関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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平成25年 意見書

被収容者・外国人のチャーター機を使用した一斉強制送還の実施に反対する意見書

  1. 意見の趣旨
     関東弁護士会連合会は,被収容者・外国人の個別事情を実質的に考慮しない法務省入国管理局によるチャーター機を使用した一斉強制送還の実施に反対する。
  2. 意見の理由
    • (1)チャーター機による強制送還の実施
       法務省入国管理局は,平成25年7月6日にフィリピン国籍者75名を,12月8日にタイ国籍者46名をチャーター機によって一斉強制送還した(平成25年7月9日及び同年12月10日の法務大臣閣議後記者会見の概要より)。
       法務省入国管理局の今年度予算にはチャーター機による送還費用が計上され,この度フィリピン及びタイへのチャーター機による強制送還が実施された。このような送還方法を採用した理由は送還の経費節減及び安全確保のためとの報道がなされている。
       しかし,以下のとおり退去強制令書を発付されている被収容者・外国人の中には,日本人や永住者の配偶者,長期に日本に滞在していることで生活基盤が日本にしかない者など,国際人権規約,人道上の理由等から在留特別許可により在留を認めるべき被収容者・外国人が含まれているうえ,憲法上の権利が実質的に奪われる被収容者・外国人も含まれている以上,このような被収容者・外国人の個別事情を考慮せずに一斉に強制送還することは決して許されるべきものではない。
    • (2)家族の分離を招くこと
       フィリピンへの強制送還時には,法務省入国管理局は,家族の存在等に配慮したと発表していたが,実際には長期にわたる事実婚を考慮せず,また子どもの存在を考慮せずに送還された者もいたうえ(平成25年7月9日の法務大臣閣議後記者会見の概要より),今般のタイへの強制送還時には,日本人の配偶者も含まれていたとのことである(平成25年12月10日の法務大臣閣議後記者会見の概要より)。
       ところで,経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)10条1項は,「できる限り広範な保護及び援助が,社会の自然かつ基礎的な単位である家族に対し,特に,家族の形成のために並びに扶養児童の養育及び教育について責任を有する間に,与えられるべきである」と規定し,人権保障が家族の保護にまで及ばなければ十分とは言えないことを宣言している。また,市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)23条1項も,「家族は,社会の自然かつ基礎的な単位であり,社会及び国による保護を受ける権利を有する」と規定する。
       しかし,日本人や永住者の配偶者等に対する送還が実施されてしまえば訴訟で争う途は実質的に閉ざされ,家族は離ればなれの生活を余儀なくされてしまうのであり,家族としての単位が破壊され,取り返しがつかない事態となってしまう可能性がある以上,強制送還の実施はこれら国際人権規約に違反するおそれがある。
       また,児童の権利に関する条約9条1項は,「締約国は,児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。ただし,権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は,この限りでない。このような決定は,父母が児童を虐待し若しくは放置する場合又は父母が別居しており児童の居住地を決定しなければならない場合のような特定の場合において必要となることがある。」と規定している。政府は,同条項につき解釈宣言を行い,出入国管理行政を同条約の埒外に置くが,国連子どもの権利委員会は,そのような解釈宣言に対して総括所見において繰り返し懸念を表明し,日本弁護士連合会もこのような政府の姿勢を批判し無条件の批准を求めている。
       そして,送還に伴う子どもへの精神的影響は計り知れない以上,子どもが存在する家族の送還に関しては,「児童の最善の利益」を慎重に検討すべきである。
       また,法律婚のみならず,価値観の変化によって事実婚が増加している社会的事実を尊重し,成長過程にあり影響を受けやすい子どもにとっての最善の利益が何かについて,十分かつ慎重な検討を行う必要がある。
    • (3)裁判を受ける権利を実質的に奪う結果となること
      • ア   フィリピンへの強制送還の対象となった者の中には弁護士が代理人として仮放免許可申請を行ったものの申請から数日で不許可となり,送還後に代理人の元に仮放免不許可決定が届いたケースもある。
         東日本入国管理センターは仮放免許可申請に対する決定を数ヶ月後に出すことが多かったにもかかわらず,フィリピンへの強制送還に関しては数日で不許可の判断を行ったケースもあり,その判断及び運用はチャーター機による強制送還ありきの恣意的なものと評価せざるをえず,極めて不当である。しかも,送還後に通知が届いては当該決定に対する訴訟も実質的に意味をなさない。
      • イ   また,退去強制令書を発付されている外国人が裁決や退去強制令書発付処分の違法性を争うには訴訟によることになるが,訴訟によって裁決や退去強制令書発付処分の違法性が認定され,これらが取り消されることもある。しかし,いずれの国への強制送還においても取消訴訟の出訴期間である6か月を経過していない者までも送還している。行政事件訴訟法が裁決等の行政処分を争うことを認め,出訴期間の教示制度(行政事件訴訟法46条1項2号)を定めているにもかかわらず訴訟の途を実質的に閉ざすことになり,国籍を問わず認められる裁判を受ける権利(憲法32条)を蔑ろにするものである。
         行政事件訴訟法の平成16年改正において出訴期間等の教示制度が設けられた趣旨は,行政事件訴訟を通じて適切な権利救済を得る機会を確保することにある。しかし,当該外国人が送還されてしまっていては,その生活環境,家族環境は既に破壊されており,事後的な救済では到底回復することができず,当該外国人から適切な権利救済を得る機会を奪うことになり,出訴期間の教示制度を設けた趣旨に反することになる。
         したがって,出訴期間内の強制送還は,憲法上保障されている裁判を受ける権利を奪い,行政事件訴訟法の趣旨にも反するものである。
    • (4)生活基盤を失わせること
       今般のタイへの強制送還時には,20年以上日本に滞在していた者が13名含まれていたとのことであるが(平成25年12月10日の法務大臣閣議後記者会見の概要より),長期間日本に滞在していた者の生活基盤は日本にあり,母国に生活基盤はない。このような状況で送還されてしまえば路頭に迷う可能性が非常に高く,実際にフィリピンへ送還された者の中には生活に困窮している者も多数いるとのことである。このような被収容者・外国人を強制送還することは,人道上の見地からも認めるべきではない。
    • (5)結論
       よって,当連合会は,このような被収容者・外国人の個別事情を無視した法務省入国管理局の姿勢は,国際人権規約等に違反するおそれがあり,場合によっては,裁判を受ける権利を実質的に奪うことにもなり,また,人道上の見地等からも問題があるものであるから,法務省入国管理局によるチャーター機を使用した一斉強制送還の実施に反対する。

2014年(平成26年)1月16日
関東弁護士会連合会

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