関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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平成17年度 決議

制度の本来の趣旨を生かした裁判員裁判制度の実現を求める決議

  1.  2004年5月28日に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(略して「裁判員裁判法」という)が公布され,裁判員裁判は遅くとも2009年5月までに開始される。
     広く国民が裁判員として裁判に参加するこの制度は,日本国憲法のよってたつ国民主権を司法の場でも実現するもので,当初は対象事件は限定されるものの刑事裁判の事実認定及び量刑の判断に国民が参加することにより,国民の健全な社会常識が司法に反映され,キャリア裁判官のみによる刑事裁判を変革し,司法に対する国民の信頼が高まり,刑事裁判が国民にわかりやすいものになることが期待される。
  2.  しかしながら,わが国の刑事裁判が,"無罪推定の原則"や憲法上の適正手続きの保障があるにもかかわらず,これが実質的に機能しておらず,被疑者,被告人の長期の身体拘束と取調過程が不透明な中で作成される供述調書中心の「調書裁判」になっている現状があり,裁判員裁判の導入にあたってはこの "無罪推定の原則" や適正手続の保障を貫き調書裁判を極力排し,直接主義,口頭主義を徹底させる方向をめざすことが肝要である。
     わが国の刑事裁判の現状をそのままにしておいての裁判員裁判の実施は,制度本来の趣旨が生かされず,かえって,現状より後退することにもなりかねない。また,内閣府の調査によれば,国民の多くが,裁判員になることに消極的な姿勢を示している。その原因を探り,その状況の改善がなければ,裁判員裁判の基盤があやうくなるおそれがある。
     さらに,すべての国民が裁判員になる可能性があるなかで,裁判員裁判の広報活動にとどまらず,学校教育や社会教育の場を含めて,法教育の必要性がかつてなく高まっているといえる。
  3.  そこで,私たちは,裁判員裁判の実施までに,以下に述べる事項が制度として整備され,法曹三者の共通の理解となることが必要であると考える。
    (1) 制度の整備
    1. 裁判員が法廷で目で見,耳で聞いてわかる裁判にするために,供述調書の利用を極力制限し,「調書裁判」から脱却すること。
    2. 取調の状況を録音や録画で可視化し,自白の任意性や信用性についての立証を裁判員に理解しやすいものにすること。
    3. 逮捕,勾留を安易に認め保釈を制限する現行の運用を改め,権利保釈除外事由をより限定する方向での法改正や,起訴前保釈制度の創設により,「人質司法」を解消すること。
    4. 連日の開廷に備えて,拘置所での夜間,休日の接見や電話又はテレビ電話による接見を認めるなど,弁護人が適切な弁護活動が行えるようにすること。
    (2) 法曹三者の共通の理解にする事項
    1. 刑事裁判の原則である"無罪推定の原則"や適正手続きの保障を裁判員にも十分わかるように事前説明をして,審理や評議がなされるようにすること。
    2. 評議は裁判官と裁判員とが対等な立場でなされることが肝要であり,裁判員が主体的,積極的に発言出来るよう裁判官は十分配慮し,徹底して議論をつくすこと。
    (3) 裁判員の負担を軽減するための措置
    1. 裁判員裁判を,合議事件を取扱っている裁判所支部においては必ず実施すること。
    2. 裁判員が審理に参加するための特別休暇の制度をもうけるなど,職場での理解を得るための職場環境を整備すること。
    3. 育児や介護の負担を負っている人々や,障害をもつ人々が裁判員として参加しやすいように裁判所の施設の整備やサービスの提供等をする。
  4.  裁判員裁判の実施に向けて,国民の理解を得るための広報活動や法教育の拡充については,弁護士会としても独自の積極的な取り組みをする。その際は以下の視点を明確にして取り組む。
    (1) 裁判員として裁判に参加することは,国民の義務であるだけでなく権利でもあること。
    (2) 刑事裁判には,"無罪推定の原則"や適正手続きの保障があり,検察官が「合理的な疑いを抱かせない程度」に立証しなければ,事実の存在を認定出来ないこと。
    (3) 裁判員は,裁判官と対等な判断者であって,主体的に実質的に判断に関与すべきであること。
    (4) 評議においては,徹底して論議を尽くすべきこと。
  5.  裁判員裁判が制度本来の趣旨を生かし,わが国の刑事裁判の現状を変え,あるべき刑事裁判に近づけるかどうかは,これからの諸条件の整備及び法曹三者とりわけ弁護士会の取り組み如何にかかっている。

     私たちは,制度の趣旨を本当に生かした裁判員裁判の実現に向けて,裁判所,検察庁とも協力しつつ,さらに弁護士会らしい取り組みに全力をあげることを決意する。

2005年(平成17年)9月30日
関東弁護士会連合会

提案理由

  1.  裁判員裁判法は2004年5月に公布され裁判員裁判は遅くとも2009年5月までに開始される。陪審法が施行を停止されてから約60年,刑事裁判への国民の参加制度がなかったわが国にとって画期的なものである。他の主要な先進国においては陪審制あるいは参審制のいずれかが採用されている中で遅ればせながら広く国民が裁判員として裁判官と対等な立場で裁判に参加し,事実認定及び量刑の判断にまで関与する裁判員制度は,わが国独自の司法参加制度である。
     主権者である国民は,この制度により司法の場でも裁判内容の決定に関わることになり,その経験と蓄積がわが国の民主主義のより一層の発展に寄与するものとして期待される。
     また,当初は重大な刑事事件に限定されているものの多数の国民が司法に携わることによって,健全な社会常識が司法に反映され,キャリア裁判官のみによる刑事裁判を変革し,司法への国民の理解と信頼を向上させるものとして大切に育てていかなければならない。
     そして,実施にあたっては,司法制度改革審議会が提言したように「広く一般国民が裁判官とともに責任を分担しつつ協働し,裁判内容の決定に主体的・実質的に関与することができる」ものにすることが肝要である。
  2.  ところでわが国の刑事裁判の現状をみると多くの問題点をかかえている。最大の問題は刑事裁判の大原則である "無罪推定の原則"や憲法上の適正手続きの保障が事実上機能していないことである。戦後の刑事訴訟改革では,当事者主義が採用され有罪の立証責任は検察官にあり,有罪にするには犯罪の成立について合理的な疑いをさしはさむ余地がなく立証がなされることが必要であるという"無罪推定の原則"等が採用されたはずである。
     しかし,現実には被疑者として逮捕されると犯罪事実を自白するまで身柄が拘束され,密室での取調が行われる。起訴された後も,公訴事実を認めるまで保釈が許可されないことがほとんどである。被疑者は長期の身柄拘束をおそれて事実に反する自白をしてしまうことが少なからずある(人質司法)。公判廷では捜査段階で作成された自白調書が証拠として提出され,事実に反する「自白」の任意性が争われても証拠として採用され有罪の認定がされてしまうことが多い。有罪率99パーセント以上という結果は被告人は事実上「有罪の推定」をうけていると言われても仕方のない現状を示している。
     さらにわが国の刑事裁判は捜査段階において自白調書以外にも関係者の詳細な供述調書が作成され,公判ではその調書をもとに審理が進められ(いわゆる 「調書裁判」)。公判廷での証人尋問を中心とする直接主義,口頭主義は形骸化している。裁判員裁判は一般市民が裁判員として職業裁判官とともに事実認定及び量刑について判断するのであるから,上記のような「自白裁判」「人質裁判」「調書裁判」を残したまま,裁判員裁判が実施されるならば,公判中心の実質的な審理を行うことができないことが危惧される。  さらに前述したようにわが国では自白を得るのため被疑者が逮捕拘留されることが一般的で保釈率は低く被疑者・被告人が必要以上に長期間身柄拘束を受けることが常態になっている。長期の身柄拘束は一般的にも長期休暇制度のないわが国において,勤労者にとっては解雇等雇用上の地位を失うことになりかねず,また,家庭や周囲の者にも大変な打撃を与える結果となっており,それ自体極めて深刻な人権問題である。その点でも欧米に比べ異状であるといえる。
     裁判員裁判を実施するにあたってはこのような「人質司法」を解消することが不可欠である。安易に逮捕拘留を認め,他方で保釈を制限する現行の運用を改め刑事訴訟法89条各号に定める権利保釈除外事由をより限定する法改正や起訴前保釈制度の実現を図ることが必要である。
     さらに,裁判員裁判は連日開廷が予想されるがこれにより弁護人の負担は大変過重なものになる。短時間に集中的に被疑者・被告人との接見,公判準備等が必要になるので拘置所における夜間・休日の接見を可能にし,電話やテレビ電話によるアクセスを実現するなど弁護人が十分な弁護活動を行えるよう条件を整備しなければならない。不十分な弁護活動により最も大きな被害をこうむるのは被疑者・被告人である。刑事裁判の現状をそのままにして,裁判員裁判を実施することになると,被疑者・被告人にとって従来より不利益をもたらすことになり,制度の趣旨に反し現状より後退することが危惧さ れる。
     そこで決議主文3(1)に掲げた制度の整備が不可欠である。
  3.  次に内閣府が本年4月16日に発表した「裁判員制度に関する世論調査」によると,裁判員制度について71.5%が「知っている」と答えているものの,自分自身が裁判員裁判には「参加したくない」と答えた人が70.7%で「参加したい」という人は25.6%にすぎなかった。もっとも「参加したくない」と答えたうち積極的に「参加したくない」と答えたものは35.1%で「あまり参加したくない」が34.9%である。その理由は「有罪無罪の判断が難しそう」が46.5%,「人を裁くことをしたくない」46.4%という状況で,裁判員裁判の意義や内容が未だ浸透していないことからくる消極的意見といえよう。制度の意義や内容の理解が深まれば,積極的意見に十分変わる国民が多数いるものと思われる。その意味で今後法曹三者がともに裁判員裁判の意義内容について,広報普及活動を行うことが重要であることはいうまでもない。
     現在各地の裁判所,検察庁,弁護士会の三庁共同で「模擬裁判員裁判」(以下模擬裁判という)が行われている。法曹三者が協力して模擬裁判を実施する意義は大きいが,模擬裁判の中で以下のような問題点が浮かび上がってきている。即ち,第一に裁判員はよほどていねいな説明がなされない限り,「無罪推定」について無理解のままたとえば検察官の冒頭陳述によりかなりの心証を得てしまうこと,第二に裁判員は数々の「供述調書」を「読みこむ」ことは出来ないこと,従って公判前整理手続において検察官の証明予定事項に対して認否を求め認める部分は「調書」で代替するやり方は裁判員裁判には適さない,第三に評議で裁判官が先に誘導的な発言をし議論をリードしていくと裁判員はなかなか発言しづらいこと等々である。
     このような模擬裁判の実態をふまえて,裁判員裁判についての最適な運用ルールを法曹三者で確立していく必要があることはいうまでもない。そのルールを確立していくにあたって,法曹三者の共通の理解にしておくべき事項は決議主文3(2)に掲げたとおりである。即ち(1)刑事裁判には "無罪推定の原則" や適正手続きの保障があることを裁判員に十分認識してもらうこと,(2)裁判員は「お客様」ではなく裁判官と対等な判断者であること,従って評議において裁判官による一方的決めつけや誘導がなされないようにし,裁判員の意見を十分にくみ上げるように裁判官は配慮することが必要ということである。
     そのことが,裁判員が法廷で証人や被告人の話を直接聞き心証を採る裁判員裁判の本来の趣旨にそう「直接主義,口頭主義」に則った審理につながるものである。
  4.  次に裁判員が裁判員裁判に参加することによって過重な経済的・心理的な負担がかからないよう諸制度を整備することが必要である。
     前述のように裁判員裁判に参加したくないという国民の中には,「仕事を休めない」という人も多いと思われる。
     たしかに有給休暇があっても会社を休みづらく,休んだ場合の不利益が考えられるわが国社会の状況の中で裁判員のために休みをとる,しかも連日開廷の場合はそれが数日にわたるということは相当の心理的・経済的負担となるであろう。一方で裁判員裁判への参加は国民の義務でもあるのであるから,裁判員裁判に参加を保障するために特別な休暇制度をもうけるべきである。
     ただ休暇を利用できるのはサラリーマン等であるから,自営業者のことも考えて裁判員裁判に参加した場合の日当も相当程度の金額が支払われるべきである。
     また育児や介護の負担を負っている人々が裁判員裁判に参加しやすいように裁判所内に託児や介護施設をもうけるなどの施設の整備が必要であるがそれが出来ない場合は託児サービスを提供する,介護サービスを利用しやすくする(たとえばショートステイ等の利用を優先的にうけられるようにする)等が必要である。障害のある人のために裁判所施設の改良も当然である。
     そして何よりも,裁判員の負担を軽くするためにも,裁判員裁判をできるだけ多くの裁判所支部で実施すべきである。裁判員は有権者名簿によって無作為抽出されるわけで裁判所本庁でしか実施しないということになると仮に支部管内に居住している裁判員が抽出された場合は本庁まで出向かねばならない。これは裁判員に時間的にも多大な負担を強いることになるばかりか,近くに裁判所がありながら,何故遠隔の裁判所に出向くのか,裁判員裁判のできない近くの裁判所(支部)は何のための裁判所なのかということになりかねない。
  5.  法曹三者が協力しての裁判員裁判の普及,広報活動を積極的にすすめることは勿論であるが弁護士会らしい広報活動,さらに法教育の拡充をめざして活動することが必要である。
     決議主文の4(1)~(5)の視点は人権の擁護と社会正義の実現をめざす弁護士会ならではの視点であり,この視点に立った広報活動や法教育の拡充が求められている。
     たとえば前述の模擬裁判でも,裁判員になった人の中には「冒頭陳述で心証の八割を形成した」と明言する人がいたと聞く。遡って考えると,検察官の冒頭陳述が対立当事者の一方の主張にすぎないということは,「当事者主義」についての教育を受けて初めて理解できることである。
     また,「疑わしきは被告人の利益に」という "無罪推定の原則" や憲法上の適正手続きの保障の本来の趣旨と意味について理解してもらうには,裁判員裁判の一般的な広報活動や裁判員に選任された者に対して裁判所がなす事前のレクチャーだけでは足りないことは明白である。
     それらを含めて,学校教育,社会教育の場での「法教育」の必要性が今日ほど増している時代はないといえる。当連合会は,平成13年度に「21世紀を生きる子どもたちのために」と題して速やかに充実した法教育の実施を求める決議をして以来,日弁連ともども「法教育委員会」を立ち上げ活動をしてきており,最近では各地の教育委員会の協力を得て現場の教師と連携しながら学校教育の場で「法教育」の実践を重ねつつある。
     私たちはこのような実践の経験を生かしながら,法教育の中に「裁判員教育」を含めて,取り組みを進める所存である。
     しかし一方でこのような「法教育」「裁判員教育」は,裁判員制度が国の制度として発足した以上,本来国が責任をもって取り組む事柄であるので文部科学省や地方自治体に対し学校教育や社会教育の中に法教育,裁判員教育を積極的に導入するための施策を求めるものである。

     私たちは裁判所,検察庁に対し制度の趣旨を生かした裁判員裁判の実現さらには刑事裁判の改革のために一層の努力を求めるとともに,私たち弁護士会,弁護士としてもそのために全力を尽くすことを決意するものである。

以上

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