関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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平成28年度 声明

「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案」における罰則の強化等にあらためて強く反対する理事長声明

第1 声明の趣旨

 当連合会は,政府が2015年3月6日に第189国会(常会)に提出した出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)の一部を改正する法律案(以下「本改正案」という。)に対して,同年6月4日,反対する理事長声明を発出したが,本改正案が第192回国会(臨時会)でも審議が継続されているため,あらためて反対する声明を発出する。

第2 声明の理由

  1. 1 本改正案の概要
     本改正案は,「偽りその他不正の手段により,上陸の許可等を受けて本邦に上陸し,又は第4章第2節の規定による許可を受けた者」につき,「3年以下の懲役若しくは禁固若しくは300万円以下の罰金に処し,又はその懲役若しくは禁固及び罰金を併科する」罰則規定を,また,上記の行為を営利目的で「実行を容易にした者」につき,「3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する」罰則規定を新設するものである。
     また,入管法「別表第一」の在留資格を有する外国人が,所定の「活動を行っておらず,かつ,他の活動を行い又は行おうとして在留している」場合も在留資格取消事由とするものである。
  2. 2 罰則規定の新設について
    (1)立法事実の不存在
     罰則規定新設の必要性について,政府は,2013年12月10日に閣議決定した「『世界一安全な日本』創造戦略」が,「不法滞在対策,偽装滞在対策等の推進」を掲げ,不法滞在者及び偽装滞在者の積極的な摘発を図り,在留資格を取り消すなど厳格に対応していくとともに,これらを助長する集団密航,旅券等の偽変造,偽装結婚等に係る各種犯罪等について,取締りを強化するとしていることを挙げる。
     しかし,政府統計によると,不法滞在者数は,29万8646名(1993年5月1日時点)から,5万9061名(2014年1月1日時点)まで大幅に減少してきた。その後,6万0007名(2015年1月1日時点),6万2818名(2016年1月1日時点)と増加しているが,その増加率は僅かであり,罰則規定を新設して対応しなければならないような事態にあるわけではない。
     法務省は,その増加理由を「不法滞在者の小口化・分散化が進み,大規模な摘発が困難になり,退去強制手続を執った外国人の数の減少傾向が続いているため」と分析しているが,罰則規定の新設で「不法滞在者の小口化・分散化」が防げるわけでもない。
     なお,密航に対しては現行入管法,旅券等の偽変造,偽装結婚等に対しては刑法の適用によって対処することが十分に可能である。
    (2)萎縮効果の危険
     「実行を容易にした」という構成要件は極めて曖昧であり,その適用の濫用により,入国在留関係手続の申請代理業務を行った弁護士に対して,不当な捜査及び訴追が及ぶことになる。
     すなわち,本改正案は,職務として申請行為を代理する弁護士をも,共犯として訴追の対象とし得るものとなっているところ,入国在留関係の申請書に記載すべき事項は多岐にわたり,提出する資料等も海外で作成されたものが相当数含まれる場合が多く,その全てにつき正確性を完全に担保することは,不可能である。もちろん,弁護士が正確な調査・立証に努めることは当然であるが,調査能力にもおのずと限界がある。本改正案によって,弁護士として完璧な調査が出来ない事項に事実と違う記載があった場合に,「偽りその他不正の手段によ」る在留資格の取得変更等を「未必の故意」をもって「容易にした」と評価されて捜査・訴追の対象となるのであれば,これは弁護士の職務への明らかな不当介入である。
     これでは,弁護士をはじめ入管手続を補助し支援する全ての者にとって予測可能性に欠け,著しい萎縮効果をもたらすことになり,刑罰法規の明確性の原則にも反する。
  3. 3 在留資格取消事由の拡大について
     本改正案は,所定の活動を継続して3か月以上行わないで在留している場合(現行法)に加えて,所定の「活動を行っておらず,かつ,他の活動を行い又は行おうとして在留している」場合も在留資格取消事由とするものである。
     しかし,所定の活動を行わない場合には,勤務先の倒産など自己都合でない場合もある。その場合に,在留資格の変更が不要な再就職先を探す努力をする傍ら,万が一に備えて在留資格の変更も考えるのが現実である。
     現行の入管法第22条の4第1項第6号の「当該在留資格に応じ同表の下欄に掲げる活動を継続して3月以上行わないで在留していること」の適用が除外される正当な理由がある場合の一例に,「失職したため現時点では在留資格に係る活動を行っていないが,再就職先を探す等しており,近い将来在留資格に該当する活動を再開する具体的な見込みがある場合」(出入国管理法令研究会編『注解・判例出入国管理実務六法 平成28年版』)が挙げられている。
     それにもかかわらず,本改正案では,在留資格の変更を検討するだけで,直ちに在留資格の取消しの対象となるおそれがあるのである。
     なお,本改正案でも,「正当な理由がある場合を除く」としているが,在留資格の更新,変更の許可判断自体が入管当局の裁量判断であるから,入管当局の判断によって不当に正当性が否定されるおそれがある。
     在留資格が予定する活動を行わない者に対しては,現行規定の適用によって対処することが十分に可能であり,在留資格取消事由の拡大の必要性はない。
  4. 4 政府は,2016年3月に「明日の日本を支える観光ビジョン」を策定し,2020年までに日本を訪れる外国籍の者を4000万人まで増加させることを目標に掲げた。真の観光立国とは,日本を訪れる外国籍の者を単なる外貨獲得手段として扱うことではない。日本から離れるとき,日本に対する失望や嫌悪感,敵対心を抱くことなく,再び訪れたいという思いを全ての外国籍の方々が抱くことである。それは,本改正案のように外国籍の方々を潜在的な刑事罰や排除の対象と見なした制度の壁を築くことではなく,具体的な人として接することによってのみ達成される。それが社会の安定と安全に繋がっていくのである。
  5. 5 以上の理由により,当連合会は,あらためて,本改正案に対して強く反対するものである。

2016年10月20日
関東弁護士会連合会
理事長 江 藤 洋 一

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