関東弁護士会連合会は,1989年度定期大会において,「外国人の就労と人権」に関する宣言(以下「1989年宣言」という。)を採択した。
「1989年宣言」は,日本で就労する外国人,とりわけ適法な就労資格を持たずに稼働している外国人の多くが,劣悪な生活環境,労働条件の下で,重大かつ深刻な人権侵害を受けながら,有効な救済が得られずに放置され,あるいは,被害が回復されないまま国外に退去強制させられるなどの憂慮すべき実情下におかれていることを検証し,これら外国人労働者の人権を擁護するため,人権救済制度の確立とそのための法制度の検討等の諸活動を展開することを決意するものであった。
この「1989年宣言」を受け,当連合会では,外国人の人権救済委員会を中心として,法務省入国管理局との協議,東日本入国管理センター出張相談制度の運営,国際交流協会等との懇談会の開催など,外国人の人権救済に向けて積極的な取り組みを行ってきた。
ところで,1989年には,出入国管理及び難民認定法に「研修」や「定住者」の在留資格が創設されるなど重要な改正がなされ,日系人を含む外国人が多数来日することとなった。1990年の全国の登録外国人数は約98万人(うち約68万人が「韓国・朝鮮」籍)であったところ,その後は中国・台湾や南米からの来日が増加の一途を辿り,2008年末には全国の登録外国人数は約222万人,国籍別でも「中国・台湾」が約66万人を,ブラジルが約31万人を,それぞれ占めるに至った。いわゆるリーマンショックを経た2011年末時点でも,全国の登録外国人数はなお約208万人と,依然高水準を維持しており,当連合会管内の11都県在住者は約107万人と,実に過半数に達している。
この20年余の在日外国人数の急増や多国籍化により,当初は想定されていなかった新たな問題が次々と生じ,外国人は様々な困難に直面している。
第1に入管分野では,2004年より国策として行われた非正規滞在者の半減計画に基づき,入国管理局への長期収容や複数回の収容が行われている。被収容者らは外部から遮断され拘禁反応に苦しみながら,満足な医療すら受けられていない。またようやく仮放免許可を得て釈放されても就労は禁止され,経済的困難に陥る者も多い。このような,人間の生存にかかわる深刻な問題は,直ちに解決されるべきである。また2012年7月に施行された改正入管法の運用について,外国人の権利が後退することのないよう注視が必要である。
第2に労働分野では,外国人労働者に対する人権侵害及び労働諸法令違反などの問題が深刻化している。とりわけ,研修・技能実習生は,人材育成を通じた開発途上国への技術移転という制度の名目に反し,チープ・レイバー(cheap labor,安価な労働力)として使われ,奴隷的拘束の下で,残業時給300円といった最低賃金を著しく下回る賃金で長時間労働をさせられるといった事件が多発している。また,南米日系人が派遣,偽装請負等の不安定な雇用形態で就労し,労災事故の多発,社会保険未加入,長時間残業など,劣悪な就労条件を余儀なくされており,リーマンショックや震災後には解雇,雇止めによる失業に追い込まれている。更に,ALT(Assistant Language Teacher,外国語指導助手)の多くが,非常勤職員,業務委託,労働者派遣等の極めて不安定な形で雇用され,チープ・レイバーとして使われている。
第3に家事分野では,在日外国人数の増加に伴い,外国人同士の結婚,日本人と外国人の結婚の件数が増加する一方,離婚の件数も増加している。その場合に,準拠法,手続等が問題になることがあり,そのことが渉外家事事件の経験のない弁護士が支援を躊躇する原因の一つとなっている。
また,在日外国人数の増加に伴い,外国籍の子どもたちの人数も増加している。外国籍の子どもたちの中には,外国人学校が通学できる地域にない,または通学するための授業料が払えないために日本の公立学校に通学せざるをえないが,「日本語が分からない」等の理由により学校に行かない子どもが増えている。
第4に外国人差別問題の分野では,昨今,排外主義的主張を標榜する団体による外国人に対する差別・迫害事件が多発しており,2009年12月に京都朝鮮第一初級学校に対して民族差別的街宣行動を行った団体のメンバーが,威力業務妨害等で逮捕・起訴され,2010年8月に有罪判決を受けるに至るという,目に余る事件も起こっているが,例えば「ゴキブリ○○人は日本から出て行け」とか「○○人を保健所で処分しろ,犬の方が賢い」といったヘイトスピーチ(hate speech,憎悪表現)に対しての対処の困難さが指摘されている。
第5に,外国人は日本の法制度等を知らないことが多いため,弁護士による支援の必要性は高いにもかかわらず,「日本語が話せない」「どこに相談に行っていいのか分からない」「費用が払えない」等の理由により弁護士にアクセスすることが困難となっている状況がある。
このような外国人が直面している困難を克服するためには,これまでの当連合会が積み重ねてきた成果の上にさらなる活動を重ねていく必要がある。そこで,当連合会は,日本弁護士連合会,各弁護士会連合会,各弁護士会,法務省,厚生労働省,文部科学省等の関係諸機関に対し,以下の内容を実施していくことを求めるとともに,当連合会も全力を挙げてその実現に取り組む。
2012年(平成24年)9月21日
関東弁護士会連合会
(1) 入管施設の改善,非正規滞在者の権利擁護の取り組み
出入国管理行政は人身の自由に対する重大な人権侵害を伴う分野であることを改めて確認し,手続に弁護士が実効的に関わることによって各種問題の解決に努める。正規滞在者に対してはその地位の確保に向けた活動をする。非正規滞在者に対しては早期の受任によって収容を回避し,やむを得ず収容された場合にも仮放免手続による早期の釈放に努める。難民認定申請を含む入管分野における弁護士のスキルアップを図るとともに,将来的には全国の入管施設における法律相談制度の充実や,空港等における入管当番弁護士制度の導入を視野に入れ,特に軽視されがちな非正規滞在者をはじめとする外国人の権利擁護に努める。
(2) 外国人労働者の権利擁護の取り組み
外国人研修・技能実習生,南米日系人,ALT等の外国人労働者は,多くの場合,チープ・レイバーとして位置づけられ,人権侵害及び労働諸法令違反が常態化していることを深刻に受け止め,弁護士が各個別事案における救済に取り組むとともに,制度的な改革についても積極的に取り組む。外国人労働分野における弁護士のスキルアップを図るとともに,電話法律相談会の実施などを通じて,外国人労働者の権利擁護に取り組む。
(3) 渉外家事事件の外国人当事者の権利擁護の取り組み
渉外家事事件において,どの国の法律が適用されるのか,また,いかなる手続が要求されるのか等について,情報交換のためのネットワークの構築,勉強会等を実施することにより,渉外家事事件の受任の経験のない弁護士でも躊躇することなく受任できるようにし,受任した弁護士が,準拠法,手続等の調査に労力を費やすことなく円滑に業務が遂行できるようにすることで,渉外家事事件の当事者となる外国人の権利擁護に努める。
(4) 多文化・多民族共生社会の構築への取り組み
多文化・多民族共生社会の構築のために,日本語指導の充実,就学への対策によって,外国籍の子どもの教育を受ける権利が実質的に保障されるように努める。そして,外国籍の子どもが民族的アイデンティティを確立できるようにするために,外国人学校にも日本の学校と同様の財政的支援がなされ,また,卒業資格が認められる等によって,人格形成期において,母国の言語・歴史・文化等を学習する機会が保障されるように努める。
(5) ヘイトスピーチ規制への取り組み
ヘイトスピーチは,マイノリティの尊厳を損なうものであり,被差別当事者に与える影響は甚大であって,事後的な救済手段によって完全な被害回復を実現することは困難である。また,ヘイトスピーチが蔓延することで,人種主義と人種差別が社会を蝕み,社会全体の多様性が損なわれる危険性もある。そこで,ヘイトスピーチを含む人種差別的・排外主義的加害行為を,一定の限度で事前に規制しうる法制度の構築が強く望まれる。
このヘイトスピーチ規制は,憲法で保障されている表現の自由を規制するものであるため,我が国の憲法学者はその規制には消極的であった。しかしながら,諸外国ではヘイトスピーチに対する刑事処罰が現実化している。イギリスやカナダではヘイトスピーチに対する刑事処罰を含む法規制が現実に行われているし,ドイツにおいても集団に対する侮辱的表現について刑法上の処罰が行われている。これらの諸外国においては表現の自由の保障とバランスをとりつつヘイトスピーチ規制をしているのである。我が国においてもヘイトスピーチ規制の調査研究を早急に開始すべき時期にきていると思われる。
(6) リーガルアクセスの充実に向けての取り組み
外国人が弁護士にアクセスすることが困難となっている状況を解消するために,各弁護士会の外国人の権利擁護のための委員会や部会は,通訳人を準備した無料法律相談の実施とその広報,外国人の事件を取り扱う弁護士の名簿の作成とその配布,自治体及び国際交流協会等との連携に努める。
また,入管施設に収容された外国人や,空港等において上陸不許可となった外国人の相談を受けるための制度の構築・充実に向けて努める。
そして,これまでは,各弁護士会の外国人の権利擁護のための委員会や部会が会合をもつことはなかったが,今後は,外国人が弁護士にアクセスすることが困難となっている状況を解消するための検討,情報交換等をする会合をもつようにする。