従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが,このたび司法の枠にとらわれず,様々な分野で活躍される方の人となり,お考え等を伺うために,会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。
一般社団法人スポーツを止めるな 代表理事
野澤 武史さん
今月号の「関弁連がゆく」は,「一般社団法人スポーツを止めるな」の代表理事である野澤武史さんです。野澤さんは,慶應一筋で,小学校から大学までラグビーを続け,大学卒業後も,神戸製鋼でプレーされ,日本代表のキャップ(テストマッチ(国代表同士の対抗試合)に出場した回数)も有し,引退後は母校やユース世代の日本代表のコーチもなさっています。
2020年からは,新型コロナウイルスが蔓延した状況において,「スポ―ツを止めるな」というスローガンのもと,学生スポーツを継続させるための活動の中心を担っています。今回のインタビューでは,ご自身の経歴,「スポーツを止めるな」の活動を始めるきっかけや,活動を開始した時の周囲の反響や展開,現在の活動,今後の展望についてお話を伺いました。
― まず,野澤さんといえばラグビーというイメージですが,ご自身の経歴について簡単に教えてください。
野澤さん
慶應義塾幼稚舎5年生で,ラグビーを始めました。中学3年の時には,キャプテンとして,東日本大会で優勝しました。高校3年生の時には,キャプテンとして,8年ぶりに,神奈川県大会で優勝して,花園でもベスト8となりました。その後,慶應義塾大学2年生の時に,大学選手権で優勝しています。大学卒業後は,神戸製鋼でプロとしてラグビーを続け,日本代表のキャップも4つ有しています。
ラグビー選手を引退した後は,慶應義塾の高校と大学のコーチやユース世代の日本代表のコーチも歴任してきました。
― 私も高校時代にラグビー部に所属しており,花園に出場した先輩方は,憧れの存在でした。野澤さんの後輩も,野澤さんに対してそのような想いを持っているのでしょうね。
野澤さん そうかもしれませんね。ただ,後輩から憧れていたとか直接言われたことはあまりないです。むしろ,怖いとか厳しいとか言われる方が圧倒的に多いですね(笑)
― 「スポーツを止めるな」の活動のきっかけについて教えてください。
野澤さん
「スポーツを止めるな」の活動は,前身となる「ラグビーを止めるな」と「バスケを止めるな」という活動から始まりました。
「ラグビーを止めるな」とは,高校ラガーマンが自身のプレーをアピールするために,動画を作成し,その動画を「#ラグビーを止めるな」のハッシュタグをつけてツイッターにアップすると,その動画を有名選手やラグビーファン,大学関係者がリツイートして,高校ラガーマンの進学のチャンスにつなげるという仕組みです。バスケも同様です。
― なぜ,そのような活動を始めようと思ったのですか。
野澤さん
2020年3月に実施予定だった高校ラグビー全国選抜大会が,新型コロナウイルスの蔓延によって,中止になってしまいました。この大会には全国の大学ラグビー関係者がスカウトのために集まるのですが,中止となったことで,リクルート活動ができなくなってしまいました。ラグビーのコーチをしていたこともあり,私のところにスカウトの方々から「困っている。」「良い選手を知らないか。」という連絡が来るようになりました。
他方で,高校ラグビー部の顧問の先生からも生徒の進学先が決まらないという連絡も来ていました。
そこで,この状況を何とかしないといけないと思い,中学,高校及び大学のラグビー部の同期で現在,「一般社団法人スポーツを止めるな」の共同代表理事である最上紘太君に相談をしました。
― その時に,最上さんとは,どのような話をしたのですか。
野澤さん とても意義がある活動だという話になって,是非,すぐに何か実行しようということになりました。最上君は,人脈が豊富なこともあり,彼の人脈を中心に,一緒に活動を担っていく人が集まっていき,活動を開始しました。
― 具体的に,最初は,ツイッターを利用した活動をスタートされましたが,活動を開始するにあたり,どのような議論がなされたのですか。
野澤さん
どのような仕組みを作るかについては,集まったメンバーでいろいろ議論をしました。
まず,学生アスリート,指導者やリクルーターにとって利用しやすいデバイスを使ったほうが良いという話になりました。また,金銭的な負担をかけずに始めることや,スピーディーに活動を広げやすくすることなどを考慮しました。
結果として,広く認知・利用されているSNSを利用した方が良いという結論になり,ツイッターを使って活動を始めることにしました。
― ツイッターを使った活動を開始される以外にも,実施されたことはありますか。
野澤さん ツイッターを使っての活動は2020年5月から開始しました。また,同年5月30日に「スポーツを止めるな2020」というトークイベントを,中竹竜二さん(元早稲田大学ラグビー部監督)が代表理事を務めるスポーツコーチングJapanで実施しました。私達の問題意識を他のスポーツの方々にも話をしたところ,ぜひ一緒にイベントをしようということになって,このイベントが実現しました。実際に,バレーボールの大山加奈さん,柔道の羽賀龍之介君などが出演してくれました。このイベントで,1つの形ができ,メディア等でも取り上げていただく機会が増え,この流れがスポーツ界全体に広がっていきました。
― 実際に活動を開始してみて,周囲からはどのような反応がありましたか。
野澤さん ありがたいことに,自分達が当初想定していた以上の反応がありました。学生スポーツに関わる方からは,特に,好反応をたくさんいただきました。また,当時,あまり付き合いがなくなっていた古い知り合いや,仕事の関係で知り合った学校の先生達からも多くの連絡がきて,「スポーツを止めるな」の活動に対する賛意や激励をいただきました。そのような反応を見て,自分たちの問題意識や思いを,多くの人と共有できていることに,胸が熱くなりました。
― ご家族はどのような反応でしたか。
野澤さん とても好意的に受け止めてくれました。私の妻はラグビーにあまり興味がなく(笑),私の現役時代も試合を見にくることはほとんどありませんでした。今も,私が解説しているラグビーの試合を見たり,録画したりすることは一切ないのですが。ただ,そんな妻がこの「スポーツを止めるな」の活動で私が出演したテレビ番組だけは,自主的に録画してくれていました。日頃から,家族の協力や後押しには,とても感謝しています。
― 私は,学生スポーツ,特に高校生については,変化が大きい時期であって,しかも,彼らの活動には3年間という時間的な制約があるからこその感動があると感じています。野澤さんは,学生スポーツの魅力は,どんな点にあると感じていらっしゃいますか。
野澤さん
時間的な制約がある中で成長していく学生に関わることは,とてもうれしいことです。
特に高校生は,子どもから大人になっていく段階で,いろいろな変化があって,大きく成長する可能性をもった期間です。指導し,関わっている立場からすると,とても跳ね返りが大きいと感じています。
また,高校の部活動は,答えが与えられるわけではない環境で,勝利という目標に向かって,日々悩みながら,チームとして一丸となって努力することや,活動や組織の中に上下関係があったりして,これこそ,まさに社会の縮図です。生きる力をつけるための最高の学びの場所だと思います。
― 「スポーツを止めるな」の活動の拡大について教えてください。
野澤さん 私としては,当初,ツイッターにおける活動で一つの役割は終えたと思い,活動を終了することも考えていました。しかし,一緒に取り組んでくれたチームの仲間と話し合って行く中で,スポーツ界のための活動を継続していくべきという結論になりました。そのため,組織も一般社団法人化し,活動を継続することにしました。
― 現在,「スポーツを止めるな」では,どのような活動をしていますか。
野澤さん
現在の我々の活動は,3つの柱で構成されています。
まず1つ目は,学生アスリートのプレーアピールのための場を提供する「HANDS UP」プロジェクトです。これは,ツイッターの「#スポーツを止めるな」の活動を発展させたものです。「HANDS UP」というオンラインプラットフォームを新たに構築し,選手は自分のプレー動画をアップすることで,高校や大学のチームに自己アピールをすることができるようにしました。強豪校以外にも可能性を持った選手は沢山いますが,彼ら・彼女らは,自分のプレーを見てもらう機会に恵まれていません。「HANDS UP」のシステムを通じて,日本中のどんなチームに所属していても,自己アピールができます。
2つ目が,「青春の宝」プロジェクトです。新型コロナウイルスの影響で最後の試合を待たずして引退を余儀なくされた選手たちの思い出の試合に,トップ選手による本格的な解説とプロアナウンサーによる実況をつけてプレゼントするプロジェクトです。
3つ目が,「現代を生きる力をつける教育プログラム」です。リテラシー教育や女性アスリートの直面する生理に関する問題等,まさに,現代を生きる力をつけるべき課題に取り組むプロジェクトです。
HP(https://spo-tome.com/)にも説明がありますので,是非,ご参照いただければと思います。
― 現在の活動を担うスタッフや組織について教えてください。
野澤さん 理事が6名(代表理事1名,共同代表理事が2名),コミットメントに違いはありますが,活動に関わっているメンバーは総勢で50名程度です。基本的にスタッフの皆さんはボランタリーとして活動していただいています。スタッフは,社会人がほとんどですが,学生も5名ほどいます。みんな,本当に一生懸命,それぞれの得意分野と貢献できる形で参加してもらっています。今は支援企業やクラウドファンディングを通じた皆さんからの応援で活動は成り立っています。今後,持続可能な活動・組織となっていく上でどう資金調達していくかは大きな課題です。Give & Giveの精神で始め,利他心にこだわって行動してきました。そのマインドセットは変えずに,学生に寄り添うために常に柔軟な組織でありたいと考えています。コロナの影響が落ち着いてくれば,我々に求められるものも変わってくるのではないでしょうか。
左から最上紘太さん,廣瀬俊朗さん,野澤武史さん
(一般社団法人スポーツを止めるな 共同代表理事)
― 「スポーツを止めるな」のような,ソーシャルベンチャーの活動では,法的な問題に常日頃から接することもあると思いますが,この活動に弁護士は関与されていますか。
野澤さん
2020年7月に一般社団法人化するあたりから,弁護士さんに関与してもらっています。学生時代からの友人の弁護士さんが,プロボノ活動として参画しています。第一東京弁護士会のHPでも取り上げてもらいました。
団体のマネージメントや権利関係等法的問題についての法的な知識が必ずしも十分あるわけでないので,とても力になっています。
― 弁護士一般についてはどのような印象をお持ちですか。
野澤さん 常日頃,いろいろな弁護士さんと接していますが,まず思うことは,弁護士さんは,人から話を聞くことがとても上手だなと,その傾聴力の高さは,まさにプロだと感じています。
― 弁護士の活動に期待することところがあれば,コメントをいただけますか。
野澤さん 弁護士さんの助けを必要としている人は多くいると思うので,その能力を生かしていただければと思います。特に,我々のようなソーシャルベンチャーの活動に対して,ご協力いただける弁護士さんが沢山いると心強いですね。どうしても我々は「弁護士」と聞くだけで構えてしまうところがあります。「スポーツを止めるな」の活動を通じて,僕自身も弁護士という存在を身近に感じるようになりました。
― これまでを振りかえっての感想及び今後の抱負を教えてください。
野澤さん
「スポーツを止めるな」の活動をいろいろとやってみて,改めて,自分が学生時代に経験した「ありたいようにあれる」ということが,当たり前のことではなく,非常に恵まれた環境だったことをつくづく実感しました。
今後も,自分の経験や思いを学生アスリートに還元し,そのための支援を続けていきたいです。
そして,その輪が広がっていくことを望むとともに,今,何かを受け取った学生アスリートが社会人となった際には,次は,彼ら・彼女らが,学生アスリートに対して,「いっちょやったるか」という思いで,自分が得たものを還元・支援するといった,循環を作れたらいいなとも思っています。
― 最後に,今後もスポーツ界及び社会に対する貢献活動にご活躍されることを期待しております。