従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。
歌手・俳優
武田鉄矢さん
今回の「わたし」は,歌手,俳優の武田鉄矢さんです。
武田さんは,1949年福岡市生まれの58歳,福岡教育大学を中退されたあと,1972年に千葉和臣さん,中牟田俊男さんらと海援隊を結成しデビューされました。73年には「母に捧げるバラード」が大ヒットし,翌年の紅白歌合戦にも出場,77年には「幸福の黄色いハンカチ」で新境地を開拓し,本格的に俳優としての活動も開始されます。その後,79年からは代表作とも言えるドラマ「3年B組金八先生」シリーズ,82年からは映画「刑事物語」シリーズ,91年にはドラマ「101回目のプロポーズ」,93年にはドラマ「並木家の人々」,映画「プロゴルファー織部金次郎」シリーズ,最近では2006年に大河ドラマ「功名が辻」の五藤吉兵衛役,今年に入ってからはドラマ「華麗なる一族」の大亀専務役など,35年の長きに渡って第一線で活躍されている芸能界のトップランナーです。昨年は,2時間ドラマ「ドケチ弁護士山田播磨」で弁護士役に初挑戦されました。
―武田さん初めまして,本日は宜しくお願い致します。
昨年は,ドラマで初めて弁護士役に挑戦されたそうですが,随分長く俳優業をやっておられるのに,ちょっと意外な感じですね。
武田さん そうなんです。弁護士ものというか法廷ものの企画自体はあったのです。金八先生を見て下さった方が,「あの長台詞をこなすことができるのであれば,法廷ものが一番向いてるんじゃないか。」と言って下さったのですが,なかなかタイミングがあわなくて。でも,ずっとやりたいとは思っていたんですよ。
―法廷ものに興味を持ったきっかけがあるんですか。
武田さん 私が「幸せの黄色いハンカチ」を撮っているときに,丁度となりで事件ものの撮影をしていたんですね。確か,子供が通り魔に殺されてしまうという。
―ああ,「衝動殺人‐息子よ」ですね。最後法廷で刃物で飛びかかるんですよね。
武田さん そう,その時の主役が若山富三郎さんで,ずっととなりの楽屋で毎日熱心に台詞回しをしているのを聞いていたんですが,それが朗々として何とも味があったんです。それを聞いて「ああ,法廷ものは大変そうだけど,なかなかカッコいいなあ。いつかやりたいなあ」と思っていたのです。
―「ドケチ弁護士山田播磨」は,私も拝見しましたが,法廷ものというより,人情ものといった趣きでしたね。ややお色気に走り過ぎた感もありますが…(笑)
武田さん あはは,山田播磨は,これまでのシャープな弁護士像ではなくて,ケチな三流弁護士のドタバタものをやりたかったんですよ。数字もよかったようですし,山田播磨で法廷ものを企画したいですね。
―「山田に任せてみたら,おお,やるじゃないか」というような感じですか。
武田さん そう,ある日山田のところに無実を訴える男がやってきて,山田が法廷で頑張ったけど,「なんだやっぱり犯人だった」とかね(笑)。
―あはは,すごいカッコ悪いじゃないですか。再考された方がいいですよ。
武田さん まあいまのは冗談としても,弁護士もの法廷ものは,やっぱり人情とか人間の本性に関わる分野で,世間のいろんなものが透けて見えますよね。こういうのが視聴者の皆さんに響くと思っていますので,今後取り組んでいきたいテーマです。
―そういえば,何かの本で読みましたが,武田さんが主演した84年の「ヨーロッパ特急」がミャンマーでは知らない人がいないくらい有名な国民的映画になっているらしいですよ。私はこの映画は見たことがありませんが,「ローマの休日」のリメイクですよね。武田さんの作品や演技は日本にとどまらず,アジアの人々の琴線に触れるようです。
武田さん ああ,そうなんですか。そんなご大層なものでもなかったような気が…(笑)。でも,アジアのどこかの国で「101回目のプロポーズ」が視聴率91%取ったという話はありましたねえ。あれがミャンマーだったのでしょうか。
―きっとそうですよ! それで「ボクは死にましぇーん」のとこを9割以上の国民が固唾を飲んで見守ったんですよ。
武田さん 本当かなあ(笑)。
― それで,武田さんはもう35年も芸能界の一線でやって来られて,日本海外問わず視聴者の高い支持も得ているわけですが,どういったところに秘訣があるとお考えですか。
武田さん やはり時代の流れの中で,その時々の視聴者の求めるキャラクターは何なのかというのは常に意識してやっています。陳腐化しないというのは大事ですね。ただ,金八先生に関しては,一役者が一教師を演じてはまり役になったという以上に,国民の皆さん全体の内なる叫びというか,もっと深いところから湧き出る要望とか希望,そういったものが長く続いた要因になっているように思います。
―国民の求める理想の教師像ということでしょうか。
武田さん そうですね。それは,私自身は,戦後失われてしまった父権の残像なんだと思いますよ。いざと言うときに断固として行動してくれるだろうという信頼ですね。時代が頼りなくなって来ていて,教育の問題も揺れ出すと,必ず「また金八先生やりましょう」という機運が盛り上がってくるのです。
―なるほど,父権ですか。でも金八先生自体は,どちらかというと左翼思想の持ち主というか,リベラルですよね。
武田さん そうなんです。「自衛隊は違憲だ。平和憲法を守る。」と言って,自衛隊に入りたがっている子供を翻意させたりね。これはさすがに踏み込み過ぎで,後から大変な目にあいました(笑)。でも,そういう思想的な部分というのは,視聴者はすっとばして見てしまうんです。記憶に残らないんですね。お客さんは自分で番組を再編成して見るんですよ。それで,ほとんどの方の記憶に残るのは,言うことを聞かない悪い子供をビンタするシーンなんですよね。それでまた関係が強固になるという。
―PTAからは叩かれそうですね。
武田さん もちろんそうですよ。でも視聴者の方は「PTAはそんなことで文句言うな。金八先生はよい先生だ。」というふうに擁護してくれるわけです。面白いもので,作家さんは,金八先生を左寄りにもって行こうとするのですが,世間がそれを引っ張り返すんですね。
―なるほど,時代が不安定で,教育現場が揺れているときに,強い対応が支持されるというのは分かる気がします。ただ,それは,現場の教師であったり,また一部の父兄の支持だったりするわけで,必ずしも全体の支持ではない。バランスの取り方は難しいのではないですか。
武田さん そのとおりです。児童,生徒,若い年齢層の求める教師像は,理解者であったり友達であったりするわけですが,それだと現場の先生方からは「絵物語だ。理想論だ。」ということになるでしょう。逆に先生方の立場からは,「教育現場が荒廃しているから,もっと強くやってくれ」という要望もあるわけで,一方をたてれば一方がたたないわけです。私としては,やはり先ほど言ったように,基本的には父権的な色合いを出していって,子供たちに対しては楽しい教師,楽しい授業といういわば教育の職人的な立場を演じられるように心がけています。
―そうですか,基本は父権ですか。ちょっと意外な感じですね。そうなると武田さん自身も作家の先生がつくる金八先生像と自分がやりたいイメージがずれて気持ちが悪いということもあるんじゃないですか。
武田さん それは当然ありますよ(笑)。作家,プロデューサー,私,視聴者の皆さん,求めるものは違いますからね。金八先生は,生徒との葛藤や擦れあいの中で出てくる一瞬の火花というのが表現の中心になるわけですが,演じてる本人が「今回のは座りが悪いなあ」と思いながらやってると,必ず伝わるんですよ。視聴者は敏感ですから。そうなると,投書とか書き込みで,「このところ金八先生は元気がない」とか「断固とした対応が見られない」とか「○○をビンタしたときの迫力はどこにいった」とか言われて,取材に来た雑誌も「なんかここんとこ弱気ですね」とか言われてしまうんです。そんなの私じゃなくて作家に言ってくれって言いたいですよ(笑)。
―あはは,面白いですね。それだけ期待と注目を集めているということですよ。昨年来,教育現場の荒廃が叫ばれていますから,近いうちにまた金八先生にお呼びがかかりそうですね。
武田さん そうですね。いじめ問題なんかが随分クローズアップされてきてて,「金八先生ならこういうときどうするだろう」という期待が高まっているところかも知れません。本当は金八先生もそろそろ定年なんですけどね(笑)。
―現在は何を撮っていらっしゃるのですか。
武田さん 今は,TBSで「夫婦道」というドラマを撮影しています。4月12日からスタートしました。TBS伝統のホームドラマで木曜日9時からです。お茶屋さんのお話ですね。
―共演は,橋爪功さん,高畑淳子さん,南海キャンディースのしずちゃん,本仮屋ユイカさんですか,よさそうですね。私も楽しみに見させて頂きます。本日はお忙しいところありがとうございました。