2015(平成27)年12月18日
関東弁護士会連合会
1 意見の趣旨
関東弁護士会連合会は,その実施自体が被送還者の人権を侵害し,その実施方法においても当該被送還者の尊厳と人権を蹂躙する法務省入国管理局による強制送還の実態に強い懸念を表明すると共に,かように被送還者の尊厳と人権を無視した送還実施と送還方法について強く反対する。
2 意見の理由
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- (1)チャーター機による強制送還の実施
法務省入国管理局は,平成25年7月6日にフィリピン国籍者75名を,同年12月8日にタイ国籍者46名をチャーター機によって一斉強制送還した(平成25年7月9日及び同年12月10日の法務大臣閣議後記者会見の概要より)。当連合会は,平成26年1月16日付けで,チャーター便送還につき「このような被収容者・外国人の個別事情を無視した法務省入国管理局の姿勢は,国際人権規約等に違反するおそれがあり,場合によっては,裁判を受ける権利を実質的に奪うことにもなり,また,人道上の見地等からも問題があるものであるから,法務省入国管理局によるチャーター機を使用した一斉強制送還の実施に反対する」との意見を表明した。
- (2)今後のチャーター機による強制送還実施のおそれ
しかしながら,法務省入国管理局は,平成26年12月18日にも,スリランカ国籍者26名とベトナム国籍者6名をチャーター機によって一斉強制送還した(平成26年12月24日法務大臣閣議後記者会見の概要より)。
そればかりか,法務省は,平成27年9月15日,第5次出入国管理基本計画を公表したところ,そこには,「送還に応じないいわゆる送還忌避者に対しては,…平成25年から実施しているチャーター機を利用した集団送還をより積極的に活用する等の方策を推進して,その減少を確実に図っていく。」と明記されていた。
さらに,平成27年11月25日に,バングラデシュ国籍者22名のチャーター便送還が実施された(平成27年11月27日法務大臣閣議後記者会見の概要より)。
そして,法務省の作成した平成28年度歳出概算要求書によれば,「送還忌避者の専属輸送による送還経費」として,「93,017千円」が計上されている。よって,今後も,チャーター機による一斉送還実施が続行される危険性はなお高く,従来と同様の送還方法で一斉送還が実施された場合,以下の問題点が今後も現実的なものとして被送還者の前に立ちはだかる蓋然性が高い。
- (3)直近2件の一斉送還実施における問題点
平成26年12月18日に実施された,スリランカ及びベトナムへの一斉送還(以下「平成26年12月送還」という。),及び,平成27年11月25日に実施された,バングラデシュへの一斉送還(以下「平成27年11月送還」という。)には,少なくとも以下の問題点が認められた。なお,後述の問題点は,一斉送還時にのみ発生するものではなく,個別送還時にも同様の問題点は発生し得るものであるため,当連合会は,後述の問題点を内包する個別送還についても合わせて強く反対するものである。
- ア 裁判を受ける権利の重要性
新聞報道やNGO団体による声明によれば,平成26年12月送還は,難民認定申請を行っていた者を含む最初のケースであり,同送還において送還されたスリランカ国籍者の中には,難民と認定されなかったものの,異議申立の棄却決定が告知されて間もないため,難民不認定処分取消し請求訴訟を行う6か月の出訴期間中であった者が含まれているとのことである。被送還者の中には,難民不認定処分に対する異議申立棄却通知を受けた翌日には,弁護士若しくは家族らとの連絡することもできないまま送還されたと申告する者さえある。
また,報道によれば,平成27年11月送還における被送還者にも,難民認定申請を行っていた者が複数含まれており,彼らの中にも,上記6か月の出訴期間中であった者が存在するばかりか(JAPAN TIMES,2015年11月26日),さらに,難民不認定処分に対する異議申立棄却決定を通知された翌日に送還された者が含まれるということである(ロイター通信,2015年12月10日)。
かかる送還のタイミングは,行政事件訴訟法が裁決等の行政処分を争うことを認め,出訴期間の教示制度(行政事件訴訟法46条1項2号)を定めているにもかかわらず,被送還者につき,訴訟の途を実質的に閉ざすことになり,国籍を問わず認められる「裁判を受ける権利」(憲法32条)及び「適正手続保障」(憲法31条)を蔑ろにするものである。
この点について,法務省入管が直ちに事実の確認を行い,かかる送還を慎むように当連合会は強く求めるものである。
- イ ノン・ルフルマン原則違反の疑い
難民認定申請者の送還の問題性は,裁判を受ける権利との抵触のみに限定されない。
NGO等の調査によれば,平成26年12月送還にあって,スリランカへの被送還者の中には,在日スリランカ大使館に対して政権を抗議するデモを行うなど,日本国内で活発な政治活動をしている人も含まれていたことから,支援者らは本国送還後に迫害される危惧を抱いている(JAPAN TIMES,2014年12月20日)ところ,被送還者の中には,スリランカにおいて厳しい尋問を受けたり,身体拘束をされた者も存在するとの報告もある。
さらに,平成27年11月送還にあっても,難民認定申請を行っていた被送還者の中には,現在,バングラデシュ在住の家族と離れ,再逮捕の可能性に脅えながら生活している者も含まれているとのことである(ロイター通信,2015年12月10日)。
日本政府に庇護を求めてきた人間に,それを与えないばかりでなく,自らの難民性につき訴訟をする機会すら与えないままに,その者の安全・自由若しくは人権を危険に曝す行為があったとすれば,国際社会に対してまことに恥ずべき行為であり,拷問等禁止条約3条1項及び難民の地位に関する条約33条1項に定められるノン・ルフルマン原則等の国際法違反の疑いがあると言わざるを得ない。
また,バングラデシュへの被送還者については,これからの調査で明らかになってくるところもあるかと思われるが,こちらにおいても,ノン・ルフルマン原則等違反の疑いのある事例があるとすれば,ますます極めて遺憾である。
- ウ 家族の分離と子どもの権利保護の必要性
平成26年12月送還にあっては,配偶者と実子(未成年子)が日本に暮らす者も送還され,家族は引き裂かれた(なお,被送還者とその配偶者の国籍は異なった。)。先の当連合会意見でも明記したように,家族の分離は厳に慎むべきである。
また,NGOによれば,平成27年11月送還にあっては,日本人の配偶者がいる者も,一斉送還の数日前に突然収容され,家族や代理人にも連絡が取れないまま送還されたとの情報が支援団体に寄せられているとのことである。
市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)23条1項も,「家族は,社会の自然かつ基礎的な単位であり,社会及び国による保護を受ける権利を有する」と規定する。先の意見でも述べたとおり,日本人や永住者の配偶者等に対する送還が実施されてしまえば訴訟で争う途は実質的に閉ざされ,家族は離ればなれの生活を余儀なくされてしまうのであり,家族としての単位が破壊され,取り返しがつかない事態となってしまう可能性がある以上,少なくとも直近2件の一斉強制送還の実施はこれら国際人権規約に違反するおそれがある。
さらに,児童の権利に関する条約9条1項は,「締約国は,児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。ただし,権限のある当局が司法の審査に従うことを条件として適用のある法律及び手続に従いその分離が児童の最善の利益のために必要であると決定する場合は,この限りでない。このような決定は,父母が児童を虐待し若しくは放置する場合又は父母が別居しており児童の居住地を決定しなければならない場合のような特定の場合において必要となることがある。」と規定している。政府は,同条項につき解釈宣言を行い,出入国管理行政を同条約の埒外に置くが,国連子どもの権利委員会は,そのような解釈宣言に対して総括所見において繰り返し懸念を表明し,日本弁護士連合会もこのような政府の姿勢を批判し無条件の批准を求めている。そして,送還に伴う子どもへの精神的影響は計り知れない以上,子どもが存在する家族の送還に関しては,「児童の最善の利益」を慎重に検討すべきである。
日本政府が行った直近2件の一斉送還にあっても,残念ながら家族結合の決定的な重要性,若しくは子の最善の利益に対する慎重な考慮と配慮がなされなかったことにつき,当連合会は,非常に強い懸念を表明するものである。
- エ 送還の実施方法
これまでの一斉送還の過程で,被送還者の人権を侵害し,尊厳を蹂躙する行為があったとの報告もあるため,国はこの点についても直ちに調査を行い,公表すべきである。
- (4)一斉送還に留まらない問題
上述の諸問題は,個別事情が捨象されがちな一斉送還の場合に顕著に認められるため,当連合会は,被送還者の人権を蹂躙する形での一斉送還に一層強く反対するものである。しかし,個別送還においても,被送還者は同様の危険に曝され続けることとなる。
すなわち,未だ出訴期間中にも関わらず行政訴訟提起の機会を奪われ,ノン・ルフルマン原則に反して難民認定申請を行った者が送還され,送還方法にあって被送還者の人権と尊厳が踏みにじられる危険は,個別送還にあっても,十分に想定され得るため,被送還者の人権を蹂躙する個別送還に対しても,当連合会は,改めて強く反対の意を表明するものである。
- (5)結論
よって,当連合会は,被送還者の個別事情を無視し,その人権や尊厳を侵す危険の高い一斉送還を四度まで実施したことについて法務大臣及び法務省に強い反省を促し,二度と同様の一斉送還を行わないことを求めるほか,一斉送還にあっても,個別送還にあっても,被送還者の人権と尊厳を蹂躙する強制送還実施には,改めて強く反対するものである。
以上