従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。
俳優
瑳川哲朗さん
今回の「わたし」は,俳優の瑳川哲朗さんです。ウルトラマン世代にとってエースのTAC竜五郎隊長に憧れた元少年も読者の中には多いはず。早稲田大学進学と同時に古典演劇の魅力に目覚め,旅館の長男でありながら演劇の道に進まれた瑳川さん。テレビ東京の長寿人気時代劇『大江戸捜査網』の井坂十蔵役でもお馴染みです。ショーン・コネリーの『遠すぎた橋』やイーストウッドの『許されざる者』等,洋画の吹き替えも多く演じておられます。
現在は舞台を中心に活動されていて,ガルシア・マルケス原作の幻の名作『エレンディラ』では祖母役で出色の演技を見せ,この春の話題作『エネミイ』では陽気な元全共闘武闘派を怪演。そしてこの秋の大作,『カエサル』では,カエサルの政敵ポンペイウスに挑まれます。
今回はインタビュアーに東京弁護士会きってのウルトラ博士こと伊井和彦会員を助っ人に迎え,今明かされる竜隊長の質素な日常から撮影の裏話,弁護士と俳優の意外な共通点まで,いろいろ楽しいお話をうかがいました。
―TVに舞台,声優と幅の広いお仕事をされています。特に好きなジャンルなどはありますか。
瑳川さん 私が最初に全国区になったのは,NHKの大河ドラマ『三姉妹』の近藤勇役で,一年後にやはりNHKの『鞍馬天狗』でまた近藤勇役をやり,それから時代劇の役が来るようになってしまいました。それから『大江戸捜査網』を15年やりましてね。すっかり時代劇役者のイメージが付いてしまった(笑)。大学時代に,シェイクスピアとかギリシャ演劇など西洋演劇に惹かれて舞台俳優を志し,親に勘当されてこの道に進み,たまたまTVで売れてそれを続けてしまった。世間的認知という意味では,親の勘当も解けて良かったこともありましたが,やりたい仕事に戻れたのが50代です。
―エースの竜五郎は,今でも「隊長」とファンが慕う役ですが,最初に出演依頼が来た時は,子ども向けの特撮番組への出演ということで,抵抗感はありましたか。
瑳川さん 本来のやりたいものとは違った訳ですが,終わった今でもあれだけ皆さんが支持してくれる役になると…。しかし,人の心に残るのが我々の仕事とするならば,今考えると,あの役は私にとって非常に重大な役でしたね。
―子ども時代に見たものはずっと残りますからね。俳優にとっては,イメージ付けされる危険もあるでしょうが,ずっと覚えてもらえるメリットもありますよね。それからウルトラシリーズを見るのは子どもだけではないです(笑)。ウルトラシリーズの脚本でも,沖縄出身の脚本家が差別の問題や沖縄の問題などを,扱っていました。
瑳川さん エースを作っていたスタッフは,単なるSFというだけではなく,ちゃんとドラマを作ろうとしていたんです。社会的メッセージなど,自分たちが表現したいものをSFの形を借りて作ろうとした。たとえば,竜五郎隊長という役は,ウルトラマンと違って人間側の理想的なヒーローという設定です。それでありながら,かなり人間臭い部分もあって,演じていて面白かったです。私生活とか意外に質素なんですよ,部屋は団地の一室(笑)。
―地球防衛軍が勝ったことはありましたっけ。
瑳川さん 全部やられています。でないとエースが助けに出てこられない(笑)。
―同時期に,井坂十蔵も演じておられましたね。でも,竜五郎隊長に井坂十蔵,TVで見る側にはそのイメージが出来ていますから,舞台に出る際に,そのイメージで苦労されたりしませんでしたか。
瑳川さん 苦労はありました。それまでも,一つの役を長くやり過ぎて役のイメージが強く付いてしまって,後から仕事に困った人の話は聞いていましたから。これは,何とか早く止めなきゃ,とか思っていました。でも,井坂十蔵がいないと番組の色が出ないから,とか言われて続けてしまいました。
―裁判官に検事に弁護士,出演依頼が来たらどの役を希望されますか。
瑳川さん それは弁護士でしょう,洋画でも舞台でも,主役はたいてい弁護士です(笑)。
―芝居では演出家がいて,映画だと監督がいて,意見が対立する場合もありますよね。
瑳川さん 舞台は役者のものです。映画は監督のもので,どんなに演じても,カットされてしまえば終わりですが,舞台は出てしまえば俳優のものです。
―舞台とテレビと,演じ分けはされているのでしょうか。
瑳川さん 舞台と映像では伝達の表現方法が違います。TVはキャラクターが存在すれば,後は撮り方で魅せられます。舞台の場合は,全部演じなければなりません。映像でアップにする所も,ロングショットも自分で表現しなければならない。
―我々も,裁判員裁判が始まり,伝える技術が必要になっています。
瑳川さん そうでしょうね,説得力というか表現力がないと伝わらないと思います。複数の裁判員を説得するでしょう。芝居の場合も観客を説得するわけですよ。真実に思わせなければいけない。「あれは嘘だ」と思わせちゃいけないんです。アメリカではやっているようですが,これから弁護士さんも良い意味での演技が必要ですね。
―そうですね,我々も身振りや手振りとかやらなきゃいけないと思います。舞台でも身振り手振りとかも大事なんでしょうね。
瑳川さん いや,むしろ言葉です。身振り手振りを演じると,嘘に見える場合があります。言葉と言葉を発する声,その力です。言葉が全てということがあります。身振りが後からついてくるのは構わない。でも身振りで伝えようとすると多分伝わりません。嘘っぽく見えます。言葉の真実性と,言葉の中にある声音なり,力なり,その真実性が人の心を掴みます。
―舞台に出られて,観客を説得される前のお気持ちを教えてください。あがりそうな場面で,「人と思うな,かぼちゃと思え」とかありますか。
瑳川さん 人が集まると,何か圧力が生まれます。100人の観客なら200の眼の力でしょうか。空気を通して来る不思議な圧力があります,これが人前で講演したり司会をするときに,この圧力であがってしまう。ですから,我々が演じる場合には,「かぼちゃ」と思いません。一緒になって一つの世界を作る,「仲間」「同志」という意識を持ちます。特に,芝居の場合はTVと違って,見たくてお金を払って来てくれる,能動的な意思の表現としてそこに居る訳です。お客様の目線やさんざめきがあって,それで役が完成する。そのような気持ちで演じます。ですから,同じ役でも観客が違えば違う演技になります。その日その日でまったく違います。演劇の歴史は古く,祝祭的な意味で,客も演じる者もみんなで何かを作り上げていく喜びがあり,これが芝居の原点なんですね。
―秋の舞台に向けて,どのような役作りをされていますか。資料を調べるのか,イメージ作りから入るのか。
瑳川さん 僕の場合は最初イメージです。脚本は基本的な設計図で,役柄の人となりその世界を自分のイマジネーションで埋め又は飛翔させていく。わからないところは資料で調べる。資料を先に見るととらわれてしまいます。先入観が入ると,自分の勘とかイメージがデータに左右されてしまいます。
―声優にチャレンジされたきっかけを教えて下さい。
瑳川さん 実はね,『刑事コロンボ』をNHKで最初に放送する前に,呼ばれて面白半分で行ったら,すごく面白い話だった。僕の役は殺人処方箋でジーン・バリーがやった役でした。これが意外に評判が良くて,仕事がいっぱいくるようになりました。吹き替えは良い映画が多いですから,それを見るのも勉強になりますしね。以前の殺人処方箋の時には,フィルムで,巻き戻しが大変ですし,リハーサルもみんなで集まって映写機で見ていましたから,時間がかかったんです。今は効率的で早くなりましたね,ビデオは渡してくれるし,巻き戻しの手間もないしね。
―ウルトラマンエースもアフターレコーディングですね。
瑳川さん そうですね,ほぼアテレコです。
―ご自分の出演作品はご覧になりますか。
瑳川さん 過去は振り返りません(笑)。資料としては置いてありますけど,恥ずかしい。時には,「俺もいいじゃないか」というのもありますが,批判的に欠点ばかり見てしまって,作品そのものを見られない。自分の演技のチェックになってしまうから,見ないですねぇ。
―今度の舞台出演のご予定を教えてください。
瑳川さん 10月3日から27日まで,東京の日生劇場で,『カエサル』の舞台にカエサルの政敵ポンペイウス役で出演します。カエサルを松本幸四郎さん,ブルータスを小澤征悦くんが演じます。ほかに高橋恵子さんや渡辺いっけいさん,水野美紀さんなどが出演します。原作は塩野七生さんの「ローマ人の物語」です。
―それは楽しみです,今日はありがとうございました。
公演 『カエサル -「ローマ人の物語」より-』
場所 日生劇場
公演期間 2010年10月3日~2010年10月27日