2015年(平成27年)9月10日
関東弁護士会連合会
意見の趣旨
当連合会は,国及び地方自治体に対し,以下のとおり要望する。
- 1 国や地方自治体は,「偽装請負」の事態が生じ,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。),職業安定法,また労働基準法(以下「労基法」という。)の中間搾取禁止規定に違反する疑いのある状態が発生しており,また,派遣労働者の保護を図る労働者派遣法や「民間職業仲介事業所条約(第181号)」(以下,「ILO第181号条約」という。)の趣旨に反する状態となっているALTの労働実態を是正するため,ALTについては,長期かつ直接の雇用契約を締結することを前提とし,雇用の安定・雇用条件の向上を図るべきである。
- 2 国や地方自治体は,憲法及び子どもの権利条約に定められた児童・生徒の成長発達権等の権利保障を実現する国の責務を果たすため,ティーム・ティーチング等の日本人教員と共同での英語教育を充実させる必要があり,そのためにはALT側の意見を集約し吸収するための仕組み作りを進めるべきである。
- 3 国や地方自治体は,今後,グローバル化に対応した英語教育を進めるのであれば,経験を積んだ優秀なALTについては,上記1を前提として,「アシスタント」に留まらず,英語教育について専門的知識を有する教育の主体としての役割を担わせるべきである。
意見の理由
- 1 はじめに(ALT問題とは)
- (1)ALTとは
ALT(Assistant Language Teacher,外国語指導助手)は,主に学校又は教育委員会に配属され,小学校・中学校・高等学校において児童・生徒の英語発音や国際理解教育の向上を目的に配置され,日本人外国語担当教員の助手として外国語授業に携わって授業を補助し,又教育教材の準備や英語研究会のような課外活動などに従事する立場の,外国語を母国語とした外国人である。
ALTの導入は,1987年に「語学指導等を行う外国青年招致事業」(The Japan Exchange and Teaching Programme,以下「JETプログラム」という。)として開始されたことに端を発する。JETプログラムとは,地方公共団体が総務省,外務省,文部科学省,一般財団法人自治体国際化協会(CLAIR)の協力の下に,外国語教育の充実と地域レベルの国際交流の進展を図ることを目的とした事業である。JETプログラムのALTは,各地方公共団体が特別職の地方公務員(地方公務員法3条3項3号)として任用される。
- (2)ALT問題とは
しかし,現在,ALTの多くは,特別職非常勤職員,一般職臨時(非常勤)職員,民間請負業者等による業務委託,または労働者派遣というきわめて不安定な形で雇用されており,多くの労働諸法例違反が行われているとの報告がある(奥貫妃文,ルイス・カーレット「労働者としてのALT(外国語指導助手)についての一考察~公教育の非正規化,外注化の観点~」・アジア太平洋研究センター年報2011-2012)。
その結果として,例えば,ALTが民間請負業者等による業務委託で採用されながら委託元である学校での指揮命令に服するという「偽装請負」の事態が生じ,労働者派遣法,職業安定法,また労基法の中間搾取禁止規定に違反する疑いのある状態が発生している。また,業務委託で採用されたALTについて「偽装請負」を回避しようとすれば,教室で日本人教員と共同して授業を行なうティーム・ティーチングが行えず,結果として児童・生徒が憲法の保障するより良い教育を受ける権利が阻害されるという本末転倒の事態が多く発生しているという。
- (3)本意見書の目的
関東弁護士会連合会では,2012年(平成24年)9月21日の当連合会定期大会において「外国人の人権に関する宣言-外国人の直面する困難の解決をめざして-」との大会宣言を採択し,当連合会内に設置された外国人の人権救済委員会等にて,日本に在留する外国人の権利擁護に取り組んでいるところである。
そこで,当連合会は,ALTの労働環境の実態について,アンケート調査及びALTらに対する個別のインタビューを実施して調査を行った。
本意見書は,上記調査に基づき,労働者としてのALT問題について,また,ALTの労働問題を改善することで生徒・児童のより良い英語教育を受ける権利が実現することについて当連合会としての意見を述べるものである。
- 2 ALTの教育法規等における位置付け
- (1)教育法規におけるALTの位置付け
我が国における教育に関する法律としては,教育基本法及び学校教育法が制定されているが,いずれにおいてもALTに関する明示的な規定はない。
なお,ALTも,特別免許状(教職員免許法第4条3項)の授与を受ける場合,また,免許状を有していなくとも非常勤特別講師(同法第3条の2)となる場合には,教員として任用され,ALTが単独で授業を行う場合はあり得る。
しかし,現状,特別免許状及び非常勤特別講師の活用は限定的である(詳細については6で後述する。)。
- (2)学習指導要領におけるALTの位置付け
教育現場における教師に向けられた具体的指針である新小学校学習指導要領(2008年8月公示,2011年4月全面実施,以下「小学校要領」という。),新中学校学習指導要領(2008年公示,2012年4月から全面実施,以下「中学校要領」という。),高等学校学習指導要領(2009年公示,2013年度入学生から学年進行で順次実施,以下「高校要領」という。)のいずれにおいても,ALTに関する明示的な記載は存在しない。
各指導要領上,ALTの存在を前提としていると考えられる記載としては,「授業の実施に当たっては,ネイティブスピーカーの活用に努める」(小学校要領 第4章 第3 指導計画の作成と内容の取扱い1(5)),「ネイティブ・スピーカーなどの協力を得たりなどすること。」(中学校要領 第2章 各教科 第9節外国語 第2 各言語の目標及び内容等 英語 3指導計画の作成と内容の取扱い(1)キ),「ネイティブ・スピーカーなどの協力を得て行うティーム・ティーチングなどの授業を積極的に取り入れ」(高校要領 第2章 各学科に共通する各教科 第8節 外国語 第4款 各科目にわたる指導計画の作成と内容の取扱い2(4))等,「ネイティブ・スピーカー」との文言がある程度である。
ここにいう「ネイティブ・スピーカーなど」とは,「ALTのほかに,地域に住む外国人,外国からの訪問者や留学生,外国生活の経験者,海外の事情に詳しい人々など幅広い人々が考えられ」(中学校学習指導要領解説 外国語編60頁,小学校学習指導要領解説 外国語活動編,高等学校学習指導要領解説 外国語編英語編においても基本的には同様)とされており,ALTは,児童・生徒に英語を指導する専門職としてではなく,児童・生徒に対し異文化の経験を自ら語りうる「ネイティブ・スピーカー」の一類型として外国籍の住人や外国旅行を経験した日本国籍の者等と併置されているに過ぎない。
- (3)結論
以上述べた通り,我が国における教育関連法規において,ALTに関する明確な法律的位置付けは定められていない。
また,各指導要領・指導要領解説においても,ALTに関する明示的な言及は全く存在しないか,ごくわずかであって,そこでは,ALTは,児童・生徒に英語を指導する専門職としては位置付けられていない。
このような教育行政におけるALTの不明確な位置付けが,ALTの労働者としての法的地位の不安定性と結び付いている可能性は否定できない。
- 3 アンケートの実施と分析
- (1)アンケートの実施方法
当連合会は,ALTの労働環境の実態について,2013年11月以降順次,ALTとALTを雇用する側である教育委員会とにアンケート調査を行った。
この内,ALTに対するアンケートは,ALTが勤務していると予想される当連合会管内1都10県の各市区町村内でそれぞれ生徒数が最も多い公立の小・中・高等学校,計1449校に,在籍するALTへのアンケート用紙の交付を依頼する方法で実施し,結果,185名のALTからの回答を得た。
また,教育委員会に対するアンケートは,当連合会管内1都10県の各県の教育委員会のほか東京都の各特別区,政令指定都市,中核市,特例市,また各県の裁判所支部所在の市,計109の教育委員会にアンケートを送付する方法で実施し,結果,46通の回答を得た。
各アンケートの質問項目については,別紙1及び2を参照されたい。
- (2)ALTに対するアンケートの結果
まず,ALTに対するアンケート結果については,別紙3~5の通り集計した。
別紙3は,別紙1の各質問項目の内,雇用形態を尋ねる質問3や就労時の就業規則の提示の有無を尋ねる質問14等,選択肢の中から回答する形式の質問を集計した表である。
また,別紙4は,各ALTの具体的な労働条件を尋ねる質問7から雇用形態別の月額賃金の分布と社会保険加入の有無を抽出した表である。
さらに,別紙5は,別紙3及び4のような統計的な集計になじまない,文書で自由に回答する形式の質問(11~13,20)に対する回答の中から,特徴的なものをまとめたものである。
- (3)教育委員会に対するアンケートの結果
教育委員会に対するアンケートの結果については,別紙6及び7の通り集計した。
別紙6は,別紙2の各質問項目の内,採用するALTの雇用形態,労働条件を尋ねる質問2,3や,業務委託・労働者派遣を利用する場合の選定基準・方法を尋ねる質問4,ティーム・ティーチングによる授業実施の有無を尋ねる質問5,文部科学省からの平成21年8月28日付け「外国語指導助手の請負契約による活用について(通知)」が出された後のALTの勤務状況や雇用形態についての検討の有無等,選択肢の中から回答する形式の質問を集計した表である。
また,別紙7は,別紙2による集計になじまない,文書で自由に回答する形式の質問(4の(4),(5),6,8~10)をまとめたものである(自治体名は特定されないよう全て「当自治体」と修正した他は,原文のまま記載した。また,重複する内容の回答は省略した。)。なお,別紙7の内,業務委託・労働者派遣を利用するにあたりALTの勤労状況が不適切な状態にならないようにするために講じている対策について尋ねる質問(4の(4)),やALTを直接雇用しない理由についての質問(4の(5))の中から,特徴的な自由記載については,灰色の網掛けを付した。
- (4)分析1(ALTの労働条件について)
- ア 別紙3の「表面的な」分析
まず,別紙3からは,就業規則の提示(質問14)は「はい」が約69%を,有期雇用契約の更新の有無や基準等についての説明(質問15)も「はい」が約85%を占めており,また,契約途中での配置転換(質問8)も「なし」が多数を占めており,自由記載による回答をみても給与不払い等に言及する回答は少なかったことから,これだけを見れば,ALTの労働条件は,概ね,契約締結時に示された労働条件通りに履行されていると評価することもできる。
- イ 回答者の偏りについて
しかし,分析の前提として,本アンケートの回答者は,直接雇用経験者が約65%と多数を占めていることを見落とすべきではない。
文部科学省が各都道府県・指定都市における「外国語指導助手(ALT)の雇用・契約形態の状況」(平成22年4月1日現在)を公表した「平成22年度 外国語指導助手(ALT)の雇用・契約形態に関する調査について」によれば,JET以外のALTの雇用形態としては,業務委託が最多を占めているが(回答数の約51%,但し回答数はALTの人数ではなく,採用する自治体の数),本アンケートの回答者では,JET以外のALTの雇用形態は,直接雇用が44%と最多を占めている。
このように,本アンケートの回答者が,実際のALTの雇用形態と比して,直接雇用に多く分布した原因としては,後述の通り相対的に労働条件の良い直接雇用のALTの方が,そうでないALTと比してアンケートに回答する意欲が高かった可能性のほか,今回のアンケート手法も一因と思われる。
前述の通り,本件ALTに対するアンケートは,直接ALTに交付されたものではなく,ALTが勤務していると予想される小・中・高等学校に,在籍するALTへアンケート用紙の交付を依頼する方法で実施されているから,労働条件に問題があるALTにはアンケートが渡らなかった可能性が否定できない。
それゆえ,表面上のアンケート結果を過信することなく,むしろ,このアンケート結果からあぶりだされた問題点を丹念に拾っていくことこそが,ALTの労働条件の向上につながっていくであろう。
- ウ 別紙4の分析(有期雇用での労働条件の低下)
次に,別紙4からは,直接雇用(JET)から派遣へと順次賃金は徐々に下がっていく傾向が認められる。また,雇用形態を問わず,月額の給与が10万円以下という者も少なからず存在することが分かった。
また,社保加入については,業務委託・派遣では加入率が極端に下がる傾向が認められる。
加入率は,直接雇用(JET)が100%,直接雇用(non-JET)では75%であるのに,業務委託,派遣となると,むしろ未加入の方が多くなっている。
労働環境における社保加入は最低の条件であり,それさえも行われていない業者に業務委託をしたり,派遣を受けることについて,各自治体は当該業者との契約を見直すべきであると考えらえるが,後述の通り,業務委託や派遣を採用する自治体において受託業者とALTとの労働条件についてまで確認がなされているとはいえない状況にある。
自由記載による回答をみても,有期雇用であるため,更新の不安を訴えるものや,契約期間が満了時に全く別の都道府県や市町村に配属されることとなり家族を持つ身にとっては困難であるという意見,さらに,契約期間は1年だと聞いていたにもかかわらず,実際は学期毎に契約が切られ,長期休暇中が契約から除かれているという回答もあり,雇用が不安定で,かつ長期休暇中の賃金が保証されていないという事例は潜在的に相当数あるものと推測される。
日本人労働者においても,有期雇用の労働条件の悪化が指摘されているところではあるが,ALTの場合は,そもそも外国人労働者として在留資格の範囲内でしか就労できないという制約があって,使用者との間で弱い立場に置かれやすい構造上の問題がある。
そもそも,ALTを業務委託で採用する場合には,日本人教員とのティーム・ティーチングを行うと,委託元である学校での指揮命令に服することになって「偽装請負」の事態が生じ,労働者派遣法第5条1項,同第16条1項,職業安定法第44条,また労基法第6条の定める中間搾取禁止規定に違反することになる。したがって,そもそもALTを業務委託で採用すべきではない。
また,労働者派遣法は,直接雇用の機会の確保(第30条)や社会保険を含めて派遣先の労働者との均衡を考慮した待遇の確保(第30条の2)等,派遣労働者の保護を図っている。さらに日本も批准するILO第181号条約は,第8条で,加盟国に対し,民間職業仲介事業所(派遣会社を含む)が自国の領域内で募集し又は紹介した移民労働者に対し十分な保護を与え及び当該移民労働者の不当な取扱いを防止するため,自国の管轄内で,適当な場合には他の加盟国と協力して,すべての必要かつ適当な措置をとることを要請している。
しかし,賃金・社保加入ともに派遣は直接雇用より低下し,これが固定化されているという別紙4の分析結果は,派遣労働者の保護を図る労働者派遣法やILO第181条約の趣旨に反する状態となっている。したがって,ALTを派遣で採用することも避けるべきである。
なお,直接雇用でも,賃金が低く,長期休暇中には支払われなかったという回答もあるため,形式的に直接雇用を採用するだけでなく,地位の安定を図ることはもちろんである。
JETプログラムで採用されているALTについても,JETとして採用される期間は最長5年であって,長期に亘りALTとして活動することで教員としてのスキルアップをしたとしても,いずれは他の不安定な雇用形態に移行せざるを得ないという問題点が存する。
- エ 再び,別紙3の分析~小括
別紙3からは,ALTとしてトラブルを経験した際誰かに相談したこと(質問18~19)が「ある」との回答が約64%に及び,その相談先としては,学校の先生,会社の上司,ALTの同僚が上位を占める。
トラブルや問題を抱えて相談に至ったとの回答が6割を超えるということは,ALTが出身国と異なる法律や文化を有する外国で働く労働者であることから,必然的にトラブルや問題(法的なものに限らないが)に遭いやすい傾向を示しているといえるだろう。また,アンケートから直接には明らかではないが,トラブルや問題を抱えても相談する相手がいない事例も潜在すると考えられる。
また,別紙3から,日本の労働法について(質問16)「知らない」との回答は約81%に及ぶのであって,ALTが自身の抱えるトラブルが法的なものか,法的に解決可能か否か判断がつかない事例が多く発生していることも想定できる。結果として,労働組合や弁護士への相談数が少なかった原因の一つとも考えられよう。
したがって,ALTについて職場や雇用主から独立した相談窓口を確保する必要があり,また,最低限の日本の労働法について知る機会を確保することが,労働環境改善のために必要であり,前記ILO第181号条約の趣旨にも合致するといえる。
現状では,ALTが法的トラブルに巻き込まれた場合に法律の専門家による救済が得られる機会は著しく少なく,十分な権利救済が図られていない可能性が高い。
- (5)分析2(ALTの活用実態について)
自由記載による回答をみると,日本語教師とのティーム・ティーチングは比較的うまくいっているという回答が多かった。
しかしながら,比較的うまくいっているとの回答ではあっても,ティーム・ティーチングは日本人教師の指導方針や力量によることが大きいとの回答が大多数であった。
日本人教師のコミュニケーション能力にとどまらず,ALTをどのように授業で活用するのか,そういった授業プランにかかっているようである。
他方,ティーム・ティーチングが機能していないとの回答には,日本人教師との事前の打ち合わせがもうけられないためであるとの回答もあった。
また,回答の中には,1週間に5~6人の日本人教師と授業を行うが,それぞれ授業の進め方が異なるため,ストレスに感じることもあるというものもあった。
加えて,ALTとしての経験やスキルが労働条件等の処遇に反映されていないとの意見も多くみられた。
教室で日本人教員と共同して授業を行なうティーム・ティーチングが行えない場合には,ALTの存在は単にネイティブ・スピーカーにより英語の発音を確認するという「テープ・レコーダー」としての機能を果たすにすぎなくなる。この場合,ALTの労働問題のみならず,結果として児童・生徒が憲法や子供の権利条約の保障するより良い教育を受ける権利を十分には実現できないとの問題も生じる。
また,ALTが日本人教員と共同してティーム・ティーチングを行なうことそれ自体が,児童・生徒に,「他国を尊重し,国際社会の平和と発展に寄与する態度」(教育基本法2条5号)や,「進んで外国の文化の理解を通じて,他国を尊重し,国際社会の平和と発展に寄与する態度」(学校教育法21条3号)を養うことにつながり,これらを目的とする日本の教育法規にも叶うと考えられる。
ティーム・ティーチングを有効に進めるためにも現場で直接指示できる,直接雇用が望ましいものと思われる。繰り返しとなるが,少なくとも,法律上,現場で日本人教員がALTに直接指示することができない業務委託を採用すべきではない。
- (6)分析3(教育委員会からの回答について)
- ア 直接雇用を採用しない理由
以上述べた通り,ALTの労働環境及び日本語教師とのティーム・ティーチングの観点からは,ALTの雇用形態は直接雇用が望ましいといえる。
他方,教育委員会宛のアンケートの回答結果からは,直接雇用ではなく,業務委託を採用する理由としては,以下の理由が多かった。
一つは,「職員定数適正化の方針や民間ノウハウの活用など総合的な比較考量の結果」,すなわち,端的にいえば,人件費抑制の観点からの理由付である。
もう一つは,各自治体において,優秀なALTを採用する為のノウハウや講師の研修体制を有しておらず,かかるノウハウを受託業者の方が有しているとの理由である。具体的には,採用するALTの人数が多く人材の確保や管理が出来ないとか,講師の欠席等に迅速に対応することが可能等の意見が散見された。
- イ 業務委託の弊害に対する対処
業務委託では,ALTに対して教員が労働の指示を出すと前述の「偽装請負」の問題が生じるから,例えば,授業の展開で,ALTの役割を変更したいということになっても現場での指示ができないという問題が生じる。児童・生徒のより良い教育を受ける権利の観点からも,現場の教師との連携ができない形態である業務委託は最もALTの雇用形態としては不適切であるといえる。
かかる業務委託の弊害に対する対処として,「学校に対して,教員等がALTへ直接指導しないように周知している」と回答した教育委員会もあったが,児童・生徒のより良い教育を受ける権利の観点からは,本末転倒と言わざるを得ない。
「指揮命令権を保持できる派遣契約を締結」と回答した教育委員会もあったが,前述の通り,直接雇用と比べてALTが雇用契約上不安定な地位に置かれやすいとの弊害が存し,前述の通り派遣労働者の保護を図る労働者派遣法やILO第181号条約の趣旨に反する状態となっているという事態を改善するものではない。
また,業務委託や派遣を採用するとしても,例えば,「事業者選定にあたり,社員の健康管理実施状況の提出を求めている。また,仕様書に健康管理に留意する旨を定めている。」「ALTと学校との連絡については,事業者が学校ごとに決めている担当コーディネータを通じて行っている。」との回答にあるように,学校側が,受託業者に対し,業者とALTとの間の契約条件をチェックし,また,学校とALTの連携を強化する仕組みを講じることが弊害に対処する方法となり得るだろう。
とはいえ,今回のアンケートにあたり,複数の教育委員会から「労働条件については受託会社に直接問い合わせて欲しい」との連絡があり,実際,回答の中にも,「業務委託契約なので,ALTの労働状況には関与していない。」との回答があったように,業務委託を採用する多くの教育委員会で受託業者がALTとの間で適正な労働契約を締結しこれを履行しているか否かまでは把握していない実態も明らかになった。
業務委託や派遣の真の問題点は,雇用者側である教育委員会において,業務を委託した後は,業者とALT間の労働条件等について,無関心となってしまうことにもあるのではないか。
例えば,国や地方自治体の事業を受託した業者に雇用される労働者に対し,地方自治体が指定した賃金の支払いを確保させることを規定する公契約条例を活用する等して,業者とALT間の労働条件等について,教育委員会が適切なコントロールする余地を残すことが検討されるべきである。
少なくとも,アンケートや調査を通じてALTの側から見て問題のある受託業者が存在することが明らかになったのに,教育委員会側から受託業者の問題点を指摘する回答はほとんど見られなかったことを指摘する。
- ウ 小括
以上述べたように,偽装請負を防止し,派遣労働者の保護を図る労働者派遣法やILO第181号条約の趣旨を実現するためにはALTの雇用形態としては直接雇用が望ましい。採用の手間はかかるが,ALTの教員としての質のばらつきは,直接面接して採用することで抑えることができるというメリットもある。
問題は,教育委員会に採用・管理のノウハウが無いとの声があることであるが,例えば,長期の直接雇用が前提であれば,ベテランのALTを教育委員会側のアドバイザーとして招き,そのALTに他のALTの連絡調整のハブになってもらう,ALT側から困ったことを相談してもらい,要望や改善すべき点があれば伝えてもらう等の工夫もあり得よう。
自治体によっては,実際にこのようなALTの総括係長,リーダーのような役割の人をおいて,システム的に機能しているところもあるのであって,より良い英語教育を実現するためにも,他の教育委員会も参考とすべきと考える。
- 4 個別インタビューの実施
- (1)インタビューの実施方法
上記アンケート分析が実態に沿っているか裏付けるため,2014年7月以降,アンケート回答者であるALTの内A~C氏の3名に個別のインタビューを試みた。
その結果を集計したものが別紙8である(特に特徴的な記載には,灰色で網掛けを付した。)。
- (2)分析
3で述べたアンケート分析において,ALTの労働条件については,特に有期雇用の場合に労働条件の低下が認められると述べた。
実際,個別インタビューにおいても,有期雇用時に,夏期・冬期休暇時の減給や収入減,社会保険未加入,家賃控除等の問題点の存在が認められ,アンケート分析が裏付けられたといえる。
また,アンケート分析においては,ティーム・ティーチングにおいて,日本人教員の指導方針やコミュニケーション能力によって,その成果が左右されていると述べた。
実際,個別インタビューにおいても,C氏が「6人中4人の先生は,発音や子どもたちと話をする機会を作ってくれたりと活用してくれている。残りの2人の先生は,教科書を読むのだけALTを利用している。」と述べるように,分析が裏付けられたといえる。
そのほか,ALTとしてのスキルアップが,必ずしも賃金上昇と結びついていない点を問題とする意見もあった。
これについても,雇用形態を直接雇用にシフトしていく中で克服していくべき問題であろう。
- 5 事件紹介
ALTの労働紛争が労働委員会で判断された事例としては,市が外国語指導助手業務を委託していた会社に雇用されていたALTの,市に対する団体交渉の申入れについて,市が団体交渉に応ずべき労組法上の使用者にあたるか等が問題とされた東海市事件(中労委(平成25年1月25日)命令),ALTを構成員とする労働組合との団交に誠実に応じなかったこと等が問題とされた尼崎市・尼崎市教育委員会不当労働行為再審査事件(中労委(平成18年10月4日)命令)がある(なお,いずれも棄却。)。
この内,東海市事件は,直接的には,市の小学校で勤務するALTとの関係では,市は当該組合員の直接雇用等を求める団体交渉に応ずべき労組法上の使用者には当たらないと判断しているが,その過程で,ALTの就労実態について,部分的に業務委託の形態を逸脱した指揮命令があり,違法な労働者派遣に当たると判断している部分がある。
以下,ALTの就労実態において「偽装請負」の事態が生じ,労働者派遣法,職業安定法,また労基法の中間搾取禁止規定に違反する疑いのある実態が生じている事態の参考として,東海市事件の上記判断部分を紹介する。
- (1)事件の概要
東海市(市)は,2009年度,Xの雇用主であるインタラック社と,外国語指導助手業務の委託契約を締結し,これに基づき,Xは,市の教育委員会(市教委)の管轄する甲小学校(小学校)にALTとして勤務した。
同年度中,Xの加入するゼネラルユニオン(組合)が市及び市教委に対して,Xを健康保険及び厚生年金保険に加入させることを議題とする団体交渉を申入れ,市教委はこれに対し,Xと雇用関係にないので面会できないと回答したところ,組合は市教委に対し,違法な業務委託の中止及びALTの市教委による直接雇用を求めるとともに,団交拒否に抗議し団交を申入れた。
その後も,組合は市教委に対し,団交を申入れ(計8回),市教委はその度に,Xと雇用関係にないので団交に応じられないと回答した。
インタラック社は,Xとの雇用契約が2010年3月26日で終了するに辺り,Xの小学校における行動に問題があったとして,ALTではなく,企業向け講師として契約することを提案し,Xはこれを拒否したため,Xとインタラック社との雇用契約は終了した。
- (2)命令要旨(市の業務委託が実態として労働者派遣に当たるとの部分)
命令は,ALTの就労時間その他の勤怠管理の状況については,インタラック社が行なっており市が行なっていたとはいえないと認定しつつも,以下ア~ウで述べる点については,実質的な市の指揮命令を認定している。
- ア 授業の準備について
「X組合員は,インタラックから学校の指示に従ってS&L〈*編注-市が,受託者であるインタラック社に対し,ALTの1週間の業務内容を指示するもの。〉の作成をするように指示され,市は,X組合員に日本人担当教員と共にベース案を作成させることとし,教務主任等と内容を確認するように指示している」ことから,「市は,X組合員に対し,S&Lの作成については,指揮命令と評価される指示を行っていたと解される」。
「教材は,…教諭の求めにより…小学校提供のものを使用していたのであり…,この点は,学校による指揮命令とみざるをえない」。
- イ 授業の進行
「② 生徒が語彙又は文法で理解できない事項がある場合は,日本人担当教員が日本語で説明を行い,X組合員に対し,復唱練習の繰り返し又は表現の言い換えをするよう求めることがあった。」。
「X組合員に係るティーム・ティーチングについてみると,上記…の態様中②において,日本人担当教員がX組合員に対し,授業の進行中に復唱練習の繰り返しや表現の言い換えなどを求めており,X組合員はそれらの求めに従っていたと推認されるので,その点において業務委託の範囲を超えて業務遂行に関する指揮命令が部分的に行われたとみざるをえない」。
- ウ ALT研修会の開催と同研修会への出席
2009年6月まで「ALT研修会は,市がこれを主催して,ALTの出席を指示したうえ,同研修会において市がALT業務の遂行についてALTに二,三の指示をしたとみるのが相当である」。「業務委託が契約形式どおりに行われるためには,受託業務の遂行に必要なALTに対する研修を受託会社自身が行う必要があるが,市のALT研修会の態様はこの点で業務委託契約の範囲を超えていたと認められる」。
- エ 小括
「市のX組合員に対する指揮命令・指示は,部分的であったものの,業務請負(委託)と労働者派遣の区別との関係では業務委託として許されない指揮命令に当たるものであり,X組合員に係る市の21年度ALT業務委託の実態は,部分的に業務委託の形態を逸脱して,労働者派遣の形態に移行していたと認められる。」
- (3)業務委託契約という契約形態を用いることに関する検討
業務委託契約という契約形態を取ってALTを活用する場合,本件のように,ALTの就労実態から「偽装請負」の疑いのある事態が生じ,労働者派遣法等に抵触し得る場合は往々にして生じるものと考えられる。
また,一方で,労働者派遣法に抵触することのないよう業務委託契約として許される範囲でALTを活用しようとすれば,本件で,「業務委託としては許されない指揮命令に当たる」ないし「指揮命令とみられるものがなかったか疑念も残る」として指摘された上記ア~ウにあたる事項を学校側は行うことが出来ないこととなるが,それは,ALTのみならず,児童・生徒のより良い教育を受ける権利の観点から望ましい状況とはいえない。
- 6 意見(提言)
- (1) 以上述べたように,ALTについては,法制度上も,教育行政上も,その位置づけが不明確であり,どのようにしてALTが教育の現場に参加するのかそもそも定まっていないことが,ALTの労働者としての法的地位が不安定であることの大きな要因となっていると考えられる。
ALTは,学校の教職員とはまったく別個の契約関係・勤務体系にあり,特に,1学年未満のごく短期間の契約で,更新の保障もなく,勤務地も頻繁に変更され得ることから,同じ学校を職場として教育に携わるのにもかかわらず,ALTと他の教職員との間で,同じ職場の仲間として一体感を持つことが制度上困難となり,職場で孤立しがちになるばかりでなく,権利擁護も図られにくい環境に置かれることになる。
ALTを受け入れる側の意識としても,コストの低さや使い勝手に重点が置かれる結果,労働条件が良い業者が入札に負けるなど,教育よりも労働力ないし単純なサービスの提供という側面が前面に出る結果となっている。ALTの雇用に業務委託・派遣の形式が多用されているのはその顕著な例である。
これらの結果として,業務委託形式下で日本人教員とのティーム・ティーチングを行うと,委託元である学校での指揮命令に服することになって「偽装請負」の事態が生じ,また,派遣労働者の保護を図る労働者派遣法やILO第181号条約の趣旨に反する状態が生じている。
そして,担当教師とALTとのティーム・ティーチングが機能しないことによって,児童・生徒のより良い教育を受ける権利が十分に実現されないという本末転倒の実態が存在している。
その中でも,JETなど,ALTの雇用が比較的安定している雇用形態においては,ティーム・ティーチングが充実しているとの調査結果が出ており,ALTの安定的な雇用を実現することが児童・生徒のより良い教育を受ける権利の実現に密接に関連している実態が認められた。
以上のような検討を踏まえれば,ALTが安定的な雇用の下で,担当教師との十分な連携の下で学校教育に参加し,教育の実を上げることが制度趣旨に照らしても必要であり,そのための最も適切な雇用形態は,学校の運営主体による直接雇用であり,それも期間の定めが無いか少なくとも長期の雇用期間が予定されることが望ましいと考える。また,既に直接・長期の雇用契約が締結されている事例においても,その雇用条件の向上が図られることが望ましい。
仮に,派遣や業務委託等の雇用形態のALTを用いざるを得ないとしても,最低限,各自治体がその労働条件をチェックし(例えば,公契約条例の制定等の方法が考えられる。),ALTが適切な労働条件の下で英語教育に集中することができるように制度的な担保を付すべきである。
- (2) 今回の調査を通じて,日本人教員の行うティーム・ティーチングの手法に不満を述べるALTからは,英語の授業は,もっとコミュニケーション重視,使える英語の授業とすべきだという,授業をよりよくしたいとの熱意を感じる場面が多々あった。
このように授業に関してALTが行いたい内容と,日本人教員が行うべきこと,例えば,センター試験やグラマー,リーディングなど,受験の力をつける必要性との間にはギャップがある場合も多々あろう。日本人教員は,コミュニケーション重視の教育を否定している訳ではなく,指導要領にのっとり,受験対策として文法等にも取り組まざるを得ず,その観点からの保護者の期待にも応えなければならないので,コミュニケーションだけではいけないという要請がある。
そうすると,より良い英語教育により児童・生徒のより良い教育を受ける権利を実現し,外国文化の理解の促進を目的とする教育法規の趣旨を実現するためには,ティーム・ティーチング等の日本人教員と共同での英語教育を充実させる必要があるところ,そのためにも,ALT側の意見を集約し吸収するための仕組み作りを進め,ALTと日本人教員の意見をすり合わせる仕組み作りが必要になってくる。
その観点からは,3で前述した,ベテランのALTを教育委員会側のアドバイザーとして招き,そのALTに他のALTの連絡調整のハブになってもらう,ALT側から困ったことを相談してもらい,要望や改善すべき点があれば伝えてもらう等の工夫は有用である。
このようにALT側の意見を集約し吸収するための仕組み作りは,業務委託では成しえない。
- (3) 文部科学省は,グローバル化に対応した英語教育を進めるために,次期学習指導要領の改訂で小学5・6年生に教科としての「英語」を創設するほか,中学校では原則として日本語を使わずに英語の授業を行う方針を予定している。
そうであるとすれば,かかる方針に対応し,より良い英語教育により児童・生徒のより良い教育を受ける権利を実現するためにも,ALTの雇用形態としては直接雇用,しかも長期のものが望ましいのである。これが実現すれば,「偽装請負」の事態が生じることを防止し,また,派遣労働者の保護を図る労働者派遣法やILO第181号条約の趣旨が実現されることはもちろんである。
そして,長期のALTを確保する方法としては,雇用形態が最長5年に限定されているJETを前提とするだけでなく,現状,十分に活用されているとはえいない特別免許状及び非常勤特別講師の活用の方法も検討されるべきである。
既に,文部科学省は,2002年7月12日に,「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」を策定し,JETプログラムによるALTを特別非常勤講師への任用などを通じて活用促進することを打ち出していた。
現に少ないながらも,自治体の中には,特別非常勤講師としてALT単独での英語の授業を実現しているところもある。
さらに,文部科学省(初等中等教育教職員課)は,2014年6月19日,「特別免許状の授与に係る教育職員検定等に関する指針」を定め,日本の学校や国内のインターナショナルスクールなどで,教科としての英語の授業に「最低1学期間以上にわたり概ね計600時間(授業時間を含む勤務時間)以上」携わった経験があること,民間企業などで英語による勤務経験が「概ね3年以上」あることなどを定めている。
これによれば,現在の,ALTのほとんどに特別免許状の授与が可能になると思われる。
このように優秀なALTを確保すべき要請は国も認めるところであり,そのための法制度も準備されているのである。
かかる要請を実現するためにも,ALTの労働環境の充実が求められるのであって,繰り返しとなるがALTの長期の直接雇用を実現すべきである。
そして,これが実現した際には,英語教育について専門的知識を有するALTについては単なる「アシスタント」と扱うべきではなく,これを教育の主体として位置付けることがふさわしいだろう。
以上