「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案」における罰則の強化等に強く反対する理事長声明
第1 声明の趣旨
政府が2015年3月6日に提出した出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)の一部を改正する法律案(以下「本改正案」という。)は,「偽装滞在者」の問題に対応するためとして,罰則の新設及び強化並びに在留資格取消事由の拡張等を内容とするものであるが,当連合会は,本改正案について以下の理由により反対する。
- 「偽りその他不正の手段により」上陸許可や在留資格変更許可等を受けた場合に,「3年以下の懲役若しくは禁錮若しくは300万円以下の罰金」等を科する規定を新設することについて,かかる規定の新設は不必要なばかりでなく,庇護申請者らに顕著な萎縮効果を与える虞のある不当な厳罰化であるため,反対する。
- 上記の行為を営利目的で「実行を容易にした者」に「3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金」等を科する規定を新設することについても,不当な拡大解釈による濫用によって,弁護士の職務への不当な介入の行われる危険性があり,また,外国人が弁護士から法的支援を受ける機会を奪う危険性があるため,反対する。
- 在留資格取消の対象について,現行法に定められた,所定の活動を継続して3か月以上行わないで在留している場合に加え,所定の活動を行わず,「他の活動を行い又は行おうとして在留している」場合を在留資格取消事由とすることについても,日本に在留する外国人の地位を過度に不安定にするものであるため,反対する。
第2 声明の理由
- 1 本改正案の概要
本改正案は,「偽りその他不正の手段により,上陸の許可等を受けて本邦に上陸し,又は第4章第2節の規定による許可を受けた者」について,3年以下の懲役若しくは禁錮若しくは300万円以下の罰金に処し,又はその懲役若しくは禁錮及び罰金を併科するとしている(A)。 また,上記の行為を営利目的で「実行を容易にした者」については,3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し,又はこれを併科するとしている(B)。なお,「第4章第2節の規定による許可を受けた者」とは,在留資格変更許可,在留期間更新許可申請などを含むものである。
さらに,本改正案は,入管法「別表第一」の就労等の在留資格を有する外国人の在留資格取消事由について,活動を継続して3か月以上行わないで在留している場合(現行規定)に加え,所定の活動を行わず,「他の活動を行い又は行おうとして在留している」場合も在留資格取消事由とすることなどを内容とする(C)。
- 2 「偽りその他不正の手段により」上陸許可や在留資格変更許可等を受けた場合に「3年以下の懲役若しくは禁錮若しくは300万円以下の罰金」等を科する規定の新設について(A)
- (1)立法事実の不存在
- ア 本改正案にかかる立法の背景について,政府は,2014年12月10日に閣議決定した『「世界一安全な日本」創造戦略』が,「不法滞在対策,偽装滞在対策等の推進」を掲げ,不法滞在者及び偽装滞在者の積極的な摘発を図り,在留資格を取り消すなど厳格に対応していくとともに,これらを助長する集団密航,旅券等の偽変造,偽装結婚等に係る各種犯罪等について,取締りを強化するとしていることを挙げる。
- イ しかしながら,政府統計によれば,「不法残留者」は,この20年間で約30万人から約6万人まで減少しており,現時点で敢えて厳罰化を図る必要性はない。
さらに,政府の懸念する密航に対しては入管法70条1項2号,偽造旅券の行使については偽造私文書等行使(刑法161条),偽装結婚に対しては公正証書原本等不実記載罪(157条)などの現行法規をそれぞれ適用して対処することが十分に可能であるにもかかわらず,刑罰の対象を敢えて拡大する必要性は,全く明らかにされていない。
- (2)庇護申請者への重大な委縮効果
- ア 迫害を受けて,若しくは迫害を受ける恐れから出身国を逃れ日本に避難する庇護申請者たちが,本国から正規の旅券を受けることが出来ないまま出国することは,無理からぬことであり,まして,迫害の危険に満ちた出身国内で「難民認定申請を行う目的」と述べて「査証」を得ることも,非現実的である。
実際,切実な危険と恐怖から逃れてきた庇護希望者は,来日目的として観光や親族訪問などを入国審査官に告げて「短期滞在」等の在留資格で上陸許可を受け,その後に支援者や弁護士などの援助を得て難民認定申請を行う場合が多いのである。それは,万が一にも,空港で咎められ送還されることで,再び出身国における迫害に身を曝す危険を避けるために,まずは日本の避難先に辿り着いて安全を確保して恐怖から脱し,更には法的支援等を得てから難民認定申請しようとするためであり,このような行動を取ることは,その者の置かれた切実な危険を考えれば無理からぬものである。
- イ 本改正案においても,「難民であること」等の証明があり,かつ,かかる事項を遅滞なく入国審査官の面前において申し出た場合にのみ,本改正案(A)の罰則につき「刑を免除する」と定められている。
しかし,そもそも,難民認定率自体が僅か0.5%未満と,難民条約締結諸国の中にあっても圧倒的に低いことから「難民鎖国」とさえ評価され,国際的な批判を集めている日本にあって,同免除規定は,現状,ほぼ何の救済措置にもなり得ないのである。
- ウ また,本改正案によれば,難民該当性は否定されたものの,国際条約や人道的理由に基づいて在留が許可されるいわゆる「補完的保護」を受ける者をも処罰の対象となり得るものであり,本来保護対象となるべき者たちを刑事罰の危険に曝すこととなる。
- エ 以上からすれば,本改正案は,出身国政府等から苛烈な迫害を受け,命からがら日本に脱出してこようとする庇護申請者らを,刑事罰をもって更に追い込もうとする危険性の極めて高い規定であると断ぜざるを得ず,たとえば「観光目的」等と上陸審査官に述べて日本に入国した後,ようやく日本社会に安全な居場所を得た庇護申請者予備軍が,自ら名乗り出て庇護申請を行う契機を根こそぎ奪うものであり,庇護申請につき,不要不当な委縮効果を与えるものと言わざるを得ない。
また,同刑罰規定は,現状,2~3年以上も要することがある難民認定申請手続(異議申立手続段階も含む)を通じて,多くの場合苛烈な迫害の被害者たる庇護申請者に,「糸を針穴に通すより困難な」難民認定等を得られなければ,「刑事罰が待っている」との恐怖を与え続けるものであり,あまりに過酷である。
- 3 「偽りその他不正の手段により,上陸の許可等を受けて本邦に上陸し,又は第4章第2節の規定による許可を受け」る「行為」を営利目的で「実行を容易にした者」も刑事罰の対象とすることについて(B)
「実行を容易にした」との文言自体が,極めて曖昧であって,不当な拡大解釈を可能とするものであるため,同規定の濫用により,庇護申請を始めとする入管関連手続を補助し支援する者たちに対して,不当な捜査及び訴追が及ぶおそれがある。
すなわち,本改正案は,職務として申請行為を代理する弁護士をも,共犯として訴追の対象とし得るものとなっているところ,入国在留関係の申請書に記載すべき事項は多岐にわたり,提出する資料等も海外で作成されたものが相当数含まれる場合が多く,その全てにつき正確性を完全に担保することは,不可能である。勿論,弁護士が正確な調査・立証に努めることは当然であるが,調査能力にもおのずと限界がある。本改正案によって,弁護士が完璧な調査を出来ない記載事項に事実と違う記載があった場合に,「偽りその他不正の手段によ」る在留資格の取得変更等を「未必の故意」をもって「容易にした」と評価されて捜査・訴追の対象となるのであれば,これは弁護士の職務への明らかな不当介入である。
また,そのため,同規定は,弁護士に対して,入管関連手続に関与することへの委縮効果を招くものであり,結果として,庇護申請を始めとする入管関係手続を行う者たちから,弁護士から法的支援を受ける機会を奪うこととなる。
- 4 在留資格取消事由拡大について(C)
前述の通り,本改正案は,入管法「別表第一」の就労等の在留資格を有する外国人の在留資格取消事由について,活動を継続して3か月以上行わないで在留している場合(現行法)に加え,所定の活動を行わず,「他の活動を行い又は行おうとして在留している」場合も在留資格取消事由とすることなどを内容とするところ,同規定は,就労等の在留資格を有する外国人の地位を著しく不安定にするおそれがある。
すなわち,本改正案が実施されれば,仮に就労等の在留資格を有する外国人が失職した場合,一定の期間を経過することなく,直ちに在留資格を取消される対象となり得ることとなる。その上,実際に他の活動を行っている場合だけでなく,「行おうとしている」と判断されたにすぎない場合でも在留資格の取消しの対象となるものであって,入管当局の主観的な判断によって安易に在留資格の取消しの対象とされることが懸念される。
在留資格が予定する活動を行わない者については,在留期間更新許否の審査や,現行の規定に基づく在留資格取消制度を適切に運用することによって十分に対応可能であり,上記のような弊害が懸念される取消範囲の拡大を敢えて行うべきではない。
- 5 結論
本改正案における上陸や在留資格関係の申請に関係する罰則等の強化は,迫害を逃れ日本を頼って入国する庇護申請者や,日本に在留する外国人や外国人の入管関係手続に関わる多くの者を重大な影響に曝すのみならず,弁護士の職務への不当な介入を招くおそれがある。また,在留資格の取消事由の拡張は,在留資格のある外国人の地位を著しく不安定にするおそれがあるから,当連合会は,本改正案のこれらの規定に対して強く反対するものである。
2015(平成27)年6月4日
関東弁護士会連合会
理事長 藤田 善六