大会宣言冒頭で記載したような情勢があり,これらが,人権問題として,弁護士会および弁護士が取り組むべき課題であることは,争いのないところであろう。
そのため,この間,日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)も度々労働と貧困にかかる問題について,時機に応じ,提言,発言を行ってきた。2008年10月3日に富山で開催された第51回人権擁護大会において,日弁連は,「貧困の連鎖を断ち切り,全ての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」を採択し,その中で①労働者派遣法の抜本的改正,②同一労働,同一待遇の立法化,③最低賃金の大幅な引き上げ,④使用者による違法行為の摘発・監督体制の強化,⑤社会保障制度の抜本的改善と職業教育,職業訓練制度の改善,⑥使用者の社会的責任などを提言した。
その後,2008年9月のリーマン・ショックの影響を受け,大量の派遣切り,非正規切りが行われ,2008年年末から年始および2009年年末から年始にかけて,2年にわたり,首都東京に派遣村が出現する事態が生じた。この情勢の動きは,日弁連の前記決議が適切であり,その実施が必要であることを実証することになった。
そこで,関東弁護士会連合会は,2010年度のシンポジウムを「労働と貧困」をテーマとして開催するとともに,大会宣言各項目の問題について提言するものである。
第1 労働分野について
- 労働者派遣法の改正について
労働者派遣は,労働者派遣法の数次の改正によって原則自由化され,いまやあらゆる産業において広範に活用されている。労働者派遣のうち,短期間の派遣や登録型派遣は,特に雇用が不安定であり,ここにワーキングプアの問題が集中して生じている。派遣労働者保護の観点から,労働者派遣法の改正は急務である。2010年4月6日,国会に提出された労働者派遣法改正法案は,①登録型派遣の禁止,②製造業派遣の禁止,③均等待遇の規定などの点で不十分であるとともに,④違法派遣が行われた場合のみなし雇用規定の適用範囲が限られている,⑤派遣労働者の派遣先との団体交渉が保障されてないなどの問題がある。これらの点をさらに改善した上で,労働者派遣法の抜本的な改正を実現する必要がある。
- 有期雇用について
有期雇用は不安定な雇用形態であり,低賃金や劣悪な労働条件につながりやすい。有期雇用は,あくまでも例外的な雇用形態として扱われるべきである。合理的な理由がなければ,そもそも有期雇用契約を締結することは認められないこと(入り口規制),契約の更新回数および更新可能期間に上限を設け,それを超過した場合には期間の定めのない雇用とみなすこと(出口規制)を法定する必要がある。
- 均等待遇について
正規労働者と非正規労働者との間には,職務内容や責任の差違からだけでは説明のつかない賃金格差が存在する。このような格差は,社会的差別とでもいうべきものであり,憲法第14条が定める平等原則並びにILO100号条約および国際人権規約社会権規約第7条が定める同一価値労働同一賃金の原則に照らし,看過できない。短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム労働法)や労働契約法に均衡待遇の努力義務が法定されているが,さらにこれを推し進め,非正規雇用労働者を含むすべての労働者を対象として,同一価値労働同一賃金原則を具体的に法定する必要がある。
- 最低賃金制度について
我が国の最低賃金の水準は,生活保護基準を下回り,労働者の家庭生活に不可欠な需要すら充足しない。他の先進国と比較しても低水準にとどまる。最低賃金は,①労働者の生計費に加え,②労働者の賃金,③事業主の賃金支払い能力をその考慮要素に加えて決定されているが,ILO条約および勧告に従えば,③事業主の賃金支払い能力は考慮されるべきではない。また,我が国では,地域別に最低賃金が設定されているが,最低生活の保障という機能に照らし,むしろ全国一律で設定する必要がある。
- 就労支援・再就職支援のための職業教育訓練制度について
就労支援・再就職支援のための職業教育訓練は,産業構造の変化に対応して,労働者が成長産業へ移動することを円滑化・促進するものであり,我が国経済全体の観点からも,従来に増して重要といえる。そもそも職業教育訓練は,憲法第27条に定める勤労の権利,および同第26条に定める教育を受ける権利の具体的内容としての側面を有するものである。非正規労働者については,一般に企業による職業教育訓練を期待できないから,国および地方自治体がその責任を持って,これを実施する必要がある。具体的には,OJT型職業訓練の拡充,技能評価制度の整備が必要である。また,有給教育訓練休暇制度の導入も検討されるべきである。
- 労働行政について
労働局や労働基準監督署における相談,助言・指導,あっせん,および法令違反通告の件数は,いずれも増加している。裁判所における個別労働紛争事件も増加中である。法令違反行為には断固とした対応が必要であり,労働基準監督署が十分な監督機能を発揮するよう,適切な人員・予算の配置を行うべきである。また,行政レベルでの個別労使解決機能を一層充実させることが必要であり,そのために,労働者に対する情報提供の充実や,行政機関相互の連携を図るべきである。
- 集団的労使関係について
我が国の労働組合法制は,労使間に契約交渉力の差違があることを前提に,労働者の交渉力を使用者と対等のものとすべく,団体交渉による労働条件の決定と団体交渉の助成を定めている。しかし,労働組合の組織率は低下し続け,特に非正規労働者の組織化はほとんど進んでいない。我が国で主流の企業別組合は,正社員中心の労働組合であり,事実上,非正規労働者を排除することによって,自らの既得権を維持しているとすら評価できる。よって,非正規労働者の労働基本権保障の観点から,労働組合法を改正し,組合員資格に対する規制,個別労働契約の内容に着目して対象範囲を定めるユニオン・ショップ協定に対する規制,労働協約の非組合員への効力拡張,並びに過半数労働組合の非組合員に対する説明義務および配慮義務を法定する必要がある。また,労働基準法における過半数代表制について,非正規労働者の意見が反映されるように,民主主義的手続の徹底を法定することも必要である。
第2 社会保障分野について
- 生活保護制度について
現状で唯一のセーフティネットである生活保護において,福祉事務所の人員不足,地方自治体の財源不足により,違法な受給抑制が生じている。また,社会保障費の抑制が行われ,給付が切り下げられる事態が生じているが,最低生活保障である生活保護は,財政事情に左右されるべきではなく,むしろ適切な引き上げが行われなければならない。一方制度が硬直化し,自立を阻害する制度になってしまっている。家や車を持ったまま受給できる範囲が広がれば,就労先が見つかった際に自立に結びつきやすい。大学進学を断念する必要がなければ卒業後の自立が容易になるなどである。
- 雇用保険制度について
雇用保険の加入要件には,雇用見込み期間や就労時間の制限があり,非正規労働者の少なくない者について未加入が容認される制度になっている。また,失業給付の給付水準が低く,もともと給与が低い非正規労働者については,失業期間中の生活保障にならないものになってしまっている。失業者が再び就労生活に復帰できるようにするため,財源をフルに活用して,受給資格制限の緩和,支給額の増加,支給期間の延長を行うべきである。将来的には,失業者の拠出を前提としない失業給付制度も視野に入れ,低利貸付制度等とともに漏れのない所得保障制度を構築していくべきである。
- 高齢者の貧困に関する提言について
年金額の不足と就労機会の確保困難という問題がある。双方の側面からの対策が必要である。
- 障害者の貧困に関する提言について
障害者自立支援法による「応益負担」の導入により,戦後,数十年の障害者の分野での「健康で文化的な最低限度の生活保障」に関する蓄積が掘り崩された。障害者自立支援法を廃止し,応益負担をなくすとともに,就労支援を強化し,所得保障を充実させなければならない。
- 子どもの貧困に関する提言について
貧困世帯では収入が低いため,現在行われている所得控除では,ほとんど恩恵を受けることが出来ず,税額そのものの控除を行う税額控除(タックス・クレジット)制度の導入など所得再分配による逆転現象の解消に向けた措置が必要である。また,貧困世帯ではなくても,教育費にかかる支出は膨らんでおり,所得により受けられる教育に格差が生じる実態は,貧困・格差の世代間での固定化を生んでいる。これを改善するためには,教育にかかる費用そのものを無償化し,奨学金制度を充実させ,家計に余力のない家庭の子どもでも高等教育を受けられることを保障する必要がある。将来,社会を支えることになる子どもへの教育の保障は,個々人の責任に解消することなく,社会全体で責任を持つべき事である。保育所,学童保育の不足は,現に就労しながら子どもを育てる世帯への大きな足かせとなっており,その充実は急務である。
- 外国人の貧困に関する提言について
外国人に関しては,社会保障制度の受給について権利性を認められておらず,その要件が極めて厳しい。よって,受給要件を見直すとともに,権利性を明確に付与するべきである。
第3 弁護士および弁護士会が果たすべき役割について
弁護士,弁護士会は,この間,労働と貧困の問題に対する関わりを強化し,個々の事件での取り組みも広がり,各地で相談会を実施し,シンポジウムを開催して市民に働きかけを行い,生活保護での同行支援など新たな取り組みも実践するなどしてきた。
しかし,なお,地域間,弁護士会間で取り組みに差違があり,取り組みを全体に強化していかなければならない。
基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士,弁護士会が,この活動に対する取り組みを引き続き行い,強化することを宣言すべきである。
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