従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが,このたび司法の枠にとらわれず,様々な分野で活躍される方の人となり,お考え等を伺うために,会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。
棋士、YouTuber
折田 翔吾さん
今回の「関弁連がゆく」はYouTuberでプロ棋士の折田翔吾さんです。折田さんは棋士養成機関の奨励会で三段まで昇段され、四段(プロ棋士)にあと一歩まで迫りましたが、平成28年、年齢規定(※満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段になれなかった場合は退会となる)で退会となり一度は棋士への道が絶たれたかに思われました。しかし折田さんのご活躍はここから始まります。奨励会退会後YouTubeで「アゲアゲ将棋実況」という動画配信をスタートさせると圧倒的な強さとユニークな実況で人気を博し「アゲアゲさん」の愛称で親しまれました。またアマ棋戦でも好成績を収めプロ公式戦への出場権を得ると、プロ棋士相手に7連勝を含む10勝2敗という驚異的な成績をおさめて棋士編入試験の受験資格を獲得されました。令和2年2月、棋士編入試験(※棋士と5番勝負をして3勝すると合格)を3勝1敗で合格され、現行制度では平成26年の今泉健司五段以来2人目となるアマチュアからプロ棋士になる快挙を成し遂げられました。奨励会退会の挫折を乗り越えて諦めずに棋士になる夢を実現されたお姿は反響を呼び、マスコミでも大きく取り上げられました。今回のインタビューでは棋士になられた経緯を中心に将棋にまつわる様々なお話を伺いました。
― 私は30年以上の「観る将」(※自分で将棋を指さず棋士の対局などを観る将棋ファンのこと)なんですがプロ入りを決められた編入試験第4局の本田奎五段との対局が過去1番感動しました。棋士折田翔吾四段としてお話を伺えることが本当に嬉しいです。
折田さん ありがとうございます。ちなみに2番目はどの将棋とかありますか(笑)。
― 2番目は羽生善治九段と渡辺明名人が最初に対戦された竜王戦(平成20年の第21期竜王戦)の第4局ですかね。お互い勝てば永世竜王になるというシリーズで羽生先生3連勝で迎えましたが渡辺先生が積極的な指し回しで紙一重の大接戦を制した一局です。それから流れが変わって渡辺先生が大逆転でタイトルを防衛されましたので非常に印象に残っています。
折田さん 私もあのタイトル戦は感動しましたね。羽生先生は3連勝から4連敗して竜王挑戦に失敗されましたけど立て直してその後もご活躍されたことは凄いと思いますね。
― さて棋士になられてから約2年が経ちましたが棋士という肩書にはもう慣れましたか。
折田さん 最初の頃は不思議な感じでしたが2年も経つとさすがに慣れましたね。
― ファンの方から今何と呼ばれることが多いですか。
折田さん 名前で呼ばれる時と「アゲアゲさん」と呼ばれる時が半々くらいです。イベントの時は「アゲアゲさん」と呼ばれることが多いですね。
― 将棋を始められた頃のお話を伺いますが小学6年の夏から将棋に熱中されたそうですね。当時はどんな勉強をされていたんですか。
折田さん 当時は比較的珍しかったと思うんですけどネット将棋で本格的に将棋にハマりましたのでネット将棋ばかりやっていましたね。
― 「将棋倶楽部24」(※レベルの高いことで有名なインターネット対局サイト)に熱中されたそうですが当時の棋力はどの位だったんですか。
折田さん 6年生の夏頃はまだ10級くらいだったと思いますが、半年後には二段、1年後には四段になっていました。
― たった1年で将棋倶楽部24で四段ですか!恐ろしい強さですね。その後森安正幸先生に入門されて中学3年生の平成16年に奨励会に入会されています。森安先生はどんな師匠ですか。
折田さん 本当に優しくて温厚な先生です。ずっと見守っていただいて、実際に将棋を指して教えていただきました。師匠は月1回森安研究会という研究会をされていて、そこで将棋を教わる機会が多かったですね。
― 奨励会時代はどんな生活を送られていましたか。
折田さん 中学3年生で奨励会に入って学校に通いながら放課後に勉強するという生活でした。学校もあるので研究会に参加する機会も少なかったんですけど高校2年生の秋に1級まで昇級できたこともあって将棋に専念するために中退しました。それから一日全部を将棋に費やせる生活になりましたので研究会や練習の機会も増えていきましたね。
― 21歳で三段に昇段されていますが三段リーグは何期在籍されていたんですか。
折田さん 5年で10期在籍しました。
― 棋士になるには30名以上いる三段リーグで上位2名に入らなければなりません。余りにも厳しい世界だと思いますが三段時代を振り返った感想はいかがですか。
折田さん 三段になってから関東の有名な方とも対局する機会も増えましたので最初の1、2期は楽しみな気持ちで臨んでいました。でも勝ち越す期がなくて2年位経っても思うように勝てなかったので実力の伸びが感じられなくなったんです。四段に昇段する自信は多少あったんですけど客観的にはどう見ても四段に上がれない成績でしたのでギャップに苦しみましたね。
― ここまで競争が厳しいと三段リーグは努力だけでは越えられない壁という感じだったんたんでしょうか。
折田さん そうですね。自分なりに勉強はしているつもりでしたが、どうあがいてもなかなか強くなれないという現実がありましたね。
― 平成28年3月に規定により26歳で奨励会を退会されていますが退会が決まった時はどんなお気持ちでしたか。
折田さん 15年くらい将棋に打ち込んできましたので人生が終わったなという気持ちは凄くありました。四段になれなかったことも残念でしたけど運悪くなれなかった訳ではなくて自分の棋力が四段に上がれるレベルに全く及んでなかったことも残念でしたね。
― 将棋をやめようとは思いませんでしたか。
折田さん やめるという発想は全然なかったですね。むしろアマ棋戦に出たりして今までと違う環境で将棋をやることで将棋の幅が広がって棋力が上がるんじゃないかという期待がありました。
― 平成28年4月からYouTubeで「アゲアゲ将棋実況」という動画投稿を始められていますが、もともと退会したら始めようと思われていたんですか。
折田さん 特にそういうアイディアはなかったです。退会して暫くプログラミングの勉強をしていたんですが本当に始める前日くらいに思い付いて直ぐにやり出したという感じですね。
― 棋士になられる前から動画は拝見していましたが物凄く強くて、戦法も多彩で、実況もユニークで大変興味深く見させていただきました。動画配信でのご苦労はありましたか。
折田さん 音声や撮影の設定等で面倒なところもありましたし最初の1か月位はほとんど再生されなかったことは大変でしたね。でも1か月位経った頃から視聴者の方が徐々に増えだして登録者も増えてきたのでその辺りから楽しいと思いましたね。
― 奨励会を退会すると棋力は落ちるのが普通だと思うんですが折田先生の場合逆に棋力が向上しています。理由はなんでしょうか。
折田さん 大きく分けて2つあります。1つはアマになったことで精神的に良い状態で将棋に臨めたことです。三段リーグは半年単位で行われるので前半で負けが込んでしまうと昇段の目がなくなって後半にモチベーションが上がらないことがありましたが退会後はアマ棋戦に参加するのも結構楽しみでモチベーションも維持できました。もう1つは将棋ソフトの進歩で勉強法ががらりと変わったことですね。奨励会では序盤の研究で負けてしまうことが比較的多かったんですけど将棋ソフトを活用して序盤の研究をすることで弱点が補えたことは大きいと思います。
― YouTubeのご経験は棋力向上に繋がりましたか。
折田さん それも大きいですね。仕事として将棋を指すことで前向きな気持ちになりましたしファンの方に応援していただいて良い精神状態で将棋に取り組めました。
― アマ棋戦にも参加されましたが手応えはいかがでしたか。
折田さん アマ棋戦に出始めた最初の2つの大会は大阪府の予選を抜けられずに敗退しました。3つ目の大会でようやく全国大会まで行けたんです。そこからは全国大会へもボチボチ出られるようになったので自信につながりましたね。
― 平成29年にアマ王将戦で準優勝、平成30年に朝日アマ名人戦で準優勝されてプロ公式戦への出場権を獲得されましたが、棋士編入試験の受験資格を得るにはプロ公式戦において「10勝以上かつ勝率6割5分以上の成績」という途方もなく厳しい条件をクリアしなければなりません。どの辺りから編入試験を意識されましたか。
折田さん 10勝5敗という合格ラインがありますが銀河戦というプロ公式戦に出させていただいて7連勝した辺りから意識し始めました。むしろこれで受験資格を取れないと悲しいなという位になったと思いました。
― 令和元年8月に銀河戦での村田智弘六段との対局に勝って最終的に10勝2敗という成績で棋士編入試験の受験資格を獲得されました。
折田さん その対局で勝つか負けるかで自分の人生ががらりと変わってしまう状況でした。負けるとまた一からアマ棋戦を勝ち上がってプロ棋戦の出場資格を得なければならない状況でしたので受験資格をクリアできた時はホッとしました。
― 編入試験が決まった時の反響はいかがでしたか。
折田さん それまでの人生にないくらい取材を沢山していただきました。YouTubeでも報告の動画をあげたんですが反響も大きかったです。
― 私も「アゲアゲさんが棋士編入試験に!」というニュースを聞いて物凄く驚いた記憶があります。棋士編入試験は棋士5名と5番勝負をして3勝しなければならない厳しい試験ですが合格の自信はありましたか。
折田さん 主観的には100%受かる気持ちではいたんですけど、客観的に実力を考えると合格の可能性は30%位と思っていました。
― 5番勝負の初戦の相手は黒田尭之四段(当時)でした。大事な初戦をどのようなお気持ちで臨まれましたか。
折田さん 試験が決まった時は3連勝とか3勝1敗で決めたいと思っていたんですけど、高望みしないで2勝2敗で最終局を迎えて第5局を楽しもう、そう思い直してリラックスして臨んでいるつもりではいました。でも第1局は今までにない多くの報道陣の方が取材されていましたので自分では意識していないところで緊張していたとは思います。
― 初戦は快勝されて幸先のいいスタートでしたが第2局の出口若武四段(当時)戦は残念ながら敗戦となりました。
折田さん 第2局は将棋の内容が凄く悪くて勝負所で長考して指した手が敗着に近い手になりました。自分の弱さがもろに出た一局で本当に先行きが不安になる内容でした。3局目に向けて立て直さないといけないなと痛感しましたね。
― 負けて精神的なダメージがあったかと思いますが、どうやって気持ちを切り替えたんですか。
折田さん 将棋に負けると特に大きい勝負だと魂をえぐられるような、削られるような思いがあったんですけど、第2局でよく覚えているのが対局中に自分の負けが分かっていましたので投了する前から切り替えようと思っていたことです。あと、たまたま第2局の直後から4日連続で研究会があって気持ちを切り替えて勉強しましたし、将棋以外だと趣味でアイドルのライブによく行ってたんですけどライブに行って気分転換して元気を貰うことで気持ちを立て直していきました。
― 折田先生は奨励会退会後の方が将棋に自信が出て精神的にも強くなったと森安先生が仰っていたんですがご自身でも成長を感じられますか。
折田さん 対局中に関してはそんなに変わらないと思うんですが以前より負けた後に前向きな気持ちで臨めるようになったとは思います。
― 第3局の山本博志四段との対局に勝利されて2勝1敗になりプロ入りに王手が掛かりましたが第4局の相手はデビュー1年足らずでタイトル挑戦を成し遂げた本田奎五段です。最大の強敵だと思いましたが第4局に臨む意気込みはいかがでしたか。
折田さん これまでの将棋人生の集大成を出そうという気持ちで臨んでいました。あと普段将棋ソフトを使って勉強しているんですが、自分の考えを大事にして指したいという気持ちになりましたので第4局の前日と当日はパソコンを使わないで勉強していました。
― 第4局は本当に大熱戦で私もハラハラしながら見ていました。実際に対局された折田先生はどのような気持ちだったんですか。
折田さん 徐々に有利になってもう少しで勝ちになるというところで大きなミスをしてしまいました。形勢がいいので油断して勝った後のインタビューなんかを考えてしまって当然の一手を見落として本当に焦りました。これだけ優勢の将棋を負けたらどうやって生きていけばいいんだという気持ちで自分の弱さに情けなくなりながら指していましたね。
― 終始落ち着いて対局されているように見えましたがそんな裏話があったんですね。
折田さん 落ち着いていたか分からないですけどミスの後は何とかベストは尽くせたかとは思います。
― 大熱戦となりましたが161手で本田五段が投了されてプロ入りを決められました。どんなお気持ちでしたか。
折田さん 信じられないなという気持ちでした。奨励会を退会してから4年後にプロになるのはありえない確率なので本当に信じられない気持ちでしたね。
― 師匠の森安先生からはどういったお言葉をかけられたんですか。
折田さん 会見や取材がひと段落してからまず電話で師匠には報告したんですけど、「よかったね。おめでとう。」と言葉をかけていただきました。その後師匠から高級な将棋の盤と駒を頂いてお祝いしていただきました。
― YouTubeではどんな反響がありましたか。
折田さん 報告の動画を上げたんですけど普段の10倍くらいの再生回数がありました。お祝いのコメントも沢山いただいて非常に嬉しかったですね。
― 私も合格報告の動画は見させていただきました。「諦めない姿に勇気を貰いました」等のお祝いコメントが多数寄せられていて本当に感動的でした。YouTubeですが今後も投稿は続けられるんですか。
折田さん 普及活動も重要だと思いますので動画の投稿は引き続きやっていきたいと思います。
― YouTubeでは「将棋ウォーズ」(※派手な演出が特徴的な将棋対戦アプリ)の対局実況をメインでされていますが、私を含め将棋ウォーズで中々初段になれない方も多いと思います。将棋の勉強法や将棋ウォーズの勝ち方についてアドバイスをいただけますか。
折田さん 将棋の勉強は実戦を指すことも大事ですが指すだけじゃなくて対局後に指し手を振り返って反省することがかなり大事だと思います。今だと将棋AIを使えばどこが悪かったのか一目瞭然ですので対局と反省を繰り返せば確実に強くなると思います。あと将棋ウォーズの勝ち方ですが同じ戦法を繰り返し使って得意戦法を作ることですね。将棋ウォーズは持ち時間が短いですけど自分が詳しい戦法で指すと序盤で時間を使わずに中終盤に時間を残せますので自分の得意戦法を突き詰めていくのがコツになると思います。
― 大変参考になりました。さて昨年度は竜王戦六組で優勝されるなど大活躍でしたが最後に折田先生の今後の目標について教えてください。
折田さん これまで勉強時間は1日平均6時間位だったんですけど今年は10時間位勉強しています。それでも勉強時間が足りないと感じていますので今まで6時間しか勉強していなくて将棋を舐めていたと反省しています。勉強時間を増やしたことで多少結果が出ているところもありますので今後さらに勉強して結果を出して、最終的にはタイトルを獲りたいと思っています。
― 凄い勉強量ですね。個人的には折田先生が「パックマン戦法」(※折田先生が将棋実況でよく用いる奇襲戦法)でタイトルを獲るところが見たいですね。ご活躍を楽しみにしております。本日は貴重なお話をありがとうございました。