従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。
棋士
武宮正樹さん
武宮正樹さんにインタビューしました。武宮さんは1951年生まれ,14歳で入段,25才で本因坊,その後も本因坊四連覇,名人等の多数のタイトルを獲得し,宇宙流と呼ばれる独自の棋風で多くの人々に愛され,技術論を超えた心の世界を語る棋界の第一人者です。
―裁判をされたご経験は?
武宮さん ないです。弁護士さんに相談したこともないです。でも,碁打ちにも弁護士がいるし,同級生にも弁護士がいて話をする機会はあります。弁護士さんって大変ですね。やりたい良い仕事ばかりじゃないでしょう。人の苦労や悩み事を聞くのも大変でしょうね。
―身辺で法的トラブルが起きたことは?
武宮さん 近所で法律違反の家が建ったとき,住民が集まって何度も区役所に行ったことがありましたが,全然とりあってくれずダメでしたね。狭い土地に大きなビルが建つたんですが,国や法律は何もしてくれなかったですね。
―弁護士には頼まなかったのですか?
武宮さん 頼んでなかったと思いますね。
―弁護士は敷居が高いですか?
武宮さん うーん,弁護士に頼むって,何だか面倒なことですよね。お金のこともあるしね。
―弁護士に相談する必要がないのは良い人生だと思いますが,法律って,どう感じますか?
武宮さん そうですね,人間があっての法律なのに,今の世の中,逆になってると思いますね。あらゆる所に法律があって,それに縛られて生きている。自分の感じたまま自由に生きれない社会になっている。
―法律を意識せず,各人が自由にのびのびと,しかし,他人とぶつからずに生活できれば望ましいのですが,社会経済や行政規模が大きくなり人間関係が複雑になると,どうしても利害調整のルールも多く必要になるのだと思います。碁の世界は,ルールが少なくシンプルで良いですね。
武宮さん 難しいことはわかりませんが,法律って定石みたいなものじゃないですか。定石は局部の目安に過ぎない。大切なのは全体の状況でしょ。ところが今の世の中は定石を打たなければ罰せられる。定石に縛られている。
―自由がない,個性がない,ということですか。
武宮さん そうですよ。国の教育だって,個性をつぶすことばかりしてるじゃないですか。子供たちをみんな同じにしてもおもしろくないですよ。
―宇宙流という独自の碁に迷いはありませんでしたか?
武宮さん いろいろ失敗しながら,40年以上も碁を打ってきましたが,今でも碁って分からないんです。アマチュアの人はこうなってこうなってと考えますが,プロはそれでは間に合わない。直感というか,瞬間の感じですね。自分の感じた手を打ちたいと思い続けてます。正しい,とか,間違い,というのはないんですね。いろんな迷い,定石はこうだとか,今は形勢がいいとか,勝ちたいとか,変に負けると人格まで否定されてみっともないとか,そういう迷いを全部捨てて,自分が好きと感じる所に石を置く。それで勝てたら究極の碁ですが,それで負けても良いじゃないですか。
―ある程度の実力と自信がないと,なかなか個性的には生きれないと思います。だから,大部分の人は,世の中の仕組みとか先例とかを身につけて,いわば定石に縛られて人並みになっていくのだと思いますが?
武宮さん よそ行きの手,世間体の良い碁を打っていては,身につかない,上達しません。自分の好きな碁を打つかどうかで,何年,何十年の間に大変な差ができるのです。今の世の中,もっと勇気を持って,自分の好きなように生きたら良いじゃないですか。
―うーん,法律はもう少し弱い人間を対象にして作られていると思いますが,裁判の場合は,碁と違って,常に形勢を分析し,相手の腹を読み,損得勘定を繰り返しますね。
武宮さん いやだね。気がおかしくなるね(笑)。
―年間勝率って,ありますか?
武宮さん ありますが,最近はあまり良くないね。どれくらいかな,6割ならすごいことですから。
―えっ,6割ですごいんですか。それじゃ,弁護士も6割勝てばすごいんですかね。黒石と白石どちらを持つのが好きですか?
武宮さん どっちでも好き嫌いはないですよ。黒は,自分で構想を立てて進行を決めるという楽しみがありますね。力が入っちゃうけど。白は,相手の動きに対応して打つので,あなた任せなところもあって結構楽しいですね。
―黒石が原告,白石が被告と考えれば,裁判も似たようなところがありますね。戦う碁と静かな碁と,どちらが好きですか?
武宮さん 静かに打ってても,最後は戦いになってもつれるんですよ。
―囲わせて置いて,飛び込んで来たりする?
武宮さん そうそう,この人,何するね,と思うことありますね。高さんは相当打つんですか?
―日曜に家にいるときは,NHKの囲碁番組を楽しみに見てますが,定石がなかなか憶えられなくて。必要最小限の知識は必要でしょう?
武宮さん 定石は憶えなくていいんです。自分の感じで打てばいいんです。
―予定の時刻を大幅にオーバーしてお話し頂きました。自分の感性を頼りに勝負の世界で生きる人間の強さとやさしさを感じました。その内容はとてもここに書き切れないので割愛させていただきます。帰り際に,扇子に「鮮雲」と揮毫され記念に頂戴致しました。有り難うございました。今後のご健闘ご活躍を心より期待致します。