「労働と貧困」~今日の働き方と社会保障~
- 近年の経済不況下において,規制緩和・労働力の流動化・国際競争力強化などの大号令の下で,企業は,経費削減のため,正規雇用を大幅に削減するとともに,雇用の調整弁としての非正規雇用への置換えを積極的に進めてきた。特に,「労働者派遣事業法」の度重なる改定は,有料職業紹介業を原則自由化するに至り,企業の人件費の「合理化競争」を後押しする決定的な役割を果たした。その結果,不安定雇用と低賃金労働が蔓延するとともに,貧富の格差の拡大が急激に進行し,「働く貧困層」(ワーキング・プア)や失業者の激増が社会問題化している。
他方で,このような状況下で,昨今,社会保障制度の重要性が認識され始めている。我が国の社会保障制度は,個別企業の内部で一定のセーフティネットが働くことを前提にしている非常に脆弱な制度である。ところが,国際競争力の強化を口実にしたルールなき自由競争の拡大により,個別企業内部のセーフティネットが崩壊し,企業がより簡単に労働者を社外に放り出す事態が拡大する中で,その脆弱性を露呈する結果となった。しかも,唯一のセーフティネットである生活保護でさえも,制度面や内容面の問題に加え,「窓口規制」などの運用面での問題があり,セーフティネットとしての機能を十分に果たしているかは甚だ疑問である。
このような状況は,幸福追求権を定めた憲法13条・法の下の平等を定めた憲法14条・勤労の権利を保障した憲法27条・生存権を定めた憲法25条などの趣旨に照らすと,人権問題として看過できないレベルに達していると言わざるを得ない。
- そのような中で,日本弁護士連合会は,2008年10月3日,富山で開催された第51回人権大会において,「貧困の連鎖を断ち切り,すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」を満場一致で採択した。これは,人権の擁護と社会正義の実現を職責とする弁護士の強制加入団体による意思表明として,「労働問題と生活保護等の生活問題に対する一体的取り組み」の必要性とすべての人の「人間らしく働き生活する権利」の保障に関する宣言がなされたという点で,高く評価されるべきである。
- ところが,この問題をめぐるその後の社会状況は,昨年末の大量の派遣切りやそれに引き続く深刻な雇用不安に象徴されるように,日弁連の人権大会決議の内容が示した方向に動いているとは言い難い。労働者派遣事業法の改正は,政治日程には上っているものの,その内容が抜本的な改正になるか否かは不透明であるし,同一労働・均等待遇の立法化や最低賃金の大幅な引上げなどについては,政治日程にさえ上っていない。社会保障制度の抜本的な改善についても,その方向性が示されていないばかりか,生活保護の母子加算さえも廃止されてしまう始末である。
このように,「労働と貧困」に関する問題をめぐる社会状況は,日弁連の人権大会決議がなされた後も,目まぐるしく動いているのであり,少なくとも定期的に検証されるべきである。
- 以上のような状況下において,関東弁護士会連合会は,我が国の労働法制・社会保障法制の歴史や現行制度の理解の上に立って,特に,日弁連の人権大会決議以降の状況を検証することにより,あるべき法制度などについての提言や弁護士会による相談体制の構築に関する進言を行いたいと考える。そして,関東弁護士会連合会・単位弁護士会・弁護士は,法律専門家団体ないしはその構成員として,かかる取組みに積極的に参画していくことを決意し,ここに決議する。
2009年(平成21年)9月25日
関東弁護士会連合会