですか。

宋先生 色々あるんですけど,患者さんに過剰な期待を抱かれている場合ですね。例えば,「この検査を受けて大丈夫だったらもう大丈夫ってことですよね」と聞かれることもあるんですが,検査なんて100パーセントってことはないじゃないですか。

適切な処理をしたのに,患者に不満を持たれてしまうケースもありますか。

宋先生 弁護士のお仕事もそうだと思うんですけど,いちばん最善だろうと思うことをやったと思っても負けることってあるじゃないですか。でも,結果しか見ない方もいるんですよ。適切に治療すれば治るはずだ,もしくは無事に生まれるはずだ,そうならなかったということはどこかに間違いがあったんじゃないかっていう。でもいい結果にならなかったら紛争になるっていうのは結構ストレスですね。最近はちょっと理解されるようになってきたけど,10年くらい前までは,医師っていうのはもうすごい弱者じゃないかと思ってましたね。

命を扱う仕事は,責任が重くて大変だと思います。

宋先生 責任が全くない仕事っていうのもやりがいがないかもしれないし。やりがいがあって責任がない仕事なんてないじゃないですか。だから,もうやりがいを感じることで,もうこれでいいんだって思うようにしています(笑)。

医師に向いている資質は何だと思いますか。

宋先生 まず,コミュニケーションが得意なこと。そして,あんまりクヨクヨしないこと。患者が死亡して医師を辞める人もいるんです。ショックだろうけど,人の死とか,家族と揉め事になるなんて,医師をしている以上避けられないですよね。それで毎回心が折れていたら続かないですよね。

医療事故などによって,医師免許が取消になることもあるんですか。

宋先生 免許取消になるのはよっぽど悪質な場合ですね。注射を間違えて患者を死なせてしまった医師がいるんですけど,その人は,1年間の業務停止になってましたね。
 ただ,医療の世界では人はミスを犯すものだという前提で作られているんです。例えば,口に入れる薬が入っている容器は,点滴に接続できないような造りになっているとか。

ヒューマンエラーは失くせないということですよね。

宋先生 他にも,例えば,昔,抗がん剤で「タキソール」というのと「タキソテール」というのがあったんです。で,「タキソテール」は,使用量が「タキソール」の3分の1くらいなんですね。だから,もし「タキソテール」を「タキソール」の量入れちゃうと,打ちすぎなんですよ。それで,事故が相次いだので,名称自体が変更になったりとか。他にも同姓同名の患者がいたら,カルテにも大きく「この人は同姓同名あり!」と書くとか,出来る限りシステムエラーが起こらないように工夫しています。

裁判や弁護士を身近に感じたご経験はありますか。

宋先生 周りの先生で訴訟になる人も多いので,身近に聞きますね。意見書を書いている先生も身近にいます。医療訴訟を見ていると,そんなことで訴える必要があるのかと思うこともあるんですが,やはり揉めたら,裁判で戦うしか方法がないんですよね。

訴訟のリスクは意識しながらお仕事をされていますか。

宋先生 まあ,意識はしますけど,そればかりを意識しすぎると,診療にならないですよね。患者さんにこうしてあげたいけど,万が一,この人が後でこういう風に言ってきたらどうしようとか思って,あれもこれも自分がプロテクティブになっては,患者さんにいいことしてあげられないから。反対に,プロテクティブになり過ぎている先生もいると聞きます。だから,最終的に患者さんのためにならないこともあるから,訴訟が増えるものどうなのかなと思うんですけど。

医師の立場から見て,医療訴訟に対する印象はいかがですか。

宋先生 医療訴訟では,客観的に裁判官が判断してくれるんだとは思いますけど,医師の目から見て「これ,何でここ攻めなかったの?」と思うようなことが,結構あります。「ここ突かれたら痛いよね」って言ってたら,突いてこなかったりというのも聞くので。だから,それなりに弁護士の方にも医学の専門知識はあった方がいいんじゃないでしょうか。それこそ医師を経験した人が弁護士になるとか。

医療過誤訴訟では,特に専門知識の研鑽が必要ですね。最後に,今後の活動の展望をお教えください。

宋先生 日本のお産を,もう少し体に合ったものに変えていきたいと考えています。先日,仲間の医師とか助産師と一緒に,フランスで学んだ骨盤底筋のトレーニング,呼吸と姿勢のメソッドを取り入れたお産の方法を広める社団法人を立ち上げました。これまで日本では助産師も医師も,お産のとき骨盤の中で何が起こってるかよく分かっていなくて,今のお産のやり方は骨盤底筋にダメージがかかる産み方になっているんです。でも骨盤を意識した出産の仕方だと臓器が上に上がって,プッチンプリンの突起を外すみたいに赤ちゃんが生まれて,骨盤底筋に与えるダメージも少ないんですね。医療に頼らない自然出産とも違って,生理的な出産,体の仕組みに合った出産っていうのが,最も妊婦さんたちに必要なお産なんじゃないかと思って,それを広めていこうと思っています。

本日はありがとうございました。


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