今般議論されている憲法9条改正案が日本国憲法の恒久平和主義と立憲主義を危険にさらすおそれがあることを明らかにするとともに,国民主権の観点から憲法改正手続法の抜本的改正を求める決議
今般議論されている憲法9条改正案の内容
現在,自由民主党が主導する形で,憲法9条に自衛隊を書き加える改正論議が進められている。同党は,2018年(平成30年)3月の党大会において,憲法9条1項及び2項を残しつつ,新たに9条の2として「我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」と自衛権を規定の上,「必要な自衛の措置」をとるための実力組織として自衛隊を保持するという条項を書き加える案(以下「自衛隊明記案」という。)を公表し,今後,同案を軸に議論を進め,発議を目指すとしている。
日本国憲法が採用する恒久平和主義と立憲主義の意義
日本国憲法は,全世界の国民が平和的生存権を有することを確認するとともに(前文),武力による威嚇又は武力の行使を禁止し(9条1項),戦力を保持せず,交戦権も否認する(同条2項)という徹底した恒久平和主義を採用している。
そこには,「戦争は最大の人権侵害である」という基本認識に基づき,軍事によらず「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」国民の安全と生存を保持しようとする決意が込められている。
また,人権を守るために国家権力を縛るという立憲主義において,自衛隊をいかにコントロールするかも重要な問題である。
日本国憲法は,戦前,軍部の暴走を防げずに国内外で多くの尊い命を失い,また奪うこととなってしまったことへの痛切な反省から,「戦力」を保持しない,という究極的な形でこの課題に応える途を選んだ。
自衛隊明記案は恒久平和主義にどのような影響を及ぼすか
ところが,現実として,すでに自衛隊は,世界第8位とも言われる人員と装備を備え,米軍その他の国の軍隊と共同訓練を行うなど,実質的に高い軍事的能力を備えた実力組織となっている。
のみならず,当連合会や各弁護士会が繰り返し違憲性を指摘してきた安全保障関連法制(安保法制)の施行により,自衛隊の任務・権限は,存立危機事態における集団的自衛権の行使や,駆けつけ警護等海外における武器使用を伴う活動にまで,かつてなく大きく広がった。そして,「陸上総隊」の創設等の組織改編や,長距離巡航ミサイルや事実上の空母など装備の増強が進められている。
このように安保法制の施行とそれに伴う自衛隊の組織・装備の変更により,これまでわが国でとられてきた専守防衛政策は大きく変容しつつあるが,そうした自衛隊を追認する形で憲法に書き込むのであれば,その流れは一層加速し,恒久平和主義に根本的な変容がもたらされるおそれが大きい。
しかも,自衛隊明記案は,当初検討されていた「必要最小限度の実力組織として」自衛隊を保持するという案から,「最小限度」の限定を外したもので,その範囲や限界を憲法上明確に規定することもなく,自衛隊に「必要な自衛の措置」をとる権限を与えるものである。「必要な自衛の措置」の解釈次第ではいわゆるフルスペックの(制約のない)集団的自衛権の行使も可能となり,そうなれば,もはや,軍事によらずに国民の安全と生存を保持しようという日本国憲法の恒久平和主義の意義は完全に失われることとなる。
自衛隊明記案は立憲主義にどのような影響を及ぼすか
自衛隊は,発足後今日に至るまで,一貫して,憲法9条2項の「戦力」に該当してはならないという限界の中で存在してきた。そのため,政府は,自衛隊を創設し,あるいはその任務,権限,組織,装備等を拡大しようとする際には,日本国憲法の恒久平和主義に反しないこと,とりわけ憲法9条2項の「戦力」に該当しないことを説明しなければならず,そのためにさまざまな政府解釈を生みだし,一定の限界を画することを余儀なくされてきた。このようにして,憲法9条は,現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも,政府による自衛隊の活動等の拡張に対する統制機能を果たし,海外における武力行使,集団的自衛権の行使及び攻撃的兵器の保有を禁止するなど,憲法規範として有効かつ現実的に機能してきた。安保法制においても,集団的自衛権の行使要件として存立危機事態にあたることが要求されるなど一定の限界が画されたのは,この統制が及んでいるからである。
しかし,自衛隊が憲法に明記されれば,たとえ9条2項が残されても,自衛隊は同項の「戦力」には該当しないと解釈されるか,あるいは「戦力」の例外として許容されるおそれが高く,結果として9条による自衛隊の統制機能は失われることとなる。その上,自衛隊明記案は,「自衛隊の行動は」「国会の承認その他の統制に服する」としつつ,その具体的内容は「法律で定める」としているため,自衛隊に対しては憲法上の具体的な統制は及ばないこととなる。これでは,恒久平和主義を踏まえた立憲主義の立場から問題である。
国民投票を行う上で要請されること
憲法改正の国民投票は,主権者である国民に判断を仰ぐ以上,判断の前提となる情報が正しく伝えられた上で,国民の意思が十分反映される方法によって実施されなければならない。
したがって,前記のとおり,安保法制の施行により任務,権限,組織,装備等が大きく変わりつつある自衛隊が憲法に明記されれば,恒久平和主義の意義は変容し,あるいはその意義は失われ,さらに立憲主義の観点からは自衛隊に対する統制に深刻な懸念が生じることが,まずは正しく伝えられる必要がある。
また,憲法改正手続法には,有料広告に対する規制がないため,資金力の差が投票結果を左右し,国民の意思をゆがめるおそれがある上,最低投票率の規定がないため,全有権者のうち少数の賛成しか得られなくても憲法改正が行われる可能性があり,主権者たる国民の意思が十分反映されないまま憲法改正がなされるおそれがある。よって,仮に今後,憲法改正案を発議するのであれば,その前に上記で指摘した点を含め,憲法改正手続法の各問題点の抜本的改正を行うべきである。
おわりに
当連合会は,基本的人権の擁護と社会正義の実現を旨とする弁護士の団体として,憲法価値の実現を図る責務があるとの認識のもと,2013年度(平成25年度)から毎年,日本国憲法についての決議を行ってきた。
当連合会は,上記責任を果たすべく,今般議論されている憲法9条改正案が日本国憲法の恒久平和主義と立憲主義を危険にさらすおそれがあることを明らかにするとともに,国民主権の観点から憲法改正手続法の抜本的改正を行うことを求めることを,ここに決議する。
2018年(平成30年)9月28日
関東弁護士会連合会
以上