関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが,このたび司法の枠にとらわれず,様々な分野で活躍される方の人となり,お考え等を伺うために,会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

写真

脚本家
野木 亜紀子さん

とき
2019年5月22日
ところ
新虎通り法律事務所
インタビュアー
会報広報委員会委員 西岡毅

今回の「関弁連がゆく」は,脚本家の野木亜紀子さんです。
野木さんの代表作は,民放のドラマだけでも,『空飛ぶ広報室』,『掟上今日子の備忘録』,『重版出来!』,『逃げるは恥だが役に立つ』,『アンナチュラル』等多数ありますが,つい先日は,『獣になれない私たち』で向田邦子賞も受賞されました。
そんな野木さんに,幼少の頃から脚本家のお仕事の裏側まで,色々とお話を伺ってまいりました。

どんなお子さんでしたか。

野木さん 本や漫画が好きでしたね。幼稚園とか小学生のときは漫画家になりたかったんです。絵が好きで,美術だけは成績が5みたいな子だったので。でも,小学校に絵が私より上手い子がいて,全然レベルが違うなと思って漫画家を諦めました。中学では演劇部に入って,卒業しても演劇やろうと思っていたんですけど,演劇部の部長がすっごく上手くて,諦めて(笑)。高校ではなぜかテニス部に入りました。一応演劇部も見学に行ったら,どうも身内で盛り上がっている感じだったので入るのは止めて,もしどうしてもやりたかったら卒業してから劇団に入ればいいじゃんとも思って。昔から創作系の仕事をしたいとは思っていましたね。

高校卒業後はどうされましたか。

野木さん 絵が好きだったのでデザイン系の専門学校に行こうかなと考えていて,あるデザイン専門学校の学園祭に行ったら,二次元の限界を感じたんですよね。その時レンタルビデオ屋でバイトしていたんですけど,一緒にバイトしていた人に「映画作れば」ってすごく軽く言われて,映画も好きだったのでありだなと思って。結局,日本映画学校という専門学校に入りました。監督志望だったので演出コースに入ったんです。そこでは,演出,編集,録音,撮影と色々やりましたね。卒業制作では監督を担当しました。

作品を1つ撮ったんですね。

野木さん 16ミリフィルム,カラーで40分ぐらいの作品。ただ,映画学校では,監督をやるだけでも結構大変で。みんな監督やりたいけど,30人の1クラスの中で2人しかやれないんですよ。

監督役はどうやって決めるんですか。

野木さん 先生の推薦と生徒たちの多数決で。でも,監督以外の役周りはみんなやりたくないのにやるわけだから,監督への糾弾がすごいんですよ。「この脚本の意味が分からない」「センスがない」とか。監督役はよほど強靭な精神の人じゃないと病みますね。

その作品も是非拝見してみたいです。

野木さん 今思うと25年前にしては先進的だったんですよ。VR(*バーチャル・リアリティ)のヘッドマウントディスプレイを被るとゲームの世界に入れて,そのゲームの世界がそのまんま現実と変わらないような世界になり,どちらが現実かわからなくなる話。ビル街が未来っぽいという理由で,幕張に撮影に行きましたね。ただ,完成度が低いので恥ずかしくてお見せできません(笑)。

専門学校の卒業後,映像制作会社でのお仕事はどういうものでしたか。

野木さん はじめに入ったのはBSやNHKのドキュメンタリーを主に作っている会社でした。卒業してすぐ入ったんで,AP兼AD。普通ドラマ1本だとスタッフ50人とか100人とかの世界ですけど,ドキュメンタリーだとユニットが超小さくて,カメラマンとVE(*ビデオエンジニア)と私,監督の4人。私みたいなペーペーが,下調べ,スケジューリング,予算管理,現場の取材対象者とのやり取りとか,全部やるんですよ。それはそれで楽しかったですけどね。

何年くらい制作の仕事をしていたんですか。

野木さん 3つくらい制作会社を渡り歩いて,そのあとフリーの期間もあって,合計8年ぐらいかな。

その間も,脚本家のことを意識していましたか。

野木さん いえ,まったく。その時は,ディレクターまではやりたいなと思って,2つ目の会社でディレクターで何本か撮ってはいますね。でも業界の不景気がやってきまして,NHKも予算が厳しくなって,仕事を制作会社に回せなくなってきたんですよ。その時,私みたいなフリーのAP兼ディレクターみたいな人間に回ってくる仕事って,民放のローカル線の旅とか,地方グルメとか。それはそれで楽しいんですけど,「これやりたかったっけ?」みたいな感じになっちゃって。あとは,某民放局のプロデューサーが,「ねえねえ,病気で死にそうな子供いない?」とかって聞いてきたりして。私,ドキュメンタリーもおもしろいって思っていたんだけど,ちょっとそういうノリでは流石にやりたくないって思って。ふと「フィクションやりたかったんだよな」と思い出して。ただ,昔は監督になりたかったけども,現場って瞬発力が必要なんですよ。咄嗟に判断しなきゃいけない世界。それは自分には無理だなとすでに自覚していて。でも脚本書くんだったら家でできるじゃないですか。それで業界の仕事は一回全部辞めて,バイトや派遣で食いつなぎながら,脚本書いてました。

賞を取るまで何年ぐらいですか。

野木さん 2010年のフジテレビのヤングシナリオ大賞の受賞まで,足掛け6年ぐらい。その時は大手予備校で働いていて,受賞の連絡も,会社で残業しているときに携帯電話で給湯室で聞いて,部屋に戻って「大賞とったよ」って。みんな「えー!」って悲鳴。

その道一本と決めたのはいつですか。

野木さん そもそも脚本賞に応募をする時点で脚本家として食べていこうと思っていて,契約社員の勧誘を受けても「腰掛なんで」って言って断って,周りに公言していたんですよ。「賞とるんで」って。

有言実行ですね。

野木さん 言霊ってほんとにあるんですよ。でも,運よく佳作取れれば良いなくらいに思ってたので,受賞の電話もらったときに佳作かなと思ったら大賞だって言われて,何度も聞き返しました。

受賞後,仕事はどんどんきましたか。

野木さん それが1年くらいは全然仕事なかったんですよ。お会いするプロデューサーは趣味が合わない人達ばっかりで喧嘩ばかりしてて(笑)。それで,鹿児島までバイクで旅したりとか。

ドラマや映画の話が来るようになったきっかけは何ですか。

野木さん 来るようになったというか,掴み取るという世界です。賞をとったばかりの新人達は全然仕事がないですから,みんなタダで延々プロット(*作品の骨子,あらすじ等をまとめたもの。)や企画書を書かされたりして,10年経ってもそのままということもある。プロデューサーには横柄な人もいて,それでも若い子達は言うこと聞いてしまうんですけど,私は賞を取った時点で30歳過ぎてて社会人経験もあったので,「常識的にこれはないわ」みたいな。

横柄なプロデューサーってどんな感じなんですか。

野木さん 例えば,あるプロデューサーからある小説を読んでドラマにできそうだったら企画書を書いてと言われて,自腹で小説買って読んだんですけど,残念ながら面白くないし題材もイマイチだったんですよ。それで電話して「ドラマ化は無いと思います」って言ったら,「分かった,どーもね」(ガチャン)みたいな。自腹で本買って,時間さいて,もちろん報酬なんて出ないのに,それだけ。ちゃんとしたプロデューサーは,自分で本を読んで自分で企画書を書くんですけどね。それで,この先どうしようかなってときに,一度お会いしたことがあったフジテレビの重岡さんって女性プロデューサー(*代表作に,『THE有頂天ホテル』等)から,とあるドラマの脚本が上がってなくて,「このキャストで,この設定で,第1話のタイトルまでのオープニングを書いてみて」って言われて。10分位の尺ですかね。2日寝ないで書いて送ったら,これでいこうとなって。

そこから3,4か月間,怒涛の生活ですよね。

野木さん ほんとに死ぬかと思いましたよ。突然呼ばれて,右も左もわからないまま,1話の続きを書いてくれと言われて。一応,次の第2話の仮の台本があって,そのセットを作りはじめているというんで,設定だけ生かして,1話としてまるっと2週間で書き直して。

当時,脚本の依頼を受ける時に契約書は作っていたんですか。

野木さん 作ってないんですよね。それが普通。悪いプロデューサーは後になって値切ってくるとか平気でやります。気が弱い人はいいなりになってしまう。まあ,まともなプロデューサーはそんなアコギなことはしないので,信用の世界です。ただ最近は,テレビ業界でも契約書を放送の何日前までに出さなきゃいけないという倫理規約ができました。

ところで,脚本家は仕上がりの映像まで意識して書くものですか。

野木さん 人によります。私は元々監督志望だったこともあるので,映像は浮かんでいるし,カット割りまで想像して書いてます。

そういうことも指示したりしますか。

野木さん 指示は書かないです。そこは演出家の領分です。役者によっても変わりますね。

なんで小説家志望じゃないのかなと思ったら,元々映像から入っているんですね。

野木さん 脚本家の方で小説も書かれる方もいらっしゃいますが,私は小説家になろうとは全く思わない。完成した映像を見たいがために脚本を書いているので。監督が演出して演者さんが演じたときに,脚本よりも面白くなっていることが楽しいんですよ。完成品が脚本以下の出来だとお話しにならないけど,ありがたいことに優れた人達とやらせてもらっているんで,脚本よりすごい面白いものができるので,「こう来たか!素晴らしいな」って。

完成した作品は当然ご覧になるということなんですね。

野木さん 私は見ます。映像化されてなんぼだから。見ない人もいるみたいですね。

撮影の立ち合いとかされますか。

野木さん 私は滅多に行かないですね。行ったところでやることないし。ただ,連ドラだとセットは見た方が良いから,1回ぐらいは行って役者の演技の雰囲気も見ておいたりします。現場に行って口を出したら,それは現場的に困るだろうと思うので,私はなるべく口を出さないようにしてます。

脚本として面白いものは必ずヒットしますか。

野木さん 何をもってヒットというのかが難しいんですが,視聴率ならば必ずしもイコールではないのでは。私が好きなドラマって視聴率が取れていない作品が多いんですよ。例えばクドカン(*宮藤官九郎さん)の『木更津キャッツアイ』は,視聴率が軒並み高かった当時に7%台まで出している。だけど面白い作品だったから,DVDがめちゃくちゃ売れたんです。当時DVDが売れるっていうビジネスモデルがあんまりなかったんで,その先駆けですね。それで映画化もできた。実は,クドカンは,『流星の絆』っていう東野圭吾原作の作品を除くと,あまり視聴率取れてないんです。それなのに,今『いだてん』(*NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』)の視聴率が取れてないってマスコミが書き立てていて,「今さら何を言ってるんだ」って思ってます。視聴率がとれるということはマスに受ける,いわばベタなドラマともいえる。一方クドカンのドラマは常に革新的。そこが面白さでもあるので,一ドラマファンとして今後もそうしたドラマをバンバン作って欲しいです。『いだてん』もすごく面白くて,泣いて笑える上に,大切なものがたくさん詰まっている。クオリティもすごく高い。日本スポーツ史の勉強にもなるのでみんなに見て欲しいです。

野木さんは,脚本を書く上で,原作があるものと完全なオリジナルとどちらがお好きですか。

野木さん どちらでもいいですけど,原作ものの場合はすごく慎重になります。ジャンルによっては企画書だけで断るものもありますね。それに自分がリスペクトできないと,原作ものってできないんです。例えば,『逃げ恥』(*TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』)も,やっぱり原作がおもしろいんですよ。

『逃げ恥』は,あんなに社会現象になると思ってましたか。

野木さん 思ってないです。作ってる側は誰も思わなかった。盛り上がり過ぎだなって,当時は引いて見てました。

原作を読まれるときは,どれくらい読みこむんですか。

野木さん 読むときは真剣に読むんですけど,あまりに何回も読むと逆に見失うと思っていて,そこは気を付けていますね。原作のトレースをすると映像作品として成立しないんですよ。例えば,漫画でも小説でも,登場人物のセリフと実際に生きた人間が発するセリフってどうしても違うとか。

話は変わりますが,野木さんのオリジナル脚本のドラマ『アンナチュラル』には,法廷のシーンがありましたが,脚本段階で専門家に確認を依頼されたりはするんですか。

野木さん あれは初稿や再稿を書いた後に,監修の弁護士の先生に聞いて直して,みたいな感じですね。現実の裁判と脚本をどれだけ合わせるかは悩みどころでした。例えば,ドラマ的には法廷で急に証拠出したいじゃないですか。でも,普通はそうしないよねって。

弾劾証拠といって,証人の信用性を下げるための証拠というのは,尋問の最中に急に出せますが,実際にはあまり見かけませんね。決定的な証拠なら,尋問前にさっさと提出して,早く訴訟を終わらせる方が依頼者の利益になることが多いかなと思います。

野木さん 法律系と言えば,最近,『99.9』とか『冤罪弁護士』とか,冤罪関連のドラマが続きましたけど,実際に冤罪ってどれぐらいあると思いますか。

それは難しいご質問で,軽々しくお答えできないですね。冤罪かどうかは,事件記録を精査しないと分からないですし。

野木さん プライバシーの保護は必要ですけど,もうちょっと事件記録を公開できないのかなと思いますね。マスコミが書き立てて,憶測のままSNSで広まっていくのがほんとよろしくないなと。

今は誰でもSNSで苦情でも何でも発信できますからね。苦情といえば,制作側が気にし過ぎという面もあるでしょうか。

野木さん よくありますよ。例えば,シートベルトをつけるつけない問題って毎回話題になります。私が脚本を担当した『アイアムアヒーロー』って映画があって(*以下,ネタバレを含みます。),最後にモールから脱出して,大泉洋さんと有村架純ちゃんと長澤まさみさんが車で出ていくんです。撮影現場で,「これってシートベルトしなくて大丈夫?」って話になったらしくて,結局することになりました。あれって日本が壊滅した後の話だから,そんなときにシートベルトしなくてもいいのではって思いましたけど(笑)。

それは道交法の問題というより,万が一の事故の時のためかもしれませんね(笑)。最後に,今後のご予定を教えてください。

野木さん 2020年放送の連ドラを準備中ですが,まだ言えません。言えるものだと,2020年公開の映画で『罪の声』(塩田武士原作)という実在の未解決事件をモデルにした作品の脚本を担当して,小栗旬さんと星野源さん主演ですでに撮り終わってます。もう一つ,『犬王』(古川日出男原作)というアニメの脚本も書いたんですが,監督は大好きなアニメ『四畳半神話体系』の湯浅監督で,キャラクターデザインも昔から大好きな松本大洋さんです。原作小説もとても面白くて,脚本を書く人によって全然違うものができそうな余白がある作品だったので,これは面白いなと思って引き受けました。アニメは実写以上に出来上がりが読めないんですが,きっと面白いものになると思うので『罪の声』共々,是非観てください。

楽しみにしています。本日はありがとうございました。

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