裁判所速記官の養成再開を求める理事長声明
- 裁判手続における当事者その他関係人の尋問及び陳述を,詳細かつ正確に録取するためには,速記を利用する必要があることは,いうまでもない。特に,証人等の尋問について,交互尋問方式が採用され,証拠に関する規定も厳格である現行手続法のもとにあっては,発問の形式,内容等について,一定のルールを設定せざるを得ず(民訴規則第113条以下,刑訴規則第199条の2以下),質問及び応答は,形式,内容の詳細な点に至るまで当事者の異議の対象となり,また,上級審における判断の対象となり得る。したがって,その質問,応答は,できる限り詳細かつ正確に記録しておく必要があるのであり,この観点から,速記の制度的な採用が必須のものということができる。そこで,このような要請に応ずるため,裁判所法第60条の2第1項は,各裁判所に裁判所速記官の設置を定めたのである。
また,憲法は,適正な刑事裁判手続を保障し(第31条),刑事被告人の迅速な裁判(第37条第1項)を要請し,法律も,刑事手続の適正性,迅速性を(刑事訴訟法第1条),民事手続においても,公正かつ迅速に行うことを要請している(民事訴訟法第2条)。加えて,「裁判の迅速化に関する法律」第2条は,裁判の迅速化を要請するとともに,裁判手続が公正かつ適正に実施されることを確保することを要請している。裁判所速記官制度は,速記による速記録の作成を行うものであり,裁判の迅速化にも資するものである。
- ところが,最高裁判所は,1997(平成9)年における最高裁判所裁判官会議において裁判所速記官の養成を停止することを決定し,1998(平成10)年度から速記官の養成を停止した。そのため,1997(平成9)年には800人を超える裁判所速記官が,2014(平成26)年4月1日現在で204人にまで減少し,東京地方裁判所管内で45人,横浜地方裁判所管内で12人,さいたま地方裁判所管内及び静岡地方裁判所の管内で各6人,水戸地方裁判所管内及び前橋地方裁判所管内で各4人,千葉地方裁判所管内及び甲府地方裁判所管内で各3人,宇都宮地方裁判所管内で2人,長野地方裁判所管内で1人にまで大幅に減少し,新潟地方裁判所管内においては1人も配置されていない。このような裁判所速記官の養成停止は,速記官の減少を招来しており,憲法及び上記法律の趣旨に悖るものといわざるを得ない。
- 最高裁判所は,裁判所速記官による調書等の作成に代えて,質問及び応答を録音し,民間の業者に反訳を委託する方式を採用した。しかし,この「録音反訳方式」は,裁判所速記官による調書の作成に比して日数がかかることに加え,法廷で直接,質問及び応答を聞いていない民間業者が反訳するため,完全な逐語化がなされているか疑義があり,かつ,法律上の用語に精通していないため,誤字・脱字,訂正漏れ,意味不明な箇所が散見されるとの報告がなされている。また,反訳を民間業者に委託することについては,情報管理という観点からも,その流出が懸念されるところである。
他面,裁判所速記官の作成に係る速記録は,電子化した速記機械と反訳ソフトウェアの開発により,質問及び応答を直ちに文字化することができ,速記録の作成も即日に行うことが可能となっている。そして,裁判所速記官は,法律上の用語にも精通し,かつ,法廷での立会いをしているため,速記録の内容は,公正かつ正確ということができる。したがって,迅速,公正かつ適正な裁判手続を行うという憲法,法律の趣旨からして,「録音反訳方式」により質問及び応答を記録することよりも裁判所速記官により速記録を作成することの方がはるかに優れている。
裁判所における質問及び応答を記録する方法として,速記機械によるリアルタイム速記で行うことが世界の主流となっている状況であり,最高裁判所が裁判所速記官の養成を停止したことは,世界の流れに逆行するものである。
- ところで,2009(平成21)年5月から裁判員裁判が実施され,その実施に伴い,最高裁判所は,法廷における証言等を声音により記録・確認する「声音認識システム」を導入した。
この「声音認識システム」は,機械が声音を認識して逐語化するシステムであるところ,現在のレベルでは声音認識の精度が低いため,誤変換等,文字化が極めて不正確である。係る状況において,「声音認識システム」による裁判手続は,公正な審理や評議に疑問を抱かせ,また,適正に事実認定をすることができるかという観点から重大な疑義があるといわざるを得ない。
- 以上,裁判手続の迅速,公正かつ適正な実施を図るという憲法,法律の趣旨からすれば,裁判手続における尋問及び証言の録取を,裁判所速記官により速記録を作成して行うことが必要不可欠であり,「録音反訳方式」や「声音認識システム」で調書化又は文字化することは相当ではない。
- したがって,当連合会は,最高裁判所に対し,速やかに裁判所速記官の養成を再開することを,強く求める。
2014(平成26)年12月19日
関東弁護士会連合会
理事長 若旅 一夫