関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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平成23年度 宣言1

これからの法教育に向けた宣言~普及に向けた戦略的取り組み~

 関東弁護士会連合会は,2002年9月に開催された定期大会において「子どものための法教育」に関する宣言(以下「2002年宣言」という。)を採択した。
 「2002年宣言」は,「法教育」を,「法律専門家ではない人々を対象に,法とは何か,法がどのように作られるか,法がどのように用いられるのかについて,その知識の習得にとどまらず,それらの基礎にある原理や価値,例えば,自由,責任,人権,権威,権力,平等,公正,正義などを教えるとともに,その知識等を応用し適用して使いこなす具体的な技能と,更にそれを踏まえて主体的に行動しようとする意欲と態度について併せ学習し身につけてもらう教育」と定義した。そして,子どもたちに対して成長過程に応じた内容の法教育を実施することの重要性を指摘し,広く国民に対して,子どもに対する法教育の必要性と重要性を訴えるとともに,子どもたちのための法教育を我が国に普及させることを誓うものであった。
 この「2002年宣言」を受け,教育現場や法律実務家らによって法教育に関する多くの取り組みがなされてきた。
 法律実務家や政府の活動も,従来の「司法教育」から「法教育」へと名を変え,その内容も,単なる知識の習得に留まらず,それを応用して使いこなす技能等の習得が重視されるようになった。また,日本弁護士連合会や各地の弁護士会,弁護士会連合会に法教育を専門に扱う委員会が次々に設置され,様々な研究活動や実践活動が精力的になされるようになり,政府にも法教育推進協議会が設置され,さらには新学習指導要領にも法教育的要素が一部取り入れられるようになった。
 また,教育現場でも,法教育に関心を持つ一部の教員らが,積極的に法律実務家や研究者とも連携して,教材開発や授業実践をおこなってきた。
 しかし,残念ながら,現在においても,多くの教員は法教育の意義や内容について法制度の知識の習得ととらえるなど,2002年宣言で我々が目標とした「法教育」の理念が広く浸透しているとまでは言い難い状況にある。
 これまで以上に広く「法教育」を普及させていくためには,これまでの努力の成果の上にさらなる活動を重ねていく必要があるとともに,そういった様々な活動を有機的に結合させて実施していく必要がある

 そこで,学校教育において「法教育」を広く普及させるべく,当連合会は,日本弁護士連合会,各弁護士会連合会,各弁護士会,文部科学省,各大学,教育委員会等関係諸機関に対し以下の内容を実施していくことを求めるとともに,当連合会も全力を挙げてその実現に取り組む。

  1. 法教育の内実の明確化・評価方法の確立
     法教育を広めていくためにはその担い手である教員・弁護士らに対し,法教育として何を教えるべきかを明示する必要がある。また,評価基準の策定も不可欠である。そこで,法教育のエッセンスと指針を明らかにした法教育の要綱及びその評価基準を作成し,明示すること。
  2. 優良な授業案・プログラムの作成
     法教育を広めていくためには法教育の理念に沿った優良な授業案・プログラムの作成が必要である。そして,そのためには弁護士と教員・教育研究者との密な連携が不可欠である。
     こうした連携のため,各地において法教育研究会の立ち上げ等関係者が協力して研究・実践を行うことのできる態勢作りを行うこと。
  3. 教員養成課程等における法教育
     学校教育で適切に法教育を行うために,その担い手となる教員が法教育的素養を身につける必要がある。そのために,教員養成の課程において法教育に関する講義,演習を行うこと,また教員免許更新講習又は各種研修会での研修等において法教育に関する内容を加えること。
  4. 法教育に関する広報
     法教育を学校教育の中で普及させていくためには保護者を含めた市民の法教育への理解が不可欠である。そのために法教育の理念,内容について広く広報していくこと。
  5. 普及のための組織づくり(法教育センター)
     法教育を広く普及させるためには上記各施策を組織的にも人材的にも継続的一貫性を持って実施していくための組織が必要である。
     当連合会は,日本弁護士連合会,各弁護士会連合会に対しこうした組織を設置することを求めるとともに,当連合会も組織設置の実現に向けて全力を挙げて取り組む。

2011年(平成23年)9月30日
関東弁護士会連合会

提案理由

  1.  当連合会は,2002年の「子どものための法教育」に関する定期大会宣言において,「法教育」を「法律専門家ではない人々を対象に,法とは何か,法がどのように作られるか,法がどのように用いられるのかについて,その知識の習得にとどまらず,それらの基礎にある原理や価値,例えば,自由,責任,人権,権威,権力,平等,公正,正義などを教えるとともに,その知識等を応用し適用して使いこなす具体的な技能と,さらにそれを踏まえて主体的に行動しようとする意欲と態度について併せ学習し身につけてもらう教育」と定義した。「法教育」は,それまでの法に関する同種の教育(憲法教育,司法教育,消費者教育等)と比べると,法に関する知識のほかに法の基礎にある原理や価値,具体的な技能等に重きをおく点に特徴がある。
  2.  法教育は,個人が尊重される自由で公正な社会の実現を目指すものである。日本国憲法は,基本的人権の尊重を掲げ,個人の尊重,生命・自由・幸福追求の権利を尊重することを謳い(憲法第11条,13条等),国民主権を宣言している(憲法前文,第1条)。言い換えるならば,憲法は個人が尊重される自由で公正な社会の実現を目指しているといえる。
     しかし,このような社会は,条文に謳われるだけで達成されるものではない。私たちの生活する現実の社会を憲法の目指す社会となるように維持発展させていくためには,何よりも,この社会の担い手が国民であることを国民自らが自覚しなければならない。そして,国民一人ひとりが,憲法の理想とする社会が個人を尊重する自由で公正な民主主義社会であることを理解し,そのために必要な法的知識を持ち,民主主義のプロセスに関与できる技能を備え,さらに,社会の維持改善のために積極的に貢献する意欲や態度を有する必要がある。このような知識,技能,意欲や態度は,生まれながら備わっているものではなく,これらを身につけるためには教育が不可欠である。また,「法教育」はこれらの趣旨に加え,一人ひとりの個人にとっても法化社会が進行する現代社会において自己を実現していくために不可欠である。このような観点から,当連合会は,法教育を自由で公正な民主主義社会の維持発展及び自己実現のためのものと位置づけ,その内容を「法の基礎にある考え方を理解し,社会に生起する多様で具体的な問題を主体的に公正かつ妥当に解決していくための知識,技能,意欲を持った理想的市民の育成」にあると考えた。
  3.  かような法教育の対象となるのは,国民全員であることはいうまでもないが,とりわけ,子どもに対する法教育は,明日の社会を担う次世代を育成するという観点から,また,子どもにとっての学習する権利及び子どもの権利条約の諸規定に鑑みても重要性が高い。このように,我々は,大人の責務としてすべての子どもが法教育を受けることができるよう努めなければならない。子どもにとっては,幼い頃における法や社会に関する原体験がその後の法意識にきわめて大きな意味を持つことから,可能であれば就学前の段階から小中高等学校段階まで,継続的かつ段階的に法教育がなされることが望ましい。その際,学校生活等を通じて,子ども自身が,社会や法の基礎にある原理や価値,例えば,自由,責任,人権,権威,権力,平等,公正,正義などを体験的に理解できるように配慮されなければならない。また,子どもに対する法教育は,単に知識として与えられるだけではなく,可能なかぎり,学校生活及び地域社会の場等において,子ども自身が,自由で公正な民主主義社会の担い手であることを実感できる体験が与えられるよう配慮されなければならない。
  4.  当連合会は,子どもにとっての法教育の重要性から学校教育への法教育の導入が不可欠であると考え,前記2002年度の大会宣言及び2004年度の大会特別決議において学校教育への法教育の導入を訴えた。そして,これらを契機として,各方面において法教育についての取り組みがなされた。
     たとえば,弁護士の法教育に関する取り組みについては,日本弁護士連合会が,2003年6月に「市民のための法教育委員会」を設置して法教育の全国的な普及に向けて取り組みを始め,それに続き,各弁護士会連合会,各弁護士会においても法教育を担う委員会等が設置され,様々な活動がなされるようになった。
     また,法務省においては,法教育推進協議会が設置され,文部科学省においては,学習指導要領の改訂の際に,法に関する学習が取り入れられ,学会等においても法教育に関する研究発表等がなされるようになり,教育現場においても法教育に関心を持つ一部の教員らが積極的に法律実務家や研究者と連携しながら,教材開発や授業実践を行うなど法教育に関する取り組みが見られるようになった。
  5.  しかしながら,学校教育現場を見た場合,法教育の実践は一部の熱心な教員による取り組みがほとんどであり一般の教員にまでは法教育は十分に知れ渡っておらず,一般の教員による実践はあまりみられない状況にある。また,現実に行われている法教育も,法制度の知識の習得や模擬裁判等の体験型のものに偏る傾向が見受けられる。現状は,前述した「法教育」のうち,法の基礎にある原理や価値,その知識等を応用し適用して使いこなす具体的な技能,意欲や態度という点からみると十分とはいえない状況にある。
     当連合会が目指すべき「法教育」が現時点において広く普及していないのは,以下に述べるとおり,いくつかの原因によると考えられる。
     まず,弁護士側についてみると,目指すべき法教育の目的,意義,内容について,具体的にかつ明確にわかりやすく,かつ広く教員側に伝えることができなかったことがあげられる。次に,当連合会のこれまでの法教育への取り組みの歴史を振り返ると,法教育の普及の足がかりを築き,いくつかの授業実践などには取り組んだとは評価できるものの,法教育の研究,教材開発,普及のための研修,広報などについて統一的,長期的,継続的に推進する戦略及びそれを専門的に遂行する組織を持つことができず法教育を強力に推進する力とはなり得なかったことが原因としてあげられる。
     また,教員側についてみると,教員にとって法に関する事柄は専門外であり苦手な意識を持ちやすく,自信を持って授業をしにくい面があること,教員にとっては法教育に関する各種情報を入手することも困難であること,法教育の授業のための準備時間の確保が困難であること,さらに,それらを補うための支援体制が欠如していたことなどが原因としてあげられる。
  6.  すべての子どもに法教育を実施するには,学校教育において法教育が行われなければならず,それは教員によって行われなければならない。法の専門家ではない教員が自信を持って充実した法教育の授業を行うには,教員への支援が不可欠である。そのためには,法の専門家である弁護士が教員,教育研究者と連携し教員を支援していく必要がある。近年,弁護士と教員との間に様々な連携がなされてきてはいるものの,それらは未だごく一部にとどまり,全国的に見ると,十分な連携がなされているとは言いがたい。このような教員への支援,教員との連携の不足も法教育普及の妨げとなる。
     先に述べたとおり,学習指導要領の改定に伴い,法に関する学習が学校教育に導入されたことにより,今後,教育現場から弁護士会に対し法教育に関する支援等の要望がなされることは確実である。当連合会は,このような機会を,当連合会の目指す法教育の普及の契機とすべく最大限の努力をしなければならない。
  7.  法教育の重要性に鑑みると,弁護士も個人を尊重する自由で公正な民主主義社会の一員としてそのような社会の維持発展のために法教育を担う責務がある。特に弁護士は,基本的人権の擁護と社会正義の実現をその使命としており,法教育の目指すところはこのような使命とも直結しているといえる。加えて,法教育は,法及びそれを担う弁護士にとって職業的な基盤という観点からも重要である。そもそも,弁護士という職業は,権力を持つものではないことから,国民からの信頼なくしては,基本的人権の擁護も社会正義の実現も困難となる。弁護士が基本的人権の擁護と社会正義の実現という職責と使命を果たしていくためには,弁護士及び弁護士の職務ひいては法に対する国民の理解と信頼を得ることが必要不可欠である。我々は,法教育が我々の職業の基盤としても必要不可欠であることを強く自覚しなければならず,そのためにさらに法教育の普及に尽力しなければならない。
  8.  今後,広く「法教育」を普及させていくためには,先に述べたいくつかの原因への対策を講じ,様々な活動を有機的に結合させて実施していく必要がある。
     そこで,学校教育において「法教育」を広く普及させるべく,当連合会は日本弁護士連合会,各弁護士会連合会,各弁護士会,文部科学省,各大学,教育委員会等関係諸機関に対し,以下の施策を実施していくことを求めるとともに,当連合会もその実現に向けて全力を挙げて取り組む決意である。
    (1) 法教育の内実の明確化・評価方法の確立
     現状では,法教育の意義,目的等が,法教育を行うべき教員や法律実務家すべてに広く認識・理解されているとは言い難い。これは,法教育の定義づけが抽象的で理解しづらく,また,具体的にどのような内容の教育を行うのかが明確でなく,その中身をイメージしづらかったことにも原因があると考えられる。また,法教育の教材,授業案,プログラム等を開発,作成,改善するうえでも,法教育において何を教えるべきか,その要素を明らかにすることが不可欠である。さらに,学校現場における普及を進めるには法教育の評価基準を作成することも重要である。そこで,法教育のエッセンスと指針を明らかにした法教育の指導要綱やその評価基準を作成し,明示していくことが求められる。そこで,当連合会は,日本弁護士連合会,各弁護士会連合会に対し,そのための施策を講じるよう求めるとともに,当連合会はこのための施策の実現に向けて取り組む。
    (2) 優良な授業案・プログラムの作成
     我が国においては,これまでも,教員や法律実務家等によって法教育の教材や授業案が作成されてきたが,学校において法教育が広く実践されるためには,教員が容易に法教育の授業を実践でき,かつ教育効果の高い教材等が開発される必要がある。
     また,法教育が効果的に行われるためには,子どもの年齢,発達段階等に適合した体系的で網羅的なプログラム・授業案を数多く作る必要がある。かかる体系的かつ網羅的な法教育プログラムの開発は,子どもの発達段階を把握している教員の関与なしにはなしえない。そのために,教員,教育研究者と法律実務家が連携して取り組むことが重要であり,連携のため,各地において,法教育研究会の立ち上げ等,関係者が協力して研究・実践を行うことのできる態勢作りを行うべきである。当連合会は,日本弁護士連合会,各弁護士会連合会,各弁護士会に対し,このような態勢を確立し,優良な授業案,プログラムの作成の実現を求めるとともに,当連合会はこの施策の実現に向けて取り組む。
    (3) 教員養成課程等における法教育
     我が国の大学における教員養成課程では,教員を目指す学生に対し,広く法教育に関する講義や演習等が提供されているわけではない。しかし,法教育は,自律的主体的に生きる力を養成し,法をそのためのものであることを理解し,活用するとともに,法の支配の理念に根ざした自由で公正な民主主義社会を実現する人の育成を目指すものであって,すべての教育の根幹を成すものである。したがって,教員が法教育の意義や理念を理解することは極めて重要であり,必須であるといえる。そこで,文部科学省及び各大学に対し,教員養成課程において,法教育について学ぶ講義や演習を設け,これを必修とすべく施策を講じるよう求める。
     また,教員となった後についても,教員免許更新講習において法教育に関する講習を行い,教員が法教育の重要性と実践方法等を理解する機会を設ける必要がある。そのため文部科学省は施策を講じるよう求める。
     なお,教員が比較的時間の取りやすい夏休み等に,教育委員会や各都道府県にある社会科研究会等が法教育の研修会を開催することによって,教員に法教育の重要性と実践方法等の理解を深めることが有効である。そのため各教育委員会は,そのような研修会の開催及び教員の研修会への出席の措置を講じるよう求める。
    (4) 法教育に関する広報
     社会が健全に機能するためには,市民や子どもたちが法や社会における法の役割,弁護士を含む法律実務家が果たす役割について正しく理解することが必要である。法は,とかく難しいもの,自分自身とは関係性の薄いものと捉えられがちであるので,法に対するこのようなイメージを払拭し,法を身近なものと考えてもらえるようにしなければならない。学校において法教育を普及していくためには,保護者や地域社会の理解と支援が不可欠であり,そのため,これらの人々に対し法教育の意義や内容を理解してもらうための広報活動が必要である。今後は,弁護士会が主体となって,例えば,劇やコント,漫画やアニメなど親しみ易い形態で,市民とって法が生活に根ざした身近なものであることを具体的かつわかりやすく情報発信していくことが求められる。そこで,当連合会はもとより,日本弁護士連合会,各弁護士会連合会,各弁護士会に対し,このような広報の推進に向けた取り組みを求めるとともに,当連合会はこのための施策の推進に取り組む。
    (5) 法教育普及のための組織づくり(法教育センター)
     各都道府県の弁護士会に設置された委員会では,人員的にも組織的にも継続的一貫性をもって法教育を広く実施していくことには限界があり,法教育プログラムの研究開発及び法に関する情報を発信し,法教育に携わる教員や弁護士等に必要な支援を提供するなど,継続的かつ効果的に法教育を推進していくための機関(法教育センター)を設置することが求められている。
     そこで,日弁連,各弁護士会連合会に対しこうした組織を設置するよう求めるとともに,これまで我が国での法教育の普及に先駆的・中心的役割を担ってきた当連合会は,かかる組織設置の実現に向けて全力を挙げて取り組む決意である。


 法教育の意義及び重要性に鑑み,当連合会は,関係諸機関に対し,以上のような施策を講ずることを強く求めるとともに,法教育の推進が当連合会にとっての責務であることを深く自覚し,法教育の普及のためいっそう尽力することを固く誓うものである。

 よって,本提案をするものである。

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