関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが,このたび司法の枠にとらわれず,様々な分野で活躍される方の人となり,お考え等を伺うために,会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

写真

女流棋士
香川 愛生さん

とき
2024年10月9日
ところ
関弁連会議室(弁護士会館14階)
インタビュアー
会報広報委員会委員長 山浦能央
同委員 鈴木大輔

今回の「関弁連がゆく」は女流棋士の香川愛生さんです。香川さんは15歳で女流プロとなり、女流王将のタイトルを2期獲得される等、棋界を代表する女流棋士のお一人ですが、将棋以外にも趣味のゲーム、漫画、麻雀等の知識を生かした幅広いジャンルでもご活躍されています。YouTubeチャンネルの登録者数は20万人と棋界最多で、将棋ファン以外からも絶大な人気を集めています。
今回のインタビューでは弁護士会館にお越しいただいて色々なお話を伺いました。

昨年は第45期女流王将戦の挑戦者になられて7年ぶり5回目となるタイトル戦登場となりました。お気持ちはいかがでしたか。

香川さん 女流棋士の実力が上がって年々タイトル戦に出るハードルが高くなっていた中、久しぶりに挑戦することができたので非常に嬉しかったですね。もしかしたら最後のタイトル戦になるかもしれないと覚悟を決めて臨んだタイトル戦でした。

残念ながらタイトル奪取とはなりませんでしたが、西山朋佳女流王将との戦いを振り返っていかがでしたか。

香川さん 第1局は負けたんですが内容的には自分の力を出し切れた将棋だったので自分なりに得るものもありました。ただ、続く第2局目までに十分な状態で臨めず、準備不足と力不足とで不甲斐なく敗れてしまったんです。悔いのないように臨んだつもりでしたが自分が納得できる将棋を指せなかったので悔しさも残るシリーズだったかなと思います。

個人的には香川先生のタイトル戦出場が本当に嬉しくて、羽生九段・藤井七冠の王将戦よりも興奮しました。次回のタイトル奪取を期待しています。さて、将棋を始めた頃のお話を伺いますが子供の頃はどのようなお子さんでしたか。

香川さん 負けず嫌いで気の強い子供でしたね。特に男の子に負けたくないという気持ちがあって、女の子に意地悪する男の子と取っ組み合の喧嘩をすることもありました(笑)。

今のお姿からは想像もできないですね(笑)。将棋を始められたきっかけはなんですか。

香川さん 小学3年生の時に学童クラブで将棋がブームになって、男の子に混ぜてもらって指したんですが全然勝てなかったんですね。それが悔しくて将棋を始めました。

将棋はどのように勉強されたんですか。

香川さん 男の子にコテンパンに負かされて誰かに教わろうと思っていた時に、偶々アパートの下の階に将棋の強いおじいさんが住んでいらっしゃったんです。実はアマ六段というものすごい強豪の方で、そのおじいさんに教わることになって本格的に将棋に取り組むようになりました。

「ライバルに負けて近所の達人のおじいさんの下で修業する」というお話はまるで映画「ベスト・キッド」のようですね(笑)。

香川さん 確かに漫画みたいな話ですよね(笑)。寄り道して遊んでもらうような感じで教わるようになりました。始めたのは遅い方なんですが奇跡的にいい先生が見つかって人に恵まれて何とかプロになれたので、この出会いは大きかったと思います。

子供時代の谷合廣紀四段と渡辺和史七段と3人で写っていたお写真がとても素敵で印象に残っているんですが、お2人とはよく将棋を指されたんですか。

香川さん 将棋連盟の道場で出会って2人とも私よりかなり強かったんですが歳が近かったのでよく指してもらいましたね。2人ともとても優しかったですね。先程人に恵まれたというお話をしましたが2人と出会えたこともすごく恵まれていると思います。ずっと2人の頑張りも間近で見られたので良い刺激になりました。

(左から谷合廣紀四段、香川さん、渡辺和史七段)

3年生で将棋を始められて、なんと小学校6年生で女流アマ名人というアマ女流棋界最高峰のビッグタイトルを獲得されています!快挙ですね。

香川さん 自分で言うのは何ですが未だ最年少記録みたいですね。ルールを覚えて3年なので、荒削りな将棋ではあったのですが、勝負強かったんだと思います。

将棋を覚えてからの3年間はどのように過ごされたのですか。

香川さん 将棋のことをずっと考えていましたね。学校が終わった後は将棋道場に通っていましたし、プロの指導対局も定期的に受けていました。あと私は忘れていたんですが授業中も机の下で将棋の本を読んでいたそうなんです。最近クラスメイトから聞いて本当に恥ずかしかったです(笑)。始めたのが遅かった分濃密に将棋と向き合って過ごしましたね。

15歳で見事女流棋士になられましたが、その後休会して16歳で奨励会に入会されています(※1)。珍しいご経歴だと思いますが奨励会に入会されたのはどうしてですか。
(※1)将棋界では「棋士(男女の区別なし)」と「女流棋士(女性のみ)」の2つのプロ制度が存在する。棋士になるには原則として奨励会(プロ棋士の養成機関)に入会して四段に昇段する必要があるが、半年に2名しか四段になれない超難関で、過去棋士となった女性はいない。

香川さん 女性のアマチュア日本一になったので、当時は女流の「プロになる」ことが次の目標になりました。ただ、目標を立てた時点ですでにプロ入りの実力があったから、女流棋士になるまでの2年ほどはどこか頑張り切れなかったんです。無事15歳でプロデビューはできたものの、「プロとして通用する」実力はなかったので、思うように勝てなくて、自分の未熟さを思い知ったんですよね。それで自分なりに反省して、遅いかもしれないけど厳しい修行をし直したいと、奨励会の受験を決めました。当時、泣きながら師匠に相談して困らせてしまいました(笑)。色々と我儘を言ってもいつも温かく見守ってくださる本当に優しい師匠です。

見事に難関の奨励会入会試験を突破されましたが奨励会はいかがでしたか。

香川さん 女性初の四段(棋士)を目指すために奨励会に入って、自分なりに出来ることは全部やっていたつもりだったんですけども、全然勝てずに結果が出なかったですね。級位者は1日3局指すんですが1勝2敗が多かったです。

2011年に17歳で奨励会を退会されていますが、香川先生が著書「職業女流棋士」の中で「奨励会の退会を決めたことは私にとって自殺を決意したようなものでした」と書かれていることが印象に残っています。当時どのようなお気持ちでしたか。

香川さん 将棋が大好きでずっと将棋のことばかり考えて生きてきて、それなりに自信もあったのに限界を認めなくてはならなかったので辛かったですね。今まで将棋に費やした時間は何だったのだろうと悲しい気持ちになりました。誰にも相談せずに自分だけで退会を決めたので苦しかったですし、打ちひしがれて暫く何もできないような状態でしたね。

2012年に18歳で女流棋士に復帰されていますがきっかけは何でしょうか。

香川さん 暫く将棋から離れて将棋を辞めようと思う程悩んだんですけど、昔お世話になった将棋道場にご挨拶に行ったときに皆さんからとても温かく迎えていただいたんです。それがすごく嬉しくて、それでもう1回だけ頑張ってみようという前向きな気持ちになれたのがきっかけですね。

復帰と同じ時期に出身の東京から関西に移られて、それから快進撃が始まります。関西では立命館大学に進学されていますが大学生活はいかがでしたか。

香川さん 大学で将棋部に入ったんですが本当に皆さん楽しそうに将棋を指すんですね。自分を追い詰めすぎて将棋が辛かったんですが、将棋部に入って将棋って楽しいものだっていう本質を思い出したんです。そういった気持ちの変化も結果に繋がっていったと思います。

関西の将棋連盟に移られましたが雰囲気はいかがでしたか。

香川さん 糸谷哲郎先生、稲葉陽先生、豊島将之先生など若手の先生方がすごい勢いで活躍されていて活気がありました。あと私は人見知りなんですが関西の先生方はイジリ気味に話しかけていただいてすごく温かったですね(笑)。それまで悩んだり傷ついたりしていた自分にはありがたい環境だったと思います。

復帰翌年の2013年に20歳で女流棋界トップの福間(当時・里見)香奈先生から女流王将(第35期)のタイトルを奪取されました。すごい快挙ですね!

香川さん 信じられないなというのが正直な感想でしたね。タイトルを賭けた最終局が大学でよく指していた戦法に偶然なって、それで落ち着いた気持ちで指せたのも幸運でした。今棋譜を見ると震えていた(※最善手を見送って安全な手を指すこと)場面もあるのですが運が良かったんだと思います。

女流王将のタイトル戦にはこれまで5回登場されていますが一番印象に残っているシリーズを教えてください。

香川さん どれも思い入れがあるので悩ましいですがタイトルを取った翌年の第36期になりますかね。対戦相手は清水市代先生というレジェンドの先生でとても緊張しましたし、形式的に防衛戦だったんですが胸を借りるつもりで臨みました。大学生でありながらタイトルを獲っていきなり棋界を代表する立場になって、悩みながらガムシャラに過ごした1年でしたが、その1年間の思いや成果を対局にぶつけて、防衛することができたのでとても印象に残っています。あと私の師匠の中村修先生は第35期(1985年)、第36期(1986年)で「王将」のタイトルを獲られているんですが、年代は違うのに私の「女流王将」の獲得期も第35期(2013年)と第36期(2014年)で全く同じなんです!有り得ない偶然で運命的なものを感じましたね。

それは奇跡的な偶然ですね!さて、香川先生は将棋以外にも趣味のゲーム、漫画等の知識を生かして幅広いジャンルでご活躍ですが、きっかけはなんでしょうか。

香川さん 自分を追い詰めて将棋に打ち込んでいたので少し趣味の時間も持つようにしたのですが、それから趣味に関する仕事の依頼も頂くようになったんです。始めは少し驚いたんですが、将棋を知らない方でも私をきっかけに将棋に興味を持っていただけたらいいなと思って、趣味関係の仕事も積極的に受けるようになりました。

漫画関係のお仕事といえば、香川先生は、「永世乙女の戦い方(※2)」という漫画の監修をされています。漫画の中では女流棋士同士の激しい戦いや、奨励会の厳しさが描かれていますが、監修の立場からどのように漫画制作に携わってらっしゃるのでしょうか。
(※2)くずしろ作のビッグコミックスペリオール(小学館)にて連載中の将棋バトル漫画。女流棋士の世界を舞台に、女子高生の主人公・早乙女香が熱い戦いを繰り広げ、成長していく姿が描かれている。

香川さん くずしろ先生は将棋が専門というわけではないので、私が先生から取材を受けて、将棋に関するエピソードを紹介したり、先生からの質問に答えたりしてお話していく中で、先生が膨らませて描かれてるっていう感じですね。

監修として携わる中で、嬉しかったことはありますか。

香川さん 監修として棋譜を制作させてもらってるんですけど、最近、マイナビ女子オープンの香ちゃんと、天野(※早乙女香が憧れる最強の女流棋士)の5番勝負が始まって、くずしろ先生から、香ちゃんが指しながら強くなる棋譜にしてくださいみたいなオーダーをいただいたんです。難しいオーダーだなと思ったんですが、主人公が憧れている最強の女流棋士とのタイトル戦なので、私も気合い入れて棋譜を作ったら、その棋譜の流れが作中のセリフとかにも反映された漫画になったんです。
今まで作家さんの作品を邪魔しないようにしようという気持ちが強かったんですが、今回、自分の将棋感というか、作品感的なものが少しだけお役に立てた感じがして、アニメ・漫画好きとしてすごく嬉しくて、貴重な体験させてもらっているなと思います。

続いて、ポケモンに関するお話をお伺いしますが、ポケモンの実況配信をしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

香川さん 前からやってみたいなって思っていました。ポケモン自体も好きだったんですけど、中高生の頃にポケモンの対戦動画をよく見ていて、すごく好きなコンテンツだったんです。もっと早くやりたかったぐらいで、ようやく配信技術的なところも理解ができてきて、憧れのゲーム実況をやってみようと思いました。今も、新しいことに挑戦しようと色々準備中です。

実況配信は配信中にアクシデントがあった方が盛り上がったりしますが、その場でリアクションを取って、それがそのまま配信されるというのは大変ではないですか。

香川さん 私は、あんまり準備タイプではないですし、リアルに起きること1個1個がコンテンツになるということがすごい楽しいなと思っちゃうんです。2時間ずっとパソコンの前で1人で喋ってる人って、客観的に言ったら変な人みたいなところもあると思うんですけど(笑)、でも自分はそれが楽しい時間なので、たまたま向いていたのかなって思います。

2023年8月にポケモンワールドチャンピオンシップス(※ポケモンゲームの世界大会)が横浜で開催された際、香川先生は、ライブ配信の中継レポーターをご担当されていましたが、反響はありましたか。

香川さん めちゃくちゃ反響がありました。なんかハッサム(※3)好きなお姉さんが出てるっていうんで、よく見たら香川さんだったって結構言われました(笑)。本当にありがたかったです。まさか自分が世界大会のお仕事をさせていただけるなんて思ってもいませんでした。
(※3)ポケットモンスター金・銀で初登場した「むし・はがね」タイプのポケモン。香川先生の“推しポケモン”としても有名。

ポケモンバトルでは、相手の型を読んだり、交代を読んだりする場面もあるかと思いますが、将棋を指すときと近い感覚を使ってるというようなご認識はありますか。

香川さん 確かに、ポケモンバトルって、テニスのシングルスとダブルスみたいにシングルバトルとダブルバトルっていう2つの戦い方があるんですけど、シングルの方は、本当に将棋らしい考え方で臨んでるなって思います。どうしても先の先まで考えたくなっちゃうんですよね。次の手を考えて逆算しようとしてるところは、将棋指しっぽい考え方なんだろうなって思いますね。

ポケモンバトルは、将棋と違って、運の要素が大きいという一面もありますが、それも楽しむことができているのでしょうか。

香川さん 運の要素で言うと、私、麻雀も結構好きなんです。それまでは普段の生活でも「最善の手は基本的にはある」とか、「何手か先を読んだ方が良い」といった将棋的な思考で考えがちだったんですが、世の中の出来事って、将棋と違って自分の力じゃどうにもならないことって結構あるじゃないですか。だから割と大人になってもそのあたりがうまく対応できないこともあったように感じています。
ポケモンや麻雀みたいな運の要素のあるゲームをやるようになっても、最初は必ず反省しちゃうんです。どんなに運で負けてたとしても、自分が悪かったとかって思っちゃうんです。
でも、将棋と違って、運の要素があるゲームには、できることは全部やってもどうしようもない場合があるということが、ここ数年でようやく分かるようになりました。
私は、将棋からすごい影響を受けたんですけど、麻雀やポケモンは楽しいし、柔軟な考え方とか、メンタルの切り替え方を教えてもらうきっかけにもなったところもあります。自分は趣味が多いほうかもしれませんが、なんでも好きになれるタイプでもないんです。麻雀やポケモンのように、奥深くて、自分に合ったゲームに出会えたのは幸運でした。
私が最近よく言ってる話で、半分冗談なんですけど、協力ゲームが苦手なんです(笑)。例えばボードゲームだと、みんなで協力して1個のゴールを目指すゲームと、全員と対戦して勝ち残って優勝を目指すゲームに大きく分かれるんですけど、私は戦って勝ち残りたいタイプなんです。対戦して勝つ喜びが軸になっているので、勝って嬉しいと思えるゲームじゃないとやりたくないんです(笑)。

それは、幼少期の負けず嫌いとか相手に勝ちたいっていう性格だったというところから繋がっているんですかね。

香川さん ずっともうそれは変わらないですよね。やりがいというか、達成感のあるなしで、やるかやらないか決めてるみたいなところもあります。

最後に香川先生の今後の目標をお聞かせください。

香川さん 高校生くらいの時は思い詰めて自分を壊しながら将棋に打ち込んでいました。でも難しいことだとは思うんですけど、今は自分を大事にした生き方をして、かつ、将棋も勝てるような棋士であり人間を目指したいと思っています。またYouTubeなど自分なりのやり方で将棋に興味を持って貰えるような活動も続けていきたいと思いますね。

真摯に将棋に向き合われている香川先生だからこそ是非またタイトルを獲って頂きたいです。YouTube配信も楽しみにしております。本日はお忙しいところ貴重なお話をありがとうございました。

オフィシャルサイトより

PAGE TOP