民事執行法の改正に関する中間試案に対する意見書
2017年10月23日
関東弁護士会連合会
平成29年9月29日に法務省から公示された「民事執行法の改正に関する中間試案」に関するパブリックコメント募集に対して,当連合会は,中間試案第1項及び第5項について,以下のとおり意見を述べる。
第1 総論
強制執行の実効性確保のため情報開示制度を強化することについては,原則として賛成する。
ただし,財産開示制度は,プライバシーや営業の秘密等の問題があること,また生存権を脅かすような過酷な執行のおそれ等を伴うこと,さらには,債務名義の中には手続保障が必ずしも十分とはいえないものがあることに鑑み,懸念されるこれらの弊害と,実務に即した現実的な開示の必要性とのバランスに慎重に配慮して制度設計がなされるべきである。
大枠としては,その実現が果たされなければ,社会正義に悖る結果となる蓋然性が高い類型の債権に限定して,現行の財産開示手続の要件の緩和や第三者照会制度を認めるべきである。
このように特定の債権に限定しても,個々のケースにおいては,なお生存権が脅かされるような過酷な執行となる場合も予想されるため,個別に調整する必要もある。そのため債務者の手続保障の強化の観点から,財産開示制度についての改正と同時に,差押禁止債権をめぐる規律の見直しをするべきである。
第2 財産開示手続の実施要件の見直しについて
- 1 債務名義の拡大について
- 【意見】
財産開示手続の申立てに必要とされる債務名義の種類を拡大することについては,債権者の要保護性が特に強く,速やかに債権が実現されなければ社会正義に悖る類型の債権,例えば養育費請求権・婚姻費用請求権や,不法行為の被害者が有する損害賠償請求権等(以下「特定債権」という。)に限定することを条件に,賛成する。
- 【理由】
債務名義の中には,必ずしも手続保障が十分ではなく,内容の適正性が担保されているとはいえない債務名義が存在する。支払督促や執行証書については,法的知識の不十分な個人が,理解不十分のまま,または十分な手続の関与なく成立することが多い。
したがって,特定債権以外の債権についてまで,安易に対象となる債務名義の範囲を拡大するべきではない。
一方,特定債権については,債権の実現が果たされなければ,社会正義に悖る結果となる蓋然性の高い類型であるから,財産調査についての国家による助力の要請が優先すると考える。
- 2 不奏功等要件の廃止,再実施制限期間短縮について
- 【意見】
特定債権に限定することを条件に,不奏功等の要件廃止及び再実施制限期間の短縮につき賛成する。
- 【理由】
特定債権について,財産開示制度の実効性を確保すべきである。
- 3 手続違背に対する罰則の見直しについて
- 【意見】
特定債権に限定することを条件に,手続違背に対する罰則強化について賛成する。
- 【理由】
特定債権について,財産開示制度の実効性を確保すべきである。
- 4 第三者照会制度新設について
- (1) 新たな制度の創設について
- 【意見】
特定債権に限定するという条件で,新たな第三者照会の制度の創設に賛成する。
- 【理由】
特定債権は,債権の実現が果たされなければ,社会正義に悖る結果となる蓋然性が高い類型のものであり,債務者の不利益や第三債務者の負担を考慮したとしても,債権の実現を図る必要性が優越する。
- (2) 制度の対象とする第三者と情報の具体的な範囲について
- ア 金融機関に対する預貯金等の照会について
- 【意見】
特定債権に限定するという条件で,金融機関から,債務者の預貯金債権に関する情報を取得する制度を設けること,その取得すべき情報の範囲を,債務者の預貯金債権の有無その他差押命令の申立てに必要となる事項(取扱店舗,預貯金債権の種類及び額等)とすることに,賛成する。
さらに,一般社団法人全国銀行協会(全銀協)に対する照会等によって,統一的に全金融機関からの回答を得られる仕組みを設計すべきである。
- 【理由】
預貯金債権に対する差押えは,請求権の実現をしやすい有効な手段であるから,かかる制度を設ける必要性は高い。
また,債権者が,国内に多数ある各金融機関のうち,債務者の口座がある銀行名と支店名を特定して照会をすることは困難であるから,全銀協を窓口とする照会によって,1回の申立てで統一的・網羅的に回答を得る仕組みを設けるべきである。全銀協に対する照会により統一的・網羅的に回答を得る制度は,すでに東日本大震災に係る被災者預金口座照会制度により実施されているとおり,技術的にも可能である。
- イ 公的機関に対する照会について
- 【意見】
特定債権に限定するという条件で,一定の公的機関から,債務者の給与債権に関する情報(勤務先の名称及び所在地)を取得する制度を設けることに,賛成する。
ただし,過酷執行とならないよう,差押禁止債権の範囲及び差押手続きについて後記第3の見直しをすることを条件とする。
また,公的機関から取得する情報については,給与債権に関する情報に限定せず,債務者名義の不動産及び自動車に関する情報も含めるべきである。
- 【理由】
債権者が債務者の勤務先情報を調査する手段は乏しく,これを把握することは容易ではないため,一定の公的機関から,債務者の給与債権に関する情報を取得し,その差押えの実効性を確保する必要性は高い。
ただし,過酷執行を防止するため,差押禁止債権の範囲及び差押手続きの規律について,後記第3の見直しを条件とする。
なお,公的機関から取得する情報は,勤務先に限定する必要はなく,債務者名義の不動産や自動車に関する情報も含めるべきである。これらは公的機関において把握している情報であるから,統一的・網羅的に取得できるようにするべきである。
- ウ 生命保険契約解約返戻金請求権等に関する情報の取得について
- 【意見】
特定債権に限定するという条件で,債権者の株式,投資信託受益権,生命保険契約解約返戻金請求権等に関する情報を,債務者以外の第三者から取得する制度を設けるという考えに,賛成する。
- 【理由】
(ア)債権者において,債務者の財産に関する情報を取得することは困難であり,特定債権の執行強化のためには必要である。
この点,探索的な差押えが比較的緩やかに許容されている我が国の実務の下では,この制度を利用して情報を取得する必要性が高くないという指摘がある。しかし,このような意見は,強制執行の実務を理解していないものと言わざるを得ない。
現実的には,強制執行の申立てには費用がかかるため,債務者の財産の存在やその額がわからなければ,費用倒れの執行(空振り)を懸念して,事実上強制執行は不可能である。
したがって,預貯金債権,給与債権と同様,債権者の株式,投資信託受益権,生命保険解約返戻金請求権等に関する情報を取得する制度を設けるべきである。
(イ)そして,債権者が,多数の金融機関,証券会社,保険会社等の中から,債務者が契約している団体を特定することは困難であるから,1回の申立てで,統一的・網羅的に回答を得られる仕組みを設計するべきである。
この点,例えば,最近まで,一般社団法人生命保険協会は,弁護士法23条の2に基づく照会に対して同様の取り扱いを行っていた。したがって,同協会を窓口として,加入保険会社から統一的・網羅的に回答を得ることは技術的には可能である。
- (3) 第三者から情報を得るための要件について
- ア 債務名義の種類及び実施要件について
- 【意見】
第三者照会制度の債務名義や手続実施要件については,財産開示制度と同様の規律に服するとの意見について,反対する。
第三者照会制度は,特定債権についてのみ認め,それ以外については,債務名義の種類を問わず,第三者照会の申立てを認めるべきではない。
- 【理由】
第三者照会制度は,債務者から直接情報を取得する財産開示手続と比べ,債務者に事前に知らされないまま第三者から債務者の情報を得るものである点において,財産開示手続以上のプライバシー等の侵害を伴うものである。
したがって,債権の実現が果たされなければ,社会正義に悖る結果となる蓋然性の高い類型についてのみ認め,それ以外については,債務名義の種類を問わず,認めるべきではない。
- イ 第三者照会制度と財産開示手続との先後関係について
- 【意見】
乙案(財産開示手続前置不要説)をとるべきである。
その際,債務者の執行抗告を認めるべきではなく,不当開示に対する債務者の保護は,事後的な手続によるべきである。
- 【理由】
財産開示手続を前置すると,債務者による財産隠匿のおそれがあり制度の実効性を担保することができない。
また,強制執行のための債務者情報の収集にあたっては,密行性への最大限の配慮が必要であるところ,第三者からの情報を求める決定を債務者に通知すれば,債務者に財産隠匿の機会を与えることになるから,執行抗告も認めるべきではない。
不当な決定に対する債務者の保護は,申立人に対する損害賠償請求等の事後的な手続によって図れば足りると考える。
- ウ 再実施の制限について
- 【意見】
過去の一定期間内にこの手続により同一の第三者から情報を取得した場合であっても,この手続の再実施を制限しないとする考えに,賛成する。
- 【理由】
現代社会では,資産状況の変動の頻度が高まっており,再実施禁止の期間を一律に定めることは不適切である。また,再実施期間を設けることで第三者において情報提供をしたかどうかを管理する必要性が生じ,かえって第三者の負担が重くなるおそれがある。
- (4) 回答の送付先等
- 【意見】
情報提供を求められた第三者は,執行機関に対し,債務者財産に関する情報を回答するものとすること,この回答についての閲覧等の請求は,申立人,債務者,当該第三者のほか,この手続の申立てに必要とされる債務名義を有する他の債権者に限定することに,賛成する。
- 【理由】
執行機関に対する回答の方が,第三者の回答への抵抗も少ないと考えられ,制度の実効性を確保することにつながる。また,債務者のプライバシー等に配慮し,閲覧等を請求ができる者の範囲は限定すべきである。
- (5) 回答拒否に対する罰則
- 【意見】
第三者照会制度による照会に対し,正当な理由なく回答を拒否した第三者に対する罰則を設けるべきである。
- 【理由】
実務においては,裁判所からの調査嘱託に対し,大手金融機関の中でも回答を拒否する例があることから,制度の実効性を確保するためには,回答拒否に対する罰則も必要である。
- (6) 第三者に対する費用等の支払
- 【意見】
情報提供を求められた第三者が,回答に要する費用等の支払を請求することができるとの意見については,現在の調査嘱託で認められる程度の費用負担であれば,賛成する。
- 【理由】
第三者に負担をかけることとなるため,制度の円滑な実施のためには,必要である。ただし,費用負担が過大となると制度の利用自体が困難となるため,現在認められている調査嘱託の費用負担程度の範囲にとどめるべきである。
- (7) 情報の保護
- 【意見】
申立人及び記録の閲覧をした債権者は,当該情報を,当該債務者に対する債権を,その本旨に従って行使する目的以外の目的に使用してはならないものとし,この情報の目的外利用に対する罰則を設けるものとするとの意見につき,原則として賛成する。
ただし,「その本旨」や「目的外利用」については,柔軟に解釈すべきである。
- 【理由】
取得した情報は,当該債権の実現のために取得したものであるから,その目的以外のために使用することを認める必要はない。
しかし,たとえば,同一事業者に対する被害者が多数存在する詐欺被害事案などのように,同一の弁護士又は弁護団が複数の被害者を受任する場合,ある被害者のために取得した情報を他の被害者の手続や被害回復の見込み等の説明に使用することができないというのは明らかに不合理である。
また,同じ弁護士が,ある依頼者の事件について取得した情報を,他の依頼者のためにはその情報を知らないものとして手続きを遂行することは,弁護士の人格が同一である以上不可能である。
したがって,不当な利用とならない限りは,「その本旨」や「目的外利用」は柔軟に解釈すべきである。
第3 差押え禁止債権をめぐる規律の見直しについて
- 1 給与等の債権に関する差押禁止の範囲の見直しについて
- 【意見】
現行の規律による差押禁止範囲(民事執行法第152条)に加えて,支払期に受けるべき給与のうち一定の金額まではその全額を差押禁止とするものとする考え方に,賛成する。
- 【理由】
債務者の最低限度の生活を保障する必要がある。
- 2 取立権の発生時期の見直し
- 【意見】
民事執行法152条第1項各号の債権が差し押さえられた場合において,差押債権者の取立権発生時期について,同法155条1項の規定にかかわらず,差押命令送達日から4週間を経過した時期とすることについて,賛成する。
- 【理由】
現行法の1週間では,取立権発生前に差押範囲変更申立てをする期間として短期に過ぎ,債務者の手続保障が不十分である。
- 3 手続きの教示について
- 【意見】
金銭債権を差押さえた場合には,執行裁判所は,差押命令を送達するに際し,差押禁止債権の範囲変更の申立て(民事執行法第153条)をすることができる旨を債務者に対し教示するものとする考え方につき,賛成する。
- 【理由】
債務者の手続保障の充実を図るために必要である。
以上