入国管理局収容施設における被収容者死亡事件の再発防止を強く求める理事長声明
1 声明の趣旨
当連合会は,2014年5月1日に,「東日本入国管理センター被収容者の連続死亡事件に関する真相解明とその公表及び被収容者の死亡事件発生防止策(入管医療の改善・長期収容停止)を即刻講じることを求める理事長声明」を発出した。また,同年9月26日に開催された定期弁護士大会において,本連続死亡事件に関する決議を満場一致で採択した。これらの声明及び決議は,2014年3月29日・同月30日と連続して,東日本入国管理センターの被収容者が死亡した事件を踏まえて発出及び採択されたものであった。
しかし,係る上記声明及び決議採択がなされたにもかかわらず,2014年11月22日には,東京入国管理局に収容されていたスリランカ国籍の男性が死亡した(以下「本件死亡事件」という。)。
そこで,当連合会は,本件死亡事件について謹んで哀悼の意を表するとともに,直ちに,少なくとも以下の策を講じることを求める。
- (1)本件死亡事件につき,その真相を解明するための「独立した第三者機関」を即刻設置し,同機関による徹底的な調査を受け入れ,その調査の結果を直ちに,すべて公表すること。
- (2) 今後,被収容者の死亡事件が二度と発生することのないように,入管医療の質と量の徹底的な改善を即時に実施し,土日祝日及び早朝深夜にかかわらず,傷病に苦しみ,医療を求める被収容者が即刻,施設内部又は外部医療機関における医療を受けられる体制を整え,被収容者の命を守るために人事を尽くすこと。
特に,救急医療を要する被収容者については,直ちに搬送する体制を整えること。
2 声明の理由
- (1)本件死亡事件発生までの経緯
- ア 入管被収容者死亡事件の頻発
2013年10月1日から2014年11月30日までの14か月間において,日本の入国管理局収容施設(入国者収容所・収容場)においては,当連合会が認知しているだけでも,少なくとも,4件の被収容者死亡事件が相次いで発生している。
本件死亡事件に至るまで,2013年10月1日以降発生した3件の入国管 理局の施設における被収容者死亡事件の概要は,以下の通りである。
- (ア)2013年10月9日に,東京入国管理局に収容されたビルマ生まれのロヒンギャ族男性が同日病院に搬送され,同月14日に死亡している。
- (イ)2014年3月28日には,東日本入国管理センターに収容されていたイラン国籍の男性が午後7時50分頃,食事中に食物を喉に詰まらせ意識不明となり,翌29日午後3時26分,搬送先病院で死亡している。同人の入管収容期間は,約1年2か月だったという。
- (ウ)2014年3月30日には,東日本入国管理センターに収容されていたカメルーン国籍の男性が病院に搬送され,同日に死亡している。同人は,約6か月間の収容を経た後の死亡であった。
- イ 理事長声明の発表及び定期弁護士大会決議の採択
- (ア)2014年3月に発生した東日本入国管理センターの被収容者連続死亡事件を踏まえ,当連合会は,2014年5月1日,理事長声明を発して,第三者機関による真相の徹底的究明とともに,再発防止策(入管医療の改善・長期収容停止)の即刻実施を求めた。また,同年9月26日,定期弁護士大会において本連続死亡事件に関する決議を満場一致で採択した。同声明・決議は,入管被収容者から,二度と死者を出してはならないという一心で発出し,また,採択されたものであった。
- (イ)しかしながら,当連合会が求めた死亡事件再発防止策が講ぜられないうちに,東京入国管理局において再び被収容者の死亡事件が発生し,尊い命が失われたことは,当連合会にとっては,痛苦以外の何ものでもない。
- ウ 法務省調査の発表
- (ア)当連合会が認知している限り,上記連続死亡事件の調査のために独立した第三者機関が調査を実施することはなかった。
- (イ)そして,この連続死亡事件について,事件後半年以上経過した2014年11月20日に,法務省は,調査結果を発表した。その発表によれば,2014年3月30日にカメルーン国籍の男性が死亡した事件につき,本人からの診療申出に対して対応が十分といえなかったこと(重篤性の判断の仕組みが備わっていない),外部委託検査に関する迅速回答指示が徹底されていない,死亡前3日間(休診日である金曜日,土曜日及び日曜日)における容態観察と対応が十分ではないなど,東日本入国管理センターにおける医療体制及び処遇体制について,改善すべき点があることが判明したとのことである。
新聞報道によれば,法務省入国管理局は,医師による「診療を受けていたら助かった可能性は否定できない」との説明を行っているとのことである。
法務省が医療体制の改善について触れたことについては評価できるものの,当該調査の詳細は明らかにされておらず,示された改善策も,極めて抽象的又は著しく不十分であり,具体的な改善策とその対象及び実施時期も,明らかになっていない。
- (ウ)そもそも,入国管理局収容施設での収容は,収容開始の時点で司法審査を経ておらず,収容後も,その合法性・必要性について司法審査が入ることもない。そして,現状は,身体拘束の必要性の認められない場合においても身体拘束する「全件収容主義」が採られており,刑事手続における身体拘束と比較して,厳格な審査を経ずに外国人の身体拘束が行われているところ,このような「全件収容主義」による運用は,出入国の公正な管理を図るという出入国管理及び難民認定法第1条の趣旨及び同法の立法経緯に照らしても,到底容認できるものではない。
加えて,退去強制令書に基づき,無期限の長期収容を課すことは,「人間」である被収容者の心身に与える過酷な負担を考えれば,許容されない非人道的措置が継続してなされていると評価せざるを得ない。これまで,日本においては,入国管理局収容施設の被収容者につき,死亡事件,自殺事件及び自殺未遂事件が多数発生している。また,死亡にこそ至らずとも,長期の収容体験を経て心身の健康を大きく崩し,その後の人生で苦しみ続ける(元)被収容者,長期の別離を余儀なくされて心に大きな傷を残す被収容者の家族が跡を絶たないことにも鑑みれば,「全件収容主義」・無期限な長期収容という制度運用を改めることのない改善策は,被収容者の死亡事件の再発防止策としては,その有効性につき重大な疑義を残すものといわざるを得ない。
- (エ)入国管理局は,被収容者を,家族・親戚・友人から引き離し,外部との連絡手段を徹底的に制限するとともに,被収容者から移動の自由と医療に自らアクセスする自由を奪っている。その上で,病苦に苛まれる被収容者に迅速・適切な医療を与えないのであれば,その処遇は,違法かつ非人道的な措置というほかはなく,このような施設は,そもそも人間を収容する適格性を持たないという点を,強調しておく。
- (オ)日本における入国管理局の収容及びその処遇が,国内外から強い批判を受け続けていることは,既に2014年5月1日付け当連合会「東日本入国管理センター被収容者の連続死亡事件に関する真相解明とその公表及び被収容者の死亡事件発生防止策(入管医療の改善・長期収容停止)を即刻講じることを求める理事長声明」において言及したとおりである。
- (カ)さらに,その後,2014年7月23日に,自由権規約委員会が,日本の入国管理局による収容の長期化に懸念を表明している(CCPR/C/JPN/CO/6)。即ち,同委員会は,庇護申請者やその他の非正規滞在者に関して,「十分に理由を示すことなく,さらに,収容決定に第三者機関の審査が入ることもなく長期の行政収容がなされている」ことにつき,明確に懸念を表明し,また,日本政府に対して,「収容が適切な最短期間のものであるべきことに加え,行政収容に代替する手段を採ることが出来るか否かが十分に検討された後にのみ,(収容が)実施されるものであるよう確保する措置を取るべきであり,移住者(immigrants)が彼らの収容の合法性について裁判所に審査を求めることが出来るよう確保すべきである」と求めた。
これに加えて,2014年8月28日には,人種差別撤廃委員会も,日本において「庇護申請者の収容が長期に及び,(しかも)収容施設の不十分な処遇の下で収容されること」につき,懸念を表明している(CERD/C/JPN/CO/7-9)。
- エ 本件死亡事件の発生
- (ア)上記のとおり,国内外の批判が日本の入管収容に集中する中,2014年11月22日,東京入国管理局に収容されていたスリランカ国籍の男性が,搬送された先の病院で死亡する事件が発生した。
- (イ)報道によれば,同人は,「(亡くなった日の)朝に胸の痛みを訴え,同日午後1時ごろ,意識不明の状態で見つかり,搬送先の病院で死亡が確認された」とのことである。また,NGOの調査報告によれば,同人は,午前7時30分ころには,通訳を介して入国管理局の職員に対し,激しい胸の痛みを訴え,病院に運んでほしい旨を泣きながら懇願したが聞き入れられず,午前8時ころに独居房に移された後,午後1時ころ,意識不明の状態で見つかり,午後1時30分ころに救急搬送されたものの,結局,同人の尊い命は失われてしまったのである。
- (ウ)東京入国管理局においては,医師の診療がなされるのは,週3日(月曜日,水曜日及び金曜日)であり,しかも,診療時間として規定されているのは,13時から17時までである(2013年11月時点で確認された情報による。)。
そして,このスリランカ国籍の男性が,胸に激しい痛みを訴え始めたのは,土曜日の朝であった。何故,同人は,直ちに救急搬送されなかったのか。誰の責任と判断で,この時点での「救急搬送不要」との判断がなされたのか。人命が既に失われている以上,徹底的かつ厳正な調査が直ちになされるべきものである。
- (2)本件死亡事件に関する真相究明の必要性
当連合会は,ここに改めて,失われた尊い命に哀悼の意を表するとともに,法務省の調査のほかに,独立した第三者機関による即時の真相究明の必要性を強く求めるものである。
既に過去の死亡事件においては,法務省が調査を実施しているが,被収容者の死亡事件が再び発生していることは,厳然たる事実である。法務省の調査のみが行われている現状で,死亡事件が再発している以上,中立的な第三者機関を直ちに設置して即刻,徹底的かつ厳正な真相解明を行い,その調査結果を直ちにすべて公表して,改善策の策定と実施を加速させることこそ,将来の死亡事件を防止するための最善の道であり,国内外からの批判に対する対応として唯一の手段であることは論を待たない。
- (3)入国管理局における医療の即時改善
入国管理局収容施設に収容されている被収容者には,体調不良を訴えても医師による医療を受ける機会を1か月以上与えられない者が少なくない。
そもそも,医師が施設内で診察を行う時間は極めて限定的であり,例を挙げれば,約300名を収容する東京入国管理局で,医師が診察を行うのは僅かに週3日(しかも各日午後4時間のみ),同じく約300名を収容する東日本入国管理センターでも,土日に医師はおらず,平日も午前中・夜間に医師が詰めていることはない。そして,被収容者が望み求めても,傷病に苦しむ彼らが外部医療機関に運ばれることが数か月の単位で遅れること,あるいは,被収容者の懇願が聞き入れられず,外部医療機関への受診が認められないことも珍しいことではない。
かかる処遇に対して,被収容者自身による抗議の声も強い。「私たちは動物ではなく人間である,何故医療が与えられないのか」と嘆く被収容者が跡を絶たない現状があることを忘れてはならない。被収容者の悲嘆と訴えかけは,日本社会の暗部を鋭く刺すものである。日本社会は,誠に遺憾ながら,苛烈な人権侵害状態・非人道的な現状を内包したまま,これを黙認し,放置している。
既に述べたとおり,入国管理局収容施設における医療制度に問題があることは,法務省も認めてはいるが,同収容施設における医療体制と収容制度自体に徹底的かつ本質的な改変が直ちになされなければ,犠牲は繰り返されるばかりである。
殊に,本件死亡事件においては,救急救命措置が適切に取られなかった可能性がある。何百人の単位の人間を収容する大規模収容施設において,医師の不在時間が相当に長い以上,救急搬送を迅速適切に利用することによって,人命を確保することは当然であり,この点を改善することの必要性は,強調してもし過ぎるということはない。
医療体制の改革内容には,既に2014年5月1日付の理事長声明にも概ね述べたとおり,次の4点が必ず含まれるべきである。
- ア 本件死亡事件の如き緊急事態にあっては,時間をおかずに直ちに救急車を呼ぶ体制を必ず構築すること。
- イ 上記アほどの緊急事態でない場合にも,医師の診察を求める願箋が被収容者から提出された場合は,施設内又は施設外において24時間以内に診察を実施する体制を整備すること。
- ウ 上記アの場合と上記イの場合の区別を,医師又は看護師が行う体制を整えること,かかる体制が整うまでは,上記アの場合である疑いが少しでもあるケースでは,迷うことなく即刻救急車を呼ぶこと。
- エ 患者である被収容者自身が医師を信頼できないと感じた場合は,施設外の医療機関に所属する医師によるセカンド・オピニオンを被収容者が求める権利を保障すること。
当連合会は,本年5月1日に理事長声明を発出して入国管理局における医療体制についてその改善等を求めたが,入国管理局は,この求めに係る改善を行わないまま,先月,さらなる死亡事件が生じたことについては,「遺憾」の意を超え,「痛苦」の念を抱かされる由々しき事態というべきものである。
- (4)長期収容及び必要性が認められない収容の即時停止
- ア 不定期な長期収容が,人間の心身に,強度かつ過酷な負担をかけることを考えれば,半年・1年を超える収容が当たり前のようになされている現状を,直ちに停止すべきである。在留資格を与えて然るべきであることが明らかな者には直ちに与え,かかる決断を直ちにすることのできない者に対しては,少なくとも仮放免許可をするのが妥当というべきである。
なお,現在,仮放免許可申請は,申請を提出してから結論が出るまでに1か月から2か月程度,又はそれ以上もかかることもあり,しかも,不許可決定が出た場合に,具体的な不許可理由が付されることは一切ない。そして,このような制度運用が,被収容者の心身を蝕んでいる事実についても,抗議を表明するものであり,この点についての即刻の改善も併せて求めるものである。
- イ さらに,収容する必要のない人の身柄を拘束することは,現行の出入国管理及び難民認定法の許容するところではなく,被収容者の人権を著しく侵害するものというほかはなく,即刻の停止を求めるものである。
- (5)結論
掛け替えのない唯一無二の「命」を預かる収容施設であれば,預かった「命」に対して適切な医療措置を迅速に行うことのできる体制が既に確立されていて然るべきである。ところが,現状の入国管理局における医療制度は,余りに不十分である。被収容者は,内部の医師に会うのも,外部に搬送されるためにも,数週間から1か月以上待たされることが珍しくなく,危急時の救急搬送体制すら,整備されているとは言い難い。そして,被収容者が長期収容されている状況で体調を崩していき,死亡事件が相次いでいる。
外国人を人道的に扱えない国家が,外国から信頼を得ることは決してない。そして,そのような国家の未来は,誠に暗澹たるものと言わざるを得ない。法務省,入国管理局は,これらの点を十二分に念頭に置き,本件死亡事件の真相究明とその結果の全面的公表及び入国管理局における収容制度・処遇の即時改善に直ちに取り組むべきである。
2014(平成26)年12月25日
関東弁護士会連合会
理事長 若旅 一夫