関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

宣言・決議・意見書・声明等宣言・決議・意見書・声明等

平成29年度 大会決議

憲法9条を含む改正発議の可能性がある状況下で,広く市民が憲法の定める平和原則その他基本原則の内容と憲法70年の歴史を知る活動を促進する決議

 2017(平成29)年5月3日,安倍首相(自由民主党総裁)は,突然憲法9条に自衛隊の存在を記述するという改憲の意向を示し,2020(平成32)年に施行を目指すと述べた。
 この方針を貫くならば,次の総選挙の結果次第では,2018(平成30)年通常国会への改正案提出という日程まで予想される。
 国民投票法は,2007(平成19)年に制定され,両議院の発議後60日から180日以内で国会が議決した日に国民投票が行われると定めているので,発議前に十分な改正案に対する議論が必要となる。
 もともと自由民主党は2012(平成24)年4月27日に「日本国憲法改正草案」を発表しているが,その後これらすべての改正でなくとも,憲法第96条の憲法改正規定を両議院のそれぞれの総議員の過半数で発議できるように改正する方針や,緊急事態条項を加える方針など,様々な形で憲法9条を改正する手法を巡らしてきた。
 しかし,現在,憲法9条を中心とした憲法改正が現実の政治日程となる可能性が出ている。
 この状況下において,何よりも市民にとって必要なことは,憲法改正の発議があり国民投票に臨むまでに,現在の日本国憲法についての正確な知識・情報を入手し理解しておくことである。
 関東弁護士会連合会(以下「当連合会」という。)は,2014(平成26)年度から毎年,日本国憲法についての決議を行い,市民に対して立憲主義についての理解を求めてきた。
 立憲主義に加えて,改正が予想される各条項だけでなく,日本国憲法の原則である基本的人権の尊重,国民主権,恒久平和主義の歴史的意義,日本国憲法前文及び各人権条項の具体的内容とその果たしてきた役割を,市民が十分に理解することができなければ,国民投票を適切に行うことができないと考える。
 日本国憲法について十分な知識を有する弁護士こそが,広く市民に対して,これらの各条項についての情報を提供するにふさわしい存在である。
 また,国民投票実施という日本国憲法を考える機会をとらえて,人権について市民が考えることになれば,子どものいじめ問題,セクハラ・パワハラ問題,性の差別問題,高齢者・障がい者の問題,刑事手続きにおける冤罪問題,格差・貧困・生活保護の問題,環境問題など,これまで各弁護士会で取り組んできた課題を市民が考えるよい契機にもなる。
 以上のような意義をふまえ,当連合会は,今後,弁護士自身が市民にわかりやすく日本国憲法について語ることができるよう管内弁護士会において研修会を開くなど尽力するとともに,対話形式の座談会などあらゆる形態の集まりに講師派遣を行ったり,その他企画を行ったりするなど,日本国憲法を知る機会を広く市民に提供する活動を強化するものである。

 以上決議する。

2017(平成29)年9月29日
関東弁護士会連合会

提案理由

第1 はじめに
 日本弁護士連合会は,2017(平成29)年5月26日の定期総会において,「日本国憲法施行70年を迎え,改めて憲法の意義を確認し,立憲主義を堅持する宣言」を行い,「改めて日本国憲法の基本原理である基本的人権の尊重,国民主権,恒久平和主義と,それらを支える理念である立憲主義の意義を確認し堅持するため,今後も市民と共にたゆまぬ努力を続ける決意」を明らかにした。当連合会を構成する管内弁護士会でも,憲法施行70年にあたり,立憲主義を堅持し日本国憲法の基本原理を尊重する趣旨の会長声明,決議,意見書等が出された。

第2 日本国憲法の意義
 日本国憲法は,戦前の歴史に対する深い反省の下に,近代立憲主義を継承して制定されたものであり,しかも国際的にも先駆的な意義を有するものである。
 憲法9条は,前文において人権保障の基底的権利である全世界の国民の平和的生存権を確認したことを踏まえ,軍隊その他の戦力を保持しないことを世界で初めて憲法に明記した。また,国家に対し,国際社会において,積極的に,軍備の縮小や軍備の撤廃実現を目指して努力する義務を憲法上の責務として課した上,軍隊の保有を禁じることにより,国民の生活,基本的人権を優先的に保障する社会的・経済的基盤を保障した。さらに,憲法の平和的生存権は,1948(昭和23)年国連総会で採択された世界人権宣言,1966(昭和41)年国連総会で採択された自由権規約・社会権規約などにその理念が引き継がれた。これらの点において,憲法9条の戦争を放棄し,戦力を保持しないという非軍事の徹底した恒久平和主義は,平和への指針として世界に誇り得る先駆的意義を有している(2008(平成20)年10月3日日本弁護士連合会人権擁護大会「平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言」) 。
  特に憲法9条の果たしてきた役割は,日本が国際社会の中で,平和国家として一定の評価を得たこと,日本人が海外での武力行使により誰も殺し殺されなかったことなど,歴史的に非常に大きなものがある。

第3 日本国憲法の果たしてきた役割
 日本国憲法が定める全ての人権規定は,70年の間に,現実の社会や政治との関係の中で柔軟に対応し,その範囲や内容を豊かに広げてきた。憲法13条,憲法25条は弁護士による活用により,そして裁判所の司法判断により,その内容を豊かにして「新しい人権」をも包含してきた。
 そして,現在も「新しい人権」を豊かに広げる可能性を有している。

第4 憲法をめぐる状況の変化と立憲主義の危機
 特定秘密保護法の制定,安保法制の制定,共謀罪の創設を含む改正「組織的犯罪処罰法」の成立・施行と,この数年,憲法が保障する人権を侵害する危険のある立法や,恒久平和主義に反する立法が,十分に議論を尽くさないまま議会で強行採決されてきた。このような事態をみると立憲主義の危機がより深刻化しているということができる。
 しかも,安保法制の運用において「戦闘行為」の有無の情報が市民に対し秘匿され,運用の実情を市民に知らせない事態が現実化した。

第5 憲法改正の動きの加速化と当連合会の対応
 憲法改正をめぐっては,2012(平成24)年に自由民主党が日本国憲法改正草案(以下「改正草案」という。)を発表し,衆議院及び参議院の憲法審査会において,大規模災害時における国会議員の任期延長や解散権の制限などについて憲法改正の意見が出されるなど,議論が行われている。改正草案においては,近代立憲主義の中核である天賦人権論を排斥して個人よりも国家を重視することや, 平和的生存権及び憲法9条2項を削除し国防軍創設規定を設けること,緊急事態条項(国家緊急権)により立憲的憲法秩序を一時的に停止させ権限を内閣に集中させることなどを公表しているが,それらは恒久平和主義を否定し,あるいは,人権を守るために国家権力を憲法で縛るという近代立憲主義を大きく損なうものである(日本弁護士連合会「日本国憲法施行70年を迎え,改めて憲法の意義を確認し,立憲主義を堅持する宣言」)。
 これらの動きに対し,当連合会を構成する13の管内弁護士会は,次々に,憲法第96条の憲法改正発議要件の緩和に反対する会長声明を表明し,また,総会決議を採択してきた。その後の特定秘密保護法制定や安保法制制定の際にも,憲法が保障する情報アクセス権や民主主義を危険にさらすものとして,また立憲主義に反するものとして,会長声明や総会決議を採択して,意見表明してきた。そして,当連合会は管内各弁護士会とともに,憲法に関するシンポジウム,講演会等を共催してきた。これは,基本的人権の擁護と社会正義の実現を旨とする弁護士及び弁護士会,弁護士会連合会として,憲法価値の実現を図る責務があるからである。
 さらに,2017(平成29)年5月3日,安倍首相(自由民主党総裁)が憲法9条に自衛隊の存在を加える改憲をめざすことを明言し,2020(平成32)年に施行を目指すとまで言及した。
 これまでの改正草案との整合性については不明であるが,改正草案の一部を取り込むことも考えられ,改憲案を年内に提案すると報道されている。
 具体的な日程で見ると,2018(平成30)年通常国会へ提出,審議し,改憲案を発議して,同年中にも国民投票を決行する可能性も存在する。

第6 弁護士の来たるべき憲法改正国民投票における役割
 憲法改正国民投票法には,国民投票において最低投票率の規定がないこと,国会による発議から国民投票までの期間を60日から180日以内としており,その間に十分な議論を行う期間が確保されていないこと,公務員と教育者の国民投票運動に一定の制限が加えられるなど,国民の間に十分な情報交換と意見交換ができる条件が整っていないことなど重大な問題点が多数存在する。
 憲法改正国民投票が現実の政治日程として予想される事態においては,上述の日本国憲法の意義や歴史や可能性を,憲法改正案が憲法審査会に提出される前に,十分に市民が理解して国民投票に臨んでもらうことが,日本国憲法の基本原理である基本的人権の尊重,国民主権,恒久平和主義とそれを支える理念である立憲主義を堅持するために必要不可欠である。
 弁護士は全て,憲法に関する知識と素養を身につけており,かつ憲法学者より一般市民と接する機会の多い存在である。
 弁護士が,多くの市民と対話してわかりやすく憲法を語ること,様々なイベントを活用して対話を重ねることなどは,今後一層市民の憲法に対する理解を深め,国民投票の判断に資することとなる。
 これまでも,様々な憲法に関する企画が管内弁護士会で実行され,当連合会は共催し,支援してきたが,少人数形式の対話などを含め広範な市民と繋がり,市民の憲法に対する理解を深めるなお一層の工夫が必要となる。

第7 まとめ
 当連合会は,個々の弁護士の努力・奮闘に頼るだけではなく,弁護士会としてより多くの市民に憲法の知識・役割を広めるため,管内弁護士会が自主的な企画に取り組みやすくなるよう援助するが,同時に,市民の期待に応え,管内弁護士会が憲法を知る活動を一層促進することを求めるものである。
 当連合会は,引き続き,日本国憲法の基本原理を,その歴史的・国際的意義とともに広く市民に浸透させる取り組みを強化していく決意をここに示すものである

以上

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