関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

宣言・決議・意見書・声明等宣言・決議・意見書・声明等

平成27年度 大会宣言

高齢者の財産活用と身上配慮に関する宣言
―ホームロイヤー・任意後見・民事信託の普及を目指して―

 超高齢社会において,4人に1人が高齢者となり,判断能力が衰えていくとき,銀行取引を含めた財産管理や自身の望む質の高い生活をするための契約を自分自身で締結することが困難となる状況が拡大している。その際,高齢者にとって,頼りになるのは家族である。しかし,独り身の方や,家族がいても遠方に暮らしている場合,身近に,その高齢者の代理人として活動できる信頼できる者が必要となる。その役割を果たしうる者がホームロイヤー(かかりつけ弁護士)である。
 まず,ホームロイヤーに日常的に相談できる状況を作り,その中で当該弁護士との信頼関係を構築する。そのホームロイヤーに,判断能力を喪失した時の任意後見人となってもらうことで,事前の指示に基づく自分の意思を反映させ,さらには民事信託を活用し,残された人生を有意義に過ごすことができる。
 判断能力を喪失した場合のものとして法定後見制度があるが,現在の法定後見制度は,被後見人の財産を維持・管理することに主眼が置かれており,被後見人の生活の質を高めるための財産活用ができる状況ではない。
 そこで,これから高齢の時期を迎える方々に,ホームロイヤー・任意後見,さらには民事信託を活用することで,今後高齢者本人の意思に基づく財産活用と身上配慮のために役立てていただきたいと考える。当連合会は,以下の通り提言する。

第1 ホームロイヤーの普及に向けて

  1.  高齢者が抱える諸問題を解決し,自己決定を実現するためには,ホームロイヤーが活用されることが望ましい。
  2.  ホームロイヤーに対する市民からの信頼を得るために,弁護士会が,ホームロイヤー養成・支援体制を整備し,質の高いホームロイヤーを確保すべきである。

第2 任意後見の積極的活用に向けて

  1.  任意後見制度が広く社会全体において利用されるために,
    (1) 任意後見制度が,本人の自己決定の尊重という観点から法定後見制度に優るものであることを改めて広く知らせることにより,任意後見制度選択の機会を広げるべきである。 (2) 任意後見制度の存在について社会全体に知らせることを,弁護士会,裁判所,行政機関,地方自治体,公証人らの責務とすべきであり,市民が任意後見制度に関する情報に接するよう積極的な活動がなされるべきである。
  2.  弁護士会は,任意後見人候補者を養成し,社会全体において適切に希望者と候補者とを結びつける制度を設計・構築し,任意後見人候補者の養成・支援体制を整備するとともに,不祥事を予防するよう努めるべきである。
  3.  任意後見契約にあたっては,公証人において契約の内容を分かりやすく説明するよう努めるとともに,任意後見契約書の表現方法を平易化すべきである。

第3 民事信託の活用に向けて

 高齢者が,①自らの意思に従って老後の財産管理者を選び,自らの意思に従った財産活用を求める場合,②判断能力があるために成年後見制度の対象とはならないが財産管理制度を求める場合,③財産承継の場面において通常の民法では有効性に疑問があるとされる後継ぎ遺贈を行いたいと考えている場合など,今まであまり活用されてこなかった「民事信託」の利用を積極的に進めていくべきである。また,弁護士会としてはそのために必要な研究及び研修を進めるべきである。

 以上の通り宣言する。

2015(平成27)年9月18日
関東弁護士会連合会

提案理由

第1 ホームロイヤーの普及に向けて

  1. 超高齢社会を迎えて
     平成26年9月15日現在の総務省の統計によれば,現在,65歳以上の高齢者人口は3296万人,総人口に占める割合は25.9%であり,また,75歳以上の高齢者人口は,1590万人,総人口に占める割合は12.5%となっている。
     このように,現在,日本は4人に1人以上が65歳以上,8人に1人が75歳以上という,紛れもない超高齢社会を迎えている。
     このような超高齢社会に対応するため,国では2000年の介護保険制度,成年後見制度の創設等の各種法整備や行政サービスの整備を進めたが,それでも,少子化による高齢者人口割合の増加,核家族の増加により,単身独居世帯や高齢者夫婦世帯は増え続けており,既存の法整備や行政サービスでは対応できない問題が多々生じている。
     例えば,現状の法制度では,判断能力が著しく低下した高齢者が財産管理を家族や成年後見人に委ねる場合に,従前,本人が描いていたとおりの財産の使い方や暮らしが実現されているとは言い難い状況にある。本人としては,自分の蓄えを配偶者の暮らしや子どもの暮らしの援助に充てていきたいと考えていたとしても,成年後見制度の下では本人以外のための支出は最低限度でしか認められていない。あるいは,本人としては蓄えを自分のために使い余生を豊かに過ごしたいと考えていたとしても,判断能力が低下した高齢者本人の財産を巡り推定相続人間で争いが生じ,結局,全く面識のない専門職の成年後見人が選任された場合には,従前の本人の意思に沿って財産管理することは困難である。判断能力が喪失した後では,高齢者本人の希望や意思を尊重しようにも,意思確認すらとれない。こういった事態に陥ることは決して珍しいことではない。
  2. 高齢者になってから直面する問題
     私たちが日常生活を送るにあたり,契約という形で選択を求められる場面は少なくない。特に高齢者になってからは,その後の人生をより豊かなものにするための選択を迫られることが多い。
     例えば住む場所ひとつとっても,有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅に入居するか,自宅に住み続けてバリアフリーに改築するかという難しい選択を迫られる。また,診療契約や介護契約も重要である。どのような治療を受け,どのような介護サービスを受けるかという問題は,高齢者自身で決めるのが望ましい。
     また,高齢者は,判断能力の程度にかかわらず,近年多発するいわゆる振り込め詐欺等の消費者被害を受ける危険性が高くなる。実際に被害にあってしまうと,被害を回復するのは極めて困難であるから,事前にきちんと財産を管理して,被害を受けないようにすることが肝要である。そのためには,①法定後見,②任意後見,③日常生活自立支援事業,④財産管理契約等,様々な方法が考えられるが,一人ひとりの希望にあった,もっとも適切な財産管理の方法を検討する必要がある。
     さらに,高齢になり判断能力が低下してしまうと,日常生活に必要な預貯金の取引や管理が困難になる。例えば,銀行印を忘れ,銀行窓口で混乱してしまったり,カードや通帳を頻繁に紛失してしまったりするケースが想定される。足腰が弱くなった,交通手段がないなどの理由で,金融機関に行くことすら困難な高齢者も多い。高齢者に代わって家族が払い戻しに行く場合には,本人同行でなければ払い戻しができない,払い戻し限度額を設けるなどの対応をする金融機関もあって不便である。
  3. 金融機関の取組み
     現在,金融機関の顧客には,認知症等により判断能力が低下しているにも関わらず,成年後見制度を利用していない方が多数存在する。これらの顧客は,判断能力が不十分であり,支援者が不存在であると金融機関との取引でトラブルが多発しやすい状況にある。
     現に,金融機関においては,成年後見制度を利用していない認知症等の判断能力に問題が生じている顧客との取引について,次のようなマニュアル等を作成し,人手間と時間をかけている(「金融機関役席者のための高齢者応対・相続・事務手続の基本」㈱きんざい発行・参照)。
     ① 認知症等の顧客の判断基準を作成し確認
     ② 認知症等の顧客の抽出,リストアップ
     ③ リストアップした認知症等の顧客が来店した場合の対応マニュアルの作成
     金融機関においては,認知症等の顧客の家族等がいれば連絡し,同行の上,来店を求めるケースもある。これらの場合,家族等に代筆を受けることもあるようだが,家族等がいない一人暮らし高齢者や夫婦だけのケースの場合には,金融機関が自己責任のもとで対応を迫られることになっている。
     金融機関においては,日々この様な対応に迫られており,他方で,判断能力の低下した顧客は,自己の預貯金を自由に活用することが出来ない状況が生じている。
     この様な状況に対しては,個別の対応ではなく,円滑な取引を可能とする制度を策定することが,金融機関・顧客・地域経済にとって有益である。
  4. 事前準備の重要性
     高齢者が直面する諸問題を未然に回避するためには,判断能力が衰えたときに備えて,判断能力があるうちに自ら準備することが大切である。
     体力も判断能力もあるうちであれば,将来の住居の問題,財産管理の問題,介護の問題等,感じている不安について専門家や家族と相談しながら,様々な方法の中から自分の希望する方法を選択することができるが,判断能力が衰えてからでは,財産管理や介護等に対する選択の自己決定すら困難になってしまう。
     そして,同時に,自分が老いた時に自分の生き方を実現するために協力してくれる,信頼できる存在を探す必要もある。なぜなら,判断能力が衰えてしまうと,協力してくれる相手が本当に自分の期待に応えてくれるにふさわしい相手かどうかを自ら判断することもできないからである。協力者のあり方を巡っては,親族間での紛争に発展するケースも少なくない。
     このように,高齢者本人が,判断能力が衰えた後もその人らしい暮らしを継続するためには,あらかじめ準備をすることが極めて重要である。
  5. 弁護士による関与の必要性
     高齢者が直面する諸問題に最も適切に対応できるのは,紛争解決に習熟し,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士である。
     弁護士は,紛争解決に習熟していることから,高齢者の生活にかかわることで,起こりうる将来の紛争を見越した適切な予防策を講じることが可能である。また,万が一紛争が生じた場合にも,紛争解決に習熟しているからこそ,即座の対応が可能となる。
     さらに,高齢者の意思に叶った財産管理,トラブル解決を実現するためには,福祉関係者,行政機関,金融機関,不動産業者,税理士など様々な関係者と連携をとり,協力体制を構築することが必要とされる。弁護士は,管財業務や遺言執行業務を生業としているとおり,問題解決のために総合的な見地から,関係者を繋ぎ,適切な連携,協力を指示する能力を有している。この点からも,弁護士による関与が求められる。
  6. ホームロイヤーについて
     ホームロイヤーとは,ホームドクターの社会生活版であり,言わば「かかりつけ弁護士」である。高齢者が社会生活を送る中で生じる様々な問題の解決を日常的に相談できる仕組でもある。
     ホームロイヤーが行う業務は,日常的な法律相談,財産管理契約,任意後見業務,遺言作成業務,死後委任業務等である。財産管理契約以下は,当該高齢者との間で,必要に応じて個別に契約を締結することになる。
     超高齢社会となった今,高齢者の財産管理,相続におけるニーズは多様化,複雑化しており,従来型のスポット的な関与では,当該高齢者の意思を汲み取り,実現することは困難となっており,このようなニーズに十分に応えることはできない。
     財産管理契約,任意後見契約,遺言において,当該高齢者の意思を真に実現することができるのは,日ごろからかかりつけ弁護士として,当該高齢者の生活に長年関与し,信頼関係を構築しているホームロイヤーである弁護士である。日常的な法律相談を通じて,当該高齢者がいかなる人生を送り,どのような人間関係を構築し,何を重視しているのかを理解することで初めて当該高齢者の意思を実現することが可能となるといえる。  このように,高齢者にとっては,弁護士がホームロイヤーとなることにより,トータルな生活支援を受けることができ,関係諸機関にとっては弁護士が当該高齢者にホームロイヤーとして関わることにより,円滑な対応が可能となる。
     そして,最も重要な点は,高齢者とホームロイヤーが協力して高齢者本人の身上配慮を可能とするライフプランを作成し実現できることにある。
  7. 金融機関におけるホームロイヤー活用例
     現在,各金融機関では,高齢者と財産管理契約を結んだ弁護士の扱いについて,成年後見の届け出のような定めにより対応することは少ない状況にある。公正証書による契約書を提示しても即時に対応してくれないことが多いのが現状である。
     顧客からすれば,自らの資産を活用しようと考え,第三者へ委任をしても,各金融機関の体制が整っていないことにより,不利益を被ることは財産権が侵害されているに等しい。
     そこで,ホームロイヤーを活用することにより,金融機関と顧客との円滑な取引を確立していく方策を検討するべきである。将来的には,弁護士会と金融機関との間で協定を締結し,実践していくべきである。
     具体的な例を挙げる。
    ① 現在,金融機関は,遺言執行者の場合,公正証書遺言を提示すれば払戻しに応じている。このように,財産管理人(ホームロイヤー)が公正証書による財産管理契約書を提示すれば,預金払戻しが認められる仕組みを構築する。
     なお,一部の大手銀行においては,任意の財産管理に対応できる「代理届」の手続を整備し,財産管理人が取引しやすいように配慮している。すなわち,公正証書による財産管理契約書(写し)と銀行が用意した代理届(本人と財産管理人連名の届出。期間は限定か無期限かを選択できる)を提出しておけば,以後は代理人の名前と印鑑で取引ができるようにしている。
    ② 財産管理の方法として,財産管理人(ホームロイヤー)が,近くの金融機関に金銭管理を行う口座(財産管理用口座)を開設可能とすること。財産管理用口座へ,本人の預金から一定額を入金し,日常の金銭管理はすべてその口座を通すことが可能となれば財産管理人にとっても,本人に取っても便宜である。また,財産管理用口座から必要な費用を払い戻して各種支払に充てたり,高額介護費の還付金やその他の収入があればその口座に入金にしたりすれば,簡便な財産管理となる。
  8. 後見制度支援信託との関係
     現在の法定後見制度は,被後見人の財産を管理することに主眼が置かれており,被後見人の生活の質を高めるために財産活用ができる状況にはない。被後見人に相当額の預貯金がある場合には,家庭裁判所は,親族後見人による横領等の不祥事対策のために,後見制度支援信託の利用を強く促している。そのため,被後見人の財産は,地域の金融機関から大手信託銀行へ移行され,事実上凍結されている状況にある。
     後見制度支援信託は,最高裁判所により平成24年2月から運用が始まった。ある報道によれば,運用開始から平成26年9月末までの間に,約786億円が後見制度支援信託の利用によって大手信託銀行へ預けられたとのことである。これは,被後見人の財産活用という観点においても,地域の経済活性化という観点からも由々しき状況である。
     高齢者がホームロイヤーを任意後見人に選任することで,より柔軟な財産活用が可能となり,地域経済にもプラスの効果がある。
  9. 今後の課題
     以上より,高齢者の柔軟な財産活用のためには,ホームロイヤーが活用されることが望ましいといえる。
     ホームロイヤー業務は,過去の一時点の問題解決を図る従来の弁護士業務とは全く異なる。すなわち,ホームロイヤーとは,高齢者の生活全般を,トータルに,継続的に,かつ医療・介護・福祉関係者などをコーディネイトしていく業務であって,弁護士は,従来の弁護士業務の長所を生かしつつ,かつ,これにとらわれずに,国民のニーズに応えていくべきである。
     一方で,成年後見人に就任した弁護士が不祥事を行うなど,弁護士への信頼を揺るがす事態が発生しており,市民からは,弁護士,弁護士会に対する不安の声も聞かれるところである。それゆえ,弁護士会において,ホームロイヤーとともに,将来,判断能力が減退する高齢者の任意後見人を養成する以上,高齢者の財産侵害行為に対する防御手段が講じられなければならない。そのために,弁護士会は,質の高いホームロイヤー・任意後見人を養成するだけでなく,これに対して様々な支援を行うことで,ホームロイヤー・任意後見人の信頼性の確保に努めるべきである。
     以上のとおり,弁護士がホームロイヤー業務に精通し,利用者の信頼を勝ち取るために,日本弁護士連合会・単位弁護士会がホームロイヤーを養成・支援する環境を整備していくべきである。

第2 任意後見の積極的活用に向けて

 任意後見制度は,任意後見契約に関する法律が平成12年4月に施行されたこと等により創設された制度である。任意後見制度は,創設当初,自己決定の尊重,ノーマライゼーションの拡充といった,従前の諸制度にはなかった理念の実現を担うものとして期待されてきた。しかし,現在まで,法定後見を中心とした運用がなされており,任意後見制度は期待された役割を果たしているとは言い難い状況にある。
 任意後見制度が普及しない原因としては,そもそも任意後見制度が社会全体に知られておらず,後見が必要となる事態に備えるといった風潮がないことが挙げられる。また,任意後見制度の存在を知っていても,契約の内容を理解することが当事者にとって困難であれば,やはり任意後見制度は避けられることになり,その点も任意後見制度の利用が伸びない一因となっている。しかし,任意後見制度が,本人が最期まで自己の意思を実現させる有効な方法であることに変わりはなく,任意後見制度をより多くの市民に安心して利用できるようにすることが必要である。

  1. 任意後見を周知させること
    (1)任意後見制度は,本人の判断能力が低下した場合に備え,本人自身が任意後見人受任者(以下「受任者」という。)及び委任事項を決定することができるのであり,自分の判断能力が低下した場合でも,自分の生き様,価値観に沿った生活の実現に尽くしてくれる者に対して,その実現に必要な範囲で事務を委任することができる。また,任意後見契約発効後も本人の行為能力は制限されないため,本人自身も単独で契約を締結することができるのであり,本人の自己決定の尊重を図る制度設計となっている。
     これは,家庭裁判所が成年後見人等の選任を行い,その成年後見人等の権限は法定されている法定後見制度とは決定的に異なる点であり,本人が各制度のメリット・デメリットを知り,理解した上で,最良と考える制度を決定することが,本人にとって最善である。
     なお,今般,法定後見類型において,家庭裁判所から,後見制度支援信託の利用の検討を指示される事件が増加している。本人が同信託の利用を望まないのであれば,任意後見制度を選択することで本人意思が尊重される。また,任意後見制度と福祉型信託との併用により,身上監護と財産管理のそれぞれにおいて,それぞれの担当者が得意分野に集中し,相互に連携することで高齢者の意思をよりよく実現できる可能性がある。
    (2)ところが,現状,社会全体にわたって任意後見制度の認識,知識,理解が不足しており,自己決定の前提を欠いている。これを打開するためには,任意後見制度のさらなる周知が必要であるが,任意後見制度は,社会経済に利益を直接もたらすものではなく,市場経済に委ねることは期待できない。
     そのため,裁判所や行政機関等による周知活動がなければ市民に広く知ってもらうことは事実上困難であり,周知を裁判所等の責務とすることにより,裁判所等の役割を定めるとともに,それに向けた活動方針,予算策定等を実現させることが必要不可欠である。もって制度利用者の身近における周知を図るべきである。
     さらに,任意後見制度の周知にあたっては,弁護士会もまたその責務を率先して負うべきである。弁護士は任意後見人受任者となることが期待されているが,これは本人が望む権利擁護,権利行使を専門家の立場として実現し,究極的には本人の基本的人権の擁護を実現させるためである。そのため,弁護士会は,社会的責務として,任意後見制度の周知を行うべきである。
     周知活動については,現在,裁判所をはじめとする関係諸機関にパンフレットを置き,また,各機関のホームページに情報を掲載しているが,それでは任意後見を必要と考えた市民のみがその情報に接するにとどまり,任意後見を知らない市民には情報が届くことはない。そのため,情報の周知においてはこれまでの方法を改め,介護施設や医療機関,市役所や駅など多くの市民が集う場所においても行うようにし,さらには,テレビや新聞等のマスコミを利用した広報活動も行うことが必要である。
  2. 任意後見人候補者の養成
    (1)上記のとおり,任意後見制度の存在意義の1つは,本人が受任者を選べることにあるが,本人において,受任者としたいと思える者がいなければ制度の利用はおぼつかない。この点,現状では,受任者及び任意後見人候補者の能力は,個々の受任者次第との面がある。
     しかし,受任者及び任意後見人候補者の能力がまちまちでは,本人は安心して受任者を決めることができないであろうし,任意後見制度自体への信頼も揺らぎかねない。
     そこで,社会全体はもちろんであるが,任意後見制度に関わる弁護士会において,受任者及び任意後見人候補者の能力を担保すべく,養成を行うべきである。その際には,任意後見制度の趣旨が自己決定の尊重にあることを共通認識とすべきである。
    (2)また,任意後見人候補者がいたとしても,任意後見人を希望する者とが結びつかなければやはり制度は利用されない。
     そこで,任意後見制度の利用を希望する者が,任意後見人候補者を探すことが容易となるように,例えば市区町村ごとに任意後見人候補者バンクを作るなどして,適切な任意後見人候補者にたどり着く制度も作り上げることが考えられる。また,弁護士会としても,任意後見人受任者登録名簿を作り,地域包括支援センターと連携して,同センターからの要請に応じて任意後見人候補者を派遣してマッチングを行うなどすることで,任意後見制度の積極的活用に貢献することが考えられる。
     さらに,任意後見人候補者と任意後見制度の利用を希望する者とのマッチングが終わった後も,弁護士及び弁護士会は,任意後見制度のよりよい利用を実現するために,継続してサポートしていくことが求められる。
  3. 任意後見契約書の平易化
     任意後見契約は,公証人が作成する公正証書によることが要件とされているが,法律文書である以上,文言の明確性を重視しなければならない。しかし,その一方で,任意後見契約を締結する当事者の多くは,契約文言の理解に不安がある高齢者や障害者であり,任意後見契約書を締結する本人が契約書の内容を理解することに困難があっては利用をためらうこととなり,任意後見制度の普及の障壁となりかねない。
     そこで,任意後見契約を締結するに際し,契約に携わる公証人は,本人が契約の内容を理解できるような方法をとり,また,改良していくことが必要である。任意後見契約を締結する本人は,高齢者や障害者が多く,抽象的な説明や短時間での説明では理解することが困難であることが想定される。そのため,説明にあたっては,具体的な説明を,時間を十分かけて行うことが必要である。例えば,本人に契約内容を説明する際に,予め用意されている説明文や図を示し,又は,それらを交付して,後日改めて理解できたか確認するようにすることが挙げられる。
     また,文言の明確性を損なうことなく,任意後見契約書の文言や表現を平易化することにより,当事者が任意後見契約を締結することに対する心理的抵抗感を弱め,任意後見制度を積極的に利用できるようにすることも必要である。具体的には,法律用語全般の言い換えのみならず,漢字へのルビ振りや,丁寧体による表記,当事者の状況に応じた漢字の使用の抑制等が挙げられる。
  4. 任意後見の問題点
     任意後見候補者が,高齢者本人の判断能力が低下しているにもかかわらず,裁判所に任意後見監督人を申し立てないまま放置し,その一方で本人から預かった資産を流用する事例が問題となった。任意後見人には,高齢者本人が信頼できる者を選任するが,上記の事例のように悪用されることもある。
     それでも,法定後見とは異なり保護ではなく,判断能力ある者が信頼し自己決定権を尊重した仕組みである。その意義を理解し,任意後見の仕組みを活用していくべきである。そして,ホームロイヤーから任意後見へと進む場合には,任意後見の仕組みがコンプライアンスを持つよう育てあげていくべきであり,将来,弁護士会が,任意後見人候補者を養成・支援してゆく体制づくりを行うべきである。

第3 民事信託の活用に向けて

 平成18年12月に信託法が改正され(平成19年9月施行),民事信託の利用の道が開かれたものの,その利用は進んでいない。そして,弁護士の民事信託の利用に対する動きは,民事信託士の創設を目指す司法書士などの他士業と比べても遅れている。
 確かに,信託には税法上の使いづらさや,信託業法により受託者の資格が厳しく制限されているなど,その利用を妨げる問題点はある。税法の問題については平成24年1月に日弁連が提言をしたものの改正が進んでいない。また,信託業法の問題については,信託法改正時における衆議院及び参議院での附帯決議の内容が推進されていないという状況にある。これらの問題点に関しては,当連合会としても法改正による改善を求める必要がある。
 しかしながら,現存する上記の問題点を考慮したとしても,以下のとおり,民事信託には特有の有用性があり,また弁護士として信託に関わることは可能である。
 第1に,成年後見制度を代替し,また成年後見制度と併用する手段として有用である。現行の成年後見制度によれば,後見人等はあくまで家庭裁判所が選任するため,任意に選ぶことができない。これに対し,民事信託によれば,受託者を自由に選ぶことが可能である。また,後見制度支援信託を見ても分かるように,現行の成年後見制度は本人の財産を維持することに主眼が置かれており,ともすれば,本人の真意に反しかねない硬直的な財産管理が求められている。これに対し,判断能力があるうちに,本人の財産を有効に活用する信託を設定することで,高齢者の判断能力がある時期の意思に従った財産活用(財産におけるリビング・ウィルのような活用)が可能となる。さらに,本人の判断能力が完全に低下した場合,信託のみでは身上監護に問題を生ずることが考えられるが,その場合は信託により財産活用を図った上で,成年後見制度により身上監護を行うなど,両者を併用することもできる。
 第2に,民事信託による財産管理は,成年後見制度の利用対象とならない者による利用が可能である。すなわち,成年後見制度はあくまでも判断能力が低下した者しか利用することができない。これに対し,民事信託は判断能力に関係なく利用することができる。したがって,身体能力が低下などにより日常の外出が困難なため,あるいは,多額の財産管理が負担となっているため,ある程度包括的な財産管理を他者に任せたい場合などに有用である。
 第3に,民事信託によれば,通常の民法に従った相続では有効性に疑問があるとされる後継ぎ遺贈を実質的に行うことが可能である。民法の通説によれば,後継ぎ遺贈は認められず,判例上も認められていない。しかし,たとえば,前妻の子と後妻が法定相続人となる相続において,後妻の生存中は後妻に財産の利用をさせ,最終的に前妻の子に取得させたいとする場合や,子が居ない夫婦間の相続において,自らが親から受け継いだ財産を,他方配偶者の生存中は他方配偶者に利用させ,最終的に自らの兄弟姉妹に取得させたい場合など,後継ぎ遺贈を必要とするケースは存在する。このような場合,民事信託は有用である。なお,このほかに,中小企業の事業承継等においても,民事信託の有用性が説かれている。
 弁護士の信託との関わり方として,先述のとおり信託業法の規制が存在するため,弁護士自身が受託者となることは困難が伴う。しかしながら,弁護士が信託の文案を作成することはもとより可能である。さらに,信託設定全体のコーディネーターという関わり方も考えられる。また,信託監督人及び受益者代理人に関しては,特に資格の制限はないことから,弁護士がこれらに就任することは可能である。このように,弁護士が信託に関わる方法は現状でも存在するのであって,弁護士が法律の専門家として創意工夫をすることにより,従前の遺言や成年後見といった制度にとらわれない柔軟かつ合理的な解決策を,民事信託の利用によって提案,実行する途が,少なくとも法制上は存在するといえる。
 さらに,弁護士は他士業との比較において,一般的に,契約書の文案作成に関わる頻度が高いことや,訴訟を通した紛争解決に関わる頻度が高いことなど,民事信託に関与することに適した資質があるといえる。
 そうであるところ,弁護士業務の現状を見るに,多くの弁護士が民事信託を積極的に利用しているということはなく,むしろ,本来であれば民事信託の利用という解決策を法律の専門家として提示するべき場面においても,十分にこれを行うことができていないものと思われる。これは,弁護士が国民の需要にきちんと応えていないということを意味するものともいえる。
 その原因は,確かに,税法上の使いづらさや受託者の厳格な資格制限などの現時点での立法に由来する面もあるが,必ずしもそれだけではなく,個々の弁護士が,信託法制について十分な理解をしていないことにもあるものと考えられる。
 そうすると,民事信託の利用には,個々の弁護士の研鑽が一義的に重要ではあるといえ,さらに,個々の弁護士の研鑽をサポートするために,弁護士会も各種の研修等をより積極的に行うべきである。
 以上の次第であるから,当連合会としては,民事信託の積極的な利用を提言する。また,今後の積極的な利用に備え,研究及び研修を進めるべきである。

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