関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが,このたび司法の枠にとらわれず,様々な分野で活躍される方の人となり,お考え等を伺うために,会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

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ピアノ、フォルテピアノ、チェンバロ奏者
川口 成彦さん

とき
2023年10月21日
ところ
リモートインタビュー
インタビュアー
会報広報委員会副委員長 山浦能央

今回の「関弁連がゆく」は、ピアノ、フォルテピアノ(※1)、チェンバロ奏者の川口成彦さんです。川口さんにはブルージュ国際古楽コンクール最高位など数々の受賞歴がありますが、2018年には、もう1つのショパン・コンクールと呼ばれる第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール(※2)で2位となる快挙を成し遂げられました。コンクールの様子は「ショパン・時の旅人たち 第1回国際ピリオド楽器コンクール」というNHKのドキュメンタリー番組でも放送され、一躍脚光を浴びました。その演奏への評価は高く、今最も注目を集めているピアニストの一人です。川口さんはフォルテピアノの演奏を中心に現在ヨーロッパを拠点として活躍されていますが、今回お忙しい中、オランダ・アムステルダムからのリモートインタビューに応じていただきました。
なお、本稿でご紹介した川口さんのコンクールでの演奏はポーランド国立ショパン研究所の公式YouTubeチャンネルでも公開されています。曲の後にURLを記載しておりますので、記事だけでなく川口さんの素敵な演奏、フォルテピアノの多彩な音色、会場の雰囲気なども実際にお楽しみください。

※1 ショパンが作曲当時に使用していた18世紀から19世紀前半の様式のピアノのこと。モダンピアノに比べて優雅で繊細な音色に特徴がある。
※2 ショパンの音楽の本来の響きを取り戻すことを目指して国立ショパン研究所によって2018年に創設されたピリオド楽器(作曲当時使用していた古楽器)の演奏によるショパン・コンクールのこと。5年に1度開催され、今年10月に第2回コンクールが開催された。

今年10月の第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクールのオープニングコンサートの1曲目に、川口さんは、藤倉大さんが作曲された「Bridging Realms」を演奏されました(https://youtu.be/lh32D8YKz2A?t=881)。とても神秘的で、現代曲なのにフォルテピアノがマッチした今まで聞いたことがないような美しい曲でとても感動しました。この曲のテーマは何でしょうか。

川口さん 題名は「領域や世界(Realms)」に「橋をかける(Bridging)」という意味で、別の世界との結びつきをテーマにした曲だと考えています。例えば、国と国という大きな「領域」が結びつくことも「Bridging Realms」ですし、全く違う人間が結びついて心が通うことや、自分自身の中にある何かと別の何かが結びつくことも、「Bridging Realms」だと思っています。

どういう思いで演奏されましたか。

川口さん ウクライナの隣国のポーランドで演奏したこともあって、世界が結びついてもっと平和になって欲しいという思いを込めて演奏しました。世界が平和になるには、人と人がまず結びつくことが大事だと感じています。藤倉大さんも直接仰ってはいませんがロシアのウクライナ侵攻やパレスチナ問題などで世界が分断されている中で作曲されたので、僕自身作品に平和への思いを感じざるを得ませんでした。

古楽器でのコンクールのオープニングに現代曲が初演されたのはどうしてでしょうか。

川口さん 第1回のコンクールの時もオープニングコンサートで現代曲の初演が行われたのが印象的でした。現代において昔の作曲家の作品をその作品の時代の楽器でリバイバルすることには新しい発見があって凄くクリエイティブなところがあり、古楽は「後ろ向き(時代を遡る)のアヴァンギャルド(前衛)」と言われたりします。そして現代曲は前向きのアヴァンギャルドなのでどこかで結びついている部分があって、「古楽」と「現代音楽」が結びつくことはしばしばあることです。主催者も同じような感覚だと思いますが、現代曲を初演することには古楽器でクリエイティブなものを発信するという重要な意味があったと思います。

4年ぶりにワルシャワフィルハーモニーのメインホールで演奏された感想はいかがでしたか。

川口さん オープニングコンサートの一曲目に初演の曲を演奏することにプレッシャーがあって無我夢中で演奏しました。あのホールはショパン・コンクールが行われる場所で小さい頃から見ていましたので、そこで演奏することは不思議な感じがします。非日常的な体験で夢でも見てるような感覚になることがあります。

さて子供の頃のお話をうかがいますが、ピアノを始められたきっかけを教えてください。

川口さん 小学1年生の時に自宅から徒歩1分のところにフェリス女学院大学の音楽教室ができたんです。家から近かったので自然とピアノを習うことになりました。とてもいい教室で音楽って凄く楽しいんだと思えましたね。

中学から横浜市の聖光学院という屈指の進学校に進学されていますが、進路で迷われたりしませんでしたか。

川口さん 聖光学院に入った当初は、自分がアトピーで手がボロボロだったので将来医者になってアトピーを解明したいと思っていたりもしました。鍵盤に血が付くような状態が辛くて中学受験の時にピアノを辞めかけたんです。でも先ほどの音楽教室が凄く楽しかったから続けられたというのもありますし、また聖光学院ではバイオリンがとても上手なマリウス君という親友と組んで文化祭のミュージックサロンというコンサートに毎年出演してそれが本当に楽しかったんです。学校では弦楽オーケストラ部にも所属していましたし、勉強は大変でしたが、まるで音楽学校に通っているような気持ちになりました。マリウス君はじめ音楽が大好きな友人や先生方との出会いや聖光学院の環境の良さがあったから、ピアノがますます好きになって今の自分があると思っています。

東京藝術大学の楽理科に進学されたのはどうしてでしょうか。

川口さん 東京藝術大学のピアノ科に行きたかったんですが、そのためには勉強が大変な聖光学院を辞めて、地元の高校に進学してピアノに専念する必要がありました。でも当時の私にはその勇気はありませんでした。ピアニストは無理かなと思ったんですが、東京藝術大学には学問的に音楽を研究する楽理科があることを知りました。学問だけでなく有名な演奏家を多数輩出しているところで、聖光学院にいてもピアニストになる夢を諦めなくていいと思って楽理科に進学しました。

楽理科に進学されていかがでしたか。

川口さん 楽理科に入ったことは私にとっては凄くラッキーでした。楽理科では他の科よりも副科実技を多く取れるんですが、それを利用してピアノ、フォルテピアノ、チェンバロ等の沢山の楽器の実技レッスンを受けることが出来ました。ヨーロッパでたまに見られるような歴史的鍵盤楽器科と同じような環境で学ぶことができたので凄く良かったですね。

フォルテピアノに興味を持たれたのはどうしてでしょうか。

川口さん 10代の頃はモーツァルトやベートーベンといった古典派の作曲家が好きになれなかったんです。モダンピアノで古典派の曲を弾いても何故かしっくりこなくて。ところが大学でのフォルテピアノの最初のレッスンが本当に目から鱗でそれまでの疑問が解決しました。20世紀の楽器で18世紀の作曲家を理解しようとしても無理があったんですね。モーツァルトは一生好きになれないと思っていたんですが今は大好きです。それこそ先ほどの「Bridging Realms」じゃないですけど、「18世紀のモーツァルト」と「21世紀の私」という今まで相容れなかったもの(Realms)が、結びついて(Bridging)、心が通い始めたような感覚があって、それがとても嬉しかったですね。またフォルテピアノを教えていただいた小倉貴久子先生のレッスンがとにかく楽しくて、どんどんのめり込んでいきました。

フォルテピアノのどこに魅力を感じますか。

川口さん フォルテピアノは私にとってタイムマシーンのようなもので、例えばフォルテピアノでショパンを弾くと、ショパンと心が通い合って、ショパンの時代にタイムスリップしたような感覚になることがあります。また一台一台に人間のように個性があるところにも魅力を感じますね。

5年前の第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールのお話を伺います。川口さんは東京藝術大学大学院古楽科、アムステルダム音楽院修士課程を修了され、また、数々の賞を受賞される等、順調にピアニストとしてキャリアを歩まれていましたが、どうしてコンクールに出場されようと思ったのですか。

川口さん 一番の理由はファイナルに残ると憧れの「18世紀オーケストラ」(※フランス・ブリュッヘンによって設立された古楽オーケストラの名門)と共演できるということを知ったからです。「18世紀オーケストラ」は、古楽器奏者にとって憧れのオーケストラの一つで共演できるチャンスがあるなら挑戦してみたいと思って出場を決意しました。

コンクールの1次、2次審査では5台のピアノの中から3台まで使用できる決まりでしたが、1次、2次審査ともに3台のピアノを弾き分けたのは川口さんだけでした。かなり難易度が高いと思いましたが3台のピアノで演奏されたのはどうしてですか。

川口さん コンクールでは審査員の印象に残って、また聞きたいと思ってもらえることが大事なんです。それで私なりに作戦を練ったんですが、私の強みは1台1台個性のあるフォルテピアノへの適応能力だと思ったんです。それで審査員の印象に残るように3台のピアノを弾き分けて演奏しました。

ピアノの選択自体が重要な意味を持つコンクールだと思いますが、1次審査では「バラード第2番(作品38)」(https://www.youtube.com/watch?v=tJQgwphH_mY)を1842年製のプレイエル(※3) で、「ポロネーズ(作品71-2)」(https://www.youtube.com/watch?v=gDtUm7yW8go)をブッフホルツ(※4)で、演奏されています。どうしてそのピアノを選ばれたのですか。
※3フランスのプレイエル社製でショパンが愛したピアノとして有名。
※4ワルシャワ時代のショパンが使用していた楽器といわれている。1825年のモデルを復元したものが使用された。

川口さん ショパンは20歳の時にワルシャワを離れ、21歳からパリでの生活を始めますが、彼の人生はその前後で大きく2つに分かれるんです。「バラード第2番(作品38)」はショパンがパリに渡った後の重要な作品でしたので、彼がフランスで愛用していたプレイエルで弾こうと思いました。「ポロネーズ(作品71-2)」は、ワルシャワ時代の作品でしたので、ワルシャワ時代のブッフホルツで弾きました。ショパンの人生から作品と楽器の理想的な組み合わせを考えてピアノを選びました。

見事ファイナルに進出されて、「18世紀オーケストラ」との共演という夢が実現しました。ファイナルでは「ピアノ協奏曲第2番」を演奏されていますが、ピアノの選択には苦労されたそうですね。

川口さん 「ピアノ協奏曲第2番」はワルシャワ時代の作品でショパンの初演もブッフホルツで演奏されましたので、ブッフホルツへのこだわりが強くあったんです。でもブッフホルツは1820年代のウイーン式の楽器で、1840年代のプレイエルと比べて非常に繊細で、鍵盤が浅くて凄く難易度が高いんです。それで演奏が不安になって前日にはブッフホルツで演奏することに恐怖を感じました。こういう状態で演奏してもグチャグチャになることが目に見えていましたし、それはファイナルまで行けなかった人にも失礼だと思いましたので、一番安心して弾ける楽器にしようと思って直前にプレイエルに変更しました。

そのプレイエルで演奏された「ピアノ協奏曲第2番」(https://www.youtube.com/watch?v=ggEEWXok2vc&t=865s)は素晴らしい演奏で3度もカーテンコールがありました。私は川口さんの演奏がダントツで素晴らしいと思ったのですが2位という結果についてはいかがでしょうか。

川口さん もう本当に嬉しかったですし、びっくりしました。そして私にとって実は2位という順位が一番ありがたいんですね。というのも「1位じゃないからまだ頑張って」と言ってもらっているような気がして、成長へのモチベーションが維持できるからなんです。コンクールはスタートラインにしか過ぎないので、その後の成長が一番重要だと思うんですが、2位という順位はこれからも成長していこうという気持ちにさせてくれる順位で、だからこそコンクール後の5年間も頑張れたと思います。

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コンクール後は様々な音楽祭に出演されたり、CDをリリースされたりと素晴らしいご活躍でした。さて来年3月から川口さんも出演される「The Real Chopin × 18世紀オーケストラ」の日本ツアーが始まりますが抱負をお聞かせください。

川口さん 「18世紀オーケストラ」と日本で共演できるのはすごく嬉しいですし、ユリアンナ・アヴデーエワさん(第16回ショパン国際コンクール優勝者)やトマシュ・リッテルさん(第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール優勝者)と舞台を共有させていただくのは光栄でとにかく楽しみ尽くしです。大きな公演ですがプレッシャーを感じずに楽しんで演奏できたらと思ってます。

レコーディングもお忙しいと伺いましたが差し支えなければ内容を伺えますか。

川口さん スペイン音楽が好きで5年前に「ゴヤの生きたスペインより」という作品集を出したのですが今年5月はその第2弾を録音しました。9月は日本のレーベルから出されるシューマンの曲集を録音して、昨日までオランダ、ベルギーのレーベルから出されるフランダース地方の作曲家の作品を録音していました。あと2年前にミニピアノで録音したCDが今年12月15日に発売される予定です。

是非CDも聴かせていただきます。あと私にはピアノを習っている娘がいてもう直ぐ発表会なのですが、娘にアドバイスを頂けますか。

川口さん 発表会では自分から弾きたいと思っている子と弾かされてるいる子に分かれるんですが、自分から弾きたいと思って能動的にやらないとハッピーになれないんですね。ミスタッチがあっても全然いいので、聴いてる人に楽しさを与えたいと思って演奏すると凄くハートフルになるんです。なので「聴いている人に楽しさを分け与えるつもりで、楽しんでピアノを弾いてください。それだけで十分に素敵だよ」というアドバイスになりますね。

素敵なアドバイスありがとうございます。最後に川口さんは今後どのような活動をされたいですか。

川口さん 40歳になったらレパートリーを絞って、深めたいと思っていますが、今34歳で30代はとにかく色々なことをやって新しいことにも挑戦したいと思っています。ショパンは生涯弾いていきたいと思っていますが、演奏家として成長するために今年12月から相模湖交流センターでショパンの全曲演奏会を始めます。5年位かかりますがショパンを深く学べればと思います。あとスペイン音楽の発信はライフワークとしてやっていきたいですし、シューベルトも大好きなので弾いていきたいと思っています。

色々なお話を聞かせていただいてありがとうございました。私も「The Real Chopin × 18世紀オーケストラ」の東京公演のチケットを買いました。3月の川口さんの演奏を楽しみにしております。

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