超高齢社会において,4人に1人が高齢者となり,判断能力が衰えていくとき,銀行取引を含めた財産管理や自身の望む質の高い生活をするための契約を自分自身で締結することが困難となる状況が拡大している。その際,高齢者にとって,頼りになるのは家族である。しかし,独り身の方や,家族がいても遠方に暮らしている場合,身近に,その高齢者の代理人として活動できる信頼できる者が必要となる。その役割を果たしうる者がホームロイヤー(かかりつけ弁護士)である。
まず,ホームロイヤーに日常的に相談できる状況を作り,その中で当該弁護士との信頼関係を構築する。そのホームロイヤーに,判断能力を喪失した時の任意後見人となってもらうことで,事前の指示に基づく自分の意思を反映させ,さらには民事信託を活用し,残された人生を有意義に過ごすことができる。
判断能力を喪失した場合のものとして法定後見制度があるが,現在の法定後見制度は,被後見人の財産を維持・管理することに主眼が置かれており,被後見人の生活の質を高めるための財産活用ができる状況ではない。
そこで,これから高齢の時期を迎える方々に,ホームロイヤー・任意後見,さらには民事信託を活用することで,今後高齢者本人の意思に基づく財産活用と身上配慮のために役立てていただきたいと考える。当連合会は,以下の通り提言する。
第1 ホームロイヤーの普及に向けて
第2 任意後見の積極的活用に向けて
第3 民事信託の活用に向けて
高齢者が,①自らの意思に従って老後の財産管理者を選び,自らの意思に従った財産活用を求める場合,②判断能力があるために成年後見制度の対象とはならないが財産管理制度を求める場合,③財産承継の場面において通常の民法では有効性に疑問があるとされる後継ぎ遺贈を行いたいと考えている場合など,今まであまり活用されてこなかった「民事信託」の利用を積極的に進めていくべきである。また,弁護士会としてはそのために必要な研究及び研修を進めるべきである。
以上の通り宣言する。
2015(平成27)年9月18日
関東弁護士会連合会
第1 ホームロイヤーの普及に向けて
第2 任意後見の積極的活用に向けて
任意後見制度は,任意後見契約に関する法律が平成12年4月に施行されたこと等により創設された制度である。任意後見制度は,創設当初,自己決定の尊重,ノーマライゼーションの拡充といった,従前の諸制度にはなかった理念の実現を担うものとして期待されてきた。しかし,現在まで,法定後見を中心とした運用がなされており,任意後見制度は期待された役割を果たしているとは言い難い状況にある。
任意後見制度が普及しない原因としては,そもそも任意後見制度が社会全体に知られておらず,後見が必要となる事態に備えるといった風潮がないことが挙げられる。また,任意後見制度の存在を知っていても,契約の内容を理解することが当事者にとって困難であれば,やはり任意後見制度は避けられることになり,その点も任意後見制度の利用が伸びない一因となっている。しかし,任意後見制度が,本人が最期まで自己の意思を実現させる有効な方法であることに変わりはなく,任意後見制度をより多くの市民に安心して利用できるようにすることが必要である。
第3 民事信託の活用に向けて
平成18年12月に信託法が改正され(平成19年9月施行),民事信託の利用の道が開かれたものの,その利用は進んでいない。そして,弁護士の民事信託の利用に対する動きは,民事信託士の創設を目指す司法書士などの他士業と比べても遅れている。
確かに,信託には税法上の使いづらさや,信託業法により受託者の資格が厳しく制限されているなど,その利用を妨げる問題点はある。税法の問題については平成24年1月に日弁連が提言をしたものの改正が進んでいない。また,信託業法の問題については,信託法改正時における衆議院及び参議院での附帯決議の内容が推進されていないという状況にある。これらの問題点に関しては,当連合会としても法改正による改善を求める必要がある。
しかしながら,現存する上記の問題点を考慮したとしても,以下のとおり,民事信託には特有の有用性があり,また弁護士として信託に関わることは可能である。
第1に,成年後見制度を代替し,また成年後見制度と併用する手段として有用である。現行の成年後見制度によれば,後見人等はあくまで家庭裁判所が選任するため,任意に選ぶことができない。これに対し,民事信託によれば,受託者を自由に選ぶことが可能である。また,後見制度支援信託を見ても分かるように,現行の成年後見制度は本人の財産を維持することに主眼が置かれており,ともすれば,本人の真意に反しかねない硬直的な財産管理が求められている。これに対し,判断能力があるうちに,本人の財産を有効に活用する信託を設定することで,高齢者の判断能力がある時期の意思に従った財産活用(財産におけるリビング・ウィルのような活用)が可能となる。さらに,本人の判断能力が完全に低下した場合,信託のみでは身上監護に問題を生ずることが考えられるが,その場合は信託により財産活用を図った上で,成年後見制度により身上監護を行うなど,両者を併用することもできる。
第2に,民事信託による財産管理は,成年後見制度の利用対象とならない者による利用が可能である。すなわち,成年後見制度はあくまでも判断能力が低下した者しか利用することができない。これに対し,民事信託は判断能力に関係なく利用することができる。したがって,身体能力が低下などにより日常の外出が困難なため,あるいは,多額の財産管理が負担となっているため,ある程度包括的な財産管理を他者に任せたい場合などに有用である。
第3に,民事信託によれば,通常の民法に従った相続では有効性に疑問があるとされる後継ぎ遺贈を実質的に行うことが可能である。民法の通説によれば,後継ぎ遺贈は認められず,判例上も認められていない。しかし,たとえば,前妻の子と後妻が法定相続人となる相続において,後妻の生存中は後妻に財産の利用をさせ,最終的に前妻の子に取得させたいとする場合や,子が居ない夫婦間の相続において,自らが親から受け継いだ財産を,他方配偶者の生存中は他方配偶者に利用させ,最終的に自らの兄弟姉妹に取得させたい場合など,後継ぎ遺贈を必要とするケースは存在する。このような場合,民事信託は有用である。なお,このほかに,中小企業の事業承継等においても,民事信託の有用性が説かれている。
弁護士の信託との関わり方として,先述のとおり信託業法の規制が存在するため,弁護士自身が受託者となることは困難が伴う。しかしながら,弁護士が信託の文案を作成することはもとより可能である。さらに,信託設定全体のコーディネーターという関わり方も考えられる。また,信託監督人及び受益者代理人に関しては,特に資格の制限はないことから,弁護士がこれらに就任することは可能である。このように,弁護士が信託に関わる方法は現状でも存在するのであって,弁護士が法律の専門家として創意工夫をすることにより,従前の遺言や成年後見といった制度にとらわれない柔軟かつ合理的な解決策を,民事信託の利用によって提案,実行する途が,少なくとも法制上は存在するといえる。
さらに,弁護士は他士業との比較において,一般的に,契約書の文案作成に関わる頻度が高いことや,訴訟を通した紛争解決に関わる頻度が高いことなど,民事信託に関与することに適した資質があるといえる。
そうであるところ,弁護士業務の現状を見るに,多くの弁護士が民事信託を積極的に利用しているということはなく,むしろ,本来であれば民事信託の利用という解決策を法律の専門家として提示するべき場面においても,十分にこれを行うことができていないものと思われる。これは,弁護士が国民の需要にきちんと応えていないということを意味するものともいえる。
その原因は,確かに,税法上の使いづらさや受託者の厳格な資格制限などの現時点での立法に由来する面もあるが,必ずしもそれだけではなく,個々の弁護士が,信託法制について十分な理解をしていないことにもあるものと考えられる。
そうすると,民事信託の利用には,個々の弁護士の研鑽が一義的に重要ではあるといえ,さらに,個々の弁護士の研鑽をサポートするために,弁護士会も各種の研修等をより積極的に行うべきである。
以上の次第であるから,当連合会としては,民事信託の積極的な利用を提言する。また,今後の積極的な利用に備え,研究及び研修を進めるべきである。