従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが,このたび司法の枠にとらわれず,様々な分野で活躍される方の人となり,お考え等を伺うために,会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。
映画監督
佐藤 快磨さん
今号の「関弁連がゆく」では,2020年11月に公開された映画「泣く子はいねぇが」(仲野太賀さん,吉岡里帆さん他出演)の監督をされた佐藤快磨さんにお話をうかがいました。佐藤さんは,秋田県秋田市出身の31歳で,デビュー作となる「泣く子はいねぇが」は,秋田県男鹿市の伝統行事「ナマハゲ」をモチーフに,娘が生まれたのに父親になりきれない男性を描いた作品です。この作品を観ると,登場人物のキャラクターの強さや自然なセリフの言い回し,間,空気感など随所に,佐藤さんの脚本・演出のこだわりが感じられます。今回佐藤さんには,作品に対する思いや,独特な演出の仕方など,いろいろお話していただきました。
― 職業は映画監督ということでいいんですよね。
佐藤さん いつもは職業聞かれたら映像制作とか書いてます。僕は「泣く子はいねぇが」の映画監督ではありますけど,これがデビュー作で,まだ職業が映画監督とは言えないですね(笑)。今回の映画を撮る3カ月前まではお弁当を配達するアルバイトをしていましたし。
― 映画監督になろうと決めたのはいつ頃ですか。
佐藤さん 大学4年生になるときに,ニューシネマワークショップという映画学校に1年間,週1回行き始めて,そこで映画おもしろいなって。
― 映画学校に通おうと思ったきっかけは?
佐藤さん 高校3年生の夏までずっとサッカーをやっていて,そのとき見ていたナイキのCMが好きでCM制作に興味があったので,就職活動で広告代理店を受けたんですが,そこで「あなた映像とか作ったことないでしょ」と言われて,それで映画学校に入って映像の勉強しようかなと。特に映画が好きでずっと見ていたとかではないんです。
― 大学は青山学院大学経済学部ということですが,秋田から東京の大学に行くのには何か目的があったんですか。
佐藤さん とくになくて。東京へのあこがれですかね(笑)。
― 学生時代はスマホなどで映像を撮ったりしていたんですか。
佐藤さん 何も撮っていないです。中学生の時に文化祭でオリジナルのウォーターボーイズやったり,みんなで移動カメラ回して全校集会で流したりはしていました。そういうこと考えたりするのは好きではありましたが,それも今思えばこじつけかなと(笑)。
― そうすると映画学校に入ったのがきっかけなんですね。
佐藤さん はい。映画学校で一人一作品を撮るんですけど,そこで俳優さんたちの演技で,空気がぐっと濃くなるというか,日常では味わえない触れたことのない空気感というものが生まれた瞬間があって,それに飲まれてしまったというか。映画って脚本がある時点で嘘だとは思うんですけど,それがリアルに見えるとかじゃなくて,自分たちが生きてる日常世界とは違う全く別の嘘がない世界が立ち上がったような感覚にその時初めて触れて。人の感情みたいなものがむき出しで本当のことしかないみたいな…,人の内側の見えないものがちょっとした表情だったり,セリフの間だったりに,かなり繊細に見えてくるような。最初はその感覚を「なんだこれは」と思って,その答えを知りたくて映画を撮ることを続けたというのが近いかもしれません。
― 自主映画も含めて今まで撮られた作品はご自身で脚本も書かれていますよね。昔から物語を作ることはされていたんですか。
佐藤さん やってないです。映画学校に行ってから本とか読み始めて,あと好きな脚本家の向井康介さんの脚本を読んで書き方とか色々学んで覚えていきました。
― 「泣く子はいねぇが」について伺いますけど,やはりラストシーンは印象的でした。
佐藤さん そうですね。あのラストシーンが,仲野太賀さんが演じる主人公が自分のことじゃなくて初めて娘のことを思う瞬間で,それが父親になる瞬間でもあって,でも自分じゃない新しい父親に娘を託す瞬間でもあって。父親になることと父親になれないことが同居するシーン,矛盾が同居する世界を最後に問いたかったというか。そこに向かうまでの映画にしたかったんです。
― 主人公は最初から最後までダメなところばかりで,でもリアルなんですよね。彼のモデルはいるんですか。
佐藤さん 根本的な部分は自分を反映させていると思います。なので,彼を許せない,分からない,みたいな感想をいただくと,ちょっと傷ついたりします(笑)。でも,自分は父親ではないので,父親とか結婚生活については,取材したり友人に聞いたりしました。
― 映画を観ていると,佐藤さんの人柄というものがなんとなく伝わってきましたよ(笑)。父親になるということをテーマにしたのはどうしてですか。
佐藤さん 自分が父親になる未来が見えなくて,これを描いた5年前はまだバイトをしているときで。父親になってしまった男が父性を探す過程みたいなものを,父親になったことがない自分が描けたらおもしろいかなと思って。
― あの父親になりきれない主人公の話と,ナマハゲはうまくはまっていましたよね。
佐藤さん 主人公がお酒で失敗したり,村八分みたいにされたりというのは,ナマハゲをモチーフとして持ち込んだときに思い浮かんだイメージです。元々秋田県を舞台にしてデビュー作を撮りたいという思いがあって,ラストシーンのナマハゲがぽんと浮かんだ時に,父親になれるかどうかというテーマが描けると思いました。
― 映画を撮ってみて自分が父親になれるかどうかというイメージも変わりましたか。
佐藤さん 主人公がラストで娘に向かって叫ぶことしかできなかったみたいに,父親って娘に何かを願って伝えることしかできないのかなと思います。ただ,僕は自分のことしか考えて生きてきていないので,それができるようになることが大切なことだと思ったかな。
― 貫一郎さんが演じる主人公の友達がまたいい奴ですよね。
佐藤さん そうですね,友達の描き方は結構悩んだんです。いい奴でずっと主人公の味方なんですけど,ふたりが子どもの頃からやっていた遊びが,実は密漁という犯罪行為にあたるものに変化していて,結局彼も主人公と一緒で大人になれていなかったみたいな。友達も大人と子どもの境にいる存在として描けたら,主人公の幼稚性みたいなものがより見えてくるかも,と思ったんです。
― 最初の主人公が泥酔して秋田の真冬の夜を裸で走りまわるシーンは,主人公が全ての責任から逃げることを表現しているように思いました。
佐藤さん あれは主人公がずっと我慢してたものが解放されて子どもになっちゃったイメージで描きました。主人公の一番の問題は「逃げる」ことだと思っていて,でもラストでは逃げないということを描きたかった。
― その他の登場人物もみんな魅力的で,やたら不味そうなおにぎりを握る謎の女性とか,クスっと笑いを誘うシーンも多々ありましたね。
佐藤さん ありがとうございます。謎めいた彼女や彼女と一緒にいた男性にも意味はあって,男鹿の地元の人たちとは違う第三者の視点を出したくて描きました。
― 「泣く子はいねぇが」は,どんな方に観て欲しいですか。
佐藤さん 今現在,一度失敗した人を周りの第三者が必要以上に叩いたりすることがありますが,叩いた側はいずれその事件を忘れたとしても,失敗した本人たちにとってはずっと残ることだと思います。今回はそのみんなが忘れた後の事件の当事者の方々を描くことで,一回失敗した人の再起についてみんなで考えたりできたらな,という思いがありました。あとは,映画自体はナマハゲ賛歌ではないんですけど,ナマハゲの周りにある熱量みたいなものは描きたくて。これから男鹿の子どもたちが観たり,男鹿に残っていく作品になると嬉しいなと思っています。
― 映画撮影には男鹿市の方々の全面協力があったと聞きました。
佐藤さん 最初から順風満帆ではありませんでした。ナマハゲが問題を起こすというのが映画のスタートなので。ただ,そこから男鹿市に5年通って,一人ずつお願いして協力して下さる方が増えていって,最終的には男鹿市の全面協力で撮れたというのは本当に大きなことでした。
― 「泣く子はいねぇが」はどうやって映画化に向かっていったんですか。
佐藤さん 映画学校を出て最初に,「ガンバレとかうるせぇ」という秋田の高校サッカー部を舞台にした脚本を書いて撮ったんです。それが2014年のぴあフィルムフェスティバルで入賞して,その翌年頃に書いたのが「泣く子はいねぇが」でした。
― 映画化には分福(※是枝裕和監督・西川美和監督を中心に映像作品の企画・制作・プロデュースなどを行う会社)のサポートがありますよね。分福とはどうやって関わっていったんですか。
佐藤さん 分福は3年に一度くらい監督助手募集というのをやっていまして,僕も2017年頃にそれに応募しました。そのときの志望動機に「泣く子はいねぇが」を撮りたいと書いたのを是枝さんが見て,「脚本持ってきてよ」と言ってくださったのがきっかけです。監督助手に合格はしてないんですけど,うちに遊びに来てもいいよと言われて,それで毎日行くようになりました(笑)。
― 佐藤さんとしては,特定の映画監督の下について映画の撮り方を学んだという経験はないんですよね。それで映画撮れたってすごいことですね。
佐藤さん 自分でも驚いてます(笑)。これまでは自主映画を撮っただけなので,圧倒的に現場の数が少ないんですけど,自分の強みだと思っている演出は今回の作品でもできたかなと思っています。自分の演出は,こうしてくださいと指示をだすというよりは,感情を決めずに,俳優さんにも迷いながらやってもらって,曖昧なものを連鎖させていくもので。
― 自分の思うように演じてもらいたいわけではないんですね。
佐藤さん そうすると,裏側の作為みたいなものが見えて嘘くさくなっちゃうと思うので。例えば,2人の会話のシーンでも,脚本に書かれたセリフをどういう意図で言うのかは相手の俳優さんには聞こえないように必ず一人ずつ話をします。そうすると相手の動きを見るまでお互いに揺れていて,相手の動きでまた表情が変わってきたり,見たことのない表情も出てきたりします。そういうものが見えたときに人間の内側にちょっと触れることができたような気がして,映画を撮る意味があるのかなと思います。どんどん予定調和じゃなくなってきますので,きっと役者さんもその方が演じていて楽しいと思います。
― 今回の作品で印象深いシーンはありましたか。
佐藤さん やっぱりラストの太賀くんと吉岡里帆さん(主人公の妻役)が扉越しに向き合ったセリフのないシーンですね。叫び続ける太賀くんがつけたナマハゲの面の穴から見えた目にいろんな後悔が見えた気がして。それを迎え撃つ吉岡さんは,最初は拒絶していたのにある瞬間にそれが崩れて綻んでいく表情の変化とか,あのシーンは自分が意図したものそのままではなくて,2人の芝居をみて分かったことがあるような感じでした。彼らの心の内側が思わず顔に出た瞬間をとらえられて,それを本番で見られて自分も一緒に感動できました。
©2020「泣く子はいねぇが」製作委員会
― 次に撮る映画の構想はあるんですか。
佐藤さん 脚本はまだできていませんが,テーマは考えています。
― 唐突ですが,弁護士に対してどのようなイメージをお持ちですか。
佐藤さん 外側から見ていると,答えがない職業なのかなというイメージがあります。何かの映画で,「法廷は決して真実を明らかにする場ではない」というセリフがあって,それが印象に残っていますね。
― 的を射たセリフですね。いつか弁護士が登場する映画も撮っていただけると嬉しいです!次の作品も本当に楽しみにしています!